第199話 お披露目の場
壱葉高校に到着した紗香と響、美由紀は体育館のシャワーを借りて汗を流した。
「ねえ、本当にジャージのままで平気?失礼じゃない?」
ジュエルの2人はヴァルハラに向かう間もずっと服装やら何やらを不安がっていた。
「ジュエルの敬愛するヴァルキリーの方々はそれほど狭量ではありませんよ。」
紗香はそう弁解するが結局不安が消えることはないので直接連れていくことにした。
抵抗する2人の首根っこを掴んで引っ張っていく。
そしてとうとうヴァルハラに到着した。
「いい加減覚悟を決めてください。行きますよ。」
「「きゃー!」」
悲鳴をあげるジュエルたちを無視して紗香はヴァルハラの門を開いた。
ヴァルハラには海原緑里・葵衣姉妹、等々力良子、下沢悠莉の花鳳撫子を除くヴァルキリーメンバー、そして護衛の羽佐間由良がすでに集まっていた。
紗香を迎えるようにドアに視線を向けていた面々は紗香の後ろで硬直している2人を見て例外なく不思議そうな顔をした。
響と美由紀はその視線だけで緊張のピークに達し、立っているだけなのに震えているが紗香は堂々として一歩前に出た。
「お話があると聞いて来ましたがわたしもご報告があります。」
「そちらのジュエルは浅沼響様と工藤美由紀様ですね。席をご用意致しますのでお掛けになってください。」
葵衣が高性能使用人らしく即座に対応して椅子を用意し着席を促す。
「いや、そんな!むしろ私たちが皆様の椅子を引くくらいしないといけないです!」
「あたしたちなんて部屋の隅で正座で十分…です!」
庶民出の2人が良くできた使用人の常識を知るわけもなく無茶苦茶恐縮しながらへりくだりまくる。
紗香はため息をつくと首根っこを掴んで強引に座らせた。
「話が進みませんから言う通りにしてください。」
「「はい。」」
紗香がたしなめると2人はすぐに大人しくなった。
すぐに紅茶も用意されたがカップを握る手が震えすぎて割りそうだったので紗香がやめさせた。
「紗香たちの様子を見ててなんとなくわかってきたけど、一応何の話か聞こうか。」
「ありがとうございます、良子お姉様。実はオーオーオーに向けたジュエルの育成ですがわたしにこの2人を任せて貰いたいんです。」
紗香は全員を見回しながら提案して頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「お願いします!」
響と美由紀もすぐに合わせて頭を下げる。
「それは私が提案したジュエル強化案についてですね?決定ではソーサリス1人につきジュエル1人と定めたはずですが、何故お二人なのかお聞かせ願えますか?」
葵衣は冷静な表情で紗香たちを見ながら質問した。
それはジュエルたちにとって果てしなく高い壁のように思えた。
1人ですらそのジュエルを育てる必要があるのか厳しく審査されるであろうに、それを明確な理由もなく2人つけようとすれば納得されるとは思えなかった。
響は膝の上で拳を握りしめながら俯き、美由紀は顔を上げているものの瞳は涙で潤んでいる。
だが紗香は微笑みすら浮かべて頷いた。
「簡単な理由です。響も美由紀も強くなるためにはわたしが必要です。そして、わたしにとっても2人が必要だからです。どちらかが欠けても意味がありません。」
「紗香ちゃん…」
「あんた…」
ジュエルの2人は紗香の告げた理由を聞いて本気で泣きそうになった。
響と美由紀にとって紗香が必要なのはわかる。
しかし紗香も2人を必要と思ってくれたことが泣くほど嬉しかったのだ。
葵衣はすぐには答えを出さず考える仕草をし、続いてヴァルキリーメンバーに視線を向けた。
軽く首や目の動きだけでの会話がされていく中で響たちはまた徐々に不安げになっていった。
そしてようやく葵衣が姿勢を正して3人を見た。
「出来る限り同条件での検証がグラマリー発現機構の解明には望ましくありましたが現状は1人でも多くの戦力を確保することが急務です。紗香様が必要だと感じられたならば許可致します。」
葵衣は相変わらず表情を変えずに結果を告げたため響と美由紀はそれがどういう意味かすぐには理解できなかった。
「ええと…」
「つまり?」
「許可されたということです。皆さんの期待に添えるよう頑張らないといけません。」
紗香の言葉でようやく実感したらしく響と美由紀は見合わせた顔が見る間に笑顔に変わっていく。
「よかったよー!」
「心臓が止まるかと思ったわ。」
「わかりましたから静かに。」
紗香も微笑んでいるが相変わらず口調は容赦ない。
2人はシュンとなっておとなしく座った。
「順番が逆になってしまいましたけど呼ばれた用件はなんですか?」
「紗香様が自己のトレーニングとジュエルの強化をされていたように、もう1つの案件も進めておりました。その進捗結果を取り急ぎご報告する必要がございます。」
葵衣が表情を不機嫌そうに歪めた。
「"Innocent Vision"との親睦を深める悠莉お姉様の案ですね。何か進んだんですか?」
葵衣は答えず由良に視線を向けた。
ヴァルキリー全員、由良が交渉に出向いたことは知っているので本人に直接聞いた方が早いということのようだった。
由良は面倒くさそうに頭を掻いたが体を起こして紗香たちを見た。
その無言の威圧感に響と美由紀は軽くびびる。
「"Innocent Vision"リーダーからの提案で…」
その前置きを聞いて紗香は叶の姿を思い浮かべる。
ほにゃんとした平和なお花畑が頭…ではなくバックに見える。
それだけでいい意味でヴァルキリーにとって害になることはないと思わせたのだから叶の人徳だろう。
「ヴァルキリーと"Innocent Vision"の合同でバーベキューをやろうって話になった。」
「はあ!?」
だが続く言葉は完全に紗香の予想の斜め上を飛んでいった。
「バーベキュー…」
「"Innocent Vision"と?」
多少紗香に話を聞いたとはいえ"Innocent Vision"の内情を知らされず敵としか思っていないジュエルには青天の霹靂で呆然としている。
「ボクも最初に由良から聞いたときは何考えてるんだーって思ったけど、"Innocent Vision"だからって考え直したらなんか納得しちゃったよ。」
ちゃっかり情報をフライングゲットしている緑里は由良に視線を向けながら苦笑いを浮かべた。
「型に嵌まらない人たちですからね。まあ、敵と思われていないだけかも知れませんけど。」
悠莉がクスリと笑いながら不穏当な発言をする。
美保がいれば入れ食いだったろうがここにいるメンバーは動じなかった。
悠莉がつまらなそうに紅茶を飲んだ。
「現在敵だと思われていないとしてもオーオーオーにおける戦力とお考えだからこそ親睦を深めようとされているのでしょう。この提案を無下に断って関係の悪化を招くわけには参りません。」
「決戦前にパーッと騒ごうって話だね?いいんじゃない?」
葵衣は組織間の関係を考え、良子は自分の意見に従ってどちらも賛同した。
誰からも反対意見は…
「あ、あの、本当にバーベキューするんですか?だって、"Innocent Vision"ですよ?」
ヴァルキリーからは出なかったがジュエルの美由紀から出た。
同じくジュエルの響はヴァルキリーのみんながいいって言ってるからいいのかなと黙っている。
ヴァルキリーの面々はどうしたものかと顔を見合わせた。
何しろジュエルには"オミニポテンス"と"Innocent Vision"の戦いに横槍を入れると説明してあるのだから仲良く食事会というのは流れ的におかしい。
そこで話の流れから真実を推察できない辺りが妄信的なジュエルの特徴であり、単に美由紀の思慮が足りないせいである。
「細かい話はわたしが叩き込んでおきます。」
「それはよろしくお願いします。しかしいくら言葉で説明したところでそう容易く認識を改められるとは思えませんが。」
すかさずフォローを入れる辺りに紗香の上に立つ者の自覚が垣間見えた。
しかし葵衣の懸念のように言葉一つで人の認識を簡単に変えられるなら世話はない。
それこそ"Akashic Vision"の力でも使わない限り無理な話だ。
「だったらバーベキューに参加させればいいんじゃない?」
良子が暢気な口調でそんな提案をすると全員の視線が一気に良子に集まった。
「相手を知るなら直接話してみればいい。ちょうどその機会なんだしね。」
「目的と手段が入れ替わってますね。本来は"Innocent Vision"が危険だからバーベキューに参加しない方がいいのではという話でしたから。」
「あれ、そうだっけ?」
悠莉の指摘に良子は笑って頭を掻いた。
「少なくとも我々ヴァルキリーは安全だと認識しているのですから良子様の案も十分に実現可能です。無論、"Innocent Vision"側に了解していただく必要はございますが。」
良子の案を拾って葵衣が話を進めていく。
既に葵衣の中ではバーベキューは確定事項のようだった。
ジュエルの2人は話の流れを追いきれずてんてこ舞いになっている。
「その確認にもう一回行ってくるか?」
由良も何だかんだで楽しみらしく、普段は面倒くさがる伝令役を自分から言い出した。
「それくらいならメールで大丈夫です。…」
もはやバレているので皆の前で普通に八重花とメールのやり取りをしようとする悠莉に皆苦笑気味だ。
だが悠莉は指を止めてなにやら考え込んでいた。
「止まっていますがどうしました、悠莉お姉様?」
「…そうですね。せっかくの機会ですしそこのお二人だけじゃなく、私たちが指導するジュエルも参加してもらいましょう。」
案が纏まったらしく顔をあげて説明した悠莉は微妙な反応のメンバーを見て首を傾げた。
「下沢。いくら親睦を深めるバーベキューだって言っても敵組織が3倍の人数いるパーティーに参加したいと思うか?」
由良の言葉にヴァルキリーメンバーは同調して頷いた。
"Innocent Vision"とヴァルキリーのメンバーだけでやっても1.5倍の差があるというのにジュエルを加えるとその倍になるのだ。
普通に考えれば出席を迷うべきところだろう。
「普通に考えればそうですけど、相手はヴァルキリーをバーベキューに誘うような方たちですよ?八重花さんはきっとそれだけの人数がいるならさぞ楽しい見世物を用意してくれるんでしょう?みたいにハードルを上げてくるだけで反対されないと思います。」
「…あり得る。つうかそう言って不敵に笑うヤエが鮮明に思い浮かぶ。」
「あたしもだ。」
悠莉は怯まず、むしろ由良と良子を取り込んだ。
どっちかというと八重花のキャラが濃いのが要因だが。
緑里は由良と葵衣を交互に見て迷っているようだった。
「恐らくは悠莉様のおっしゃる通りになると思われますが確認を取らないわけには参りません。連絡は悠莉様からお願い致します。」
「わかりました。そうなりますと私たちも育成するジュエルを決めなければなりませんね?」
悠莉がメールを打ちながら次の問題を提示した。
紗香は真面目に考えて結果として本人の考えとは違う決着になったが、他のメンバーははっきり言ってろくに考えていなかった。
提案したのは葵衣であり撫子だが両名とも忙しい身でゆっくりジュエルを選定している暇などない。
必要になれば能力の高い方から適当にピックアップしようという要領だった。
だがここに来てお披露目の場が出来てしまった。
バーベキューで紹介するのはヴァルキリーの選んだジュエルとなる訳だからジュエルにとってはこの上ない名誉。
同時にヴァルキリーにとっては下手な人物は選べないという事になる。
紗香のジュエルは決まったのでそれ以外の人員からヴァルキリーとして選んで恥ずかしくないジュエルを探さなければならない。
「他のヴァルキリーの皆さんのジュエルはどんな方なんだろうね?」
「あたしらとは違って実力もあるすごい人たちよ、きっと。」
「…。」
本人たちに自覚はないがジュエル2人がさらにハードルを上げた。
関係ない由良は欠伸をしていて、何故か悠莉は微笑みを浮かべている。
いつもと言えばいつもだが。
「せっかくですので羽佐間様もジュエルを育成されますか?ジュエルから羽佐間様宛の要望が来ております。」
「ふああ…ああ!?」
タイミングが悪かったらしく物凄い間抜け面で聞き返す由良。
「東北ジュエル一同から由良様はいつ来られるのか、むしろ用事を作って行かせてほしいという嘆願書を戴いております。」
他のヴァルキリーメンバーにはそう言った嘆願書は来ていないので由良の人気はある意味乙女会以上らしい。
本人はどちらかと言えば困惑しているようだが。
「…俺はヴァルキリーのメンバーじゃないぞ?」
「承知しております。」
「………考えておく。」
由良はふてくされたように視線をはずしながらボソッと答えた。
ピロリンと電子音が鳴って悠莉が携帯を取り出す。
「八重花さんから返信がありました。ええと、『それだけの人数がいるならさぞ楽しい見世物を用意してくれるんでしょうね?』だそうです。」
「ね、以外ぴったり合ってましたね、さすが悠莉お姉様。」
「むしろ俺はヤエがこの部屋に盗聴器をつけてるんじゃないか心配になってきたぞ。」
由良がきょろきょろと見回すが当然そんなものは見つからない。
とはいえ急に不安になって皆で盗聴器がないか探し始めた。
「うー、話についていけないわよ。」
「私たちは紗香ちゃんについてればいいよね?」
ジュエル2人も手伝いながら話の急展開に思考を放棄した。
こうしてバーベキューに向けてヴァルキリーのジュエル探しが密かに始まったのであった。