第239話 反撃の狼煙
「あああーー!!」
「一匹ゲット。このまま中身を全部取り出して磔の標本にでもして飾りましょうか。ご主人様に逆らったソーサリスの末路という題目で。ククッ。」
八重花を串刺しにしたパイは舌舐めずりをしてグリグリと魔剣を抉った。
「ぎ、ぐ、ああ!」
八重花は右手で量産型アルマンダインの攻撃を受け止めていたが、左手と両足を貫かれた強烈な痛みに意識が飛びかけており、ジオードをまともに握ることすら出来ない。
量産型アルマンダインの魔剣がジオードを押し退けて八重花に迫る。
意識が朦朧とした八重花はそれが自らの死だと認識できずにぼんやりと見つめていた。
パァン
破裂音と共に八重花の正面の量産型アルマンダインの首から上が弾け飛んだ。
「!!」
血こそ噴き出さないがスプラッタな光景に八重花の目が一気に覚めた。
「退きな、さい!」
力の入らない両手から赤と青の炎を噴射してパイと量産型パイロープを押し返す。
正面から来ていた残り2体の量産型アルマンダインは真奈美のアイリスによる牽制で飛びのいて八重花から距離を取った。
左手両足に傷を負った八重花は立っていられず膝をつき魔剣で体を支えながら荒い息を繰り返していた。
「八重花、大丈夫かい?」
真奈美はスピネルとアイリス、フェライトをフルに活用して迫り来る量産型カーバンクルを追い払いながら八重花を守るように前に立った。
「この、くら、イッ!」
強がりも満足に言えずバランスを崩して八重花は地面に倒れた。
助け起こしたいところだが背中からばっさりやられるわけにもいかないため真奈美はカーバンクルの方を向いたままでいる。
「本当に厄介な力ですね。聖剣の力と紛い物とはいえ魔剣の力が融合している。」
「そう言えばこの力も聖と魔の融合、オミニポテンスっていうのかな?」
今まで気づいていなかった真奈美は感心したようにスピネルを見た。
確かに魔剣に対して優位性を持ち、聖剣よりも戦闘能力が高いセイバーは見方によっては聖剣と魔剣を超えたものと言える。
「そんな物をご主人様と同列に扱うなんて無礼ですね。でも、あなたが命乞いして望むならご主人様の兵として取り成して貰えるよう口添えしてあげても良くってよ?本物のオミニポテンスの力を分け与えて戴けばそこそこ使える戦力になるかもしれませんよ。カーバンクルには劣るでしょうけれど。」
「ま、ぐあ!」
突然の勧誘に八重花は真奈美を引き留めようとしたが声をかけようと顔を上げただけで気を失いかけた。
そんな勧誘に乗るわけないと信じているが、今よりもさらに強い力を目の前に提示されて揺らがない者など
「悪いけどそっちに行く気はないよ。この力の使い途はずっと前から決まってるからね。」
…いた。
真奈美は悩むこともなくこの追い詰められた状況にも屈することなくはっきりと拒絶した。
あまりにもあっさりと拒絶されてパイが唖然とした表情で固まった。
真奈美は愛おしそうに左手の手甲を撫でた。
「この力は友達が守ってくれて、親友がくれた大切な物。だからこの力はあたしの大切な人たちを守るためにだけ使うんだ。」
「まな、み。」
八重花には目の前に立つ真奈美から神々しい光が出ているように見えた。
友を守りたいという清い欲望が本来は相容れない聖剣と魔剣の力を真奈美に与えている。
だから、世界に恐怖を振り撒き支配するような友情に背く使い方をすれば、スピネルは聖なる力を失ってただのジュエルになる。
真奈美はオリビアとは相容れない真逆の存在と言えた。
「そうですか。ご主人様に従わないのであればその力もろとも消してあげましょう。いくら偽物のオミニポテンスでもこれだけのカーバンクルを一度に相手を出来ます?」
「漫画ではね、そうやって数の優位に傲るキャラはだいたい負けるんだよ!」
真奈美は左手からアイリスを放つと右手だけでフェライトをテニスラケットのように振るってアイリスにぶつけた。
砕けた光の粒の嵐がカーバンクルの陣形を乱す。
「ヘリオトロープとは違うのよ、カーバンクルは!」
ヘリオトロープならばそれだけで深刻なダメージを負い、消滅させられただろうが、さすがにカーバンクルは量産型でもその攻撃を回避し、当たっても目立った損傷はなかった。
すぐに統率の取れた動きで真奈美の周囲に展開していく。
「足手まといを守りながらでいつまで持つかしら?」
パイがレイピア型の魔剣を立てて嘲るように笑みを浮かべる。
「守るものがある方が燃えるからね。」
とはいえ数と質の揃ったカーバンクルが押す。
八重花は地に伏して真奈美を見上げるだけ。
(これじゃあ、あの時と同じじゃない。)
学園祭の日にオリビアにやられて叶が目の前で殺されかけた時と同じようにまた親友が傷ついていくのを見ていることしか出来ない。
(私、弱すぎ。)
ギリッと奥歯を噛み締めた。
いつも皆を率いて守っている気になっているが、本当は優しく見守られていて、いざとなったらこうして守られている。
自分の不甲斐なさに八重花は憤りを感じていた。
(セイントだから、ジュエリストだからただのソーサリスの私は守られて当然?)
「冗談じゃ、ない、わよ。」
地面に着いた右手の指から血が滲むほど強く握りしめる。
強がっているが真奈美は助けを必要としている。
オリビアのもとに向かわせた叶も後から追い付いてくるのを待っている。
「こんな、所で、寝てる場合じゃ、ないのよ。」
這うようにして転がったジオードの柄を握った。
「あの時は、腕が足りなかった。今は、それだけじゃ、全然足りない。振るう腕も、立ち上がる足もない。」
真奈美が壁際まで追い込まれた。
今立ち上がらなければ真奈美は殺される。
八重花の目の前で、何も出来ずに。
「ここで真奈美が殺されるのを見ているくらいなら自爆して死んだ方がましよ。ジオード、私の命をくれてやるわ。なんとか、しなさい!」
ボッ
ジオードが炎に包まれた。
赤い炎は八重花の手に燃え移る。
ボッボッ
さらに八重花の体のところどころから青い炎が上がり、混ざり合って八重花の全身を包む。
その炎は紫に変わって燃え上がり
ゴオオォ
爆発して炎の奔流となって戦場を襲った。
真奈美に襲いかかっていた量産型カーバンクルが波に飲まれて倒れ、パイも大きく跳んで回避した。
熱波に腕で顔を覆っていた真奈美はその向こうに燃える紫の火柱を見た。
「八重花!」
「自爆なんて、なかなか面白い最期を見せてくれましたね。これで…」
シュン
「ッ!?」
振り返ろうとしたパイの頬を高速で何かが掠めていった。
「なかなか面白い見世物だったでしょ?でもまだ終わりじゃないわよ。」
シュン、シュン
立ち上る炎から紫色の炎の鞭が8本現れて量産型カーバンクルに襲いかかる。
実体を持たない炎が高速で振るわれる力に量産型カーバンクルは防ぎきれずに弾き飛ばされた。
パイが驚愕した様子で周囲を見、炎を睨みつけた。
火柱が中から弾ける。
そこにはカペーラの九尾を揺らめかせ髪すらも炎になった八重花の姿があった。
一本の尾が八重花の体を支えており、それ以外の尾がゆらゆらと蠢いている。
「スペリオルグラマリー・バッカス。この姿だと妖狐・八重花の方がいいかもしれないわね。」
炎の化身は不敵な笑みを浮かべた。
死んだ。
飛んでくる白蛇を見ているしかない悠莉は真っ先にそう思った。
(お父様、お母様、ヘリオトロープに殺されていなければ先立つ不幸をお許しください。美保さんにはあちらに行ったら愚痴を言って遊ぶとしましょう。ああ、こんなことなら早く乙女を卒業する経験をしたかった。出来れば玩具とか女子ではなくて男性、可能ならやはり半場さんに…)
殊勝な悔いは最初だけで後半は欲望というか願望にまみれているのはある意味悠莉らしいが、それは諦めてしまったからだ。
コランダムでは受け止められない。
ディメンジョンも無理。
抵抗の手段を検証した結果は死だけだった。
悠莉は跪き、指を組んで祈るように瞳を閉じた。
その姿はまるで神に祈りを捧げるシスターのよう。
オミニポテンスなる神の尖兵により悠莉の命は文字通り潰える。
ドォン
天使が舞い降りてきて鐘の音が聞こえたように感じた悠莉は痛みを感じなかった。
「苦しまず死ねたのがせめてもの慈悲ですか。」
「縁起でもないこと、言わないで、ほしいね。」
「え?」
突然上から声をかけられて目を開けた悠莉の目の前には悠莉を跨ぐように踏ん張り、両腕で白蛇を受け止めている良子がいた。
死を覚悟して気を抜いたため耳栓に使っていたコランダムが解けていたらしい。
鍛え上げられた腕や太股は悲鳴を上げるように震えており、表情も必死を絵に描いたらこういう顔をしているだろうというくらい歯を食い縛って力んでいた。
「…何をやっているんです?」
あまりにも現実味がなくキョトンとしていた悠莉はついそんな質問を口にしていた。
だって反対側で白蛇を弾き飛ばした張本人がそれを受け止めるなんて普通に考えてあり得ない。
マッチポンプ的な展開に悠莉はひきつった笑みすら浮かべている。
「決まってる、じゃないか。もう、誰もあたしの前で、死なせ、ない!」
圧倒的な質量は慣性に従い良子を容赦なく押し潰そうとする。
いつ腕や足が折れてもおかしくないほどの負荷に良子は信念を支えにして耐えていた。
「そう、ですね。でも…」
「ねえ、悠莉。一つ、賭けをしようか?」
悠莉の諦めの言葉を遮るように良子は無理矢理笑みを浮かべて声をかけた。
「賭け?」
「もし、この状況で悠莉を助けられたら、あたしのこと、名前で呼んでくれないかな?」
「はい?」
悠莉は疑問符を浮かべて首を傾げ、さっき考えていた邪な展開まで想像を働かせてしまった。
それほどまでに良子の提案は場違いだった。
「お望みとあらば抱きついてキスもしましょうか?」
「くっ、笑わさないでよ。そういうのはいいから。」
「それじゃあ何でです?」
それ以外に思い浮かばない悠莉も大概だが良子は力を入れ直して笑った。
「悠莉はそう思ってないかもしれないけど同じチームでずっとやって来た仲間で、友達じゃん?」
学生として二年間、ヴァルキリーとしても一年半以上の付き合いである。
「それにあたしを名前で呼んでくれた友達が一人いなくなっちゃったからね。」
確かに良子先輩と慕っていた美保はもういない。
寂しげに笑った良子の顔が苦しげに歪む。
もうヤンキー座りように低くなり、悠莉と共に潰れるのも時間の問題。
そんな状況で悠莉は挑発的な笑みを見せた。
「呼んでほしいんですか?それなら助けるだけじゃなくてヒーローみたいに勝ってくださいよ、等々力先輩?」
絶体絶命でも悠莉の物言いは変わらない。
いや、良子が取り戻させた。
良子もまた強がりではない勝ち気な笑みを返した。
「約束したよ。」
良子が四肢に力を込めるが微塵も押し返せない。
人間にこれほどの質量を受け止めることなど不可能だ。
さらに言えば自分が弾いた物体を反対側で受けること自体が人間業を超えている。
「三倍のルビヌスじゃまだ足りない。全然足りないよ。もっと、もっとだ、ラトナラジュ!」
肉体の強化には物理的な限界がある。
それを超えた力を要求されたラトナラジュが良子の背中で深紅の眩い光を放った。
グゥン
僅かだが白蛇が押し返された。
「紅く大きな手足…」
悠莉には一瞬、良子の手足が大きく見えた。
「おおお!」
良子が力を込めて押し返すとその姿は次第にはっきりとしていく。
「おおおりゃああ!」
そしてついに白蛇を投げ返した時、良子の手足には巨大な真紅の手足があった。
良子はその手にラトナラジュを握る。
「これがあたしの本当の全開。スペリオルグラマリー・リュベントス!」
スペリオルグラマリー・リュベントス。
それは肉体の限界を超えて良子の思い描く全力を実現する体。
「悠莉に名前を呼んでもらうために倒させてもらうよ!」
グッと力を溜め、力強く踏み込むと空気が爆発したような音と共に良子は紅い弾丸となった。
白蛇に取り付き、両手でがっしりと掴むと地面に足を付け
「でぇい!」
思いきり背負い投げをした。
ガイーンと激しく打ち付けられて白蛇は暴れるが良子は離さず左右に振り回して地面に叩きつける。
その度に三半規管を狂わせる怪音が響くがハイになっているのか良子は気にした様子もなく暴れている。
巨腕は電車のような人にはどうすることもできない重量を軽々と持ち上げ、巨脚は地面をしっかりと踏み締めて肉体を支えている。
「これがあたしの、ラトナラジュの力。凄い、凄いね!」
掴んだ白蛇を上に投げ上げ、落ちてきたところに下から拳を叩き込む。
「それそれそれそれそれ!」
ガガガガガガッ
無数の拳が飛び交って見えるほどの拳撃の嵐が巨体の白蛇を空中に縛り付ける。
リュベントスを発現した良子は白蛇を圧倒していた。
「あれが等々力先輩のスペリオルグラマリーですか。確かに凄まじいとしか言いようがないですね。」
さっきまで追い詰められていた状況をひっくり返すほどの力を秘めた強力なグラマリー。
良子が圧倒的に有利な戦況に見えるが悠莉の表情は芳しくない。
「ですが、あれでも倒せませんか。」
良子は思うがままに攻撃を繰り出しているが白蛇本体にダメージは見られない。
まだ良子のリュベントスの真価が発揮されれば破壊できるかもしれないが、もしもこれが本当の限界ならば良子の体力が尽きたときに敗北が決定してしまう。
「さて、どうしましょうか。」
だが悠莉に悲壮感はない。
さっきまで感じていた死の予感は跡形もなく消え去ってしまった。
いつものように頬に人差し指を添えて悪だくみを考えるような笑みを浮かべている。
「等々力先輩から勝利を掠め取る、そんな一手を考えましょう。」




