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Akashic Vision  作者: MCFL
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第40話 強き力

"Innocent Vision"が「オーオーオー」のためにいろいろと動いている頃、ヴァルキリーは再び各地の地方支部に実技指導の遠征に向かっていた。

名古屋の緑里と大阪の美保は同じ新幹線で東京駅から出発した。

「今回も同じ場所だけど指導なら色んなヴァルキリーがした方がいいんじゃないの?」

緑里は疑問に思って美保に尋ねる。

クロスワードらしき雑誌とにらめっこしている美保は顔を上げた。

「前にあたしと良子先輩が言ったじゃないですか。ジュエルの育て方で競うって。」

「そうだっけ?」

緑里は駅で何となく買った甘栗の皮を剥きながら首をかしげる。

いつもそんな感じに勝負の話をしている印象が強いせいで思い出せないが言われてみればそんなことがあったような気がしないでもなかった。

「言ったんです。そうしたら一度や二度じゃ指導にならないじゃないですか?だから今後も基本的には行き先は同じですよ。」

あくまで美保や良子の取り決めであるため葵衣や撫子が異を唱えればなくなる決め事だが今のところヴァルキリー内で異論は上がっていない。

緑里が話題として切り出したのも精々旅行先が変わった方が楽しいんじゃないかと思った程度だ。

「あ、でも今回はジュエルの士気をあげるのが目的だからあんまり虐めないようにね。」

「さすがに分かってますって。出発前に何度も葵衣先輩に念を押されましたから。まあ、ジュエルの方から求めてきたら分からないですけど。」

フッフッと笑う美保を見て守る気が無いことをよくわかり緑里は呆れた目を向ける。

「うちは大丈夫ですよ。問題は悠莉んとこじゃないですか?」

「そうみたいだね。」

東北の状況は葵衣から少し聞いていたし悠莉自身もジュエルをとりあえず千尋の谷に突き落としたと言っていた。

這い上がってくるのを願っているのか蹴り落とす行為に快感を求めたのかは定かではない。

しかし悠莉の思惑はともかくジュエルたちが悠莉への反抗を企てていると東北の管理者から葵衣宛に連絡があったのである。

当然悠莉もその話は耳にしていたが

「そうでなければ私が泣く泣くヒールを演じた意味がなくなってしまいます。」

と言葉とは対照的な笑顔で言っていた。

「…。」

「…。」

「まあ、悠莉の教育方針ですから。」

「そうだね。」

結局考えても無駄という結論に至った2人は適当に話をしながら目的地に向かっていった。



村山と葵衣は建川の訓練所でジュエルの指導に当たっていた。

手に持った実践指導マニュアルには撫子や葵衣の実際の経験やスポーツ科学の知識を用いて段階的にジュエルを鍛え上げる手法が記されている。

ヴァルキリーには以前の実技指導の出立前に渡してあったが活用しているかは分からない。

「地方によって特色が出てきているようですね。」

村山が表情を変えずに葵衣に尋ねた。

「はい。東京や九州は体系的な訓練による基礎能力の底上げ、中部では組織戦闘を想定したフォーメーション技術、関西では1人でも戦えるよう個々人の能力の特化とヴァルキリーの教育を反映した成長を見せ始めています。」

ヴァルキリーの指導者の教えに基づいてインストラクターが訓練を行っているので特色が出るのも当然だった。

とりあえずジュエルクラブ開設の早期に登録し訓練してきたジュエルはかつてのジュエルと同程度まで錬度を上げてきている。

突然オーが攻めてきても少なくとも技術面で後れを取ることはないレベルにまで仕上がっていた。

そこで葵衣が言葉を止めた。

しかし1ヶ所、成長の度合いがひどく不安定な地域がある。

成長しているのは他の地域の3分の1程度で残りは退会したり出てきてもやる気がないと報告を受けていた。

ただし成長しているジュエルは急激に力をつけており錬度で言えば他を圧倒していた。

グラマリーの覚醒が一番近いのは間違いなくそこだと言える。

「東北、悠莉様の育てるジュエルは…統率が取れていません。」



「おおお!」

悠莉が訓練所のドアを開けた瞬間に出迎えたのはジュエルの斬撃だった。

悠莉はそれをサフェイロス・アルミナで軽く受け流す。

「悪くない攻撃ですけどドアの向こうにまで殺気が漏れ出していては奇襲になりませんよ?」

「くっ…わあああ!」

悔しげに顔を歪めたジュエルがさらに斬りかかろうとするが岩手に止められた。

「あら、岩手さん、生きていたのですか?」

一応前回倒したことになっているので辻褄を合わせたが

「あれが演技だったことはとっくにバレています。」

と岩手はジュエルを羽交い締めにして引き剥がしながら答えた。

「そうでしたか。」

悠莉は演技だと知ってもなおギラギラとした視線を向けてくるジュエルにゾクゾクとした快感を覚える。

(少し見ないうちに随分といい顔になりましたね。)

数は減っているが訓練所に残っているメンバーは美保みたいな目をしていた。

不平、不満、苛立ち、怒り、それらをぶつけたいと願う負の感情が瞳の奥で揺らめいている。

襲ってきたジュエルを追い返し、悠莉は前に立つ。

他の地域のヴァルキリーが受けるような尊敬の視線はない。

あるのは敵意であり殺意だけ。

「今日もわざわざ私のために集まっていただいてありがとうございます。」

あえてジュエルたちの神経を逆撫でするような言動にジュエルたちから感じる雰囲気がさらに悪化する。

「私と岩手さんの戦いが演技だと知ってなお私に敵意を向けてくる皆さんの考えがまるで理解できません。」

今回も悠莉はヒールに徹するつもりでいた。

少数とはいえ大きく成長を見せたことを嬉しく思うなんて言葉は投げ掛けない。

「何を怒っているのか分かりませんが愚かなことは止め、私の指示に従って動くことをお勧めします。」

歳上もいるというのに清々しいほどに無礼な物言いにとうとうジュエルの堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけるなー!」

「バカにして!」

「殺してやるわ!」

怒号で訓練所の空気が揺れる。

ビリビリと肌に響く殺気に岩手は戸惑うが悠莉は平然としていた。

(これはなかなか…あれは?)

今にも襲い掛からんばかりに昂るジュエルの中に悠莉は異質な力を感じた。

ジュエルの放つ力が強いからこそ気付いたわずかな違い。

他が怒りに燃える赤ならばそれは…黒。

(なるほど。)

悠莉が口の端を吊り上げる。

それを馬鹿にした笑みだと受け取ったジュエルは遂に武器を手に悠莉に躍り掛かった。

「コランダム。」

3枚の壁が三角錘を形成して悠莉を守る。

ガン、ガンとジュエルたちの攻撃が障壁を揺るがすが壁は砕けない。

そして悠莉はジュエルを見てはいなかった。

(攻撃をしてくる様子はなし。これは…観察ですか?)

見た目は特徴に乏しいただの女の子だったが前髪に隠された目は朱色の輝きではなく凝った紅色をしていた。

幾度目かの猛攻でコランダムの障壁が砕かれた。

(ジュエルの出力は予想以上ということですか。)

意識していなかっただけにいささか驚いたがジュエルが雪崩れ込んで来る前に新たな障壁を生み出す。

障壁の生成速度を越えない限り守りに入った悠莉に攻撃は届かない。

そして少女もまた動かない。

それを打開するために悠莉はあえてすべての障壁を解き、ジュエルの前にその身を晒した。

(どう動くのか観察させてもらいますよ、オー。)



「ッ!お姉様!?」

訓練の休憩中、突然叫んだ綿貫紗香にジュエルたちは怪訝な顔をしたが誰も声をかけない。

ヴァルキリーに取り入り、学内でも悠莉や良子、葵衣と親につきまとっているためジュエルの間でやっかまれているのである。

だが紗香は気にしていない。

紗香が見ているのは遥か上だけで下や横には興味がないから。

それがいっそうジュエルたちとの亀裂を大きくしていた。

「どうされました?」

葵衣が声をかけると周囲が一斉に怖い顔をしたがやはり気にしない。

「なんだか、嫌な予感がして。」

強く想っているとはいえ悠莉や良子と紗香の繋がりはなく、単純に思い過ごしと考えるのが妥当である。

だが葵衣は不確定な事象を好まない質だった。

「悠莉様と良子様に連絡を入れます。少々お待ちください。」

言うが早いか葵衣は携帯を取り出してまず良子にコールした。

呼び出し音が続き、紗香が祈るように指を組む。

『葵衣、何か…』

ピッ

良子の声が聞こえた瞬間に葵衣は携帯を切っていた。

今の一瞬で良子が訓練中であることと紗香が言うような状況にないことを確認したのだ。

すぐさま悠莉に連絡を入れる。

これで繋がればただの杞憂に終わる。

だというのに葵衣も嫌な予感がしてきた。

何度コールしても呼び出し音がなるだけで繋がらない。

「どうですか?」

「悠莉様に繋がりません。ジュエルの方に連絡を入れてみましょう。」

葵衣は村山に岩手への連絡を頼み、自身はもう一度悠莉に掛けてみる。

だがいつまで経っても繋がらない。

「やはり繋がりません。」

「こちらもです。ただ訓練中だということではないですか?」

話を聞いていたらしく意見を述べてくる村山だが紗香と葵衣の表情は固い。

「盛岡周辺のWVeに連絡、ジュエルクラブの存在を知りつつ本日不参加の方に大至急状況を確認するよう手配をお願いします。」

葵衣はわずかな逡巡の後迅速に行動を開始した。

村山もジュエルに待機の指示を出しつつあとに続く。

「悠莉お姉様…。」

今の紗香にはただ祈ることしかできなかった。



数十の凶刃が振り上げられ、振り下ろされる。

ヒュン、シュンと空を切る音が鳴る。

コランダムを解除した悠莉は乱戦の直中にいた。

だが、服にはいくつかの斬られた痕があり所々血が滲んでいる場所もあったが基本的には傷を負ってはいなかった。

「何で当たらないのよ!?」

「当てたいのなら当たるように振ってください。」

武器を振り回すだけの乱雑な攻撃を捌き

「くらえー!」

「くらいませんよ。」

大振りの鎚をかわし

「「やー!」」

複数が同時に襲ってくる攻撃を防ぐ。

「悠莉様、私も加勢します。」

「この程度問題ありませんよ。」

悠莉の一言で攻撃の苛烈さはさらに増したがそれをも悠莉は避け、視線を黒の少女に向ける。

岩手がその視線の先に気が付いた。

ジュエルとの違いに気付いたかは不明だったが他のジュエルがヒートアップしていくのに1人だけ最初と変わらない表情を浮かべていればおかしくも感じる。

岩手が悠莉に目を向けると乱戦の中で一瞬だけ目が合い、悠莉は頷いた。

岩手は手にエルバイトを出現させながらゆっくりと少女に近づいていく。

「あなたは悠莉様と戦わないのね。それならここは危険よ?離れて…」

岩手が腕を掴んで捕まえようとした瞬間、少女はこれまでほとんど動かなかったのが嘘のように機敏な動きで飛び退いて距離を取った。

岩手がエルバイトを構えると刀身をパリッと電気が走った。

エルバイトの基本は電気を刀身に纏わせる魔剣でありグラマリーが発現すれば放出も可能であると考えられていた。

少女の纏っていた気配が急速に強まり、荒れ狂っていたジュエルも気が付いた。

「ようやく動きましたね、オー。」

悠莉が声をかけると少女の姿がグラリとぶれ

「オーーッ!!」

その下から漆黒紅目の人型の闇、オーが現れた。

初めて見た敵に存在に戸惑いを見せたジュエルたちだったがすぐに本来の使命が頭をもたげ

「オーを倒すわよ!」

誰かの叫びをきっかけに

「わあああ!」

悠莉に向かっていた敵意が一斉にオーに向かっていった。

「あれがオー。私たちの敵ですか。」

「私も初めてみましたけど、オーと叫んでますし。」

悠莉の微妙な返答に岩手は苦笑を浮かべたがすぐに真剣な顔に戻りオーとジュエルの戦いに目を向けた。

今の戦いは訓練とは違う実戦であり相手も殺すつもりで攻撃してくるが精神が昂っているのかジュエルたちが恐怖心を抱いた様子はない。

単体ではまだ弱いジュエルも数が集まればオーを押していた。

「どうしてオーがここに?」

ヴァルキリーの方ではこれまで一度も直接遭遇はしておらず、すべて"Innocent Vision"襲撃だった。

それがわざわざ東北に現れた理由。

「もしかしたらジュエルたちの放つ力の大きさに惹かれてやって来たのかもしれませんね。」

悠莉が微笑んだ先ではジュエルがオーの胸に剣を突き立て、その隙に他のジュエルがオーを叩きのめして倒していた。

「やったー!」

「私たちの勝ちよ!」

勝利に湧くジュエルを優しげな瞳で見つめていた悠莉は気付かれる前に訓練所から去った。

岩手が慌てて後を追う。

「悠莉様!」

「今回の指導はこれで終わりです。きちんと褒めてあげてください。」

悠莉はそのまま出口の扉を開けて出ていく。

そしてすぐに戻ってきた。

見ると少し顔が赤い。

「替えの服をお願いします。」

悠莉もオーの襲撃で忘れていたがさっきまでジュエルの攻撃にさらされていて服は結構ボロボロだった。

意外と抜けている悠莉に岩手は微笑ましげに笑い

「はい、ただいま。」

WVeに洋服を調達に行くのだった。

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