第59話 威乃戦徒美女ん再び
建川ジュエルはWVe1号店であるにも関わらず壱葉がヴァルキリーのお膝元であるためそれほど人員がいなかった。
20人程度で構成されたジュエルを統率するのはインストラクターの大和。
下の名前は撫子ではないが剣術道場の娘で武人気質の乙女だ。
それに付き従うジュエルも気骨のある少女、女性が多かった。
「常に敵を意識して斬れ!」
「はい!」
ヒュン、ヒュンとジュエルの武器が空を切る。
大和の教える訓練は剣術として実戦的な側面を持つため正しい武術を学びたいジュエルが教わりに別の地区から来ていた。
逆に厳しい指導に耐えかねて別の支部に出ていく者もいたが。
ちなみに大和は4月から新たに生み出されたジュエルの初期メンバーであり、その持ち前の武の知識とジュエルとしての成長度の早さからインストラクターに昇格した経歴を持つ。
インストラクターの上が地区管理者で関東圏では村山がそれに当たる。
現在は空席だがその上にはヴァルキリー傘下の親衛隊『ワルキューレ』としての地位がありジュエルへの指揮権も与えられるようになる。
上を目指す者は実績を積んでヴァルキリーに認めてもらう必要がある。
「気を抜くな、敵はいつ襲ってくるかも分からないぞ!」
「はい!」
そうは言いつつもそれはあくまで気構えの話であり本気で敵が攻めてくるとは大和であっても想定していなかった。
ザッ
その建川ジュエルの入り口に数人の人影が立った。
ジュエルの訓練所が地下にあるとはいえ地上は若い女性が集まる話題の店WVe。
その店員も全員がジュエル関係者と言うわけではなく普通に就職した社員やアルバイト店員も多い。
その普通の店員に慌てた様子で客が声をかけてきた。
とにかく錯乱したように慌てていて要領を得ないため店員は店の外に出た。
夕方に差し掛かろうという時間帯で人通りの多いアーケード街は人だかりが出来ていてWVeから距離を取っていた。
誰もが興味を抱きながら誰も近づこうとは思わない。
ある者は携帯カメラで写真を撮っていたりもする。
出てきた店員は思わず唖然としてしまった。
5人の集団は人目を気にした様子もなくWVeの裏手に通じる裏道に入っていってしまった。
何かの企画かパフォーマンスだと思ってみていた通行人たちは何事もなかったように日常に戻っていく。
店員としては裏口に入っていく集団を止めなければならない立場だったが怖くてとてもじゃないが声を掛けられなかった。
とりあえず店内に入ってこなかったから一安心。
バキッ
裏口の倉庫だと教えられていたドアが壊されたみたいな音が聞こえた気がしたけど、店員はにこりと笑うと営業スマイルのまま店内に走り去っていった。
「ん?外が騒がしいな。」
大和は音のほとんど届かない地上の騒動に気付いた。
だが何があったのかまではわからない。
WVeは芸能人も来店することがあるため時々それで騒がしくなることもある。
今回もそれかと納得しかけた大和は
バキッ!
訓練所へと続く扉が派手に吹き飛ばされた音を聞いて一気に緊張を高めた。
「敵襲に備えて各自戦闘体勢!」
ジュエルが混乱するよりも早く的確な指示を出して行動を一本化することでジュエルたちは即座に武器を構えて隊列を組んだ。
コツ、コツ
訓練所に近づいてくる足音が響く。
大和はいつでも斬りかかれるよう刀型のジュエルの柄をしっかりと握り訓練所入り口の扉を凝視した。
足音は複数。
それが扉の前でピタリと止まった。
全員が扉の開く瞬間を不安を押し殺して待つ。
ドガンッ
だが、皆の予想は裏切られ、両開きの金属製の扉が吹き飛ばされた。
「敵だ!全員構え…」
敵の姿を捉え、指示を出そうとした大和は言葉が続かず口をあんぐりと開けて立ち尽くした。
そこにいたのは特攻服を肩に羽織り、胸元をさらしで覆い、ラッパズボンで口許には大きなマスクをした異様な集団、俗にレディースと呼ばれる格好をした少女たちだった。
「な、何者だ!?」
大和がどもりながらも問い質す。
ツッコミどころは満載だが今は彼女らが侵入者であるという事実が一番の問題だった。
先頭に立つ頭とおぼしき女は目元を吊り上げてニヤリと笑うと特攻服をはためかせて背中を見せた。
そこに刻まれた文字は
"威乃戦徒美女ん"
「いの…せんと…びじょ、ん?…"Innocent Vision"だと!?」
その意味をようやく理解した大和の声で他のジュエルたちもそれがヴァルキリーの宿敵"Innocent Vision"だと認識したが動揺は収まらない。
ジュエルの慌てる様子を見て由良はクッと笑い声を漏らした。
「ビビってるみたいだな。」
「それはそうでしょ?誰がこんな格好で乗り込んでくると思うのよ。はぁ。」
八重花はとても重いため息をつきながら特攻服を摘まんで眺める。
とても一晩で作り上げられたとは思えない出来だった。
「だいたいどうしてこんな格好なのよ?」
「そ、そうですよ。」
八重花の不平に叶も賛同した。
叶はさらし姿が恥ずかしいらしくずっと胸元を手で抱き締めていた。
「ただ突入するだけじゃインパクトが足りないだろ。やつらに"Innocent Vision"の恐怖を叩き込んでやらないとな。」
「確かにこんな格好で襲ってこられたら怖いでしょうね。何か間違ってる気はしますけど。」
真奈美もスピネルの義足である左足は太ももあたりまで晒した格好をしていて恥ずかしそうだがどこか楽しそうでもある。
明夜は右目に眼帯をしているので左目の朱色の輝きがいっそう際立っていて不気味だった。
「臆するな!成りは不良集団だが中身は…」
「殺っちゃっていい?」
「殺戮集団だ。」
仲間を鼓舞しようとしていた大和だったが明夜のポツリと呟いた言葉を真に受けて物騒な事を言った。
ジュエルたちは恐れ戦き、"Innocent Vision"もムッとする。
「殺っちまうか?」
「それはやりすぎよ。戦闘不能に追い込めば十分ね。」
由良が、八重花が、明夜がそれぞれにソルシエールを取り出して構える。
由良が玻璃を肩に担ぐ仕草はバットを持った不良の姿そのものだった。
「相手はたったの5人だ。ジュエルの力、今こそ見せる時!」
指揮官適性のある大和が同様の拡がるジュエルを統率する。
数で言えば確かに4倍。
さらに"Innocent Vision"を倒したとなれば昇格は間違いなしとあって欲望の刃が震える。
瞬く間にジュエルの瞳が殺気でギラギラし始めた。
その意志を威嚇するように燃え上がる炎の赤が揺れる。
「質の違いをたっぷりと味わわせてあげるわ。」
「怯むな!全軍、突撃ぃ!」
大和の掛け声を発端に建川ジュエル対"威乃戦徒美女ん"の戦いが始まった。
キン、キン
「くぅ、速い!」
4人のジュエルによる連続攻撃を明夜は二刀をもって捌いていく。
完全に死角をつく2、2のコンビネーションも技巧の剣撃と瞬間移動染みた移動速度ですべて受け流された。
「あたいに近づくと怪我するよ。」
「棒読みなのに強い!」
残像すら見えそうな斬撃の嵐はジュエルを圧倒していた。
「でい!」
「はっ!」
巨大な槌のジュエルを真奈美のスピネルが迎え撃つ。
見た目には圧倒的にジュエルの優位に見える一撃は
ガン
刃のハイキックが槌を弾き返すにわかには信じがたい光景を生んだ。
蹴りの後の隙をついて短刀のジュエルが一気に接近する。
「死ねぇ!」
「叫んだら奇襲にならないよ。」
真奈美は左足の勢いに引き摺られるようにあえて体勢を崩して刺突をかわすとスピネルを地面に叩きつけて強引に縦回転へと変化させた。
「そんな!?」
人間の動きを超越しつつあるアクロバットな動きに攻撃を仕掛けようとしていたジュエルたちがたじろいだ。
真奈美はスピネルを大きく振り下ろして斬撃を放つ。
「変則ガンマスピナ!」
光の軌跡がジュエルを叩き伏せた。
ゴウ
ジュエルの訓練所の白い壁が赤く照らし出される。
赤き焔の大蛇が八重花を守るように大きくとぐろを巻き、鎌首をもたげてジュエルを睨んでいるようだった。
その圧倒的な熱量にジュエルたちは近づくことも儘ならない。
八重花は警戒したまま動こうとしないジュエルたちを見て笑う。
「来ないならこっちから行くわよ。」
八重花が右手のジオードを掲げると炎の蛇がゆらりと動いた。
動きを見せるジュエルだったがこの狭い空間で逃げ場などない。
「殺しはしないわ。当たらなければね。」
怖い宣言をして八重花はジオードを大きく横薙ぎに振るい、炎が一面を赤く染め上げた。
ブゥン
「おら、どうした!」
暴力的な振動を伴う玻璃が振るわれる。
圧倒的な力と震動はジュエルを打ち合わせることさえも許さず、触れた瞬間に弾き飛ばす。
「こんなの、どうやって相手にするのよ!?」
誰かが叫んだその言葉は正に現状を表していた。
ジュエルには、グラマリーのない彼女らには由良を止める術はない。
「吹き飛べ、音震波!」
「きゃあー!」
震動波が数人のジュエルを飲み込んで吹き飛ばす。
ソルシエールのその力は同じ魔剣というカテゴリーにあるとは思えないほどに異質だった。
「はっ、さっさとかかってこいよ!」
ノってきた由良の感情に合わせて玻璃の振動も大きくなる。
それを止められるものは誰もいなかった。
「大和さん、このままじゃ!」
戦闘を開始してまだ10分と経っていなかったがジュエルの敗色は濃厚だった。
開始前は手柄に暗く燃えていた瞳をしていたジュエルたちも今は生き延びるために逃げ回っているような状態だ。
大和はグッと歯噛みする。
「"Innocent Vision"、ソルシエールの力がここまでとは。化け物どもめ。」
ここまで力の差を見せつけられてしまうと味方を鼓舞するのもほとんど不可能と言える。
せめて1人だけでも打ち倒せればと戦場に目をやった大和は戦闘開始から入り口付近に立ち尽くしておろおろしている叶を見つけた。
"Innocent Vision"のリーダーである叶が戦闘に参加していない。
そして他のメンバーはジュエルを相手にするために入り口から離れている。
(頭を潰せば隙が生まれるはず。その隙に待避を。)
大和はジュエルでは珍しく強さを求めて魔剣に魅入られた武人であるため、手柄ではなく仲間の退路を確保するために叶に目をつけた。
ジュエルには叶の戦闘能力は低いという程度の情報しか伝わっていない。
「動ける者は続け!"Innocent Vision"の頭を潰す!」
大和に付いて待機していた者、体勢を立て直すために退いてきた者が同調し、5人が叶に殺到する。
「私の方に来た!オ、オリビン!」
叶は慌ててシンボル・オリビンを顕現させて右手に逆手で握った。
「その短剣で5人を止められるものか。かかれ!」
オリビンを前にしても臆することなく駆け寄った5人が一斉にジュエルを振り下ろす。
「えぇい!」
叶は正面の大和にオリビンを合わせようとした。
大和は勝利を確信して振り抜く。
…だが、競り負けたのは大和の方だった。
それ以前に競ってすらいない。
ジュエルがオリビンに触れた瞬間、同極の磁石のように反発したのだ。
(だが4人の攻撃は避けられない。)
体勢を崩しながらも勝機を見い出した大和は、合気道に通ずる見切りで4つの刃をかわす叶の姿に度肝を抜かれてそのまま後ろに倒れてしまった。
「くっ、さすがは"Innocent Vision"のリーダーと言ったところか。甘く見ていた。だが…」
「次はないぜ?」
独り言に入ったツッコミにハッと顔を上に向けるとそこには由良、明夜、八重花、真奈美が立っていた。
どこからも剣撃の音は聞こえず、異様なほどに戦場は静まり返っている。
叶を襲ったジュエルたちの声すらしない。
「僅か十数分で…私の部隊が壊滅させられるとはな。」
大和はジュエルを手放した。
刀は地面に金属音を響かせる前に虚空に消える。
「俺たちが本気の全力を出してたら多分、3分で片がついたぜ。」
大和はもはや驚きの声すら出せずに苦笑を漏らした。
「殺せとは言わないがこのまま意識を持ったまま残されることに勝る屈辱はない。せめてもの慈悲を与えてはくれないか?」
大和は目を瞑る。
これで何もせずに去っていかれたとしても敗者である大和には何も言えない。
心に思うのは1つ。
(強く、なりたい。)
足音が遠ざかっていく。
僅かな悲しみを吐息に漏らすと空気が震えた。
「…かたじけない。」
「眠れ、超音振。」
大和は激しくも優しい慈悲を受けて意識を闇に落としたのであった。




