第53話 復活した力
八重花も由良もソルシエールが戻ってきたことを喜びながらも内心困惑していた。
(ソルシエールが戻ってきたのは何でかしら?それに、以前よりも力が落ちている。)
八重花は試しに右手にジオードを握ったまま左手に意識を集中させた。
以前なら簡単に青い炎のドルーズが出たはずだったが手のひらが熱くなった感覚があるだけで炎は出なかった。
(さしずめ続編になってレベル1に戻ったといったところかしら?)
それでもジオードの炎は凄まじい威力を誇っている。
慣らしの意味も含めてちょうど良かった。
「ジュエル!攻撃開始!」
美保が苛立ちのままにジュエルに号令をかけたが"人"から"化け物"へと変貌を遂げた敵を前に戦闘未経験のジュエルたちは完全にすくんでいた。
美保は不甲斐ない部下に舌打ちして自ら飛びかかる。
「ソルシエールのわけがない!きっとジュエルを奪ったに違いないわ。それならあたしが負けるわけがない!」
正面からの特攻と3つのレイズハートの超攻撃性の一撃を前にして八重花は逃げない。
右手に握ったジオードを後ろに引いて迎え撃つ構えを取る。
「ジュエルかどうか、その身で味わいなさい。ジオード、イグニッション!」
点火の掛け声と共にジオードから赤い炎が立ち上った。
炎を背に逆光となった八重花の顔で左目だけが朱色に光っている。
美保が一瞬、攻撃を躊躇いかけた。
(あたしが、ヴァルキリーの神峰美保が"Innocent Vision"を、恐れた。)
ギリッと奥歯を噛み締めてスマラグド・ベリロスを強く握る。
「ふざけんじゃないわよぉ!」
八重花と、そして自分への怒りを糧に美保は八重花に襲いかかった。
ガキンッ
「きゃあ!」
また一本、ジュエルが弾き飛ばされた。
微細振動する玻璃と打ち合うことが出来ないのだ。
由良は無手になったジュエルを蹴り飛ばして次の相手を睨む。
「さあ、次はどいつだ!」
「ひぃ!」
剣士としての洗礼された立ち方ではなく手にある武器を相手を倒すために全力で振るう野蛮なスタンスと朱色に輝く瞳は、由良をよりいっそう"化け物"に
「や、山姥よ!」
そう、山姥のように見せていた。
「誰が山姥だぁ!?」
「きゃああ!」
玻璃を手に追い回す由良と逃げ惑うジュエルを悠莉はクスクスと笑いながら見ていた。
「ふふ、賑やかですね。」
「何また傍観者に戻ってやがる?一度超音振とコランダムのどっちが上か確かめたかったんだ。勝負しろ。」
以前に一度、蘭が入る前の"Innocent Vision"と"RGB"が交戦した時に使ったが不意討ちだった。
玻璃の超音振という矛とサフェイロスのコランダムという盾、そのどちらが強いのかは以前から興味があったのだ。
「あいにく今のジュエル、サフェイロス・アルミナでは境界は生み出せても境界世界は難しいんです。空間攻撃である超音振を防ぐことは今の私にはできませんよ。」
だが悠莉は慌てもせず現状での対決を拒否した。
悠莉の微笑みはその言動の真偽を掴ませない。
「ちっ、仕方ないか。」
本物との決着を望むからこそ由良が引き下がることを知っての答え。
心理戦を得意とする悠莉は力で劣ってもそれを補う技能があった。
そして由良があっさりと引き下がったもう1つの理由。
(超音振は試してないが、どうも玻璃は本調子じゃないみたいだな。)
ソルシエールの不調に気付いていた。
由良は玻璃でポンポンと肩を叩いて息をつく。
「しょうがねえな。だったらその邪魔な壁をぶち抜いてここから出させてもらおうか。」
由良の闘志が玻璃を、大気を震わせる。
それはジュエルたちにまで伝播していった。
魔剣を構えてはいるものの先ほどまでのように率先して挑みかかろうとする者はいない。
悠莉はサフェイロス・アルミナを静かに構えてみせる。
「ヴァルキリーとして、はいどうぞ、とお通しするわけには行きません。復活したソルシエールの力、見せていただきますね。」
「ああ、とくと見て味わえ!」
由良の放った音震波がコランダムとぶつかって爆音を響かせた。
叶と真奈美は明夜に続く形で走っていた。
「明夜、どこに向かってるの?」
人目があるのでスピネルが使えない真奈美は場合によってはタクシーの利用も考慮に入れて尋ねた。
明夜は走りながら振り返って答えた。
「八重花たちの所。」
真奈美と叶が唖然とした様子でゆっくりと速度を落とし、立ち止まった。
明夜も足を止めて首をかしげる。
「どうかした?」
「明夜ちゃん。八重花ちゃんたちは京都にいるんだよ?」
「…京都って遠いの?」
説明しても明夜の首が逆方向に傾けられるだけだった。
「少なくとも走っていける距離じゃないよ。」
「そう。」
ようやく納得したらしく明夜から急ぐ様子がなくなった。
真奈美はホッとしたあと真面目な顔になる。
「つまり八重花と由良先輩が大変だってことだね。」
「ソルシエールが目覚めた。多分ヴァルキリーに襲われてる。」
明夜は淡々と自分の感じたものと推測を語る。
それはまるで見てきたようだった。
「でも今から行っても間に合わないよ。」
八重花たちが襲われていると聞いて不安げな顔をした叶はどうしようもない状況に俯いた。
「それに向かったとしてもその頃には決着がついてるだろうしね。」
真奈美も同意し、携帯で八重花に電話をするが電波が届かない場所にいるとのアナウンスが流れるだけだった。
「…。うん、大丈夫だよ。八重花ちゃんと由良お姉ちゃんはちゃんと帰ってきてくれる。」
叶が自分に言い聞かせるように笑顔で告げると真奈美と明夜も頷いた。
「あたしたちにできるのはそれくらいだしね。」
叶と真奈美は京都の方角の空に目を向けた。
熱も振動も今は感じないが2人を信じて待とうと決めた。
「…叶、次のご飯は?」
「明夜ちゃん…」
「あはは…」
そしてすでに今の会話を忘れてしまったかのようにいつも通りの明夜に叶たちは苦笑するのだった。
「はああ!」
「せいっ!」
キン、ギン
魔女に与えられた美しき魔剣と人の手で生み出された武骨な魔剣がぶつかり合い、甲高い悲鳴をあげる。
炎と光の演舞はジュエルを完全に置き去りにして熾烈を極めていた。
美保と3つの光刃の連携を八重花はジオードで捌いていく。
(やはりドルーズが無いと手数が足りない。)
八重花は足りない分を炎の噴射によってカバーしていた。
ゴウと吹き出した赤い炎が美保の頬にピリピリと痛みを与える。
「鬱陶しい炎ね!」
「それはお互い様よ。」
八重花もまた3つとはいえ太刀筋を無視した斬撃を繰り出せるレイズハートを前に攻めきれずにいた。
「いつまでもあなたの相手をしている暇はないのよ。班員を引率しないといけない立場だから。」
八重花はジオードを振り上げると炎を生み出し、それを地面に叩きつけた。
ドウッ、八重花を中心に爆発的に炎が飛び散る。
咄嗟に顔を腕で覆った美保がようやく熱さから逃れて見たときにはすでに八重花の姿はなかった。
「ジュエル!東條八重花を追いなさい!」
「は、はい!」
ジュエルたちがゾロゾロと駆け出していくがその時にはすでに八重花の姿は見えなくなっていた。
ギャギャギャギャッ
高周波ブレードと化した玻璃と青き壁コランダムがぶつかり合って甲高い音を奏でる。
バキン
振動に耐えきれなかった壁がガラスのように砕け散る。
「コランダム。」
だが玻璃の振動する先端が悠莉の体に突き刺さるよりも先に再び障壁を展開、体から10センチ程度の位置で玻璃は再び壁に阻まれて悠莉には届かなかった。
さっきからこの繰り返しだった。
「守りに入られたら鉄壁だな。やっぱ超音振撃っていいか?」
「それで羽佐間さんが決着だと思われるのならご自由に。」
「ちっ。やりづらい奴だな。」
結局由良は舌打ちしただけで超音振は使わず玻璃を振るい続ける。
「悠莉様、頑張ってください!」
「"Innocent Vision"を倒してヴァルキリーに勝利を!」
ジュエルは完全に観客に成り下がっていて歓声や悲鳴で忙しい。
「…なかなか無茶を言いますね。」
今勝負が拮抗しているのはあくまで悠莉が防戦に徹し、反撃する気がないからだ。
だが勝つためには攻撃しなければならない。
ソルシエール・サフェイロスのコランダムならば砕けた障壁によるコランダムの発動が使えたがジュエルではそもそも境界空間の作製さえ行えない。
盾を開けなければ攻撃できないがその隙間を高い戦闘センスを持つ由良が見逃してくれるとは思えない。
結果として悠莉は防御に専念し、由良の疲れを待つという消極的な策を取らざるを得なかった。
「オーーッ!!」
異音が響く戦場に異形の声が響いた。
悠莉がそれを聞いて微笑む。
「どうやら私の今日の運勢は良いようですね。援軍とは言いづらいですがこれで私と羽佐間さんとオーの三つ巴、どうなるか分からなくなります。」
オーの攻撃でジュエルが負けないことは調査済み。
最初悠莉を狙ってきても障壁を抜けないとなれば由良に標的を定めるのは道理。
後はオーと由良の戦いで障壁を使って由良の邪魔をすれば由良を倒せるかもしれないという魂胆だった。
オーが屋根伝いに跳びながら迫ってくる。
「そう思うか?」
「ッ!」
だが由良の力強い笑みを見たとき、そんな甘い考えは吹き飛んだ。
「皆さん、すぐにこの場から撤退してください!」
悠莉は自らも玻璃にサフェイロスをぶつけながら距離を取り、そのまま由良に背を向けて駆け出した。
「は、はい!?」
ジュエルは戸惑いながらも悠莉に従って走り出す。
由良は逃げる悠莉たちを追わなかった。
右手に握る玻璃の振動が大きくなっていく。
顔を上げた由良はまっすぐにオーを睨み付けた。
「お前なら遠慮はいらないな!全力、持っていけ!」
激震する玻璃がくい打ち機のように放たれて飛び掛かってきたオーの胸に深々と突き刺さる。
「オーッ!?」
「これで終わりだと思うな!」
高々と突き上げた玻璃がさらに振動し周囲の空間までも揺らがせる。
由良は笑みを浮かべながらその名を叫んだ。
「喰らいやがれ、超音振ッ!」
「オオオォォ………」
断末魔の叫びすらも掻き消す音無き音が結界の中で爆発した。
「見つけたわ。」
八重花は闇雲に逃げ出したわけではなかった。
初めに聞こえた声の方向を目指し、この結界を形成させたと思しきオーを見つけ出した。
「オーッ!」
八重花の接近に気が付いたオーが吼えながら大地を蹴った。
少し前までなら反応できなかった速さが今は余裕を持って反応できる。
オーの爪を紙一重でかわし交差する際に背中に肘を叩き込んだ。
「オオォ!」
バランスを崩したオーが上体から突っ込んでガリガリと顔を削って停止した。
「あまりのんびりしていられないのよ。さっさと出口の鍵を開けてくれないかしら?」
口ではそう言いながらも八重花はすでにジオードを構えていた。
オーに交渉が出来るとは初めから思っていないし鍵がオーである以上排除するのが最も合理的だからだ。
「今すぐ私を解放するかその身を消滅させて結界を維持できなくなるか、好きな方を選ばせてあげる。」
「オオオーーーッ!」
挑発を正しく理解したのかは定かではないがオーが力強く咆哮した。
「交渉、決裂ね。」
八重花はむしろ楽しそうに呟いた。
それと同時にジオードから溢れ出した赤い炎が蛇のように鎌首をもたげる。
「行きなさい、ジオード!」
八重花がソルシエールを振るうと炎の蛇が鞭のようにしなりながらオーに向かってアギトを開いた。
「オーッ!」
オーは咄嗟に左横へと跳んで炎の奔流を回避する。
そうなれば八重花は武器と一体となった炎を放った直後に隙が生まれる。
剣を振り抜いた八重花の反応しづらい右手側へと飛び込み
「オーッ!」
その左腕を砲身へと変化させて照準を合わせた。
弾丸は音速を超えるスピードで放たれる。
これほどの至近距離ならばそのエネルギーはすべて八重花に叩き込まれ、場合によっては一撃で肉塊に出来るかもしれない。
オーは目許に愉悦の笑みを浮かべて発射態勢に入った。
ダンッ
漆黒の弾丸が放たれた。
だが、その衝撃は何一つ現れない。
何故なら
「オオオオオオォ!!?!」
オーが弾丸を放つ瞬間、背後から迫る炎の蛇がオーと弾丸をまるまる飲み込んだからだ。
弾丸は飛び出した瞬間に燃え尽きて消滅し、オーもまた灼熱の業火で崩れていく。
「ソルシエールの炎は私の手足と同じよ。後方不注意、減点ね。」
八重花がジオードを手にオーへと駆け、左下から右上に向けて一閃、軌跡を残した太刀筋が消え去った後、ズルリとオーの体がずれた。
「終わりよ。」
「オオオォォーッ!」
オーは灰になって消滅し、結界が消滅していった。
ようやくソルシエール復活です。
一区切りですのでしばらく休載させていただきます。




