第47話 変わらない心
翌日、叶と真奈美はヴァルキリーとの騒動で忘れていたがクラスは修学旅行の計画に燃えていた。
一時限目が担任の授業な事をこれ幸いにとジャックし、机を集めて近畿地方の巨大な地図を展開、調査した情報を記していく。
瞬く間に白地図は黒や赤の情報で埋め尽くされた。
昨日はテンションに乗り遅れた裕子も今日は朝から全力全開で陣頭指揮をとっている。
その下には実行委員と芳賀がついついてクラスの団結は凄まじいものがあった。
ちなみに3組と合同で計画を立てる手筈なのだが実行委員をはじめ全員忘れていた。
「情報は揃ったわね。次は各自のおすすめをプレゼンして。食べ物でも名所でも何でもいいわ。自分がいいと思ったものを挙げていって!」
「はい!」
裕子が言い終わると同時にクラスメイトの挙手が乱立する。
「私は京都の和菓子を推すわ。和菓子は洋菓子に比べてカロリー控えめだそうでその中でも特に有名なお店がこことここよ。」
地図上のポイントを示しながら力説する女子生徒。
「俺は最近できたって話題のアミューズメント施設がいいと思う。最新鋭の体感ゲームがあるらしいぞ。」
そのゲームについて熱く語り出す男子生徒。
各自が調べてきた内容を語っていくので情報のない叶と真奈美は内心焦っていたが普通に神社仏閣を推薦する生徒もいたのでそれに便乗する形で難を逃れた。
地図におすすめポイントが記されて一応の完成を見た。
やはり各府県の主要都市にスポットが集中する形になっていた。
後はルートを裕子が決定すれば終了だ。
裕子はうーんと唸り
「よし、全部回るわよ!」
高らかに宣言した。
「「おおおおおお!!!」」
「「えええ!!??」」
クラスに歓声と悲鳴が上がる。
だが修学旅行と言ってもすべてが自由時間な訳ではない。
むしろ自由時間の方が少ないくらいなのだから裕子の案は無謀としか言えなかった。
「だってみんなのおすすめなのよ?誰かの意見が良くて他が駄目なんて不公平じゃない。」
裕子は悲しげに地図を見つめながら呟いた。
クラスメイトが美味しいと、楽しいと思える場所だから行きたい。
それは荒唐無稽だけど優しい考え方だった。
だけど予算も時間も限られている旅行ではどんなに切望しても裕子の意見は通らない。
実行委員が裕子の肩を叩く。
「久住さんの気持ちは分かりました。でも全員で全てを回るのは無理です。」
「でも…」
「だから、一班一県で回り、最後に皆で思い出を分かち合いましょう。」
感動で裕子の目に涙が浮かぶ。
「素敵よ!」
「久住さん!」
実行委員と裕子が抱き締め合う。
「へっ、まあ今日のところはいいさ。」
彼氏としての見せ場を取られた芳賀だが女同士なので大目に見る。
「そうしたら班分けよ。話を聞いて興味を持った所に集まって。人数は後で調整するわ。」
地域ごとに場所を指定していくと悩みながら分散していく。
基本的には自分のおすすめに行くが向かう場所は一ヶ所では無いので総合的に判断してより楽しそうだと思える地域を選択する生徒もいた。
「叶、真奈美。久美と一緒に大阪に行かない?」
司会進行の裕子も当然生徒なので行き先選択の権利がある。
久美を連れ立って叶たちに声をかけた。
「大阪に何かあるの?」
叶が地図を覗き込むと多くは食べ物屋だった。
「もちろん食べ歩きツアーよ。」
そして期待を裏切る事なく親指を立てて言い切った。
だが叶と真奈美は顔を見合わせる。
大食らいなら楽しいかもしれないが1日に何店舗も回れるような胃袋はしていないし乙女として食べ過ぎはいろいろと怖かった。
「私、どっちかと言えば少食だから。」
「あたしも。部活やってた頃の感覚で食べてると大変なことになるよ。」
そして容量の問題を差し引いたとしても食べ歩きツアーは出費が嵩みそうだった。
「にゃはは、食べ歩きツアーは男子が中心に動いた方がよさそだね。」
「久美まで。」
一応提案者に当たる久美までが否定派に回ったため裕子は唸り出した。
ここに芳賀を加えたメンバーで大阪に行きたかったのだが巡回する場所の大半が食べ物屋では叶たちの説得は難しそうだった。
そこで裕子はふと気が付いた。
元々全員で全部を回ろうという無謀な計画を実行委員の意見によって地域ごとに分断し、後で内容を共有し合うことになった。
ならば同じ班の中でもそうやって共有し合えば良いのだ。
「ならこうしましょう。食べ歩きだけど大阪の味を知るための一口試食ツアー。」
「一口試食?」
叶が首を傾げ、真奈美は呆れたような目を向ける。
「いくらお金が勿体無いからって試食コーナーでお腹を満たそうとするのは感心しないよ。」
「そこまで言ってないでしょ!単に1つの店で1人が注文してそれを分け合うのよ。そうすれば出費は少しだしお腹も一杯にならないし。」
不名誉な扱いを裕子は否定しつつ説明する。
それは叶たちが考えを改めさせるいい案だった。
「それならみんなで1つだから少なくて済むね。」
「しかも気に入ったらその時に追加で買えばいい。なかなかいいんじゃないかな?」
裕子の案を受けて叶たちが乗り気になった。
久美も
「みんな一緒ならもちろん行くよ。」
という日和っぷりを発揮して行動はほぼ決定されたと言えた。
「なあ。」
そこに追加予定の芳賀が声をかけてきた。
「どうしたの、雅人くん?心配しなくても特別に私たちの班に入れてあげるよ?」
「いや、入れてくれないとグレるからな。そうじゃなくて…」
雅人は班分けをしているクラスメイトたちを指差す。
そこには何故か大阪に生徒が集中していた。
「裕子のアイデアを聞いて他のやつらもすっかり同じことをやろうとしてるぞ。」
「こらぁ!人の案を奪うな!」
裕子は拳を振り上げて集まった大阪行き希望の生徒をバッタバッタと薙ぎ倒し
「アイアムウィナー!」
見事大阪行きの権利を獲得したのであった。
「…実際は話し合いだったけどね。」
こんな暴走した修学旅行計画だが
「これが生徒の自主性というやつか。」
なぜか担任が生徒たちの熱気に当てられて感涙し、結局このまま進行することになった。
3、4組の計画が提出されたことで修学旅行が現実味を帯び始めた頃、ヴァルキリーでも修学旅行の話題が持ち上がっていた。
「修学旅行か。あたしは部の合宿の方が楽しかったな。だって神社とか寺を見てもつまらないでしょ?」
歴史的建造物を見て過去の建築当時の世界観を学ぶことが修学旅行の本質なのだが良子はそれを全面的に否定した。
尤も多くの生徒が同じ考えでいることは否めないが。
「ボクもあんまり楽しくなかったかな。葵衣はサボるし。」
「サボタージュではありません。お嬢様のお仕事の補佐について出なければならなくなったからです。」
修学旅行を経験した先輩からつまらなかったと聞いてげんなりする美保とは対照的に悠莉は微笑みを浮かべたままだった。
「美保さん、安心してください。今年は記憶に刻み込まれる旅行を演出するために修学旅行実行委員を引き受けたのですから。先輩方から聞いた過去の修学旅行の良し悪しを並べ、良いところはそのままに悪い点を改善するプランを練りました。さらに八重花さんの知略により詳細にまで詰めた計画は必ずやご満足頂けるはずです。」
途中から旅行会社の店員みたいになっていたが先日の案を八重花が修正したプランが実行委員会に提出された。
美保はむしろそちらよりも八重花の名前が普通に出てきたことに顔をしかめたが悠莉は気付かなかったのか無視したのか何も言わなかった。
「悠莉のプランか。予算度外視の高級ツアーとかじゃないの?」
撫子ほどでは無いにしても悠莉もお嬢様と呼ばれる人種で買い物の値段設定は一般人よりも高めにある。
良子はその一端を倉谷のショッピングモールで垣間見ただけに他の生徒を心配して尋ねた。
「その点は八重花さんに指摘されましたし、翌日には質をほとんど落とさずに割安のプランを用意していただきました。」
「さすが八重花。」
乙女会会長が認めるほどの才女・東條八重花。
その才女がヴァルキリーとしては敵に回っているため美保と海原姉妹は反応に窮した。
「修学旅行と言えば4組も面白いことになってるんだって?」
美保も同年代なのでクラスメイトとの話から4組の計画の話は聞いていた。
「どんな?」
「何でも各自が持ち寄った見所を回るとか。しかも一班一県らしいですよ?」
美保の説明を聞いて葵衣はいつも通りだったが良子と緑里は目をぱちくりさせる。
「はぁ、そりゃまた壮大な。」
「でも面白そうではあるね。」
ありきたりな修学旅行を経験した2人は楽しそうな計画にむしろ興味を持ったようだった。
「"Innocent Vision"の作倉叶様と芦屋真奈美様は大阪に向かわれるようですね。」
朝に決まった話をすでに葵衣は知っていたようで美保の知らない情報まで持っていた。
今さら驚いても仕方がないので誰もそこには突っ込まず、葵衣のもたらした情報に耳を傾けた。
「まあ、インヴィの友人たちは八重花以外集まってるから一緒に行動するのは別におかしくないけどね。」
「食い倒れの町で食い倒れないかな?」
「姉さん、そんなことあり得ません。」
「えー、そうかな?」
3年生たちが適当な話題で言葉を交わしている横で当事者2人は対照的な笑みを浮かべていた。
困り顔の悠莉は不敵というかもはや不気味に近い笑みを浮かべた美保を横目で見やり小さくため息を漏らして手を頬に当てた。
「ふっふっふ、わざわざあたしの育て上げてるジュエルのいる大阪を選ぶなんてあいつらもついてないわね!」
「美保さん、ジュエルを動かせば"Innocent Vision"に気付かれますよ?」
熱くなる美保に対して悠莉は反応が悪い。
せっかく計画したプランを無茶苦茶にされそうだからという理由もあった。
だが面白いことを見つけた美保は簡単には止まらない。
「大丈夫よ。向こうのジュエルが勝手に突っ走ったって言えば問題ないわ。それに死人に口なしよ。」
しかも殺る気満々だった。
それを聞いた葵衣と緑里が顔を見合わせる。
"Innocent Vision"、作倉叶に手を出したのがバレれば琴が撫子の脅迫の証拠を公開すると言っているのだ。
「美保様。お嬢様の、ひいてはヴァルキリーの存続のため軽率な行動は慎んでください。」
冷静な物言いだがそこには明らかな妨害の意志が込められていて美保は目を細める。
「最近、ヴァルキリーは慎重すぎですよ?気に食わない相手は殺す。前みたいにそれで良いじゃないですか。」
「試用段階のヴァルキリーとは違うのです。本格的にジュエルを浸透させるまでは目立つ行動は控えなければなりません。」
手に持つのがソルシエールだろうとジュエルだろうと美保の本質は変わっていない。
だが悠莉や良子、果ては撫子までが陸との接触によってぶれてしまった。
それは手にしたソルシエールの呪縛が弱まったためとも考えられるが少なくとも美保にとっては弱体化に他ならない。
強力なカリスマを持つ撫子が頻繁に連絡を取れなくなり、ヴァルキリーのトップである人間の意志が揺らいだ。
"Innocent Vision"はソルシエールの消失により弱体化したが、ヴァルキリーもまたソルシエールがなくなったときに弱くなっていた。
その志は下手をすれば各地にいるジュエルよりも低いかもしれない。
「相手が弱いからっていつまでも遊ばせているのも目障りなのよ。」
「しかし例の証拠が…」
葵衣が言い切る前に眉間にスマラグド・ベリロスが突きつけられた。
「…。」
「美保ッ!」
ガタンと椅子を派手に揺らして緑里が立ち上がるが鋭い視線を向けられてすくんだ。
「弱味を握られたなら早く殺さないと。あたしたちが修学旅行に行くってことは"Innocent Vision"は全員壱葉からいなくなる。あの巫女を守るやつはいなくなるってことじゃない。」
葵衣と緑里は押し黙る。
確かにこれまでの失敗で琴に脅迫や不法侵入の証拠を握られて動かないようにしていたが美保の言うように使われる前に何とかしなければならないものだった。
姉妹は頷くだけで意思を確認しあった。
「部の主力メンバーが旅行に行っちゃうからあたしも手伝うよ。」
「ありがと、良子。」
心強い仲間の同意に緑里が微笑んだ。
良子はそれを軽く手を振って応える。
良子も参加を表明し、いよいよ本格的な計画に変わっていく。
「まだ準備期間はあります。未来視を超える策を持って太宮院様を亡き者にし、ヴァルキリーの未来を切り開きましょう。」
「それ、会長の役目…」
葵衣の宣誓の陰で悠莉は難しい顔をしていた。




