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Akashic Vision  作者: MCFL
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第49話 修学旅行

そしていよいよ修学旅行の日がやって来た。

新幹線の駅まではバスでの移動であるため朝6時に生徒たちは集合している。

そんな時間だというのに巫女装束の琴は叶たちの見送りに来ていた。

「眠そうですね、叶さん。」

「はい。昨日もなかなか寝付けなかったので。バスで寝ます。」

若干眠りに入りかけている叶を真奈美が支える。

1組の八重花、由良、明夜も集まってきており、明夜は由良にのし掛かるようにして眠っている。

「この間説明したように気を付けてください。」

周りに人がいるため主語を伏せて確認を取ると琴はしっかりと頷いた。

「心得ました。自身の安全に気を配るとします。」

気負った様子のない琴に心配そうな目を向ける叶に琴は微笑みを見せる。

「大丈夫です。叶さんを悲しませるようなことは致しません。」

「悪いな、俺のせいで。」

由良が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にすると琴は意外そうに目を見開いて口許を袖で隠した。

「ふふ、起こるかもしれないという可能性でしかありません。それなのに先に謝られてはこちらの方が恐縮してしまいます。」

由良が表情を和らげたところで集合の声がかかった。

「それじゃあ、琴お姉ちゃん。行ってきます。」

「はい。お気をつけて。良き旅を。」

2年生がバスに乗り込んでいく。

それを眺めていた琴がふと視線を感じてその先を見ると2組のバスから美保が睨み付けるように見ていた。

その隣には悠莉も座っていて目が合うと会釈をした。

琴も会釈を返す。

その反応を余裕と判断した美保の視線がさらに険しくなったが琴はもう既に意識を外していた。

準備が整い、叶たちを乗せたバスが壱葉高校から出ていく。

バスの巻き起こす風に髪を乱されるまま琴はジッと走り去るバスを見つめ


「さようなら、叶さん。」


ポツリと、バスのエンジン音に掻き消される声で呟いてその場からいなくなった。




「私の歌を聞けぇー!」

バスの中で騒ぎ


「震えなさい、愚民ども。革命!」

新幹線の中で騒ぎ


そして到着した大阪で

「もう燃え尽きたわ。」

裕子はすでに燃え尽きていた。

これで1日目から自由行動ならまだ元気だっただろうが初日は無難に見学ツアーなので完全に適当になっていた。

「あー、久住の反面教師でしっかり見学するように。」

引率の教師が言ったその言葉は妙に説得力があった。


2年生が真面目にぞろぞろ見学している頃、不真面目な集団がWVe大阪店にいた。

人造ソルシエール・ジュエルを担うヴァルキリーの尖兵たちである。

「ヴァルキリーの神峰さんからメールを貰ったときにはビックリしたけど、ようやくうちらが戦う敵が出来たんね。」

「けどな、前のジュエルん時のヴァルキリーが"Innocent Vision"に邪魔されたんよ。あの神峰さんたちとやりあうなんてばけもんと違うか?」

「それ聞いた。しかも人数は半分しかいなかったて。つまりヴァルキリーより2倍強いん?」

ジュエルたちは勝手な想像で"Innocent Vision"を怪物へと仕立て上げていく。

すでに頭の中ではソルシエールを振るう度に建物を破壊し、奇っ怪な雄叫びをあげる山姥みたいな姿が出来上がっていた。

インストラクターの神戸がこの場にいなかったのもその想像に歯止めがかからなかった原因の1つだった。

その神戸は壱葉高校の修学旅行生を尾行していた。

「こちら神戸。」

『ついてきてる?』

電話の相手は美保だった。

神戸の視界に美保がいる。

そこから離れた位置に1組にいる"Innocent Vision"の姿も見えていた。

「捉えています。」

『もうすぐ班ごとに別れた移動になるわ。どうせあのメンバーは一緒の班だろうから人気の無いところで襲いなさい。』

台詞がかなり悪役入ってる美保の指示に対して神戸は電話に向かって頭を下げた。

「了解です。もう一組の方はどうします?」

『4組の2人はジュエルでどうにかなる相手じゃないわ。だから1組のやつらを1人は生かしておいて交渉に使うわよ。』

「わかりました。」

美保は自分の班に他の一般の生徒がいるため抜け出せないので八重花たち襲撃の指揮権は神戸にあった。

かつてはヘレナジュエルに所属していた神戸はクリスマスパーティにも参加しており"Innocent Vision"の恐ろしさをよく知っていた。

「でも今はソルシエールはない。今度はやれる。」

引率の教師が立ち止まり、班行動の指示を出している。

あとは"Innocent Vision"のメンバーが3人だけになった瞬間に待機させてあるジュエルで包囲し、殲滅する。

これが前ジュエルで集団戦闘を学んだ神戸の練ったプランだった。

「動いた。」

班行動ではあるけれど自由行動ではないため学生の動きは鈍くノロノロと分散していく。

このまま他の生徒から"Innocent Vision"が離れていくのを待とうとした神戸は

「なっ!?」

声を上げそうになるのを慌てて手で押さえて封じると美保に電話をかけた。

『何よ?あんまり電話してると怪しまれ…』

神戸は美保の文句を聞いていない。

ただ視線の先の光景に戸惑っていた。

「"Innocent Vision"のメンバーが別の班でバラバラに移動を始めました。」

『はぁ!?』


『あいつら同じ班じゃないの?そうしたら各個撃破よ。』

「もう見失いました。」

『あー、もう!』

美保が電話の向こうでイラついているのがわかる。

『美保さん、余り大きな声を出すとおかしいですよ。』

悠莉のたしなめる声を聞いて美保が静かになる。

『とにかく誰か1人を追いかけなさい。捕まえれば他の連中の連絡先も分かるわ。』

「り、了解です。」

神戸は電話を切るとすぐに待機させていたジュエルに連絡を取った。

「すぐに集合して。攻撃するわ。」

『えー、でも"Innocent Vision"てヴァルキリーみたいに強いんでしょ?』

『うちらじゃ相手にならん化け物じゃん。』

しかし疑心暗鬼で日和ったジュエルの反応は鈍かった。

神戸の額に青筋が浮かぶ。

「いいからすぐに集合!」

『はいぃ!』

神戸はそのまま通りに出て3人が別れた地点に立った。

まだそれほど時間が経っていないので追いかければ見つけられるはずだ。

だがそこで1つ問題があった。

(誰を追うべきか。)

3人がそれぞれに分かれたなら追いかけた相手と戦うことになる。

ヘレナジュエルとしてクリスマスパーティーに参戦し、デーモン事件の時に辞めていた神戸にとって本物の魔剣の怖さを思い知らされた由良と明夜にはソルシエールがなかったとしてもあまり関わり合いたくなかった。

よって神戸は八重花の後を追い、ジュエルにも追跡ルートを指示して合流することにした。

だが神戸は知らなかった。

ソルシエールがない今、一番怖いのは深遠なる知略を持つ八重花であるということを。



神戸と合流したジュエル3人は大阪城の一画で八重花と一緒に行動していた壱葉高校の生徒たちを発見した。

「あの人らですか?」

「どれ?」

だがいくら探しても八重花の姿は見つからない。

ジュエルは八重花の事を知らないので神戸に任せるしかない。

「いないわね。休んでいるみたいだしお手洗いかしら?」

「あ、うちもトイレ。」

ジュエルの1人がシュッと手を挙げると近くのトイレにテッテと走っていった。

「相手の武器がないとはいえ一応戦闘時第二種警戒よ。」

神戸は緊張感のないジュエルの対応に頭を痛めていた。


「おっトイレー。」

トイレに入ろうとしたジュエルは入り口の脇に東京限定で売られたというアクセサリーが落ちているのを見つけた。

「誰のかなぁ?」

興味と罪悪感の間で揺れるがもしかしたらすぐに持ち主が来てしまうかもしれないという焦燥感からアクセサリーに飛び付いた。

「わー、いいなー。」

子供のように目を輝かせてアクセサリーを眺めるジュエル。

その背後でニヤリと笑う人影がトイレからゆっくりと歩み寄っていた。



「戻ってこないわね。」

班行動の生徒たちが動き出した。

遠目で分かりづらかったが八重花らしき人物が合流したので神戸たちも追うことにした。

「メールしときます。」

ジュエルの1人が素早くメールを打つ。

するとすぐに返信があった。

「へ?便器に嵌まった?」

「ぷっ。」

1人が素頓狂な声を上げ、1人が吹き出す。

神戸は頭痛がひどくなった。

「助けに行ってあげなさい。こっちは2人で追うわ。」

「はい。」

こうしてまた1人ジュエルが離れていく。


トイレに到着したジュエルは

「どこー?」

呼び掛ける。

「んー、んー!」

すると一番奥からくぐもった声が聞こえた。

「まったく、何やってるのよ?」

ジュエルは苦笑しながらドアを開け


便器の上で後ろ手に縛られ猿轡された仲間の姿を見た。


「……え?」

突然の事に理解できず硬直するジュエル。

「んー!んーっ!!」

必死に何かを伝えようとしているが理解できない。

その対面のドアがゆっくりと開き、また1人犠牲者が増えた。



「…おかしいわよ、絶対に。」

ジュエル2人と連絡が取れなくなった。

神戸と残されたジュエルは顔を見合わせて不安を抱いた。

大阪は彼女らのホームグラウンド、いくらでも追い詰められるはずだった。

「神戸さん、どないしよ?やっぱ"Innocent Vision"はばけもんなんよ。」

「例えそうだったとしても今はソルシエールを失ってるのよ?」

見えない恐怖に神経が削られていく。

ジュエルの方はすでに"Innocent Vision"という化け物の幻覚に飲まれて震えていた。

ただでさえ実戦経験のないジュエルがこれでは使い物になりそうもなかった。

神戸は美保に連絡をしようとして…止めた。

「さっきはすぐに動けばよかったのに美保さんに頼って対応が遅れた。今回はしくじらないわ。」

神戸は壱葉高校の生徒たちが人気の少ない区画に足を踏み入れたのを好機と見た。

隙を見て八重花を拐い、決着を着けようと考える。

ジュエルの身体能力ならそれも可能。

だが震えているジュエルは足手まといだった。

「あなたは連絡を続けて。」

神戸はそう言って飛び出した。

木陰から八重花を探し、全員の視線が外れた瞬間に風のように飛び出し、一瞬で反対側の茂みに八重花を抱えて飛び込んだ。

「さあ、大人しく…」

捕まえた人物を押し倒した神戸は

「……」

呆然と見上げてくるのが八重花と髪型や背格好が似ている他人だとようやく気付いた。

押し倒された女子生徒は目を白黒させながら震えていた。

「大人しくしてもらうわよ。」

首筋に固いものが押し当てられて神戸は背筋が震えた。

ゆっくりと振り返ると木刀を握った由良とジッと見つめている明夜、そして不敵に笑う八重花が立っていた。

「おかしな動きを見せれば高校生を狙った強盗、あるいは誘拐未遂として国家権力に通報するわ。被害者がいる以上言い逃れは出来ないわよ。」

神戸は生徒から手を離して両手をあげた。

何があったのか理解できていない様子の生徒を送り出して八重花はクスリと笑う。

「面白いくらい素直に引っ掛かってくれてありがとう。」

「え?」

「つまり、こういうことよ。」


「…。」

八重花は班の後ろについて歩いていた。

やはりクラスの腫れ物である八重花が気になるのかチラチラと前の生徒が振り返っては目が合うと慌てて視線を前に戻すことを繰り返していた。

「あの、東條さん?」

「何かしら?」

それをしばらく続けた辺りで1人の勇気あるクラスメイトが八重花に声をかけた。

別に取って喰らうわけでも睨み付けるわけでもないのに怯えられて八重花は苦笑する。

「ええと、どうして班が違うのに東條さんがついてきてるの?」

至極当然の、だけどもう少し早く尋ねられると思っていた質問に八重花は苦笑する。

「つまらない班行動にちょっとしたスパイスをね。」

曖昧に答えて交差路で八重花は別の道に足を向けた。

「さて、どうするのかしら?」


「私に似た子のいる班についていく振りをして2人と合流し、その後はその班を追いかけるあなたたちを尾行していたのよ。」

「…。」

神戸はぐうの音も出なかった。

最初から仕組まれていた結果に向かわされた感覚。

これはクリスマスパーティで戦ったインヴィの戦略に通じるものがあった。

「これからどうするつもり?」

神戸はキッと八重花を睨み付ける。

交渉の材料になるくらいなら暴れるつもりだった。

「別に何もしないわ。ただ、…」

八重花は手にしたデジカメを神戸に見えるようにひっくり返した。

そこには生徒を押し倒す神戸の写真があった。

神戸の額をとめどなく冷や汗が流れる。

「証人と被害者がいて証拠もある。これが出回ればあなたの社会的地位は間違いなく失われるわね。」

今や花形と言われ始めたWVeの店員をくびになる。

それは転落人生の始まりを暗示するには十分だった。

神戸が暗い未来を想像して絶望を抱くのを見て八重花は口の端を釣り上げて悪魔の誘惑を囁いた。

「あることをしてくれればこの写真は消去してあげるわよ。」

「…」

神戸が首を縦に振るまでにそれほど時間を要さなかった。

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