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Akashic Vision  作者: MCFL
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第21話 ジュエリアプロジェクト

土日を挟んだ9日間の大型連休が明けた登校日、

「ねえ、聞いた?壱葉駅の近くにもWVeがオープンだって。」

「私も会員登録しないと。」

登校中の叶は学校の女子がその話題で持ちきりなのを聞いて俯いた。

今の"Innocent Vision"にはヴァルキリーを止めるだけの力はない。

戦う意思を見せれば間違いなくヴァルキリーは"Innocent Vision"を殲滅するために攻撃を仕掛けてくる。

そのとき叶たちが勝てる見込みは皆無だった。

だから何もできない。

叶には"Innocent Vision"の名を守ることしかできなかった。


教室に到着すると

「叶!」

裕子が駆け寄ってきた。

「裕子ちゃん、おはよう。旅行どうだった?」

「そんなことより…」

そんなこと扱いされた芳賀が机に突っ伏すが叶も裕子も気付かない。

「これよ!」

バンと目の前に突き出されたカードを見て叶は咄嗟に顔がひきつりそうになるのを抑えた。

「昨日店に行ってジュエリアクラブに登録したのよ!」

それは最近話題になっているWVeの会員登録制の優待プロジェクト、ジュエリアクラブの会員証だった。

(大丈夫。これはジュエルじゃない。)

叶は自分にそう言い聞かせて平静を保つ。

「よかったね。」

「叶もどう?久美はあんまりWVe使わないって言うのよ。」

目を向けると久美がにゃははと苦笑いを浮かべていた。

(もしかしてデーモンになった時の怖さをジュエルに感じてるのかな?)

ジュエルとデーモンは別物だが魔女の力が元になっている点は変わらない。

その力を無意識に怖がっているように見えた。

「どんな特典があるのか知らないけどね。どう?」

「裕子ちゃん、お友達を紹介するとポイントが貯まるんでしょ?」

ギクッと口に出しかねないほど分かりやすい反応を見せる裕子。

マルチ商法だが花鳳撫子の計画なので詐欺ではないだろう。

(ポイントを集めるとジュエルになれるとか?)

そうなると裕子にポイントを稼がせるわけにはいかない。

停戦状態とはいえヴァルキリーにとって"Innocent Vision"が敵であることに変わりはなく、裕子がジュエルになればいつか叶たちと戦うことになってしまう。

叶が裕子を殺すか裕子が叶を殺すか、どちらにしても救いはない。

「うーん、私もあんまり買わないから。」

どこにジュエリアが仕込まれているかもわからない服を買う勇気はなく、叶はやんわりと断った。

「八重花も望み薄だし真奈美もどうだろう?」

裕子は残念がることもなく次の獲物を探しにいってしまった。

叶は小さくため息をつく。

(どうか裕子ちゃんがジュエルに目覚めませんように。)

今、叶に出来るのはそう願うことだけだった。


昼休みになり"Innocent Vision"の面々は屋上に集合した。

手には購買やあらかじめコンビニで買ってきたパンやおむすびがあり、一部は弁当持参だった。

明夜という名の腹ペコ星人は叶の弁当を狙っているようだった。

普段なら良心でおかずを分け与えているところだが重たい雰囲気でそこまで気が回っていなかった。

「休み明けで学校に来てみればすっかりジュエリアクラブとかいうので話題が持ちきりだな。知ってたか?」

焼きそばパンを乱暴にかじりながら由良が尋ねると叶と明夜は首を横に振った。

「WVeの新店舗の話は裕子ちゃんから聞いていましたけどそのジュエリアクラブは全然知りませんでした。」

「興味なかった。」

由良の視線が真奈美と八重花に向く。

真奈美は同じように首を横に振ったが八重花はモグと弁当を食べた。

「公式ホームページには記載されていなかったけど割と噂にはなっていたわね。」

「そうか?そんな話は聞いたことないぞ?」

「ネットでよ。まあ、情報量が膨大すぎるからどれが真実か判断しないといけないけど、今回の情報は本物だったようね。」

公式には明かしていなかったということは知られたくなかったということ。

それがただの客に対してなのか"Innocent Vision"、あるいは新たな敵に対してなのか。

後者に属する者としてはやはり商業戦略以上のものを勘繰ってしまう。

「名前がそのまんまジュエリアだ。関係がないわけがないな。」

「結局謎の事故で発売無期延期になったいまだに一部で話題の願い石、ジュエリアの名にあやかったとも考えられるけどこの場合は関係ありでしょうね。」

「壱葉高校に代わるジュエルの管理とか?」

真奈美の疑問に八重花が頷く。

「可能性としては高いわね。全国展開したジュエルをここで統轄するのは実質的に不可能よ。それよりも各地に拠点を設けて地域ごとに管理した方が楽だし効率的ね。」

八重花の考えに全員が押し黙る。

「八重花ちゃんは何でも知ってるね。」

叶が素直に感心したように告げると八重花はフッと笑った。

「何でも知っているなんて傲るつもりはないわ。今手にある情報を整理し、もしも私が花鳳撫子と同じことが出来ると仮定したらどうするかを推察しただけよ。」

それはそれで十分に素晴らしい能力だが八重花にとっては誇るべきものでもないらしい。

モクモクと焼きそばパンを食べていた由良がパックの烏龍茶で口の中身を流し込んだ。

「で、どうするよ、リーダー?」

「どうする?」

「どうするのかしら、リーダー?」

「叶はどうしたい?」

全員の視線が示し合わせたかのように一斉に向けられて叶は驚きのあまり食べていた肉団子を喉に詰まらせかけた。

「ゲホゲホッ。うう。」

口許をハンカチで拭い、ついでに流れた涙も拭った叶はしっかりと顔を上げた。

「うーん、どうしましょう?」


リーダーは特に何も考えていなかった。



その頃ヴァルハラに集まったヴァルキリーの面々もまた昼食を摂っていた。

ただし以前のように撫子がいるわけではないので食料は各自持参だった。

良子は女の子らしからぬ銀色で四角くてでかい通称ドカベンをほとんど絶え間なく箸を動かして食べていく。

ちっちゃくて丸くて可愛らしい悠莉の弁当の2倍以上あったはずの中身はいつの間にか悠莉の残りの半分以下にまで減っていた。

「等々力先輩、行儀が悪いですよ。」

「もぐもぐ。早寝早飯は芸のうちだよ。」

撫子とヘレナが居なくなりハリボテとはいえ会長になった良子は結構好き勝手にやっている。

度を過ぎなければ葵衣が何も言わないのもそれに拍車をかけていた。

「モグッ、それはそうと、ジュエリアクラブが受付を開始したってクラスで噂になってたね。」

そんな良子が思い出したように話題を振ったが口に食べ物を含んだまま話すような行儀の悪い真似をしない乙女会のメンバーはすぐには話題に乗らない。

テンポを崩された良子が不満げに咀嚼しているとようやく葵衣が箸を置いて顔を上げた。

「ゴールデン・ウィーク最終日に一斉に情報が公開されるよう手を打たれたと仰られていました。本日昼までですでに数千人の登録がされ、現在もうなぎ登りに増加中です。」

本来は会社の売り上げは社外秘だがトップの撫子が横流ししているのだから誰も文句は言えない。

「でも葵衣先輩。それって一般人の登録者数ですよね?うちらに必要なのはジュエルクラブの方だったはず。そっちはどうなんです?」

いくらジュエリアクラブの会員が増えたところで利益を得るのはWVeであり花鳳グループだけだ。

そこにヴァルキリーは介在していない。

「さすがにジュエリアクラブのような伸び率ではありませんが現在で十数人、日本各地で登録がなされました。こちらも順当に増加していくことが見込まれます。」

「受付を開始して1日で十数人ですか。これは期待できそうですね?」

「まあ、使えるようになるまでには時間がかかるだろうけどね。」

悠莉の希望的観測に緑里が茶々を入れる。

何はともあれジュエル計画は本格的に動き始めたのだ。

流れ始めた水はどんな妨害が発生しようとそう易々とは止まらない。

"Innocent Vision"にも新たな敵にももうどうしようもない段階にまで計画は進展していた。

「ふう、ごちそうさま。」

皆が話している間に食べ終えた良子は葵衣の淹れた食後のお茶を飲んでほうと息を吐いた。

「ジュエル計画はひと安心。もう少し数が集まれば指導とかもあるかもしれないけど今は待ちの時。そうなると他にちょっかいかけたくなるよね?」

良子の悪戯な笑みを見て全員の目の色が変わった。

「葵衣、撫子先輩からは特に指示はないんだよね?」

「はい。大筋の計画さえ守っていただければその過程での活動は制限しないと窺っております。」

良子は満足そうに頷くと全員を見回して言った。

「あたしらが相手にするべきなのは"Innocent Vision"と新しい敵、どっちだろうね?」

トスッと箸でフライを突き刺した美保が笑う。

「当然"Innocent Vision"ですよ。今は大人しくしてるみたいですけどいつうちらに牙を向くかわからないじゃないですか。だから今のうちにその牙を折って飼い慣らしてやりましょうよ。」

力を込めすぎて箸が折れた美保は情けない声を上げた。

続いて緑里が手をあげる。

「ボクも"Innocent Vision"だと思う。作倉叶とか悠莉が見たっていう敵はまだまともにこっちには攻撃しかけてきてないんだし。さっさと弱ってる"Innocent Vision"からやっつけて万全の体制でその敵を倒すべきだよ。」

美保と緑里の意見は弱者である"Innocent Vision"を今のうちに潰しておこうという意見だった。

「ですが万全の体制を取ろうとしているのは私たちだけではないかもしれませんよ?」

そこに別の意見を投じたのは悠莉だった。

「葵衣様。最近になってその謎の敵の発見頻度が増えてきているというお話でしたね。」

「はい。先月末、ゴールデン・ウィークに入ってから各所でそれらしい影が多数目撃されています。現在のところ警察には不審死や謎の失踪による捜索願はほとんど届いておらず現状では行動理念は不明な点が多いです。」

悠莉は紅茶に口をつけて微笑みを浮かべる。

「つまり未知を未知のままにしておいては危険だと言えます。彼らの目的が何であるか、排除すべきかどうかを見定めるのが先決ではないでしょうか?」

「なるほどね。"Innocent Vision"の戦力はそう変わるものじゃないけどその敵はもしかしたら時間を置くだけジェムみたいに増える可能性もあるんだ。」

良子も感心した様子でしきりに頷いていた。

これで2対2、葵衣は黙っていて今回の決定に関わるつもりはない様子。

「美保さんは随分と"Innocent Vision"が嫌いなようですが、怖いんですか?」

そうなれば後は懐柔か脅迫による論破しかあり得ない。

先制したのはやはり毒舌の悠莉。

だがこの程度毎日のように言われ続けている美保には痛くも痒くもない。

「冗談。うろちょろ目障りな羽虫をさっさと払いたいだけよ。そういう悠莉こそ"Innocent Vision"潰してインヴィに嫌われるのが嫌とか考えてるんじゃないの?」

美保がここぞとばかりに反撃に出る。

この質問で慌ててくれれば追い討ちで畳み掛けて反論を封じようと考えていた。

「そうですね。だから"Innocent Vision"を潰させるわけにはいきません。少なくとも向こうが仕掛けてこない間は。」

「………」

だが悠莉はあっさりと認めた。

美保ばかりでなく緑里や良子、葵衣までが固まった。

美保がプルプルと震えると左目を朱に輝かせながらガンとテーブルを拳で叩いた。

「まさかあんた、ヴァルキリーを裏切るつもり!?」

激昂して立ち上がった美保に対して悠莉は優雅に紅茶を飲んでいる。

カップを静かに置き

「裏切りという言葉を美保さんから聞くことになるとは、ふふ、滑稽ですね?」

凍えそうなほどに冷たい視線を美保に向けた。

美保は金縛りにあったように硬直する。

良子も美保ほどではないにしても顔面は蒼白でカタカタと手に持ったカップが揺れていた。

「ヴァルキリーに反旗を翻すつもりはありません。ですが八重花さんと同じように私の中で"Innocent Vision"の比重が高まったんです。だから倒すべき時がきたら躊躇いませんし攻撃を受ければ反撃します。私はただ今の"Innocent Vision"には倒す価値がないと言っているだけですよ。」

「それならばその倒すべき時とは?」

美保と良子が動けなくなり、緑里も怯える状況でただ1人葵衣が質問した。

葵衣にとっては悠莉の心情は謀反には映らない。

悠莉はクスリと笑って答えを示した。


「当然、半場さんが"Innocent Vision"に復帰した時ですよ。」


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