第45話 密会
「オーーッ!!」
「おおお!」
両者の咆哮が轟き、オーのブレードと由良の鉄パイプがガイィンと鈍い音を響かせた。
一発一発が全力で振るわれる由良の攻撃をオーはブレードで捌いていく。
だがその威力は決して無視できるレベルではなく意識を傾けて相手をしなければ危険だった。
「おら、おら、おらっ!」
ガンッ、ガンッ、ガイン
防御に傾倒したオーのブレードが激しく揺れる。
足を止めて攻撃を防ぐオーは
「カナ!」
「はい!」
由良が大上段に振り上げたタイミングで飛び込んできた叶に対して反応が遅れた。
当然最警戒すべきは叶であるが振り返れば全力鉄パイプの餌食になる。
ほぼ等価値の命の危機に対して高くないオーの知能は判断できず
「オーー…ッ!」
発狂したところをオリビンと鉄パイプのダブルコンボで叩きのめされて消滅した。
カランと鉄パイプの先端を地面に落として由良が息をつく。
「とりあえず終わりだな。」
久美の件でイレギュラーがあったとはいえその翌日から"Innocent Vision"は「第二次ソルシエール復活計画」を開始した。
放課後に叶と真奈美が町を適当に歩き回り、由良と明夜がその後をついていき、オーが現れて結界の形成が始まったら中に飛び込むという行き当たりばったりな作戦だった。
実際エンカウント率は高くないし人目につくところを歩くと由良たちが武器を持ち歩けなくなるのだが、今日は上手く武器を持ち込んだままオーとの戦闘に入ることができた。
「由良お姉ちゃん、お疲れさまです。」
「ああ、カナもな。」
「いえ、私はほとんど何もしてませんから。」
疲れを見せる由良に癒しをかける。
作戦の趣旨がソルシエールの復活であるため戦闘の大半は由良と明夜が担っている。
身体強化も無くオーと戦っているため由良は全身汗だくだった。
「ふぅ、生き返る。」
マッサージチェアに座ったみたいな緩んだ表情に叶はくすりと笑い、癒しを行いながら周囲を見る。
オーの消滅で結界が消えていこうとしていた。
「そういえば、どうしてオーは毎回結界を張るんでしょうか?」
「んー、一番あり得そうなのはこっちの増援が入れないようにすることだろ。」
確かに戦闘に関して言えば由良の意見は正しい。
しかしそれに同意する一方で叶は別の疑問を抱いた。
「普通の人たちが巻き込まれないのはどうしてなんでしょう?」
「…ふむ。」
由良が思案顔になる。
かつて魔女ファブレが操っていたジェムはむしろ一般人の中から力を得ていた。
そして最終的な目的は集めた力を使ってファブレが現世するための体を作ろうとしていた。
だがオーの行動は明らかに違う。
むしろ一般人を遠ざけ、オリビンやスピネルを重点的に襲撃してきている。
それはシンボルを脅威に思っているのか、それとも別の理由があるのか、それは由良たちには見当もつかなかった。
由良は表情を緩めて叶の頭をポンとたたく。
「今は悩んでも答えは出ない。黒幕を取っ捕まえるためにも俺たちはソルシエールを取り戻さないとな。」
癒しの光が消えるとほぼ同時に結界も消失した。
由良は人がいないことを確認して鉄パイプでコツンと地面を叩いた。
こんな物を持っている姿を見られたら間違いなく通報される。
「それでソルシエールの方は戻りそうですか?」
人気の少ない道を思い浮かべながら並んで歩き出した叶は由良に尋ねる。
由良は鉄パイプを弄びながら自分に問いかけるように首を上に向けた。
「どうだろうな。戦っている最中に鉄パイプが軽くなったように感じるときはあるが、それがソルシエールなのか気分が高揚してそう感じるのかはわからん。」
「…。」
叶は戦闘中の由良の様子を思い浮かべる。
「おらおらおらぁ!しねやぁ!」(注:叶のイメージです。)
実に楽しそうに撲殺鉄パイプをブンブン振り回している。
確かに気分が高揚しているように見えた。
「…も、もしかしたらその気持ちの昂りがソルシエールを起こすのかもしれないですし。」
「ああ。魔女の話だと感情はあくまで鍵であって力の発現は魔力の方にあるらしいからな。」
以前は家族を殺した敵として魔女を憎み、話題に出すだけでも表情を険しくさせていた。
しかし由良もすっかり落ち着いて魔女ファブレの話題を昔の事と割りきれるようになってきていた。
由良が丸くなったと言われるのはおそらくそのためだった。
ピロリンッ
「あ、メール…真奈美ちゃんからです。真奈美ちゃんたちはオーと遭遇しなかったから切り上げるそうです。」
「出現頻度が上がってきたとはいえランダムなことには変わらないか。この計画の終わりはいつになるんだ?」
そもそも復活するかも分からない計画なのだから愚痴を言っても仕方がないが状況の変化に追い付かなければ意味がないのも事実だ。
ヴァルキリーやオーが本格的に動き出したときに力がなければ駆逐されるのは目に見えている。
「焦っても仕方がないです。」
「…そうだな。」
叶に諌められて由良は肩をすくめて苦笑した。
気が付けば叶の家の前に到着していた。
「送ってもらってありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね。」
「ああ。オーならともかく普通の男ならこいつで一撃だ。」
「はは。本気でやらないで下さいね?」
ひきつった笑みを浮かべる叶に手を振って由良は鉄パイプ片手に帰っていった。
「ソルシエール、どうやったら戻ってくるのかな?」
由良を見送った叶は自分でもその方法を考えながら家に入っていった。
八重花は夜7時を過ぎた頃、私服姿で駅前にいた。
落ち着いた雰囲気の格好は八重花の実年齢よりも大人びて見え、外灯の光を頼りに本を読んでいる姿はよりいっそうその印象を強めていた。
ナンパな男たちがチラチラと八重花に視線を向けているが当人は無視というが気にすらしていない。
そんな八重花の前に1人の男が立つ。
「君、彼氏と待ち合わせ?来てないみたいだから少し俺とお茶しない?」
男たちは果敢に挑んだ勇者に嫉妬と尊敬の念を送る。
八重花は読んでいたページに栞を挟むと本を閉じた。
向けられた冷たい視線に男はたじろぐ。
「待っているのは彼氏ではないし約束の時間はまだで、お茶をしているほどの時間はないわ。」
「それなら今日じゃなくても…」
誘いを真っ向から断ったのにそれを今はダメだと解釈する男に八重花はさらに瞳に宿る感情を冷たくする。
「…はっきり言わないと分からないようね。あなたに興味はないから結構よ。」
ストレートな物言いに男が絶句する。
ちょうどその頃、ナンパ男たちの雑踏がざわめき出した。
それはゆっくりと八重花の方にも伝播してきて
「おまたせしました、八重花さん。」
お嬢様らしい落ち着いた格好の下沢悠莉が雑踏の向こうから現れた。
もう1人現れた美女に男たちが色めき立つが当人たちは周りが見えていないように自然に振る舞う。
「時間はまだね。ただ、わざと待ち合わせの時間を10分遅らせてそこらの人たちを煽るのはどうかしら?」
「あら、そうと分かっていながら先に待っていた八重花さんも人が悪いですよ?」
2人とも笑みを浮かべながら腹の探り合いをする。
実はどちらの言い分も真実だったりするがそれを隠しつつ相手の言質を取ろうという高度な会話だった。
「君たち、よかったらお茶でもどう?」
さっきのナンパ男が性懲りもなく声をかけてきた。
というかすぐ近くにいたのを完全に無視されてプライドが傷ついたためリベンジしてきた。
「こちらの方は?」
「背景よ。」
「ああ、なるほど。」
平然と酷いことを言って立ち去ろうとする2人にさすがのナンパ男も堪忍袋の緒が切れようとしていた。
「ちょっと待てよ。」
怒気の混じる声に2人はさも意外そうに振り返った。
「人の話を聞かないなんて、ちょっと可愛いからって随分とお高く止まってるじゃないか?」
「ふう。私がきっぱり断ったのに性懲りもなく声をかけてくる方が話を聞いていないっていうのよ。」
「ぐっ。」
周囲から、確かに、と忍び笑いが聞こえてきてナンパ男の顔が羞恥と怒りで赤くなる。
「人がせっかく誘ってやってるんだ、ただなんだからついてこいよ。」
「傲慢な方ですね。ちなみにお店はどちらへ?」
「へ?えと、あそこの…」
突然の譲歩とも言える悠莉の返事に男はたまたま目についたファーストフード店を差した。
悠莉があからさまに落胆のため息をつく。
「私たちを誘いたいのでしたら最高級の紅茶を振る舞うお店を用意してください。」
「そ、そこさえ見つければいいのか?」
ナンパ男たちが一斉に携帯で情報検索を開始する。
男達の滑稽な光景と悠莉の言動の結末を予測できた八重花は呆れたように目を細めるが悠莉は微笑みを浮かべたまま頷いた。
「はい。美味しい紅茶がただで飲めて八重花さんとの会話の場を用意していただけるなら部外者が1人いようが些細なことですから。」
瞬間、携帯を弄っていた指がピタリと止まった。
中には携帯を取り落とす者もいた。
「行きましょうか、八重花さん。」
「そうね。」
呆然とする男たちの間を抜けて2人は去っていった。
残された男たちを周囲の人間たちがクスクス笑っている。
一番惨めなナンパ男は歯をギリギリとくいしばって拳を強く握りしめていた。
2人はファーストフードを否定しておきながら安価なファミレスに入った。
夕食時なのでそれぞれパスタとドリアを注文する。
「ふふふ、まさか私たちが密会しているとは誰も思っていないでしょう。」
「誰かに聞かれたら誤解を招くような言動は止めなさい。クラスの仕事でしょ。特にそっちはどこに耳があるか分かったものじゃないんだから。」
八重花は呆れたように訂正する。
今やジュエルは学生にとどまらない。
もしかしたらこの店の店員がジュエルである可能性も否定できない状況にあるのだから不用意な発言は危険だった。
まさに壁に耳あり障子に目あり、どこで誰が見て聞いているか分かったものではないのである。
「理由は何であれこうして私と八重花さんが2人で会っている状況はおかしいですね。」
クスクスと悠莉は笑う。
実際は1、2組での決め事に2人が抜擢されたからなのだが確かに理由ではなく事実の方が重要そうだった。
「プレデターに戦う気がないなら問題ないわ。」
「窮鼠猫を噛むと言いますけど?」
「追い詰められていないと自覚している鼠が決死の抵抗をするはずがないでしょう?」
ただの会話のはずなのに含みがあるように聞こえる2人はちょうど運ばれてきた料理で一度話を中断させた。
悠莉の前にはパスタ、八重花にはドリアが置かれる。
「いただきます。」
「いただきます。」
食事への感謝を述べてフォークを手に取る。
教養の差か悠莉は食器の音を立てずにパスタを食べていた。
互いに無言で店のBGMを聞きながら食を進めていく。
「八重花さん、半場さんはまだ眠ったままですか?」
手を止めた悠莉が尋ねると八重花さんは口に運びかけていたドリアを戻してため息をついた。
「今日の私たちの目的はクラスの仕事。仕事の話ならともかく雑談はいらないわ。」
今食べている夕食にしたって悠莉の都合でこの時間になったのだから八重花としてはあまり世間話に花を咲かせて遅くなるのは避けたかった。
悠莉は相変わらずの微笑みを浮かべていて何を考えているか分かりづらい。
「そうですか。それなら…」
悠莉は鞄から封筒を取り出して八重花の方に滑らせた。
タイトル部分を見ると決めるはずの仕事の書類のようだった。
「少し遅くなりそうでしたが間に合ってよかったです。」
「…まったく、よくやるわ。」
つまり悠莉は仕事を口実に八重花と話をするためにクラスの仕事を終わらせたということ。
八重花としては面倒な仕事を任せてしまった手前文句は言えない。
諦めて悠莉の望む世間話をすることにした。
「相変わらず眠っているようね。私はほとんど見舞いに行かないから詳しくは知らないわ。」
「そうですか。私も立場上半場さんのお見舞いに行くのが難しいもので。」
ヴァルキリーのメンバーが陸の見舞いに行くことを誰も禁止してはいないがやはりヴァルキリー内や"Innocent Vision"からの批難はある。
特に悠莉の場合、よく一緒にいる美保が難色を示すためほとんど病院を訪れる機会がなかった。
今日の八重花との会合にもついてこようとしていたので説き伏せていたのも悠莉が遅くなった理由の1つだったりする。
「八重花さんがお見舞いに行かないのは意外ですね。むしろあらゆる手段をこうじて半場さんを目覚めさせようとするのかと思っていました。」
冗談のようで八重花ならやりかねないという確信に満ちた言葉。
八重花はそれを否定しない。
「だからよ。りくのそばにいると何がなんでも手に入れようとしてしまいそうで、そんな自分が怖いのよ。」
八重花は仲間の前では見せない弱音を悠莉に見せた。
それはかつてルチルで改心するきっかけを与えたのが悠莉だからである。
「ふふ、乙女ですね。」
からかっていると言うよりは妹の成長を喜ぶ姉みたいな笑い方だった。
八重花はプイとそっぽを向くとフォークを動かし始めた。
ピンポーン
店のドアが開く合図が鳴ると数人の男たちがまっすぐに八重花たちに向かってきた。
先頭に立つのはさっき声をかけてきたナンパ男だった。
男は目元をひくつかせて八重花たちを見下ろす。
「紅茶がどうのとか言っといて結局ファミレスかよ。」
「学生ですから安くて美味しいに越したことはありません。」
男の額に青筋が浮かぶ。
「ちょっと付き合えよ。」
男は親指を立てて後ろを示す。
実際は後ろではなく外に出ろというサインであり、さすがに八重花たちもその程度には茶々を入れない。
「それなら先にお会計をしないといけないわね。」
「遅くなったのは私が原因ですので今日は私が払います。」
「そう、悪いわね。」
男たちを待たせているとは思えない普通の帰り支度の様子にただでさえ沸点低めの男の堪忍袋の緒はあっさりと千切れかけていた。
「バカにすんな!」
吠える男を見て八重花と悠莉は顔を見合わせてフッと笑い、ゆっくりと向き直った。
笑っているのにその瞳の奥に灯るのは笑いではない別の感情。
ナンパ男が連れてきた内の数人がその眼力に気づいて後ずさった。
だが激情したナンパ男は自分が置かれた状況に気づいていない。
「少しばかり教育が必要ね。」
「女性に声をかけるマナーをたっぷりと知ってもらいましょう。」
その後、何処からともなく男たちの悲鳴が夜の街に響いていたが、何が起こったのかを知る者はいない。




