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Akashic Vision  作者: MCFL
195/266

第195話 闇からの訪問者

「相変わらずつまらない冗談ね、悠莉?」

「はあ、どなたか存じ上げませんがすみません、つまらなくて。」

慇懃な謝罪に美保の額の青筋が増えていく。

「ふ、ふん。あんたがそんなでも他の2人が…」

「闇に堕ちた外道なんて私の知り合いにはいません。この場で成敗します!」

紗香は美保の存在すら消し去らんとするように叫ぶ。

「…」

微妙に悲しげな目が良子に向けられた。

「あはは、…うん、まあ、美保だね。」

「ふ、ふふ。あんたらのつまらない冗談なんて全然堪えてないわよ。」

滅茶苦茶安堵した様子で胸を張る美保はいっそ滑稽だが誰も笑わない。

それは美保の放つ気配が明らかに人から逸脱していたからだった。

悠莉や紗香の反応もまるっきり冗談ではなく美保の力がヘリオトロープに染まりつつあり、気配までも変わってきていたからだ。

「等々力先輩、敵に情けは無用です。」

「美保を助けるって話になってるんじゃなかったっけ?」

「さあ、何のことでしょう?」

「そうです。敵は殲滅です。サーチアンドデストロイ!」

悠莉はオーオーオーでの作戦を見破られないようにはぐらかしているが紗香はどう見ても本気だ。

ソルシエールの殺人衝動でおかしくなっているようにも思える。

「敵に回ったうちを助けようなんて良子先輩は正義の味方ですか?」

それが幸いして美保には気付かれなかったが。

悠莉と良子は後で紗香を教育し直さなければと思うのであった。

「元仲間ですから殺すのは私も躊躇いますよ。四肢を串刺しにして磔にして、少しずつ神経を切って自分の体の自由が利かなくなる感覚を植え付け、喉が乾いたと言えば溺れるほどの水を与え、お腹が空いたと言えば妊娠したかのように見えるまで食料を詰め込み、決して殺したりなんかしませんよ。フフフ。」

「(ガクガクブルブル)。そんな風に生かされるくらいなら自分で死ぬわよ!」

「あらあら、ふふふ。私がそんなことを許すと思います?」

「ギャー!敵に回ったら本気で容赦なくなってるわよ、悠莉!」

「ふふふふ。勿論全て(が)本心ではないですよ。」

「悠莉お姉様。ちっちゃく(が)って言いましたよ。」

紗香は話の流れを切らない程度に指摘するが勿論誰も聞いていない。

美保は久しぶりに見た悠莉の暗黒面に脅え、悠莉は久しぶりに表した暗黒面に不気味な笑いを漏らし、良子は既に美保が拷問という名の生存を受けたと錯覚したように手を合わせて祈っている。

このままでは話が進まないと紗香は警戒しながら前に出た。

「それで、何しに出てきたんですか?命乞いなら早くした方が身のためですよ?」

美保は紗香のキョトンとした後ニッと笑みを浮かべた。

ようやく悠莉の仕掛けた質の悪い冗談から抜け出したらしい。

「悠莉のせいで忘れるところだったわ。」

ふうとため息をついて乱暴に髪をかきあげた美保は未だに道を塞ぐように漂う闇に手を向けた。

「ちょっとした力試しの相手になってもらおうと思ったのよ。"Akashic Vision"や"Innocent Vision"じゃちょっとレベルが高いからまずは初級編ね。」

完全にヴァルキリーを見下した言動に良子と紗香がムッとする。

悠莉は美保の話を聞いておらず闇の向こう側を凝視していた。

漆黒の闇の中で赤と橙の不気味な輝きが見えた。

「っ!コランダム!」

敵だと気づいた瞬間にはすでに悠莉はサフェイロスを取り出して障壁を展開していた。

ギギン

障壁に2つの衝撃が加えられて壁が軋みを上げる。

「ブレイク!」

受けたダメージを利用した障壁爆発は闇の向こう側にまで飛んでいく。

ガガガガガガ

だが、障壁が連続的に砕ける音が響き、すぐに静寂が訪れた。

闇の向こうからゆっくりと歩く足音が響き、魔石のような瞳を持つ赤と橙の少女たちが出てきた。

「…誰?」

「そういえば良子先輩たちは知らないんでしたっけ?これはオリビアの秘蔵のカーバンクルですよ。」

「「カーバンクル!?」」

撫子から話だけ聞いていたオリビアの本当の戦力。

その得体のの知れ無さは確かに不気味だった。

「これが今回の敵か。よい訓練になりそうだ。」

赤い髪のカーバンクルが表情を変えることなく呟く。

その隣の橙の髪のカーバンクルはペロリと舌なめずりして笑った。

「確かにいいご飯になりそう。」

美保は当然のように2人の前に立ってすでに勝ち誇ったような顔をしていた。

「カーバンクルの指揮官というわけですか。いよいよ人類の敵対者らしくなってきましたね。」

悠莉は哀しげな目をしながらサフェイロスの切っ先をゆっくりと美保に向けた。

「…嫌な目をするじゃない。うちは人を超えて魔女になってやるわ。その為にはレベル上げが必要なのよ。」

「ゲーム感覚ですね。」

「ヴァルキリーは前からそんな感じだったでしょ。今さら綺麗ぶったってうちらみんな、手の汚れた人殺しじゃない。」

「そう、ですね。」

悠莉は一瞬陸の顔を思い浮かべて不安げな表情になった。

(確かに今さらですね。そして半場さんはその程度では揺らがない。)

陸の内にある芯は一般的な人間の倫理観とは違っている。

人殺しという枷をつけていてもそれ以上の魅力があれば避けられることはないと信じられた。

「ふふ、私もすっかりやられてしまっていますね。」

「コロコロと顔が変わるわね。でも笑ってるのは気に食わないわ。」

美保が不快げに顔を歪めると左目が紅色に輝き手に異形の黒剣が現れた。

それと同時に世界が変革し結界に取り込まれていく。

「ミホ。彼女らは殺してしまっても構わないのか?」

「最後まで食べちゃっていいんだよね?」

結界の展開を待っていたわけではないだろうがアルマとスペッサが魔剣を手に動き出した。

「好き勝手言ってくれますね。お姉様、戦っていいですよね?」

「あっちはやる気だしね。ただ、注意した方がいい。嫌な感じがする。」

紗香と良子も結界の展開を気にしながらソルシエールを手に取った。

自然と開始の合図は美保と悠莉に委ねられた。

「それじゃあ殺戮ショーを始め…」

「コランダム!」

美保が高らかに戦いの幕開けを宣言しようとした瞬間、その周囲を半透明な青色の壁が取り囲んだ。

「なっ、悠莉!?」

「さあ、人類の敵に制裁を与えてあげましょう。」

「はい、悠莉お姉様!」

「了解!」

そして戦闘開始の宣言までちゃっかり奪って悠莉たちは攻撃を開始した。




「久々の上等なご飯だ。すぐに無くならないでね。」

「あたしの相手は食いしん坊みたいだね。」

開始と同時にスペッサは馬鹿正直に正面にいた良子に向かって駆け出した。

巨大な魔剣スペッサルティンを大きく振りかぶりながら走り、良子を叩き割る勢いで振り下ろした。

「おっと!」

巨大武器の重量をものともしない剣速だがそれは"人"にとっての脅威。

ソルシエールで強化された良子には当たらない。

スペッサルティンはそのまま標的を外れて

ドガーン

地面を粉砕した。

「うわっ、洒落にならない威力だね!」

攻撃後の隙をつこうと考えていた良子は自分が当たるかも知れなかった攻撃の破壊力にびびって慌てて飛び退いた。

ソーサリスすらびびらせたカーバンクルのスペッサだが表情はムーッとしている。

「あっさり避けられた。」

「まあ、あれくらい当たるようじゃこっちの世界じゃ生きていけないからね。」

ソーサリスたちの扱うグラマリーは受け止められるものは多くない。

超音振やブリリアントなどは避けないと一気に絶命の危機だ。

それと比べればスペッサの一撃はまだ当たっても死なない程度の脅威しか感じない。

改めて今まで戦ってきた敵の恐ろしさを実感して良子は気を引き締めた。

「美味しくいただかれる気もこっちがいただく気もない。これでも忙しいからね、退散してもらうよ。」

今度は良子が真正面から突撃する。

スペッサと同じようにラトナラジュを振りかぶり力を溜めている。

「今度はこっちが避けてあげるよ。」

「出来るかな?ルビヌス!」

良子はスペッサが回避行動に移り出す瞬間、グラマリーを発現し赤い光を纏った。

ラトナラジュがグッと軽く感じるようになり体がイメージ以上に鋭敏な反応をするようになる。

(横に避ける!)

ゴールキーパーがシュートの軌道を予測して動くように良子もスペッサの予備動作から動きを読み取る。

縦に振り下ろそうとしていたラトナラジュの握る手に力を込めて斬撃の軌道に弧を描かせていく。

本来ならば不可能な軌道変化も身体強化された良子には容易い。

いつの間にか良子の攻撃は横薙ぎに変化していた。

「ッ!」

捉えたと思った直後、ラトナラジュとスペッサの間にスペッサルティンが割り込んだ。

幅広い刃はまるで盾のように良子の攻撃を受け止める。

ガァーン

金属のぶつかり合う音が響いて両者は再び距離を取る。

今度はどちらの表情も険しくなっていた。

「簡単には食べさせてもらえないみたいだね?」

「そっちこそ、簡単には帰ってくれないかな?」

互いに無言の肯定をして魔剣を構え直した。




「ミホとは異なる魔剣の担い手。一つ手合わせ願おう。」

「正直、神峰先輩を叩きたいところですけど、仕方ありませんね。」

戦闘開始と同時に美保を一突きしようと目論んでいた紗香だったがアルマが割り込むように立ち塞がった。

美保を守るというよりは自分の興味に従って動いたように見えた。

紗香はふぅと息をついて意識を美保から目の前の敵に切り替えた。

「カーバンクルと言いましたか。あなたの名前は?」

「我は魔剣アルマンダイン。この肉体はアルマと呼称することになった。武人は互いの名を名乗り合うのだろう。貴様の名は?」

時代劇にでも影響されているのか妙に古風な武士道だか騎士道だかを知っているアルマに紗香はキョトンとしたが元々そういうノリは嫌いではない。

「やあやあ、我こそはヴァルキリーのお姉様方の指導で目覚めた新たなる魔剣使い、綿貫紗香!この名前を忘れられないくらい刻み込んであげます!」

槍を振り回しての演出過多な名乗りをアルマは実に興味深げに見つめていた。

「名乗りとはそうするものだったのだな。次は気を付けるとしよう。それではサヤカ、相手になってもらおう。」

スッとアルマが魔剣アルマンダインを構える。

それだけでピンと空気が張り詰めたように感じて紗香はトパジオスを強く握って構えた。

距離は3メートル程度。

紗香の攻撃範囲ギリギリの間合い。

「それでは、覚悟!」

アルマが流れるようにスッと足を踏み出して来た瞬間、紗香は突きのために槍を押し出すのではなく槍を立てて引き戻していた。

何かが見えたわけではない、ただの直感だった。

ギャリン

だが、自らの判断を迷う間もなくトパジオスに衝撃が走り表面から火花が散った。

気がつけば目の前でアルマが魔剣を振り抜いていた。

「初撃であれを防いだか。面白い。」

「わたしは面白くないですけどね。」

(接近から振り抜くまでがほとんど分かりませんでした。)

グラマリーなのかアルマの性能なのかさえ紗香には判断できない。

言葉を交わした直後にまた感じた悪寒に槍を合わせる。

ギン、ギン

赤い魔剣の太刀筋から遅れて到達したように衝撃と音が紗香に響く。

「速いし、重いっ!」

「よくぞかわす。」

残像を引いてアルマが紗香の目前に飛び込んできた。

既にアルマンダインは後ろに回っていて横薙ぎを放とうとしている。

槍を振るうには近すぎて攻撃には間に合わない。

「だがいつまで…」

「いつまでもあなたのターンというわけではありませんよ!」

既に攻撃体勢に入っているアルマと防御姿勢の紗香ではどちらが攻めか一目瞭然だ。

しかし紗香がわずかに槍の握りを変化させた瞬間、アルマは踏み込むべき力を込めていた足で後ろに身を飛ばした。

「旋閃!」

直後、アルマが踏み込むはずだった空間を雷撃が走り抜けた。

槍の中程からグルリと縦に回す、たったそれだけの動作がグラマリーの力で斬撃に昇華していた。

「避けられましたか。」

「油断ならない相手だ。」

視認すら危うい攻撃の合間に反撃の手を織り混ぜる紗香の豪胆さもさることながら紗香のほんのわずかな挙動から行動の転換を読みきったアルマも凄まじい。

バチバチと空気が弾けるように放電の余波が両者の間に走り、間合いを取り直す。

「やっぱり槍の真髄は近づけさせないことです!」

紗香が槍を構えて腰を落とす。

「出来るか?」

両者の視線の間には紗香の放電と同じようにバチバチと火花が散っているようだった。

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