第198話 共に歩む者たち
紗香と美由紀はベンチに座って話をした。
オーを統べる魔女オリビアやグラマリーを使うオーの上位種ヘリオトロープ。
さらに魔剣を振るうために生み出されたカーバンクル。
魔女の軍団"オミニポテンス"。
そしてヴァルキリーと"Innocent Vision"、"Akashic Vision"、"オミニポテンス"の関係性と近いうちに起こるであろう第二次オーオーオーという一大作戦。
ジュエルには知らされることのない情報を話しているうちにすっかりランニングで温まった熱も冷めていた。
美由紀の体がわずかに震えたのは寒さなのか、恐れなのか。
「今後の戦いはグラマリーを使った戦いになってきます。グラマリーを持たないジュエルを戦線に投入しても的になって死ぬだけです。」
「そんなこと!…いや、そうね、言う通りだと思う。」
反骨心で反論しようとした美由紀だったがすぐに現実を理解して大人しくなった。
「あたしが知らないところであんた、随分大変な目に遭ってたのね。」
「これがわたしの選んだ道です。」
ジュエルを手に入れて、良子と悠莉に憧れてソーサリスにまでなった。
その事には何も後悔はない。
確かに色々あったが最終的に力を求めたのは間違いなく紗香自身の意志だ。
「ですがあなたたちジュエルは違います。戦うだけ無駄なんです。」
「ぐっ。無駄って言うのは?」
カチンと来たが美由紀は怒鳴らずわからないところを素直に尋ねた。
紗香の言動に噛み付くだけでは今までと何も変わらないと理解したから。
「わたしも詳しくはないですが強くなる人は初めから素質があるんです。つまり一万人近くジュエルはいますけどその99%以上は力を引き出せないままと言うことです。」
「あー、なるほどね。」
ちゃんと聞けば確かに紗香の言う無駄という言葉の意味も理解できる。
ジュエルクラブで頑張ってもその大半はインストラクターにすらなれずに終わるというのだ。
それを知ったら大半のジュエルはやる気を無くすだろう。
「ジュエルの誰もがグラマリーを使えるようにする研究はされているそうですが今のところ無理のようです。つまりグラマリーを使える素質がない人はどんなに頑張っても意味がないんです。」
「それで鍛える必要があるのか、ね。」
美由紀は空を見上げて黙り込んでしまった。
紗香はまた美由紀を落ち込ませてしまったことを気に病んだがなんと言えばいいかわからなかったため何も言えなかった。
「オーオーオーに向けてヴァルキリーは自己鍛練と共闘連携とジュエル育成を同時にすることを決定しました。ですが、わたしは誰も育成しないつもりです。今日みたいに自分を鍛えてその力で戦い抜きます。」
紗香は話は終わりというように立ち上がった。
空になったペットボトルで槍の構えを取り
「はっ!」
突き放つとペットボトルは10メートル先の口の小さいくずかごに吸い込まれるように放り込まれた。
針の穴を通す技巧に美由紀は呆然としてしまう。
「まだまだ乙女会の淑女としての自覚が足りないですね。」
それがペットボトルを投げるという乙女にあるまじき行為のことなのかヴァルキリーとしての力量不足を言っているのか。
「悪いことは言いません。美由紀はジュエルから手を引いてください。」
それははからずも"Akashic Vision"の要求に似ていた。
普段の美由紀から掴みかかる勢いで紗香を睨み付けるが
「…」
何も言わずペットボトルを見つめていた。
力を手に入れたと思っていたものはまやかしで本物に至れるのは天才だけ。
そして今後の戦いは参加すれば待っているのは間違いなく死だと絶望的な話をされれば何も言えなくなるのも無理ない。
「わたしに憧れたという言葉は嬉しかったですよ。さようなら。」
俯く美由紀に紗香は儚い笑みを向けて別れの言葉を告げると背を向けて歩き出した。
「…待ちなさいよ。」
美由紀にしては小さい、震えた声だったが紗香の耳に辛うじて届いた。
紗香は足を止めて振り返る。
そこには左目を朱に染めて武骨な剣を手にした美由紀の姿があった。
「…今は人がいないからいいものの、どういうつもりです?」
紗香の目が不審げに細められる。
美由紀は紗香に向けてジュエルを突きつけた。
「いいからさっさと構えなさいよ!あたしがあんたより強いって証明してあげるわ!」
「何を言ってるんです?ジュエルの時だってわたしに勝てなかったじゃないですか。」
「う、うるさい!」
美由紀が叫んだタイミングでジュエルの存在がぶれた。
ヴァルキリーへの背反として認識されようとしているのだ。
(何をしたいのかはわかりませんけど、殺そうとしているわけではないですし問題ないですね。)
紗香が敵ではないと認識するとジュエルは安定した。
美由紀は一瞬の出来事で気づいていないようだった。
「来ないならこっちから行くわよ!」
ジュエルの身体強化により瞬く間に距離を詰める美由紀。
だがその動きは紗香にとっては止まっているのと変わらない。
紗香が戦う相手はどれもまともではないから自然とその域に認識が達していた。
「なら、一瞬で終わらせてあげます!トパジオス!」
美由紀の斬撃が迫る中で黄色の槍を出現させた紗香はてこの力を利用して台尻を跳ね上げた。
振り下ろされてる美由紀の剣とぶつかる。
力の差が歴然のソルシエールとジュエルがぶつかり合えばジュエルが弾かれるのは目に見えていた。
「…。」
「うぎぎ…痛…くないぃ。」
しかし現実はジュエルは弾き飛ばされず拮抗していた。
拮抗というにはあまりにも美由紀が必死の形相になっているが確かに斬り結ぶ形にはなった。
ジュエルを握る手はガクガクと震え、このままつつくだけで簡単に取り落としそうなのに耐えていた。
「何をしたかったんですか?」
いつまでもソルシエールやジュエルを出しているわけにもいかず魔剣を納めるべく紗香は尋ねた。
「あたしは、ヴァルキリーの、攻撃を…受け止めたのよ?もしかしたら、素質があるかもしれないじゃない?」
美由紀は震えながらにやりと笑みを浮かべてみせた。
ジュエルの中からグラマリーを扱えるようになるのは確かに一握りの天才かもしれない。
だがグラマリー発現の機構が解明されていない以上美由紀が一握りに入っているかどうかはわからない。
「美由紀は本当に馬鹿ですね?そんなにまでして戦いたいんですか?」
紗香はジュエルを弾き飛ばしながらトパジオスをしまった。
紗香の目は失望からか酷く冷たい。
美由紀は力の入らない様子だったが目をそらさずまっすぐに紗香を睨んでいた。
「あたしにも引けない理由があるのよ!だって、あたしが諦めたらあんた…」
「あれ?紗香ちゃんと工藤さん?」
美由紀が何か重要なことを叫ぼうとしていたみたいだったがそのタイミングで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
紗香が普通に、美由紀がなにやら顔を真っ赤にしてプルプル震えながら振り返る。
そこにはランニングウェアを着て息を弾ませている浅沼響が首を傾げて立っていた。
紗香はため息をついて2人を眺めた。
「ここはこう言うべきですか。ブルータス、お前もか。」
「確か使い方が違うわよ。…はぁ。」
美由紀も何故か項垂れていた。
結局響にも美由紀と同じ話を聞かせた。
美由紀よりも前情報があった響は素直に聞いていたが後半になるほど表情は曇っていった。
「わたしは1人で戦います。響も危険なことは止めてソフトボールに専念した方がいいです。」
普段の紗香からは考えられないほど他人を気遣った意見だ。
その相手が無関心な他者ではなく自分を慕ってくれるジュエルであるという面が大きくはあるが。
改めて話を聞いていた美由紀は拳をきつく握りしめて地面を見つめていた。
「紗香ちゃんが気遣ってくれようとしているのは嬉しいよ。」
そう前置きをした響は決して紗香の意見を受け入れるような態度ではなかった。
むしろ見るからに怒っていて紗香はわけがわからず戸惑っていた。
「でも結局紗香ちゃんはいつも通り自分1人で勝手に先に行っちゃってるだけだよ。」
「でも、どう考えても今後の戦いでジュエルは足手まといです。そこまでしてどうして戦いたいんですか?」
紗香はわかってくれない響に苛立っている。
だが響もまた後ろから続く者の考えを理解できていない紗香に苛立っていた。
「戦いたくはないよ。怖いよ。でも、そうしたら紗香ちゃんは1人になっちゃうじゃない!」
「!」
響の涙すら浮かべた叫びに紗香は目を見開いた。
「わたしの…ためですか?」
「そうだよ!確かに紗香ちゃんは強いけど、危なっかしいから、心配だから!」
とうとう堪えきれなくなった涙を溢しながら響は紗香を抱き締める。
紗香はまだ動揺していたがおずおずと響を抱き締めた。
「響は馬鹿ですね。でも、…ありがとう。響は絶対にわたしが守ります。」
「うん。あたしも頑張るから。」
抱き合いながら2人は互いに強い絆で結ばれたように感じていた。
「うがー!」
その麗しき友情シーンに美由紀の雄叫びが響いた。
「何ですか、感動的なシーンに?」
「ガルルルルル!」
紗香の不満の声に美由紀は獣化して響を威嚇し始めた。
紗香が自然に庇うように立つ。
だが響はそれを手で制して前に出た。
「大丈夫。ちょっと工藤さんとお話ししてみるよ。」
「それならお願いします。わたしだと何故かいつも美由紀が怒るので。」
自分の言葉選びに自覚はないようだが空気を読んで紗香はすぐに響に任せた。
響は苦笑するといまだに獣化した美由紀の手を引いて少し離れていった。
紗香が見ているとまず響が美由紀を落ち着かせた。
美由紀は落ち着くと激しい身ぶり手振りしながら声を張り上げた。
響が何かを言うと美由紀がボンと赤くなりそのまま響に手を引かれて紗香のところに戻ってきた。
「美由紀ちゃんも紗香ちゃんと一緒に戦ってくれるって。いいよね?」
響を疑うわけではないが一応美由紀に視線を向けると顔を赤くして背けながらも頷いた。
「聞いてはみますが、たぶん平気でしょう。」
「やった。よかったね、美由紀ちゃん。」
「そうね。」
たった数分で随分と仲良くなった2人を見て紗香が首を傾げる。
ピリリリリリ
話が一段落したところで見計らったように紗香の携帯が鳴った。
「はい、綿貫です。葵衣様ですか?はい、すぐにですか?良子お姉様はご存知の場所だと思いますが河川敷にいまして…はい、今から向かっても時間がかかると思います。」
どうやらヴァルキリーからの呼び出しのようで響と美由紀はなんとなく手持ち無沙汰だった。
「お迎えですか?そんな、悪いです。急いでいるですか?はあ、わかりました。お待ちしています。」
電話が終わると紗香は首を捻った。
「何、トラブル?」
「いえ、よくわかりませんがヴァルハラに急いで集まってほしいとのことでした。」
明確な用件が伝えられなかったから紗香は困惑していた。
しかし迎えを用意するから待っているよう言われればそれに従う。
「ここまで迎えに来てもらえるんだって?それなら私たちは先に帰った方がいいかな?」
「ああ、そうね。」
車の到着までは暇つぶしに付き合いつつ迎えが来たら帰ろうとする気遣いのできる2人。
「いえ、ちょうどいい機会です。このままヴァルハラに行って2人を紹介してしまいましょう。その時に育成するジュエルが2人で平気かお聞きすれば手間も省けますし。」
一方、紗香は効率重視でそんな提案をしたが何故か響も美由紀も固まってしまった。
何事かと尋ねようとした瞬間
「「ええーー!!?」」
停止していた時が戻ったように2人同時に叫んだ。
「ヴァルハラなんて、そんなところに行くなんて畏れ多いよ!」
「あたしたちジャージだし走ってたから汗くさいわよ!?ヴァルキリーの皆さんに会うならドレスとか着ないと駄目じゃない?」
ジュエル2人は相当テンパってるが、ジュエルにとってヴァルハラは聖地でヴァルキリーは雲の上の人みたいなものだから仕方がない。
紗香もヴァルキリーに入るまでは似たような事を思ってはいた。
実際はヴァルハラの前に張り付いて聞き耳を立てていたりいろいろやっていたが。
「服装は仕方ないですが確かにシャワーは浴びたいですね。部活のシャワー室を借りましょう。」
さすがに慣れてどの辺りがボーダーか理解している紗香は落ち着いている。
「せめて明日…の明日…の明日まで待って!心の準備が必要なの!」
「いやいやいや、あかん、あかんて!」
対して響と美由紀は口調がおかしくなったりオーバーリアクションだったりかなり面白いことになっている。
そしてその2人の背後に迫る影。
「え?」
「は!」
そして気づいたときには屈強そうな黒服に抱えられていた。
さすがは葵衣の根回しだけあってお早いお着きだ。
「今さらじたばたしてもしょうがないです。よろしくお願いします。」
紗香の言葉に黒服は頷くと両脇に少女2人を抱えて歩き出した。
誘拐にはあまりにも堂々とした様子に人目はあるものの犯罪と思われている様子はない。
バタン
花鳳の黒塗り高級車に放り込まれた響と美由紀は借りてきた猫みたいに大人しくなった。