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Akashic Vision  作者: MCFL
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第4話 交錯する情報

翌日、叶が登校すると裕子と久美、真奈美、芳賀が集まっていた。

というより裕子の席で芳賀が騒いでいた。

「裕子ぉ、昨日新学期記念パーティーやったんだろ?なんで誘ってくれないんだよぉ?」

…というか泣きついていた。

ちょっと近づくのを躊躇いつつ

「お、おはよう。」

「あ、叶おはよう。」

一番早く声をかけてきたのは詰め寄られていたはずの裕子だった。

つまり芳賀は放置であり

「うおーん。」

芳賀は机に突っ伏して泣いている。

「いいの、裕子ちゃん?」

「いいのよ。女の子の集まりに参加しようなんて甘いわ。」

どうやら最初から誘う気はなかったらしい。

叶もいまだに陸以外の男子と接するのは苦手なため今後の事も考えて擁護しなかった。

(裕子ちゃんのことだからまた別に2人きりでお祝いするんだろうけどね。)

裕子が学校で芳賀に対して素っ気ないのが冷やかされるのが嫌だという照れ隠しであることはわかりきっていた。

芳賀もそれを知っているからおちゃらけた仕草をするだけなのだ。

隠しているつもりでしっかり読まれているあたりに2人の迂闊さが見て取れる。

「ほら、席に着け。欠席にするぞ。」

チャイムより早くやってきた担任の横暴にクラスメイトが非難の声を上げるのを聞きながら叶たちは自分の席に戻っていった。



八重花は授業を聞いている振りをしながら片手で器用に携帯を操作していた。

『昨日の商店街の監視カメラの映像、見て。』

昨晩帰りついてから八重花は万能検索ツール『エクセス』で商店街のカメラの画像を入手、自分達がどうなっていたかを確認していた。

自分の体感した現実を過信せず客観的な映像の証拠を求める辺りが八重花らしいと言える。

送り先は明夜と由良。

八重花の席は最後列なので前方で2人が携帯を確認したのを見た。

数分後

『何も映ってないな。』

『叶も八重花もいない。』

同じような感想が返ってきた。

それは八重花も同じだった。

確かに商店街を通ったはずなのに2人が通過したはずの時間にはその姿が映っていなかった。

商店街の途中で結界に取り込まれて解除と同時に戻ってきたと思っていたので瞬時に現れる姿を予想していたのだがその期待は外れてしまった。

『場所も時間も合ってる。だけど私たちは映っていなかった。どういうことだと思う?』

八重花にも仮説はあり、その数は決して多くはない。

『魔術的な方法で隠蔽されたか。』

1つは由良の言うように科学の力を超越した魔術で2人の姿を隠した。

結界の名残だと考えればその説明も頷ける。

『八重花たちが通った商店街自体が偽物だった。』

だが明夜の言う通りだとすれば相手は広大な領域に精巧な幻影を映し出す力を持っていることになる。

ジェムに似て非なる闇、映っていない2人の姿。

まだ相手の情報も戦力も何一つ得られていない状況に八重花は不安を覚えた。

(私はりくのような便利な力は使えない。なら今ある力を最大限に利用するまで。)

『早退する。』

返事よりも早くチャイムが鳴る。

由良が振り返ったとき、既に八重花の姿はなかった。



下沢悠莉と神峰美保のクラスは2組だった。

偶然なのか"Innocent Vision"のメンバーとはかち合わなかったため互いに気兼ねなく学生生活を送れている。

尤も体育や選択授業は1組と合同なので明夜たちと一緒になってしまうが。

その美保が休み時間に入った直後廊下に目を移すと見知った姿が昇降口の方に歩いていくのを見た。

(東條八重花?)

向かった方向には職員室などもあるため一概に帰宅とは言い切れなかったが2限が終わった段階で鞄を持っているとなると早退の可能性が色濃い。

「どうかしましたか、美保さん?」

八重花の去っていった先を難しい顔で見つめていた美保に悠莉が声をかける。

振り向くと悠莉の後ろには興味深げに2人を見るクラスメイトの姿があった。

なんだかんだで乙女会幹部クラスの2人は一般生徒にとっては憧れで気安く声をかけづらい相手なのである。

見せ物になっている現状に苛立ちを覚えた美保は悠莉を連れ立って教室を出た。

「皆さん、美保さんを心配していたんですよ?」

「…悠莉、あんた少し変わったわよね?」

以前の悠莉はもっと笑顔で人を殺せるような人間だった。

人の気持ちを知りながらそれを利用して相手を追い詰めるような悪女だった。

少なくともクラスメイトの心の機微を感じ取れるような人間ではなかったはず。

「そうですね。やはり…恋は女を変えるんですね。」

頬に手を添えてうっとりする姿は恋する乙女に見えなくもないが悠莉がやると何故か色っぽいというかぶっちゃけエロい。

通りがかった男子生徒が魂抜かれて茹で蛸みたいになったのがいい証拠だ。

「はあ、なんでまたよりによってインヴィなんか。悠莉なら選り取り見取りでしょうに。」

悠莉は女の美保から見ても掛け値なしの美人だ。

以前のような殺人並みの嗜虐癖が緩和された今ならどんな相手だろうと声をかければ墜ちるに違いないと思えた。

「私の本質は変わりません。そんな変人を受け止められるのは半場さんくらいのものですよ。ふふふ。」

美保の困り顔を見て悠莉は楽しげに笑う。

やっぱり変わってないと思いつつ昇降口の見える窓まで移動して本題に移る。

「まあ、いいわよ。それよりアレ、どう思う?」

悠莉が目を向けると昇降口から校門に向かっていく人が見えた。

「あれは…八重花さんですね?こんな時間にどうしたのでしょう?」

「怪しいわよね?何か"Innocent Vision"が企んでいるとは考えられない?」

美保の懸念はそこだった。

ヴァルキリーが第二次ジュエル計画を始動させたように"Innocent Vision"もまた何かを始めたのではないかと疑っているのだ。

「しかし、ソーサリスが消えてジュエルを持たない"Innocent Vision"の戦力は作倉叶さんと芦屋真奈美さんの2人だけ。そもそも魔女やヴァルキリーの力の悪用を防ぐ目的で活動している"Innocent Vision"が動く理由が分かりません。」

悠莉の意見も尤もだった。

だが現実に八重花はおかしな行動をしている。

「家族の訃報かも知れませんよ?」

悠莉は八重花を擁護するようなので美保は説得を諦めた。

「ジュエル計画が漏れて探りを入れている可能性もあるわ。」

「その辺りは後ほど葵衣様に連絡を入れておきましょう。もう次の授業が始まります。」

ちょうどチャイムが鳴った。

当然八重花の姿はもう見えない。

「"Innocent Vision"。今度も邪魔したら次こそは…」

「…。」

美保の静かな怒りに悠莉は何も言わずクラスに戻っていった。



昼休み、食堂で昼食を取る生徒の中に叶たちの姿があった。

だがメンバーは4人。

叶と真奈美、裕子と久美の隣同士で座っていた。

「八重花ちゃん、早退だって。調子悪いのかな?」

「その辺り八重花はしっかりとしてると思うけど。」

「いや、真奈美。八重花はのめり込むといろいろ無茶するタイプよ。去年の冬頃はずっと変だったから。」

その理由を知る叶と真奈美は苦笑いを返した。

ただ今日の早退の理由に関しては八重花本人からもクラスメイトの明夜からも聞いていない。

由良には元から聞いていない。

八重花を誘いに行ったとき由良は既にいなかったし明夜もどこかへ行こうとしていたところだった。

「明夜ちゃん、前は一緒にご飯食べてくれたのにね。」

「にゃは、りくりくがいないからだね。」

恐らくはその通りなので何とも言えない顔をする叶。

(私だって陸君と一緒にご飯食べたりとか、カフェに行ったりとか、映画見に行ったりとか…)

乙女の妄想は膨らんでいくが現状実現不可能な事実に気落ちする。

「八重花も半場くんもいないけど4人でも楽しいでしょ?ほら、笑う笑う。」

裕子が久美の頬を摘まんで強引に笑っているように見せる。

「にゃ、もともと笑ってるよ!」

「あはは。」

「裕子ちゃん、久美ちゃん。やめなよ。」

かしましい4人は食堂でも目立っていた。



(そっか、八重花は早退したのか。)

バレー部の後輩を連れ立って食堂で昼食を摂っていた良子は聞くともなしに八重花の名前を聞いた。

八重花をパートナーにする計画は八重花が"Innocent Vision"に移ったことで完全に終わった。

そこでようやく良子も吹っ切れて今では以前のような凛々しい姿に戻っている。

悠莉とは逆の変化と言えた。

「キャプテン、そう言えば乙女会に人を増やすって噂を聞いたんですけど本当なんですか?」

「ん、そうなの?」

良子の知らない情報に聞き返すと後輩は首をかしげた。

「噂ですけど。花鳳様やヘレナ様が卒業されてしまいましたからそこに新しい人を入れるんじゃないかって。」

「今のところそういう話は出てないよ。」

「そうですか。」

さすがに人員増加となれば傀儡とはいえ会長の判断が必要になる。

一度もそういった話題が上らないのだから単なるデマだろう。

(そもそもソーサリスがこれ以上増えないんだから増員があるわけないか。)

ソーサリスはファブレによってソルシエールを与えられた乙女のことだ。

力を与えるファブレが消滅した以上、今後ソーサリスが増えることもない。

「でも純乙女会は再結成するよ。興味ある?」

良子の問いに対する反応はまちまちだった。

今なおジュエルの力を持っている部員もいるが中には戦いの厳しさから逃げ出した者もいる。

ジュエリアを持っていてもジュエルを発現できなかった子もいた。

「純乙女会は派閥争いが厳しいとか噂を聞きますし。」

さすがにジュエルの事は出回っていないが人間関係の話に蓋は出来ず、悪い噂は広まりやすい。

一時期純乙女会が壊滅的に人員を減らしたのはそういった理由もあった。

(こりゃ、ジュエルを集めるのに苦労しそうだね。)

反応を見て苦笑した良子はどんぶりを傾けてご飯を流し込むように食べると立ち上がった。

「弱気なやつはあたしが鍛え直してやろう。さっさと食べて練習するよ。」

「は、はい!」

活を入れられた部員が慌てて昼食を平らげていく。

良子はどうやって勧誘したものかと悩みながら、結局部員の指導だけで昼休みを終えるのだった。



5限体育という苦行が割り当てられた2年1組、2組。

食後にいきなりマラソンという嫌がらせを受けて男女共にやる気は最底辺だった。

由良と明夜は適当に流しつつ1周遅れの悠莉を追い抜いた。

「元気ですね。私は辛いです。」

「元気。」

「授業なんて出ればいいんだ。」

一言二言交わして2人はさっさと前に出る。

ソーサリスがなくなったからと言って動きに関しては一般人よりも格段に良いためあまり疲れた様子はない。

「ヴァルキリー。」

ポツリと明夜が呟いた。

トラックの反対側では美保が結構なスピードで走っている。

「乙女会が動き出したみたいだな。作倉たちの事件と関係があるのかわからないが、用心しろよ。」

「うん。」

2人はペースを乱さず走る。

やがて後ろから荒い足音が響いてきた。

2人は振り返らない。

「随分とゆっくりね。それともそれが限界なのかしら?」

あっさりと2人を追い抜いた美保はわざとペースを落として嫌味を言う。

明夜は無視、由良は露骨に嫌そうな様子で顔をしかめた。

「食後だってのに元気だな。それともドーピングでもしてるのか?」

「ハハ、何をバカなこと言ってるのよ。」

口では小バカにしつつ一瞬目が細まったのを由良は見逃さなかった。

「まあ、精々仲良くゆっくり走っていればいいわ。あたしの邪魔さえしなければ蹴っ飛ばしたりしないわよ。」

軽く手を上げると美保は振り返りもせずペースを上げて走り去った。

言葉の裏側にヴァルキリーの神峰美保を隠して。

タッタッタッタ

結局明夜と由良のペースは変化しない。

「…どうだ、明夜?」

「ドーピング真っ黒。」

「ソーサリスか?」

「たぶん、ジュエル。」

明夜は無視をしている振りをして美保の力を探っていたのだ。

話は全く聞いていないので無視と変わらないが。

「ちっ。花鳳も厄介なものを作りやがって。」

由良が舌打ちをして怒気を滲ませると勘違いしたクラスメイトが悲鳴を上げて道を開け、追い抜こうとしていたものは引き下がり、追われる者は速度を上げた。

「…。ちっ。」

「…。」

タッタッタッタ

2人のペースは変わらない。

だけど少しだけ足音が寂しそうに聞こえるまま授業は終わりを迎えるのだった。


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