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Akashic Vision  作者: MCFL
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第57話 親身になる者たち

翌日、八重花は学校で時坂飛鳥を探したが当然のように姿はなかった。

(叶にしか見えない力。恐らくグラマリーで間違いないわね。そうなると時坂飛鳥はファブレが残したソーサリスか、あるいはファブレと同じ魔女と呼ばれる存在か。)

正体を知られたから姿を眩ました。

だけどそれで終わったとは思っていない。

また会いましょうという言葉。

そして、かつて"Innocent Vision"が堂々と登校してきた前例があったから。

(力に自信がある者が隠れる必要はない。今は何か準備をしているだけと考えるべきね。)

八重花は結論付けると2組から離れた。

悠莉はともかく美保に見つかると絡まれて厄介だからだ。

それでなくても最近ヴァルキリーやジュエルから感じる視線が険しくなったように思っている。

(ソルシエールが復活した"Innocent Vision"を叩く作戦の準備でもしているのかしら?)

高速かつ柔軟な思考が生み出す洞察眼という名の未来視は相変わらず健在で、八重花はそれについても念頭に置きながら教室へと戻っていった。




(八重花さん?)

その去り行く姿を悠莉は見ていた。

修学旅行が終わった上にその道中でヴァルキリーが襲撃したのだから旅の計画を立てていた時のようにはいかないとは理解しつつ、少し寂しさを感じていた。

だが敵対云々以前に八重花が見ていたのは悠莉たちではなかった。

(このクラスに私たち以外のお知り合いがいるのでしょうか?)

八重花の交遊関係を詳しく知っているわけではないが、基本的にはあの仲良し5人組と"Innocent Vision"のメンバー程度だと認識していた。

少なくともこれまでに2組を訪ねてきたことは無かったのだから。

それは正しく、悪名だけなら校内全域に広まっていくのだが他に友達らしい友達は皆無である。

「ん?悠莉、どうかした?」

考え事をしてぼんやりとドアを見ていた悠莉に気付いて美保が声をかけた。

「…いえ、何でもないですよ。」

悠莉は首を横に振って否定した。

美保に話したところでどうにかなる話ではないし、何より悠莉自身がどう伝えたらいいのか、何を疑問に思っているのかを整理できていなかった。

("Innocent Vision"は、何をしようとしているのでしょうか?)

敵対者としてではなく純粋な興味として悠莉は疑問を抱くが今はそれを聞ける相手はいなかった。



そしてその"Innocent Vision"の面々は

「明夜!それは俺の唐揚げだ!」

「もぐもぐ。」

「由良お姉ちゃん、落ち着いて。明夜ちゃんも取ったりしたら駄目だよ。」

「戦場ではいつ食事が出来るか分からないから食べられるときに食べないと。」

「真奈美、良いこと言う。」

「まだたくさんありますので慌てないで下さいな。」

「静かに食べなさい。」

昼休みに琴を交えた全員で重箱の弁当をつついていた。

元々琴が叶と昼食に食べようと持ってきたものだったが、誘いに行った先で"Innocent Vision"のメンバーがちょうど食事に向かおうとしていたため、なし崩し的に全員で弁当を囲むことになった。

「うまい弁当だな。これがあるって知ってればパン買わなかったんだが。」

由良は胡座をかいた膝の上に乗ったパンを恨めしげに見る。

由良のイメージに反してチョココロネだ。

実は明夜がそれを食後のデザートに狙って目を光らせていたりする。

「それはそれとして皆さんが一緒に御食事とは珍しいですね。学内で集まっていればヴァルキリーが良い顔をされませんよ?」

「私たちがいる限り良い顔させるわけにはいかないわ。」

琴の注意を八重花が拾ってクスリと笑う。

「なるほど。それなら確かに良い顔はしませんね。」

生憎高度な言葉遊びについてきたのは琴だけで他は分からなかったり食事に夢中で聞いていなかった。

「ふぅ、たまに乙女会の作法が必要だと思う時があるわ。」

「乙女会の存在自体は淑女としてのたしなみを知る良い場なのですが、それが戦闘集団の隠れ蓑となっているのは嘆かわしいですね。」

八重花と琴が真面目な話をしていても明夜と由良は弁当争奪戦を繰り広げていて、叶はその仲裁に忙しく、真奈美もそちらに目が行っていて2人の会話を聞いていない。

仕方がないので八重花はそのまま琴と話をすることにした。

「それで、なんだったかしら?ああ、私たちが一緒にご飯を食べようとしていた理由ね。」

「はい。普段はそういった姿をあまり見ないものですから。」

そうだったかなと首を傾げる八重花だが思い返してみると確かにそれほど多くない。

普段は叶たちは同じクラスの裕子たちと一緒しているし、八重花たちも3人で一緒だったり各々で食べたりしていた。

「そうね。だいたい集まるときは何か話があるときだもの。…今日みたいに。」

八重花がさっきとは違い小さく呟いただけだというのに由良も明夜も、叶も真奈美も騒ぐのを止めていた。

(これが"Innocent Vision"の結束ですか。)

普段は喧嘩をしていたとしてもいざ大事なときには一致団結する心に絆を持っている。

(少し、羨ましいですね。)

最近は"Innocent Vision"と一緒にいる機会が多いものの琴の中では友人は叶と陸だけ、他は知り合いという位置付けでしかない。

そして陸が眠っている今、叶だけが琴の友となるが叶にとって琴は唯一の友ではない。

それを少しばかり寂しく思いながらも琴はそれを表には出さない。

「作戦会議というわけですか。それならばわたくしは席を外しましょうか?」

琴としては部外者であると自覚しているので提案としては妥当だと思ったが揃ってキョトンとされた。

「別に構わないだろ?今さら太宮院に聞かれて困る話でもない。」

由良の意見に皆が賛同することにも琴は驚く。

「何故ですか?」

思わずそんな疑問が口をついて出た。

"Innocent Vision"の皆はやっぱり不思議そうな顔をする。

「多少は未来視を引き留めておくっていう打算的な事も…」

「八重花!」

真奈美に止められた意見だが、琴にとってはその方がよほど理解できる内容だった。

そうでなければ"Innocent Vision"が自分を手元に引き留めておく必要がないと。

だが八重花のそれはほとんど冗談だったと言うことは顔を見れば分かる。

だから琴は分からずじっと答えを待つ。

「何故って言われるほどすごい理由じゃないですよ。」

叶がそう断った後を引き継いで八重花と真奈美が答えた。


「あなたは叶の友達でしょう?」

「だったらあたしたちとも友達じゃないですか。」


「友、達…」

それはあまりにも琴にとって衝撃的な話だった。

呆然とする琴の手を叶が優しく握って笑いかける。

「陸君とお友達になったときと同じです。『友達』だから一緒にいて、心配して、助け合うんです。」

「叶、さん…」

琴の瞳から一筋雫が流れた。

それは1つ2つと数を増やしていく。

叶は慈愛に満ちた微笑みを浮かべて琴を抱き締めた。

「わた、わたくし、は…うわーん!」

琴は子供のように泣きじゃくる。

"Innocent Vision"の面々はそれを笑ったりはせず、泣き止むまで優しく見守っていた。




「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。」

昼休み終わり間際まで泣いていた琴は恐縮した様子で頭を下げた。

「まあ、確かにあれだけ大泣きすりゃ恥ずかしいな。」

「うう。」

「由良お姉ちゃん、苛めたらダメですよ。」

「ううぅ。」

由良に弄られ、叶に擁護されて琴はどんどん縮んでいく。

「作戦会議は放課後に持ち越しね。」

「…いっそ殺して下さい。」

もう追い詰められ過ぎて自棄になりかけていた。

だが何かを閃いたらしく死にかけみたいだった顔がパッと華やいだ。

「ならばその会議は我が太宮神社で開きましょう。全力をもっておもてなしさせていただきます。」

名誉挽回の機を得たと意気込む琴は八重花と由良がニヤリと笑ったのに気付かない。

恐らく壱葉で一番安全な場所で美味しいおもてなし付きとなればほくそ笑みもする。

「そうと決まれば早速準備を始めなければなりません。すみませんがお先に失礼させていただきます。」

琴は立ち上がると軽い足取りで屋上から出ていってしまった。

「琴お姉ちゃん、授業は!?」

叶の声も聞かず、バタンと屋上のドアが閉じられる。

「行っちゃったね。」

「友達いないとは聞いてたが本当にカナだけだったんだな。」

琴の変わり様に一同唖然としているうちにチャイムが鳴ってしまった。

弁当の中身は明夜が綺麗に平らげていたので叶が弁当箱を回収する。

立ち上がった八重花たちの顔は必ずしも明るくはない。

「オーとヴァルキリー、どうしたものかしらね。」




撫子は仕事の少ない合間を使って壱葉総合病院を訪れていた。

花鳳グループと縁があるため院長が挨拶に出てきたが友人の見舞いに来ただけだからと仕事に戻ってもらった。

実際は友人と呼べるかは別として。

撫子は病院内でも特に静かな区画を歩く。

ここは植物状態や意識不明など何らかの原因で目覚めることが絶望的な患者を収容していた。

だから話し声など聞こえない。

家族にすら見離され、いずれは入院費すら払われなくなるまでただそこに居続けるだけの人の形をした標。

その中に陸の姿があるのが納得いかなかったが、両親にすら見捨てられた陸を生かすためには仕方がない。

そう、陸にはもう親はいない。


撫子は陸の後見人という立場にあった。

スライド式のドアを開くといつもと変わらないベッドで静かに眠る陸の姿があるだけ。

「ふぅ。」

撫子は椅子に腰掛けてため息をつく。

「本当に、ひどい。」

今思い返しても納得がいかない。

撫子がその事実を知ったのは偶然だった。

たまたま時間が空いてふと見舞いを思い立った日、ナースステーションで噂好きの看護師が働いていたから知ることが出来たのだ。

眠り姫が捨てられて彼女さんが可哀想だと。

彼女という言葉が叶を示していることはどうでもよかった。

「どういうことか詳しくご説明願えますか?」

気がつけば看護師に詰め寄って事情を訪ねていた。

そして撫子は半場家へ直接出向き、そこで全てを諦めた人を見た。

それは言った、去年の春頃に娘を喪ってからずっと2人だったと。

撫子はこの時、怒りを通り越して泣きそうになった。

協議とも言えない話し合いをしてその場で撫子は陸の後見人として認めさせ、知り合いの法律家の協力で正式に受理させた。

「半場さん。」

名を呼ぶが返事はない。

「わたくしが親代わりだとか、目覚めた時にこの関係を強要してヴァルキリーに誘い込もうなどとは考えていません。」

寝顔は幼児のよう。

だけど現実ではどれほどの境遇にあったのか。

親に存在をなかったことにされることなど理解できない。

学校の大半の生徒から妬まれる気分など想像もできない。

生まれながらにして"人"と違うと思ってきた心境など分かってあげられるはずもない。

だからこそ、撫子は惹かれたのだと思う。

自分とは真逆の方向を向いて歩きながらも、その芯は撫子の望む在り方をしている、その生きざまに。

「わたくしは貴方が共に歩んで下さらなくても良いのです。たとえそれが敵対することになったとしても、わたくしが貴方の姿を目指せるのなら。」

大きく羽ばたいて空へと舞い上がった鳳は標を探している。

今は見えなくとも更なる高みに登るための大切な標。

「しかし、目覚めたら親もなく、わたくしが親代わりだと知ったら半場さんは驚かれるでしょうね?」

撫子は楽しそうにクスクスと笑う。

こんな風に無邪気に笑ったのはいつ以来か。

花鳳の人間であれと教育を受け、人の上に立つ者としての自覚を胸に抱き、普通以上の努力を繰り返す日々。

陸とはまた別の過酷な時代を過ごした撫子は上品に笑うことは覚えても本当の意味で笑ったことは数えるほどしかなかった。

葵衣や緑里、一部の人だけが知る"花鳳の撫子"ではない等身大の女性の姿。

撫子にとって陸はありのままの自分をさらけ出せるほどに信頼を寄せる相手だった。

敵として相対してもそれは撫子の成長のためになる。

妄信的とも言える感情は恋ではなく一種の崇拝に近い想いを撫子に抱かせていた。

静かで穏やかな時間が流れる。

陸は当然のように何も言わないが撫子はそれを退屈だとは思わない。

同じ時を共有している、ただそれだけの事ですら大切だと言わんばかりに。

だがそれも撫子の携帯の着信音で壊された。

仕事のトラブルで急な呼び出しだった。

「それではまた寄らせていただきます。どうか壮健で。願わくは目覚めた半場さんと会えることを。」

撫子はお辞儀をして早足に病室を出ていった。

廊下を軽快に歩く足音が遠ざかっていき、ドアが閉まるとまた無音の世界が訪れる。

ここは時から外れた世界と言える。

陸は、今もその中にいた。

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