表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Akashic Vision  作者: MCFL
252/266

第252話 半場海の正体

「「…」」

叶の言葉に全員が言葉を失い、顔を見合わせ、首を傾げ、後ろを振り返った。

陸はオリビアと一対一で武器も持たずに対峙し、精神的にはむしろ追い詰めている。

全員が首を戻して

「それはない(でしょう・わ)。」

異口同音で答えた。

とはいえ叶自身も信じたくないような疑惑を持ったのにはそれなりの理由があるのは悲痛な表情をしている叶を見ればわかる。

「何でそう思ったの?半場は今目の前にちゃんと存在している。叶は手を取ってたじゃない。」

幽霊は足がなくて白装束で半透明というのは日本人の勝手なイメージだが、少なくともあそこまで存在感を醸し出す幽霊はいないはずだ。

「だって、陸君は糸に心臓を刺されたのに…」

叶が下を向いて焦点の合わない目をわずかに見開く。

困惑と未知への恐怖に震える叶を真奈美は抱き締めた。

「みんなが飛び出していった後、陸君が一瞬透明になったように見えて、信じられなくて目を擦ってもう一回見たら元に戻ってて。でも血は出てなかったの。」

多少わかりづらいが叶には陸が実体を持たない幽霊のように感じられたということだった。

「あの時は確か手を握ったままだったわよね?消えたと思ったときにすり抜けたりしなかったの?」

「…わからない。いつ離したのかもわからないし。」

「今の話ですと半場さんは叶の癒しを必要とせずに動けたようですね。あの時オリビアの攻撃は確かに半場さんを貫いていました。それは叶だけでなくわたくしや緑里、八重花さんも見ていました。…確かに普通ではないですね。」

以前病室の前で陸と遭遇したときも幽霊みたいだと感想を抱いたことがあるだけに叶の言葉を撫子は否定できない。

「…」

「どうされました、お嬢様?」

「何でもないわ。」

その時に見せられた"真実"を思い出して撫子は身震いした。

だが陸の策が完遂出来れば回避できると言われた。

だから衛星カメラを手配し、全世界配信の準備を整えた。

(恐らく叶が半場さんの手を取った時に運命は違う道筋へと変わったのでしょう。半場さんの想定していた"非日常"の力を消し去るという道筋から。)

現在から先にある未来は撫子の望みに最も近い世界となる。

だから必ずオリビアを倒さなければならない。

そのために陸の力が必要なのだからその存在が味方から疑念を持たれるのは望ましくない。

「叶。」

「はい?」

「もしもあの半場さんが幽霊だとして、それがなんだというのです?半場さんは世界の平和を案じて戦ってくれているのですよ。」

「幽霊なのは嫌ですよ。オリビアが倒せたら陸君は本当に消えてしまいそうで。」

話が微妙に食い違っているのを感じて撫子は叶の言動をもう一度思い返した。

途中で自分の考えを挟んでしまったために曲解してしまったが、叶の言葉の真意はとても単純なものだった。

「"Akashic Vision"はオリビアや"非日常"の力を破壊して自分たちも消滅すると言っていましたね。そして半場さんの幽霊疑惑が浮上した。つまり半場さんたちは幽霊で全てが終わったら消えてしまうのではないかと思っているのね?」

叶は陸の存在に疑念など初めから抱いていなかった。

戦いが終わった先の世界に陸が存在しない事への不安を恐れているだけだった。

「叶らしいわ。」

「まったくもって叶らしいわね。」

「え、え?それってどういう意味ですか?」

満場一致で同意されて叶が慌てる。

暗い顔をしているよりもずっと叶らしかった。

「りくは確かに死ぬのを恐れずに動いているわ。でもそれは"Akashic Vision"の覚悟であってりくが死んでいるとは限らない。…違うわね。死んでいてほしくないわ。」

皆の思いは八重花の言葉とそう変わらない。

皆が生きてこの戦いを終えたいと思っている。

「戦いが終わって半場さんが逃げようとしたら私のコランダムに閉じ込めてしまいますから安心してください。生きたいと泣いて叫ぶようにしてあげますから、ふふふ。」

久々の悠莉節に苦笑いを浮かべる面々だったが心は決まった。

「陸君と一緒にオリビアを倒して、その後のことは後で考えましょう。」

それが逃げだとわかっていてもここで額を突き合わせて話し合っていても何も解らない。

叶はしっかりと顔を上げてオリビアと対峙する陸の背中を見つめた。

「一緒に戦うよ、陸君。」




陸は背後で強まった聖なる力を感じて意味深な笑みを浮かべた。

陸に攻撃を当てる手段を実行しようとしていたオリビアの出鼻を挫くように人差し指を立てて見せた。

「実は1つ謝らないといけないことがありました。」

「何じゃ?赦しを願い命乞いをするなら聞かぬこともないぞえ?その魔眼と頭蓋だけは生かしてやろう。」

「ははっ。そんなSFみたいな生き方は遠慮します。」

精神的に劣勢だったにも拘わらず上から目線のオリビアも図太い。

だが陸は笑って否定し、オリビアからの殺意も柳に風で受け流す。

「全力で相手をするみたいなことを言いましたけどすみません。」

陸は軽く頭を下げ

「実は僕、Akashic Visionが今使えないんですよね。」

とんでもないことを暴露した。

「………なんじゃと?」

こっそりと秘密を打ち明けるように最大級の欠点を晒す意味がわからずオリビアは硬直した。

この口先の魔術師はオリビアの考えの埒外にいる。

素直に受けとればAkashic Visionを使えない今が陸を殺す最大の好機。

未来視があろうとそれだけではかわせない一撃を叩き込めば倒すことができる。

だが自分の弱点を相手に教える馬鹿は普通いない。

そして陸は馬鹿ではなく、むしろ何を考えているかまるで読めない賢しい相手。

弱点を敢えて明かすことでオリビアには考え付かないようなメリットを得るのかもしれない。

「ですがそのサービスタイムももうすぐ終わりそうです。Akashic Visionが使えるようになれば万象の理をねじ曲げてあなたを倒します。」

陸はオリビアを挑発して攻撃させようとしているように見えた。

つまり罠である可能性が高まった。

「その手には乗らぬ。妾を侮るでないわ。」

「そうですか。それじゃあ…」


「タイムアップですね。」


「……」

陸は勝者のように拳を突き上げて宣言した。

オリビアの攻撃を一定時間かわし続けるゲームだったが、陸がしゃべることに制限は設けられていなかった。

だから初めに糸の攻撃をかわし、Innocent Visionの能力を見せつけて警戒させ、巧みな話術で心理的に追い詰めていく。

時間を忘れるほどの大きな話題を使って。

「くくっ。全ては妾を欺く嘘であったか。」

「それはどうでしょうね。とりあえずAkashic Visionが使えなかったのは本当ですよ。」

またも虚言か真実か掴ませない物言い。

「じゃがのう、Innocent Vision?そのような嘘を織り混ぜては汝の言う妾を滅ぼす魔法とやらが偽りであるようにしか思えぬぞ?」

元はといえば陸の滅ぼす魔法を信じさせるために力を示すゲームを仕掛けたはず。

それが虚言で時間稼ぎをしたのであれば底も知れようというものだ。

「解釈はお好きにどうぞ。こっちの味方が回復する時間も稼げましたし僕の仕事は上々です。」

陸がオリビアの相手をしていたことで絶望に塞ぎ込みつつあった皆は持ち直し、叶の癒しの力で体力も回復した。

仕切り直すには十分な状況と言えた。

「のう、Innocent Vision?確かに汝の力は妾ですら予測できぬ。その知略も認めよう。じゃが、当たらぬならば他の方法で汝らの力を削げばよい。妾が気づかぬと思うてか?Innocent Visionと対を成すもう1つの要、セイントの娘よ!」

陸はオリビアの注意を引き付けることに集中していたため、攻撃の手を止めた後のオリビアの動きを見逃していた。

以前十分な戦力を確保していながらも裏では用意周到にカーバンクルを開発し続けていたようにオリビアには陸にすら読めない狡猾さがあった。

「しまった!」

陸にかわされて引き上げられていた糸の1つが

地面に垂れ、ゆっくりと叶の背後に迫っていた。

「準備の時を用意したことに礼を言うておこうかのう、Innocent Vision。」

「くっ、叶さん!」

「もう遅いわ!」

陸が振り返るのと同時に必殺の一刺しが放たれた。


サクッ


陸の視線の先で叶が目を見開いて震え、


「まったく。お兄ちゃんはちょっと詰めが甘いよ。」


「海さん!?」

「海!」

叶を押して変わりに貫かれた海を見て叫んだ。

パキン

「っ、アダマス!」

何かが割れる音がしたが海は構わず後ろ手にアダマスを握ると糸を切り落とした。

自分を貫いた糸を引き抜いたところで海は膝を着いた。

「海さん!しっかりしてください、すぐに…」

駆け寄って回復のためにオリビンを使うべく海の体に触れた叶は驚愕に動きを止めた。

一瞬海の体が半透明になり、心臓に当たる部分には小さなひび割れたアダマスの魔石が見えた。

すぐに色を取り戻したが陸の件と含めて二度目では見間違いと思い込むのも無理があった。

海は少し苦しそうに片目で叶を見てバレちゃったと言いたげに苦笑した。

「何故じゃ、アダマスの魔剣使い!?何故死なぬ!」

叶を狙った攻撃は外れたが海を捉えた感触は確実にあった。

なのに海は死んでいない。

海の一瞬の変化を見てしまった叶でなくても不審に思うのは当然だった。

海は立ち上がって陸に視線を向けた。

陸が頷くと微笑みを浮かべてオリビアに向かって歩き出した。

その自信に満ちたゆっくりとした歩き方は陸にそっくりだ。

「半場海がどういう役割を与えられていたか知ってる?」

「"享楽"は"楽天"により精神を異世界に封ぜられ肉体は滅んだ。その現世の肉として選んだのであったか?」

"享楽"が魔女ファブレの解釈して海は首肯した。

「ファブレは私が生まれる前から手を回して王者の剣アマダスと未来視アズライトを兼ね備えた依り代を作ろうとした。だけど運命の悪戯か私たちは双子として生まれて魔石は分かれてしまった。」

海の雰囲気に誰も声を出さず、オリビアでさえ無防備に近づいてくるのに動くのを躊躇っている。

「素質はあっても私の力は開花しなかった。お兄ちゃんはずっと昔からInnocent Visionとして魔石の力の一端を引き出していたのに。業を煮やしたファブレは私を追い込み、その恐怖で魔石の覚醒を促そうとした。」

それは昨年の戦いで知らされた海の最期の時の回想。

「だけどファブレは間違えてしまった。差し向けた無能の魔物が私を喰い殺した。ファブレは諦めかけたけど再利用する方法を思い付いて私の死体を火葬場から持っていき、デーモンの体を宛がった。極限の生命の危機で確かにアダマスの力に目覚めたよ。」

聞いている皆、悲痛な表情を浮かべており叶など泣きそうな顔で俯いている。

「お兄ちゃんがInnocent Visionを覚醒させた後、私はファブレによって体をズタズタに引き裂かれて二度目の死を体感した。」

「解せぬ。それならば何故汝はそこにおるのじゃ?死体でもデーモンでもあるまい?」

「うーん、惜しいね。オリビアも見ていたはずだよ?私がどんな姿をしていたか。」

近付きすぎたのかジェードが反応して海に襲い掛かるが、陸とは違いアダマスを横に振るうだけでいとも簡単に糸を払い除けた。

「漆黒の翼をはためかせ、黒剣を振るう"化け物"の姿をね。」

「学園祭で叶を助けた時のデーモンの姿。あれが海の正体だと言うの?」

あの姿は叶たちに海の正体を隠すためだったと誰もが思っていた。

だが実際はあのデーモンこそが海の本質だという。

「だって私の肉体はとっくの昔に無くなってるんだから。こうして存在するためには肉体が必要でしょ?」

「でもあの時、半場海は自分でも言ってたけどファブレに取り込まれたはず。それならファブレを倒したときに一緒に消滅したはずじゃないかな?」

海が現れたとき、皆がそれを思ったはずだ。

だがそこに存在するからという理由で受け入れて、そのことすら忘れていた。

「それはもちろん、お兄ちゃんの愛の力で…」

ふざけた返答を許さないとばかりにオリビアが海を睨み付けた。

「アダマスのソーサリス。汝は何者じゃ?」

オリビアの問いにザッと足を踏み鳴らして堂々と立つ海は輝かしい光を放つソルシエール・アダマスを高々と掲げて告げた。


「私はパンドラの箱の中でしか生きられないシュレディンガーの猫。無敵の魔剣使い、半場海よ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ