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Akashic Vision  作者: MCFL
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第37話 スニーキングミッション

葵衣は自室のパソコンを使って各地のジュエルクラブの活動報告に目を通していた。

(ジュエルクラブの人員の増加は開店当初に比べれて下火になってきたとはいえいまだ増加しています。)

参入時期の違いによるジュエルの錬度の違いは問題ではあるがそこは各地のインストラクターが階級分けしている。

階級ごとの訓練メニューをこなしていれば問題なかった。

(しかし…)

別の問題もある。

各地のインストラクターからの連絡に添えられた言葉

「敵が現れず士気が落ちてきています。」

それはヴァルキリーにも言える問題だった。

(オーは常に"Innocent Vision"を襲撃しているようです。姉さんを除けばまともに交戦したジュエルは皆無。各地のジュエルに至ってはオーの姿すら見たことがない現状。戦う相手が見えずただ訓練を繰り返す日々では確かに士気を維持するのは困難でしょう。)

ヴァルキリーのすぐ近くには"Innocent Vision"という敵が存在するがこちらも武力を用いて相手をするには弱いため逆に手を出せない状態にある。

いつでも潰せるという意識が戦闘意欲を削いでいるのである。

「どう対処するべきでしょう?」

近隣ジュエルとの模擬戦闘訓練や結束を高めるための慰安旅行など手段はいくつかあるが各員の日程調整や移動手段の確保、そして何より資金の問題がある。

1000人近くの人を動かし、宿や娯楽を確保するのは膨大な資金がいる。

一度や二度なら許容されるかもしれないが味をしめて何度も要望を受けるようになっては厳しくなってくる。

「ジュエルの士気が高まり、かつ予算の支出を最小限に留める方法ですか。」

「それならやっぱりヴァルキリーが出向くことじゃないかな?」

突然聞こえてきた声だったが別段驚いた様子も見せず葵衣は振り返る。

「ちゃんとノックはしましたか、姉さん?」

「したよ。葵衣が気付かなかっただけ。」

本来ノックとは中の相手の様子を窺うものなので葵衣が気付かなければ意味がないのだが、葵衣は小さくため息をつくだけで諦めた。

「ヴァルキリーの出張ですか。」

「そう。1000人動かすよりは5人の方が予算も手間もかからないし、ボクたちが行けばやる気出すよ。」

緑里にしては、というと馬鹿にしているように聞こえるが確かにすべてを解決させる有効な手段だった。

「明日皆様に予定を窺う必要はありますがまた週末に予定しておきましょう。」

コンコン

予定が決まったところで部屋のドアがノックされた。

「はい、どちら様でしょうか?」

「私よ。」

そう言ってドアを開けて中に入ってきたのは撫子だった。

が、何故かそこで撫子は立ち止まった。

「ああ、ええと、お邪魔だったかしら?」

緑里はふざけてベッドに入って上体を起こしており、葵衣は一仕事終えて立ち上がろうとしているように見えた(実際は来客に応対しようとしただけ)。

だが


……

「ふぅ、やっと終わったぜ。」

「お疲れさま、布団は暖めておいたわ。」

「気が利くじゃないか。だけどせっかくなら君に温めてもらいたいな。」

「やだ、もう、ふふふ。」

「ははは。」

……


みたいな妄想が撫子の頭の中を駆け抜けたのだ。

もちろん撫子がそんな妄想をしているなどとは夢にも思わない緑里と葵衣は顔を見合わせて不思議そうな顔をする。

「ジュエルクラブへの対応を話していただけですので問題ありません。」

「そう。そうよね。」

撫子はそう自分に言い聞かせるように室内へ入ってきた。

その顔が若干残念そうに見えたが2人にはなんのことか分からない。

葵衣は立ち上がり撫子の座る椅子を然り気無く用意する。

「ありがとう、葵衣。」

「はい。」

葵衣は礼をすると対面に腰を下ろす。

「どのようなご用件でしょう?」

緑里もベッドから椅子に移動して聞いている。

撫子は頷き

「太宮院琴さんを拿捕しましょう。」

至極真面目にそう切り出した。



交渉が決裂したことは聞いていた2人もその詳細を聞くと呆れやら恐れやらがない交ぜになった感情を抱いた。

「未来視の力を持つ人はボクたちとは考え方が違うんだね。」

「ある程度未来を操作できる、あるいは未来に何が起こるのかを予測できる強みのお陰でしょう。」

未来への脅迫に対して平然と答えた琴に海原姉妹は驚きを隠せない。

「その件で太宮院さんの手元には私の脅迫の証拠が残ってしまったわ。恐らくは直接リークすることはないけれど万が一出回ってしまえばわたくしはおろか花鳳全体が痛手を被ることになる。何としてもその憂いを取り除かないと危険よ。」

「つまり太宮院琴様の拿捕、あるいは最悪証拠となるデータの消去を行うということでよろしいですか?」

「そうなるわ。」

琴には交渉で完全に断られていることから"太宮様"の力を借りるためには琴自身の身柄を確保するしかなかった。

そのための拿捕だが抵抗された場合にも音声データだけは処分しないと作戦は失敗となる。

「了解致しました。」

「ボクもわかりました。ヴァルキリーのみんなにも声をかける?」

撫子が捕まればヴァルキリーもただでは済まないので協力は惜しまないはずだが

「いえ、私と姉さんで今から向かいましょう。」

葵衣が提案したのは超電撃作戦だった。



日付が変わる頃、夜の闇を執事服とメイド服の影が駆けていく。

葵衣と緑里である。

緑里がメイド服の理由は…特にない。

全身タイツを嫌がり、制服では足が付くことを懸念したときたまたま近くにあった服だったというだけだ。

ちなみにこのメイド服は撫子が気まぐれに葵衣に着させようとして忍ばせていたものだったりする。

2人は撫子の付き人として様々な武芸に携わっており足音を殺して走ることなどわけない。

「葵衣、データと太宮院、どっちを優先させる?」

「データの確保が先決です。お嬢様を脅かす代物を捨て置けません。」

「だよね。」

緑里はニッと笑う。

撫子は何日も今回の事で悩んでいたのだろう。

隠してはいたが目に見える形で疲れが出ていた。

だからこそ葵衣はその不安を1秒でも早く取り除き今夜からでもゆっくり眠れるよう、こうして太宮神社に乗り込もうとしているのであった。

近くまで車で来た後は走ってきて太宮神社が見えてきた。

「葵衣、そっちは正面だよ?」

任務に入ったのでほとんど口パクに近い小声での会話。

それでも聴力まで鍛えている2人には十分に拾える音量だった。

「周囲は草木が多いです。ここは正面から乗り込んだ方が早いでしょう。」

人目を忍ぶのは人目があるときにするもの。

もともと人通りが少なくさらに深夜帯となれば出歩く人も皆無であるため下手に裏から回るよりも早いとの判断だ。

一応鳥居周辺に感知装置がないか確認してから境内に飛び込む。

「本殿に向かいましょう。」

2人は極力闇に紛れるように静かに走り本殿の表に面する廊下から中へと入る。

器用に着地の際には靴を脱いでいる。

「二手に分かれよう。15分で見つからなかったら一度ここに集合。」

「はい。気を付けてください、姉さん。」

互いに親指を立てて健闘を祈り、2人は廊下を逆方向に駆け出した。



葵衣はかつて入り込んだ奥の間を目指していた。

正確に言えば奥の間に続く道のどこかに琴の私室があるとの予測の下に動いていた。

(以前奥の間のさらに奥まで引き込まれましたね。今回は注意しておかなければ。)

古い家屋だからか内部照明の類いはなく外からの明かりに乏しい廊下は外以上の闇の中で一寸先も見えないような状況だった。

迷路の鉄則として左手を壁につけながら慎重に進んでいく。

不意に廊下に差し掛かり

「ッ!」

その向こうから人が現れた。

暗くてよく見えないが背格好は葵衣と同程度で場違いなメイド服がうっすらと見えた。

「姉さんでしたか。」

「葵衣。」

すぐ近くにいるのに暗すぎて顔がよく見えない。

こんなことなら暗視スコープを持ってくればよかったと後悔していた。

「あちら側は確認し終わりましたか。」

「うん。そんなに広くないから。」

確かに本殿も大広間や客間などそれほど部屋の数はない。

そうなると本命は葵衣が探しているこちら側となる。

「2人で手早く探してしまいましょう。」

「うん。」

緑里は返事をすると手を握ってきた。

驚きはしたがこの暗がりでは仕方がない。

葵衣も握り返して緑里が来たのとは違う右へと折れる。

「何があるか分かりません。用心してください。」

「うん。」

緑里の返事を確認してから2人はまた歩き出した。

しばらく真っ暗な闇の中を歩くと廊下の先に光が灯っているのが見えた。

葵衣は足を止める。

「太宮院様の私室かもしれません。」

殺していた足音をさらに小さくし廊下の軋む音にすら注意を払いながらゆっくりと近づいていく。

障子の向こう側に行灯があるらしく明かりがゆらゆらと揺れる。

部屋の前まで来たが中に誰かいるのかは分からなかった。

「私が中を覗いてみます。姉さんは待機していてください。」

頷く気配を受けて手を離してもらうと障子に張り付いてゆっくりと開いていく。

袴が見えた。

畳の上に横になっているのかわずかな隙間から覗いた光景を横断している。

さらに隙間を広げていく。

やはり巫女装束を着た人物が畳に横たわっている。

(だらしなく横になっているのでしょうか?)

琴のイメージとは異なるが普段は意外とだらしないとも考えられる。

弱いが交渉の材料に使えそうだった。

(太宮院様が眠っているのならば好都合です。今のうちにデータを回収させていただきます。)

もう少し隙間を開けて室内にパソコンがないかを確認していく。

足元の方から確認していき徐々に頭の方へと視線を巡らせていった葵衣は

「!」

スパンと勢いよく障子を開けた。

「姉さん!?」

そこに横たわっていたのは琴ではなく巫女装束を着せられて寝かされていた緑里だった。

葵衣は慌てて駆け寄り抱き起こす。

「あ、葵衣。」

緑里は震える指で開いた障子の向こうを指す。

言われなくても分かっている。

緑里がここにいるということは廊下であったのは違う何かだということになる。

「あまり驚いていただけませんでしたか。」

廊下の暗がりから出てきたのはメイド服に身を包んだ琴だった。

背格好が同じくらいなので問題なく着られている。

「しかし、お2人は普段からこのような格好をされているのですね。」

琴の中でコスプレ姉妹という意識が定着してしまった。

これはこれで微妙に弱味ではあるのだが、海原姉妹はそんなことよりもまず追い込まれた状況を警戒していた。

琴は腕を組みフッと口元に手を添えて笑った。

「本日の余興はいかがでしたか?楽しめていただけましたか?」

「楽しいわけあるか!」

「姉さんの着ていた服を剥ぐとは悪趣味にも程があります。」

海原姉妹は不服そうだが琴は取り合う様子はない。

「脅迫に続きまたも不法侵入を企てた花鳳の方にかける情けはありませんよ。」

琴はスーッと後ろに下がって廊下の向こうに消えていこうとする。

部屋にパソコンのような音声データを保存する機器がなく、琴に気付かれた以上これ以上の探索は不可能であるためここで琴を逃がすわけにはいかなかった。

「行けますか、姉さん?」

「もちろん。追うよ!」

2人はすぐさま立ち上がり琴を追う。

「うー、袴走りづらい。」

まるで滑るようにひらひらのスカートを僅かに残して角に消えていく琴を追いかけているうちに2人は境内に飛び出した。

鳥居を背にメイド服の琴が笑う。

「わざわざ戦いやすいところに出てくれるなんてね。」

「太宮院様、お嬢様のためその身柄を確保させていただきます。」

双子の姉妹は左手を掲げる。

「ベリロスッ!」

「エルバイト。」

左目が朱色に 輝き、その手に魔剣が…


「神前ですよ、控えなさい。」


現れる直前、琴の言霊がジュエルの発動を封じた。

「え!?」

「ジュエルが発動しない?」

自分の手をまじまじと見つめる海原姉妹に琴は厳かな声で告げる。

「ここは聖域。魔を祓う神の言を賜りし地で魔の者が力を振るえる道理はありません。」

神社の敷地内が蛍火のような輝きに満ちる。

それはさながらオリビンの輝きのようで葵衣たちは直感的にそれが神の力なのだと気付いた。

ジュエルは封じられ、追いつめられたのが自分たちだと知った2人は警戒を強める。

パシャ

突然目映い輝きが琴から発せられ目元を覆う。

「なかなか面白い画が撮れました。」

琴が手にしていたのはデジカメだった。

ICレコーダーといい変なところで現代的な巫女である。

その行動を疑問に思っていると鳥居を塞ぐように立っていた琴が反身を引いて道を開けた。

「お帰りなさい。その装束は差し上げますよ。」

そこでようやく今のが証拠写真だということに気がついて緑里は歯噛みした。

力を削がれ、不法侵入の写真を撮られた2人は目配せし合い、力を抜いた。

「…夜分にお邪魔致しました。」

「安心してください。少なくとも"Innocent Vision"に悪意ある手を加えない限り件の証拠が出回ることがないと約束します。」

琴はICレコーダーを手に微笑む。

"Innocent Vision"、より正確に言えば琴の懇意としている作倉叶に手を出せば証拠をばら撒くという脅しに今の葵衣たちは抗う術を持たない。

律儀にお辞儀をして帰った2人を見送った。

「…フェルメール。」

琴は表情を引き締めてシンボルである群青色の弓を取り出し、瑠璃色の矢を番えた。

パシュ

満ちる神気を纏った矢が輝き、引き絞った矢が神社の外に向けて放たれる。

「オー!」

どこかの屋根の上から断末魔の叫びが聞こえ、消えた。

「力に集う亡者、ですか。」

シンボルを消した琴は部屋へと戻ろうとして

「…。」

自分の恰好を見た。

さすがに秋葉原にいるような見せるためのメイド服ではないものの神社には不釣り合いな格好。

緑里の趣味かスカートは膝丈で振り返るとふわりと翻る。

「うう、さすがにこんな恰好は叶さんにも見せられません。」

今更ながら恥ずかしくなった琴はそそくさと中に入るのだった。


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