第33話 熱闘!体育祭大戦
すっかり暖かくなってきた5月も下旬、壱葉高校のグラウンドはそれ以上の熱気に満ちていた。
普段は真面目に常套句を述べるだけ代表生徒がマイクをひっ掴み
「壱校体育祭、始めるぞ!!」
ライブハウスのように威勢良く開会を宣言し
「「おーーーっ!!」」
空気を震わせるほどの叫びが上がった。
これが後に壱葉高校の歴史に名を残す「熱闘!体育祭大戦」の幕開けだった。
「今年は叶たちが全生徒のやる気を煽りまくったから気迫が違うわね。」
"Innocent Vision"が行っていたソルシエール復活計画の特訓が生徒たちには体育祭の為の特訓と認識され、そのあまりの激しさに各クラスも危機感を抱いて練習に力を入れたというわけだった。
「だけどそれは私たちも同じよ。密かにやっていた特訓の成果を今日こそ見せるのよ!」
「イーッ!」
クラスの男子が一斉に右手を前方に出して奇声を上げた。
全身タイツのあれみたいで気持ち悪いが一糸乱れぬ動作に団結力の高さが窺えた。
男子が戦闘員なら裕子は女幹部といった感じだ。
「今年は参謀の八重花が別のクラスに行ったのが痛手だけど私たちは勝つのよ。叶、最後のリレー、任せるわよ。」
今年は皆のやる気が違うので接戦が予想された。
そうなると得点配分の高い男女混合リレーの勝敗が大きく結果を左右することになる。
全員の視線が向けられた叶は
「うん、頑張る。」
怖じ気づくこともなくしっかりと頷いた。
それを見てチームリーダーの裕子は俄然盛り上がる。
「さあ、みんな!叶を全力でサポートするわよ!」
「イーッ!」
2年1組の席は異様な雰囲気に包まれていた。
座席の区画を生徒が囲い、中を見せない。
それは武将が戦場に設営する陣のようだった。
参謀・東條八重花は4組の盛り上がりを音に聞いてほくそ笑む。
「裕子たちはやる気ね。無駄なことを。うちには秘密兵器がいるのだから。」
八重花の視線の先では明夜が眠そうな顔で柔軟をしていた。
1組の切り込み隊長・柚木明夜は
「お腹空いた。」
いまいちやる気はない。
それを見て不安を抱く1組生徒たちだが
「優勝したら美味いものを食わせてやる。」
総大将・羽佐間由良の一言で明夜の瞳に火が点った。
「敵は、蹴散らす。」
「ほどほどにしなさいよ。」
八重花が一応たしなめて怖じ気づくクラスメイトに召集をかけた。
「これから体育祭で勝つための策を授けるわ。」
体育祭優勝プランナーでもある東條八重花は自信に満ちた笑みを浮かべていた。
そしてその間にある2組でも不敵に笑う姿があった。
「無駄よ、無駄。優勝はうちらに決まってるじゃない。」
乙女会の神峰美保である。
ジュエルによる身体強化は普通の少女を超人たらしめる能力を与える。
特訓した程度でただの人が超人に勝てるわけがないと美保は考えていた。
その肩がポンと叩かれる。
「何よ、悠莉。あたしはヒーローインタビューのイメージトレーニングで忙しいのよ。」
悠莉は先を見すぎな美保に苦笑して何故か慰めるようにポンポンと叩いた。
「美保さん。当然わかっていると思いますが体育祭中にジュエルを使うのは禁止ですよ?一般の方にジュエルの力を披露するのは危険ですから。」
「…。あー、そうだった!」
ようやくその事実に気付いた美保は叫ぶが許可が降りることはない。
「期待していますね。ジュエルの力を使わず等々力先輩や今日のために特訓を重ねてきた"Innocent Vision"を退けて優勝する美保さんの姿。ふふふ。」
悠莉はクスクスと可愛らしい笑みを浮かべながら去っていった。
残された美保は暫く呆然とした後、
「やってやるわよー!」
負けん気を燃やすのだった。
こうして始まった体育祭はもはやスポーツを越えた戦いと化していた。
徒競走では他者を押し退けるように腕を使い、長距離走はたとえ体が死んでも精神で走り抜くと言わんばかりに最初から全力で疾走し、障害物競争では自らもトラップを仕掛けていくため収拾がつかない事態になっていた。
「ここに入学して以来一番の盛り上がりだね。」
良子はのんびりとそんな事を言っているが他の生徒にしてみればハラハラドキドキを超越した恐怖によるドキドキバクバク状態だった。
「どうして先生たちは止めないんだ?」
1人の良識的な男子生徒がその疑問を口にした。
今の競技にスポーツマンシップがあるとは言えず走行妨害は下手をすれば暴行障害扱いだ。
そんな不祥事を教師たちが見過ごすのかと憤慨して設営テントに目を向けると…そこには見ず知らずの黒スーツサングラスの集団が座っていて黙々と作業していた。
「誰!?」
実は花鳳の暗部である。
もちろん教師陣は初めの徒競走、それ以前に選手宣誓がちゃんと行われていなかった時点で体育祭中止の準備を進めていた。
しかし、いち早くそれに気付いた八重花がヴァルキリーの葵衣と内密に連絡を取り協力を要請、学生として体育祭の中止は望ましくないとして葵衣は要請を受け、行動に移そうとしていた教師陣を暗部により無力化したという訳だった。
もはやここは無法地帯。
勝者が決まるその時まで戦い続けるしかないバトルフィールドだった。
「いいじゃないか、楽しくなってきた。そろそろあたしの出番だね。」
良子は拳を打ち合わせて立ち上がった。
昨年八重花を最後まで苦しめた真紅の獅子がいよいよ牙を剥こうとしていた。
途中経過で2年の得点は1組と4組の接戦だった。
2組も健闘しているが美保が空回り気味。
そして3年2組、良子のクラスがトップを走っていた。
その結果を見た八重花は親指を噛む。
「やはり等々力先輩が大本命でダークホースね。こっちの予想を超えてくるわ。」
「あれでジュエルの力を使ってないんだから正真正銘怪物だな。」
パワーとスピード、そのどちらも持っている良子が次々に勝利を収めトップに君臨している。
それでも1組が善戦しているのは明夜の存在が大きかった。
パワーでは劣るもののスピードで勝る明夜は単純な競争なら負けない。
「期待してるわよ、明夜。」
「奢りのために頑張る。」
その裏で由良が財布の中身を確認してため息を漏らしていた。
「やっぱり八重花たちと等々力先輩が来たね。」
4組も作戦会議。
こちらは男子勢の団結力により得点を維持してきたがスーパープレーヤーがいない分次点止まりだった。
「つくづく真奈美の怪我が惜しい!」
「いや、あたしにあの2人と同じ活躍は無理だから。」
過度の期待を向けられてもどうしようもないことだ。
それにおそらく何も失わずに今を迎えたとしても今ほど強くはなかったと真奈美は思っている。
失ったもの以上に多くのものを手に入れたからこそ真奈美はここにいる。
「個人競技には強いけどクラスとしての総合力では負けてない。このまま食らいついて最後の種目で勝負をかけよう。」
最後の種目、男女混合リレー。
当然そこには良子と明夜も参戦する。
良子は学年違いなので抑えるのは困難。
1組にはさらに由良と八重花がいる。
これらを打倒して優勝するのは不可能にすら思えた。
女子を中心に諦めムードが広まっていく。
「にゃはー、今年は相手が悪かったよ。」
久美に至っては完全に諦めていた。
「裕子、このままだと男たちの方にも影響が出るぞ。」
「でも現状を巻き返すいい案なんてないわよ。」
芳賀と裕子も戸惑いを隠せなくなってきていた。
こうなればセイバーの力を使ってと密かな決意を抱いた真奈美は
「大丈夫です。」
その優しくも力強い声に震えるほどの感動を覚えた。
全員の視線を向けられても叶は焦らず
「大丈夫。」
安心させるように頷いてみせた。
不安げな表情が、諦めた笑いが、悔しさに歪む顔が、叶の微笑みに溶かされていく。
「今できることを全力でするしかないよ。リラックスして本来の力を出し切ろう。結果はその後についてくるよ。」
どこか達観したようにすら感じる穏やかな言葉。
それはクラスメイトの気持ちを1つにまとめた。
「菩薩だ。菩薩様が参られた。」
誰かがそんな言葉を呟いたが否定はない。
今の叶にはまるで後光が差しているようだった。
「まだチャンスはあるから、頑張りましょう、皆。」
猛るような雄叫びは上がらない。
ただしっかりと頷くその瞳には確かな闘志が静かに燃えていた。
「どういうこと?後半の4組の追い上げが異常よ。」
「ああ、明夜が押されるほどとはな。」
2年1組でも、
「トップだけどまだまだ油断できないね。気合い入れていくよ!」
3年2組でも2年4組の動きに驚きを見せていた。
「あー、悔しい!」
2組は美保が頑張ってはいたものの離されていた。
そして3チームが僅差で最終種目を迎えた。
規律に縛られない今体育祭では特別ルールで上位4チームでの決戦レースとなった。
これにより男女混合リレーを制した者が祭りの勝者となる形となった。
…2組以外は。
「うちが勝つには1位になって4組が2位に来る必要があるのね。」
だが美保はまだ諦めていなかった。
「私は応援してますね。」
悠莉は参戦する意思はなく観戦しようと考えていたが
「悠莉、ちょっと手を貸してくれない?」
「失礼致します。悠莉様、よろしいでしょうか?先生方が反抗作戦を企てているようです。」
話の途中で海原姉妹に声をかけられた。
悠莉の口の端がわずかに上がる。
「それは、多少手を出しても構わないということですか?」
返答を待たず悠莉は席を立つ。
「問題にならない程度か…あるいは問題に出来ないようにしていただけるなら。」
こうしてヴァルキリーの3人が学生のために暗躍する中、いよいよリレーの号砲が鳴り響いた。
第1走者の男子は差はつかず第2走者の下へ。
そこで会場がどよめいた。
2番手に出てきたのは明夜だった。
良子が意外そうな顔をしている横で由良が胸を張る。
「先行して他のやつらにプレッシャーを与える。八重花の案だ。」
「直接勝負を避けただけじゃないのかな?」
良子の余裕は崩れない。
「行け、明夜!」
「行く。」
バトンを受け取った瞬間に明夜は視界から消えていた。
大地を滑るような低い姿勢で瞬く間に後続を引き剥がしていく。
その姿に第2走者の女子は愕然とするが
「頑張ってください。」
2年4組は叶の声援ですぐにリラックスし持てる力を出しきるべく駆け出す。
「あたしまで引き離されないようにしなさい!」
美保の激励で2年2組、
「あたしを信じなよ。」
良子への信頼で3年2組も持ち直す。
明夜が大きく差を開けて第3走者にバトンタッチ、他3クラスが並んで続く。
「作倉へは俺が繋ぐ!」
その集団からわずかに抜きん出たのは芳賀だった。
「雅人くん、いっけー!」
彼女の声援を受けた分他の男子よりも速い。
観客のブーイングすら力に変えて最終走者の叶に望みを託す。
2年1組は既に由良がかなりのスピードで前を駆けていた。
「頼んだぞ!」
「はい!」
バトンを受け取った叶は正面の応援席に座る体操着姿の琴と目を合わせた。
唇の動きを見てわずかに目を細める。
伝言は
「叶さんの本気、見せてあげましょう。」
叶は静かに一歩を踏み出す。
大地を踏み締めた足が力を伝えて体を前に押し出す。
勢いを殺さず左足を静かに付け、上乗せするように前へと蹴り出す力とする。
会場がどよめく。
「なっ、速い!?」
「聞いてないわよ!」
わずかに遅れてバトンを受けた美保と良子が見たのは流れるように速度を上げていく叶の背中だった。
「叶さんに教えていた受け身は力の流れを制する手法。今の叶さんは自分の力の流れの効率的な利用ができるはずです。さあ、生まれ変わった叶さんの姿を見せてください。」
「ハッ、ハッ…」
叶は今までに感じたことのない感覚の中を走っていた。
(苦しくない。体が軽い。)
自分の体が羽根になったみたいに体が前へと自然に向かっていく。
風を切る感覚を体感していた。
その風がわずかに乱れる。
気が付くと由良の背中が見えた。
そして後ろからも風を感じる。
「いろんな意味で伏兵だね!」
良子は賛辞し追い抜いていく。
叶は焦らない。
(また。)
背後から禍々しい風を感じて叶はコースをずらした。
「あたしがビリなんてあり得ないわよ!」
朱色の風が吹き抜けていく。
「わ、美保!?」
「馬鹿野郎!」
「勢い付けすぎた!」
弾丸のような美保は2人を巻き込んで転倒した。
それを避けた叶がゴールテープを切り、
「叶が一位よ!」
「くっ、2位は譲らないぞ!」
裕子の歓喜の声でいち早く復活した由良が2位でゴールし、
「体育祭の勝者は、2年4組です!!」
「わあああああーーーーー!!!」
4組の優勝で体育祭大戦は幕を閉じた。




