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Akashic Vision  作者: MCFL
35/266

第35話 乙女会の危機

上も下も左も右も前も後ろも、"自分"すら存在しない闇の中。

刹那なのか永遠なのかもわからない世界。

その闇の中に微かな光が生まれる。

それは偶然か必然か…あるいは運命か。

その光に照らされてようやく"自分"が"ここ"にいると知った。

"ここ"にいる"自分"に気付いたことで全てを思い出した。

未練があった。

そしてまた未練ができた。

どちらも根源は同じ。

だけどもういい。

このまま光を手離して、"自分"を手離せばこの上も下も左も右も前も後ろもない世界に溶けて消える。

それでいい。

それが正しい。

…だけど、できなかった。

光を離すまいと抱き締める。

とても悲しい。

とても悔しい。

"ここ"は嫌だ。

そんな思いが届いたのか、一瞬にして無限の無音の世界に"声"が…聞こえた。




振替休日が開けた翌日、1時限目の授業は臨時の全校集会となった。

「本日、集会が開かれた理由を皆さんは理解していると思います。先日の体育祭についてです。体育祭はこの壱葉高等学校が開校した年から行われてきました。…」

校長は長年の伝統ある体育祭が正しく行われなかったことを嘆かわしく思うと述べた。

「歴代の先輩方が先日の体育祭を見てどう思うでしょうか?」

笑うんじゃないだろうかと思う生徒もいたが大半は熱狂の昂りも1日経ったことですっかり冷めて冷静になったことで恐縮して黙っていた。

「学生の自主性を重んじることは教育上重要であることは確かです。しかしそれは規則の範疇での自由であり、無秩序な行動を容認するものではないことを理解してください。」

校長は怒りよりも悲しみが大きかったようで落ち着いているというよりは沈んだ様子で話を終えた。

次に出てきたのは厳しいことで有名な生活指導教諭の中谷。

40代半ばの恐持ての体育教師だ。

「学校を遊び場と勘違いしている生徒が多い!」

地声がでかいためキンキンと耳に響くマイクの音も気にせず普段から溜まっていた鬱憤を晴らすように叫ぶ。

「男子は丸刈り、女子はおかっぱで十分だろう。それがロン毛、金髪、化粧にアクセサリーなんて色気付いて。」

明らかに今回の件と関係ない上に戦争直後クラスの古い考え方のため、さすがに学生たちも反感を抱き始めるが行動に移るまでには届かない。

言いたいことが終わって無駄にやり遂げた様子の中谷が退くと今度はいかにもきつそうな眼鏡のPTA会長が入れ違いで壇上に上った。

「私は悲しいです。」

その言葉から始まったのは自分の息子がいかに優秀だったか。

それなのに程度の低い友人と名乗る輩によって爛れてしまったと涙ながらに語っていた。

「子供は素直に大人の言うことに従い、正しく健やかに成長していくべきなのです。」

そんなだから子供が反抗するんだと当の息子にさえ思われるほどで学生の誰1人として無言の否定をしていた。

それには気付かずPTA会長の無駄に長い話は終わり、最後に近隣住民代表まで出てきた。

「うるさいんじゃー!」

大音響の叫びだったがこればかりは事実なので頭を下げるしかなかった。

こうして延々と説教が行われた。

大半の生徒はすでに疲弊していて終わりが見えたことで安堵していた。

最後にもう一度中谷が壇上に上がる。

「自分達がいかに愚かなことをしたかわかっただろう。最後にごめんなさいと頭を下げて謝罪をしたら終わりにしてやる。」

かなり傲慢なやり口で当然反感を覚える生徒もいたが一度の謝罪で説教が終わるならと我慢する。

中谷の合図で


「ごめんなさい!」


大音響の謝罪が行われた。

これで許しが出れば炎天下での説教もようやく終わると誰もが思っていた。

だがいつまで経ってももういいという声は聞こえない。

頭を下げたままの生徒たちが訝っていると

「どういうつもりだ?」

低く怒りの滲み出す声がマイク越しに聞こえてきた。

生徒たちが顔だけを上げて周囲を見ると頭の下げられた中にちらほらと立ったままの生徒がいた。

3年2組等々力良子。

3年3組海原葵衣、海原緑里。

3年5組太宮院琴。

2年1組東條八重花、羽佐間由良、柚木明夜。

2年2組神峰美保、下沢悠莉。

2年4組芦屋真奈美、久住裕子、作倉叶、中山久美、芳賀雅人。

ヴァルキリーと"Innocent Vision"、他数人が浮かべる表情にこそ多少の違いはあっても頭を下げようとはしていなかった。

首謀者格に反省の色が見られないことに中谷は激怒して顔を真っ赤に赤らめた。

「羽佐間由良!この件の首謀者はやはり貴様か!」

中谷と由良の相性はすこぶる悪い。

魔女にソルシエールを与えられる前から目付きが悪くケンカを吹っ掛けられることが多かった由良は幾度となく中谷に呼び出されてはあることないこと何でもかんでも説教されてきた。

当然由良が黙っているわけもなく真っ向から対立、ソルシエールを手に入れた頃は殺してやろうかと考えたこともあったが、偶然にもその頃中谷は盲腸で入院していたため難を逃れたという悪運の強い相手であった。

「俺は学生として体育祭を楽しんだだけだ。文句を言われる筋合いはない。」

由良の言うように悪のりこそしたが別段特殊な悪いことはなにもしていない。

普通に競技に参加しただけだった。

「信じられるか!どうせ相手を脅したりしたんだろう?」

「…。」

ノーコメント。

由良が脅す気はなくても同じ種目になっただけで棄権した生徒は数人いた。

バツが悪いのではなくちょっと落ち込んでいたりする。

「それから等々力良子に海原!乙女会だかなんだか知らんが率先して悪事を働くとはずいぶんとなってない集まりみたいだな?」

元々花鳳撫子の名を使って半ば強引に教室を確保し設立した経歴を持つ乙女会は教師からの印象が良くなかった。

それでも撫子が在学中に不用意なことを言って花鳳グループに睨まれては敵わないと黙認してきた。

撫子の卒業と同時に乙女会を解散させる方向で動いた教師たちだったが乙女会ならびに生徒たち大半の署名によって存続を認めざるを得ない状況に追い込まれてしまったのであった。

そういう理由から学校側とヴァルキリーは対立していると言えた。

「…。」

良子は腕を組んだまま中谷を睨み付けるように見ながらも黙っている。

「お嬢様の道楽で作ったクラブなど学内には必要ない。さっさと解散してしまえ。」

常に乙女会との対立の最前線にいた中谷はここぞとばかりに糾弾していく。

「お嬢様の道楽…」

撫子の作った乙女会への侮辱に海原姉妹の不平を買った。

ヴァルキリーのメンバーが目で会話し、最後に良子が頷いた。

「何をする気だ?」

「さすがにジュエルではないと思うけど、何かしら?」

由良と八重花が小声で話している間に事態は動いた。

「みんな、道を開けてくれ。」

良子がそう願い出ると生徒が左右に移動し朝礼台までの道が築かれた。

教師が指示してもここまで迅速に動くことはない。

良子はその中央をしっかりとした足取りで進んでいく。

「な、何をやっている!まだ話は…」

「話というのなら学生の言い分も聞いてもらわないといけないと思いますよ?」

朝礼台の前に立った良子は見上げるように中谷に告げる。

だがその表情に負い目も怯えもなく、上に立っている中谷の方が気圧されるほどに自信に満ちていた。

「よっ。」

軽く跳躍して朝礼台の上に飛び乗る。

そのままくるりと反転すると

「それじゃあ壱葉高校に乙女会が必要かどうか話し合おう。」

マイクも使わず全員に向けて呼び掛けた。

「何を勝手に…」

「中谷先生。大人の都合じゃあたしたちは納得しませんよ?本気で潰したいならちゃんとした理由を出してください。」

良子は腰に手を当てて不敵に笑う。

「…いいだろう。そっちの言い分を聞いてやろうじゃないか。」

中谷も不服そうながら良子に相対する。

「乙女会は女の子たちに淑女としての礼節を教えるクラブです。それのどこがいけないんですか?」

あまり頻繁ではないが乙女会主催でマナー講座を開いていたりする。

「そんなもの教師が教えればいい。」

「…って言ってるけど?」

良子は視線を公聴している生徒に向ける。

「そんな授業ないじゃん。」

「それに先生だと偉そうだし。」

「乙女会の方々優しく丁寧に教えてくれるわ。」

すると女子生徒からの援護射撃。中谷は腕を振り回して黙らせる。

「マナーなど社会に出てから知ればいい。以上!」

横暴だとブーイングする生徒を一喝して黙らせた中谷は反撃に出る。

「乙女会の部室だがあれは誰の許可を得て使っているんだ?」

「学校に決まっているでしょう?」

いくら何でも学校に認められずにクラブとして活動できるわけがない。

当然許可は得ていた。

だが中谷のいやらしい笑みは消えない。

「それなら顧問は誰だ?」

「?あれ、そう言えば誰だ?」

今更ながら良子はその事実に首をかしげた。

クラブなら当然監督する教師がいるはずである。

だがヴァルハラに顧問はおろか他の先生が入ったところも見たことがない。

「顧問のいない部活を認めるわけにはいかないな。」

中谷は乙女会の粗を探してようやく見つけたとっておきの弱点を持ち出してきたためすでに勝った気でいるようだった。

「ふむ、顧問…?」

良子がどんなに首を捻ってもそんなものは出てこない。

中谷の笑みはますます強まる。

「それだけじゃない。部の活動報告書に構成員名簿、提出書類が足りないようだが?」

書類関係は他の部活でも未提出や不備等の大小問題はあるので職員たちもそれほど神経質にチェックするものではないのだが中谷は調べていた。

他人を蹴落とすための努力を惜しまない困った人物である。

「良子お姉様、しっかりしてください。」

「等々力先輩、ひねり出すんです。」

紗香や他の男子の声も聞こえるが良子はもう体を90度傾けるように首を捻っているがどれも記憶になかった。

「それなら乙女会は解散…」


「失礼します。」


「!?」

突然の声に中谷が振り返るとそこには紙束を手にした葵衣と

「校長?」

壱葉高校校長が申し訳なさそうに立っていた。

「こちらが乙女会の構成員名簿です。人数が変動する時期でしたので安定するまで提出は控えていました。こちらは教室の利用申請書でこちらが昨年の活動報告書です。」

葵衣は1枚ずつ書類を説明しながら手渡していく。

よく見れば書類には学校指定の印がされており正式に受理されたことを示していた。

「ちょ、ちょっと待て!これはいったい誰が…」

「そしてこちらが乙女会の顧問の先生となります。」

葵衣は最後に校長を差した。

中谷の口が半開きのまま固まる。

「すまないね、中谷君。言いそびれていたよ。」

いろいろと特殊なクラブであるため書類を校長が保管していたのである。

「さらに乙女会の存続理由を提示させていただきます。乙女会が壱葉高校に設立して以来女子生徒の受験者数が増加しています。」

葵衣が渡した紙にはここ十年の壱葉高校の入学者数のデータ。

3年前、つまり撫子が入学して乙女会を作った翌年から女子の受験者は倍になっており、男子の方も増えていた。

花鳳撫子のネームバリューであることは明白であった。

「近年少子化の影響で廃校になる学校も増えてきたと聞きます。乙女会の解散は花鳳撫子お嬢様の名を壱葉高校から消し去ることと同義です。果たしてその後に受験者数を確保する手立てがありますでしょうか?」

葵衣の言うように

「私、乙女会に憧れて壱葉高校を選びました。」

「わたしも。」

「あたしもです。」

現在在学している学生たちは乙女会が設立し、受験者が増えた後の世代。

それがすべて葵衣のデータを補完した。

「それなら乙女会がなかったらどうかな?」

良子が尋ねると

「選びませんでした。」

全てではないが多くの女子が声を上げた。

顧問はおり、書類は不備なく書かれており、将来的な学校経営にまで切り込まれ

「…」

何より校長はもとより他のどの先生も助けに入ってはくれない。

結局乙女会に反対し、花鳳に抗おうとするものは中谷をおいて他には誰もいなかったということだった。

「それじゃあ乙女会はこのままって事でいいですね、中谷先生?」

「…勝手にしろ。」

中谷はがっくりと肩を落として朝礼台から降りた。

良子と葵衣は勝ち誇ることもなく壇から降り、

「これで全校集会を終わります。」

最後まで残された校長の言葉で集会は閉会となった。


こうして乙女会の危機は去り、以降文句を言う教師はいなくなった。


そして

「頭下げなかったけど怒られなくてよかったよー。」

「おー、よしよし。よく頑張ったね。」

集会が終わった後叶が涙目になったのを親友たちが宥める光景が確認された。

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