第27話 ジュエルクラブ
"Innocent Vision"がソルシエール復活計画を始動させた頃、ヴァルキリーもまた新たな動きを見せていた。
「レイズハート!」
「なんの!」
美保のスマラグド・ベリロスから飛び出したレイズハートを良子のラトナラジュ・アルミナが切り払う。
スマラグドではほぼ無制限に生み出せていたレイズハートもジュエルであるスマラグド・ベリロスでは同時に3発、連射で5発程度と少々心許ない。
「ハアッ!」
「あたしに接近戦を挑むなんて無謀だよ!」
突っ込んできた美保に対して良子は高々とラトナラジュ・アルミナを掲げてルビヌスを発動。
大地に足を楔のように撃ち込んで一撃に全力を込める。
「レイズ、ハートッ!」
左右と上の3方向から光刃を向かわせる。
速度はそれほどでもないが不動の体勢に入った良子にはかわせない。
さらに追撃として2発を放ち、美保自身も突っ込んでいく今の美保の放てる最強の一手。
「ああーー!!」
「おおーー!!」
その翠の怒濤を良子のハルバードが真っ向から迎え撃った。
真紅と翠の光が激突して爆発する。
光が収まったとき、中間点では互いのジュエルを打ち合わせた形で力比べをしている2人の姿があった。
ギリギリと鎬を削り合っていた2人はフッと戦意を消してどちらともなく力を抜いた。
「今ので互角ですか。」
「くそう。正面からの攻撃なら絶対負けないと思ったんだけどな。」
ここは壱葉に作られたWVeの地下にある訓練場。
ジュエルに目覚めた乙女たちがその使い方や戦い方を覚える秘密の園である。
"RGB"は新規にジュエルになった者たちにその力を実演するために訪問しに来ていた。
良子と美保の実戦さながらの模擬戦闘を見たジュエルたちは下は中学生くらいから上はOLくらいまで幅広い年齢層だったが皆一様に唖然としていた。
良子は悠莉からタオルを受け取ると汗を拭きながらジュエルに話しかけた。
「ふぅ。こんな風にジュエルを使いこなせるようになるとグラマリーって呼ばれる必殺技が使えるようになるんだ。わかった?」
全員が一斉にコクコクと頷く。
まだジュエルを手にして間もない彼女らにとって2人が見せた戦いは物語に出てくるヒーローと同じでありまだ現実味を伴っていない。
悠莉はそんなジュエルたちの様子に気付いてどうしたものかと考える。
しかし以前のジュエルでさえただの一例を除いてほとんどグラマリーが発現しなかったのだからそう簡単に会得させる方法があるわけではない。
そもそも悠莉たちだって明確にグラマリー発現のプロセスを理解しているわけではない。
力が欲しいと強く願った結果に得られたものだ。
(そうなると…)
「サフェイロス・アルミナ。」
悠莉は自らのジュエルを取り出した。
予定では美保と良子の模擬戦の観戦で終わりだったので美保と良子もインストラクター・村山もジュエルも首を傾げた。
悠莉は長大な刃を指で撫で
「さあ、どなたからでも構いませんからかかってきてください。」
微笑みながらも戦意を顕わにした。
その闘気に当てられて数人のジュエルがよろめく。
慌て出したのはインストラクターだ。
主に壱葉高校3年生だったジュエルに声をかけ普段は職員として働いている彼女たちはソーサリスの力を知っているため忠誠心が高い。
だからこそ万が一粗相があってはならないという気持ちが強かった。
「し、下沢様!彼女たちはまだジュエルの扱い方を覚え始めたばかりです。ソーサリスであった下沢様のお相手には早いかと。」
無論、聡い悠莉が村山の考えが分からないわけがなく、理解した上でジュエルを抜いたのだ。
困惑するジュエルたち。
美保と良子はタオルを首にかけたまま成り行きを見守っていた。
だがジュエルはヴァルキリーのメンバーは自分たちを導く選ばれた存在だと教えられてきたため武器を向けるなどできるはずもなかった。
悠莉は戸惑ったように動かないジュエルを見て大仰に首を横に振った。
小さくため息をついたあと見下したように笑う。
「私たちヴァルキリーはソルシエールに選ばれた特別な存在。その理想はこの世界の恒久平和でありジュエルはヴァルキリーのために働く駒でしかありません。代えの利く代用品。一山いくらという程度の価値しかありません。ソーサリスとジュエルには天と地ほどの存在価値の差があるのです。」
「…。」
悠莉は自分の言葉に陶酔したように身ぶり手振りを交えて語る。
インストラクターからもそう教えられていたとはいえ実際に本人から言われるとイラッとくるものがあった。
悠莉はそれに気付かない様子で楽しそうに続ける。
「ジュエルである皆さんが私に恐れを抱くのは自然なことです。そして従順であることは下々の者にとっては美徳ですから誇ってください。ヴァルキリーの手足となって働ける喜びを享受なさってください。栄光を得る私たちの陰でヴァルキリーのおこぼれの栄誉にすがりなさい。」
「…。」
ジュエルは胸の奥から沸き出してくる怒りを必死に押し止めていた。
同じくらいの年齢、あるいは自分よりも年下の人間に傲岸不遜な態度で自慢話をされれば誰だって機嫌が悪くなる。
悠莉はサフェイロス・アルミナを胸に抱き締めるようにしながらジュエルの周りをゆっくりと回る。
「ですが、力のない駒は必要ありません。全人類がジュエルとなった暁にヴァルキリーの側にあるのはヴァルキリーの理念を正しく理解し、力を持つ者です。それ以外はその他、ヴァルキリーの管理を受ける力を持たない方々となります。あなた方は…どうでしょうね?」
あからさまな見下した笑みは口元を隠した程度では隠せていない。
せっかくジュエリアクラブの中の特別な存在、ジュエルになれたというのにその誇りを踏みにじられたジュエルたちは悲しみ、落ち込み…そして怒りを表に出した。
悠莉の朱色の瞳がスッと細くなる。
「怒らせてしまいましたか?ですがこれは事実。ジュエルは完全な実力主義、力がなければ消えていくだけです。さあ、悔しいのなら私に力を見せてください。」
「ああーー!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたジュエルの1人がハンドアックス型のジュエルを手に出現させながら悠莉に向かって駆け出した。
「下沢様!」
慌てて守りに入ろうとした村山を良子が止める。
困惑する村山の前で斧を振り上げた高校生くらいのジュエルは
「あんたなんかに何でバカにされなきゃならないのよ!」
叫びながら何の躊躇もなくジュエルを振り下ろす。
ガギン
悠莉はサフェイロス・アルミナを横薙ぎに振るって斧の側面にぶつける。
それだけで体勢を崩したジュエルは地面に斧を打ち付け、盛大に転んだ。
すでに悠莉は倒れた者を見ていない。
弱者に用は無いとでも言うように。
「反逆ですか?これからヴァルキリーに従順な正しいジュエルになるべく教育されていくというのにそれではいけませんよ。これは他の地域のジュエルへの見せしめが必要ですね。」
悠莉の笑みが酷薄な色を宿す。
両手で握ったサフェイロス・アルミナをカラカラと引き摺りながらジュエルたちに近づいていく。
その姿は死神を連想させた。
ジュエルたちは恐怖し
「う…わあああああ!」
恐慌に陥って悠莉に襲いかかった。
1人が飛び出すと堰を切ったように恐怖の対象を消し去らんとジュエルが手に手に武器を取った。
21人のジュエルのうち半数以上の13人が鬼気迫る表情で悠莉を殺そうとした。
悠莉は止まれというように左手を前に突き出した。
だがジュエルはもう止まらない。
そして悠莉の左手の意思は止めることではない。
「コランダム。」
最前を走っていたジュエルの目の前に突如青い壁が出現した。
「ぐあっ!」
前触れもなく現れた壁に咄嗟に対応できるわけもなくジュエルは障壁に激突、後続のジュエル2人も巻き込まれた。
勢いを削がれながらも残ったジュエルは悠莉を目指して進む。
悠莉はジュエルの猛攻から逃れるように大きく後ろに飛び退いた。
「わああああ!」
中央に出現した壁を避けるように左右に別れた集団の正面に
「コランダム。」
悠莉は再び両側の人の流れの前に障壁を展開した。
「こんなもので!」
壁が出現することを知ったジュエルは壁を回避して突き進む。
左右に別れていたジュエルが合流してきて再び大集団となった。
それが悠莉の思惑とも知らず。
「これでどうですか?」
悠莉は展開していた3枚の障壁を消すとジュエルたちの進行方向の上空、悠莉の斜め上に等間隔で並べた。
一番ジュエル寄りの1枚が落ちてくる。
「早く行ってよ!」
「押さないで!」
迫る壁から逃れようと加速するが
「きゃあ!」
遅れた数人が壁に激突した。
その壁は倒れて後続をすべて地面に押さえつけた。
どうにか通り抜けたジュエルたちに対しても息をつく間も無く次の壁が降下を始める。
「はあ、はあ。負ける、もんか。」
緊張と疾走で息を荒らげながらもジュエルは前を目指す。
「ああ!」
また数人が脱落して残りは3人になった。
最後の1枚が落ちてくる。
明らかに間に合わないタイミングで降ってくる障壁に絶望が広がる。
だが
「負ける、もんかぁ!」
壱葉高校の制服を着た少女が立ち止まりかけていた一団の中から飛び出した。
「危ないわよ!」
ジュエルの制止の声にも立ち止まる様子はなく
「てぇい!」
少女は障壁と床とのわずかな隙間、わずかな希望に向かって飛び込み
ズン
ギリギリで通り抜けた。
そのまま前転して無理矢理立ち上がり
「せぇい!」
槍型のジュエルを悠莉に向けて渾身の力で振り下ろした。
悠莉は少女の最大の一撃をサフェイロス・アルミナで軽く受け止め、
「ふふ、合格です。」
さっきまでの見下した様子ではない天使のような微笑みを浮かべた。
「…へ?」
何が何やら分からず、ただ全力を出しすぎて脱力した少女を
「おっと。」
良子が片手で支えた。
目をぱちくりさせる少女に良子は嬉しそうに笑いかける。
「小さいのになかなか根性あるね。どう、バレー部に入らないかな?」
「は、はあ。」
困惑の極みにある少女は元より、この場にいたジュエルとインストラクターもまた悠莉の変わり身に戸惑っていた。
悠莉は障壁とサフェイロス・アルミナを消して全員を見回す。
悠莉に挑んだ者、途中で脱落した者、初めから動けなかった者。
その誰にも微笑みかける。
「ソルシエールもジュエルも本質的なものは同じ、力の源となるものは強い感情です。ですが今のジュエルの皆さんにはそれが足りませんでした。向上心、もっと言ってしまえば他者よりも優れた存在であり自分は特別な人間であるという意識を持たない限りどれほど訓練を積もうとグラマリーを発現できるほどのジュエルにはなれません。」
それが悠莉の導き出した答え。
そしてその仮説はファブレがソーサリスを増やさなかったという事実による正当性があった。
だから悠莉はわざと憎まれ役を演じ、ジュエルに反抗心を植え付けたのである。
決して追い詰められ、表情を歪めるジュエルを見たかったわけではないのである。
…決して。
「私が言ったことの全てが本当だとは言いません。ですがジュエルは実力主義であり、力ある者が優遇されるのは事実です。皆さんが感じた不満や嫉妬、怒りを力に変え、強くなることに貪欲になってください。」
悠莉がそう締め括るとポツポツと拍手が起こり、やがて全員が手を叩き始めた。
特に全力で手を叩いていたのは最後まで諦めなかった少女。
キラキラとした瞳で悠莉を見つめていた。
悠莉が一礼して引き下がると
「あ、あの!」
少女はすぐに悠莉に声をかけた。
「はい、何ですか?」
「わ、私、壱葉高校1年生の綿貫紗香と言います!あの…お姉様とお呼びしていいですか!?」
力一杯懇願してくる紗香に顔を見合わせる悠莉と良子。
「まあ、あたしは柄じゃないけど悠莉ならいいんじゃない?」
「いいえ!良子お姉様と呼ばせてください!」
「え!?」
他人事だと思っていたら自分にも飛び火して良子は慌て出す。
そしてそんな面白い状況を悠莉が見逃すわけもなかった。
「そうですね。綿貫さん…」
「私のことは紗香と呼んでください!」
無駄に気合いの入った紗香に気圧されつつ悠莉は言い直す。
「それでは紗香さんとお呼びします。紗香さんは壱葉高校の後輩ですし、構いませんよ。是非とも等々力先輩を良子お姉様と呼んであげてください。」
「こら、悠莉!」
「あ、ありがとうございます!」
抵抗しようとした良子だったが嬉しそうに頭を下げる紗香を見て諦めたらしく苦笑した。
「私、頑張ってジュエルを使えるようになります。すっごいグラマリーも使えるようになってみせます。そうしたらお姉様たちの仲間に入れてください。3人でチームを組んで。」
ここで暴走する紗香が爆弾発言。
良子は苦笑し悠莉はむしろ楽しそうに笑い、
「ちょっと待ちなさいよ!」
1人蚊帳の外だった美保が吠えた。
「なんですか、神峰先輩?」
明らかに態度の違う紗香に美保の怒りが一気に高まる。
「悠莉も良子先輩もあたしと"RGB"ってチームを組んでるのよ!」
「そんなの解散してください。私の方がお姉様方にふさわしいんです!」
ナンパな男達も近づかない美保の怒りを前にしても紗香は臆することなく言い合っていた。
「あんたなんかがヴァルキリーのジュエルになれるわけないわよ!」
「なってみせます!」
にらみ合い、鼻先を押し付けあい
「「ふんっ!!」」
同時に顔を背けた。
「ふふ、面白い事になりましたね。」
「ライバル出現だね。」
「「誰が(ですか)!」」
この日の悠莉の教えはすぐさま全国のジュエルクラブに伝えられ、ジュエルの士気の向上に大きく貢献した。
そして美保には予想外のライバルが現れ、頭を悩ませることになる。




