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Akashic Vision  作者: MCFL
193/266

第193話 Innocent "Taigu-sama" Vision

太宮神社はいつも通り閑古鳥が鳴いて…

「ど、どういうことだ!?説明しろ!」

…おらず、静かな境内に中年男性の怒号が響いた。

ハゲかけた頭を日光にてからせているがその表面は脂汗が滲んでいる。

男性の怒りは本殿の奥、そして目の前に静かに佇んでいる巫女に向けられたものだった。

「3ヶ月だ。3ヶ月も前から予約していたんだぞ?」

男性は中小企業の社長だった。

昨年後半から景気の影響か利益が落ち込んできた。

そこでどこからか噂を聞き付けて"太宮様"を訪ねてきたのであった。

まさに神頼み、卜占の結果で社運が盛り返すと信じることで3ヶ月間耐え抜いてきた。

それが当日にドタキャンされたとなれば薄い頭に血管を浮かべるくらい仕方がないとも言える。

何しろ下手をすれば会社の命運が尽きるかもしれないのだから。

琴は怒りの言葉を正面から受けながらも表情を変えない。

「重々承知しております。しかし"太宮様"のお加減が芳しくない以上、わたくしどもとしましては休養を取っていただくよりありません。」

「それはわかるが。いつなら良くなっている?」

男性はなおも食い下がるが琴は困ったように首を横に振るばかり。

「"太宮様"がこのように調子を崩されたのは何分わたくしが生まれて初めてのことですので良くなられるのかどうかも解りかねます。」

男性は唇を噛み締めて本殿を睨み、ハッとなにかに気がついたように喜色を浮かべた。

「な、ならあんたが占ってくれ!太宮神社の巫女なんだろ?」

「御神籤に書かれている程度のことでしたら占えますが。」

男性はがっくりと膝をついて項垂れてしまった。

「申し訳ございませんがお引き取りください。他の会社の方々も"太宮様"を労われて帰っていかれました。一日も早く"太宮様"が快方に向かわれるようお祈りください。」

琴はお辞儀をして本殿へと入っていった。

男性は生気が抜けた様子でフラフラと太宮神社から去っていった。

柱の陰からそれを見送った琴は

「ふぅー。」

深いため息を漏らした。

「"太宮様"の卜占で"結果"が見えてしまった以上、迂闊に占えば何が出てくるかわかりません。皆様には運命を自力で切り開いてもらいたいものです。」

ほぼ毎日数人の顧客に"太宮様"の不調を仄めかして追い返したがようやく全員に伝え終わった。

時々様子を窺いに来ることはあるだろうが卜占をすることはない。

「卜占の内容の変化について一番怪しいのはやはりAkashic Visionを持つ陸さんですか。捕まえて小一時間ほど問い詰めたいところですが、"Akashic Vision"を捕まえること自体が難しいですね。どうでも良い時にはひょっこり現れるのに必要なときには雲隠れとは、相変わらず良い性格をされています。」

本当にどうでもいい時は蘭が太宮院家のお菓子を目当てにフラッとやって来ていたが最近はご無沙汰。

まるで気ままな猫のよう。

猫じゃらしかマタタビでも用意しておこうかと冗談を考えていた琴は

「ごめんください。」

聞き覚えのある声に表情を引き締めた。

柱の陰で呼吸を整えてから姿を現す。

「本日はどのようなご用件でしょうか、花鳳撫子さん?」

含まれる不審を隠そうともしない琴の言葉に撫子は困ったように微笑みを浮かべていた。




客間に通された撫子は正座の姿勢も実に上品でお茶を飲む仕草も庭園のお茶会のように決まっていた。

向かいに座る琴は同様に姿勢は良いものの憂鬱そうに表情を沈ませているが。

「最近は訪問されていなかったので顧客として記憶から完全に抹消していました。」

「おかげさまでWVeは好調ですし、わたくしたちも色々とありましたもの。」

撫子も困ったような笑顔だが立ち去る様子はない。

「一応"太宮様"のお客様と言うことで対応させていただきますと、現在"太宮様"はご不調になられて卜占はお断りさせていただいております。」

琴は事務的に他の客にもしてきたように"太宮様"の不調を伝えた。

撫子は数度目をしばたかせ、上から下まで琴を眺めた。

「…ご不調のようには見えませんが?」

琴はため息をついて撫子を睨み付ける。

「ここで裏の顔を見せないでください。あくまで表の"太宮様"のお客様として特別にお上げしたのですから。でなければヴァルキリーの長を招き入れるような"Innocent Vision"への背信行為をわたくしが許せるはずがありません。」

今の琴にとって叶を含む"Innocent Vision"が行動の中心にある。

その領域を侵すものを琴は許さない。

その気概を感じた撫子は素直に頭を下げた。

「それは失礼しました。ですが件の作戦で共闘するのですから譲歩いただけませんか?」

「参謀からはヴァルキリーに横槍を入れさせると聞いていますが?」

基本的に"Innocent Vision"は八重花が取り仕切っていて情報を発信しているがリアルタイムというわけでもない。

「少々事情が変わりまして。ジュエルへの示しがあるため表向きは介入ですが、タイミングを含めて共闘という形で八重花さんと悠莉さんが協議しています。」

「…うちの参謀も困った方ですね。仕方がありません。譲歩しましょう。」

琴は深いため息をついて少し肩の力を抜いた。

張り詰めていた空気が和らぐ。

撫子も安堵した様子でお茶を飲んだ。

「本日は作戦当日の動きについて占っていただきたかったのですが、無理でしょうか?」

「…。」

琴はすぐに返事をすることなく考えを巡らせる。

作戦当日の占いは確かに"Innocent Vision"、ヴァルキリーのどちらにとっても行動の指針となる。

特に"太宮様"の卜占は陸のInnocent Visionとは違いその場で瞬時に見ることが難しいため予め流れを見ておくのは重要だった。

(しかし今の卜占はInnocent Visionと同等の結果を示すもの。それを見て伝えて良いものでしょうか?)

「難しい顔をされますね。」

「悩んでいます。"結果"を見る卜占は世界を歪めかねません。」

撫子は最初言葉の意味を理解できなかった。

それが徐々に困惑に変わっていく。

「それはInnocent Visionと同じということですか?」

琴は曖昧に頷く。

琴自身が原因についてわかっていないから確信はない。

それでも撫子にとっては朗報でしかない。

「ならばより確実なプランが組めるではないですか。」

身を乗り出すほどに興奮した撫子は

「…」

無言のまま突き出された琴の手に阻まれた。

撫子は咳払いをして居住まいを正す。

「やはり卜占は行えません。以前にお話ししたと思いますがわたくしは"結果"を示す占いは悪魔の所業と考えています。」

「そうでしたね。…なるほど。卜占の変質が"太宮様"の不調の要因というわけですか。」

琴はお茶がなくなりかけているのに気づいて腰を上げる。

客間から去ろうとする琴の背中を見ずに撫子は語りかける。

「貴女が信念を曲げてまで占えば、恐らく"Innocent Vision"の戦いは楽になりますよ。」

撫子は信念と叶を琴の天秤の上に乗せた。

襖を閉めた琴は眉間に皺が寄るほどに静かに苦悩していた。


(叶さんの安全とわたくしの信念。比べるまでもないこと。…ですが。)

琴は真剣に悩みながらも手元を見ないで器用にお茶を淹れていた。

確認もせずお茶菓子の皿までお盆に乗せた。

悩みを口に出してしまえば当然答えは叶の方が大切だと答える。

だが琴の信念は未来視という特殊な力を操る者としての決め事だ。

それを破ることは太宮院琴という人格を裏切ることに他ならない。

太宮院の巫女として生きてきた十数年を捨てるのと同義だ。

「太宮院琴を形作ってきたもの…」

湯呑みの波面に映る自分の姿を見て琴は苦笑を浮かべた。

「叶さんたちと出逢うまでのわたくしのなんと薄っぺらなことでしょう。守る価値など見出だせないほどに。」

琴にとって世界とは無関係なものだった。

先見をしようがしまいが琴には影響がない。

周りが琴を利用するなら利用されるだけ。

"太宮様"の巫女として表面ばかりを繕う賢しい子供だった。

「わたくしが太宮院琴として笑えるのは叶さん…そして不本意ですが陸さんのおかげです。」

決意した。

琴は新しいお茶と共に答えを持って客間に戻っていく。


客間の襖を開くと微笑みを浮かべた撫子が出迎えた。

「スッキリした顔をされています。答えは出ましたか?」

「はい。わたくしの力が叶さんの為になるならば活用することも吝かではありません。」

琴の返答は事実上"結果"を示す卜占を活用するというものだ。

"Innocent Vision"が更なる脅威になる反面、今回のオーオーオーに際しては多大なアドバンテージを得たことになる。

「ただし…」

内心喜ぶ撫子を諌めるように琴の声が遮った。

「卜占の結果を伝えるかどうかはわたくしが判断いたします。伝えるべきではないと思ったならばたとえ叶さんのためでも言いません。」

「それは…占わないのと同じではないのですか?」

「違います。わたくしがその"結果"を知っているかいないかでわたくしの行動が変化するのですから。」

そしてこの提案が均衡を崩した琴の最後の防衛線。

卜占の結果で世界の流れを極力乱さないという太宮院の巫女の矜持だった。

「妥協点としては少々分が悪いですが、元よりわたくしに選択権はありません。"結果"をお聞きできることを願うだけです。」

撫子は特に抵抗することもなく頷いた。

言った通り、占ってもらえれば儲けものくらいの考えで訪ねたのだから否定されないだけ上々の結果と言えた。

「それではすぐに始めましょう。」

琴は懐から紙と筆を取り出した。

「ここでなのですか?奥の間へ行かなくても良いのですか?」

「あれは一種の演出です。わざわざ手間を掛ける必要はありません。」

琴がすっと筆を握る手を引き上げただけで明らかに空気が変わった。

「"太宮様"はここに居られるのですから。」

琴は筆を見てそう呟くとサラサラと紙に文字をしたため始めた。

その動きは未来の流れを見ながら書いているというよりは筆が勝手に文字を書いているようだった。

撫子は初めて目の当たりにする"太宮様"の姿に言葉もなく呆然と見つめているだけだった。

「……ふう。」

琴の息をつく音がやけに大きく聞こえてようやく世界が音を取り戻したように平常に流れ始めた。

それほどまでに卜占を行っている最中の琴は浮き世離れした雰囲気を纏っていた。

「さて、どのような結果が出たのやら?」

「御自分で記された内容ではないのですか?」

「何度も言ったはずです。卜占を執り行うのは"太宮様"であってわたくしではありません。」

撫子はやはり理解できなかったし琴も理解させる気はなかった。

琴の卜占は一種の降霊術、イタコであり神を降ろしているのが太宮院の巫女なのである。

「……」

琴は"太宮様"がしたためた占いの結果に目を向け、わずかに目尻をひくつかせた。

大きな感情の変化ではないがそれだけで機嫌が悪くなったのを撫子は空気で感じていた。

「オーオーオーはどうなるのです?」

それでも撫子は意を決して尋ねた。

琴は顔を上げて撫子をじっと見た後に首を横に振った。

「あまり知らない方が幸せなこともあります。」

「そのような言われ方をするととても気になります。悪い流れだったのですか?」

「そう…ですね。誰にとっても試練の時が訪れる。本来ならばあり得ないほどの運命の糸が一挙に縒り集められたような混沌が見えました。」

琴はそれ以上は語るつもりはないと完全に口をつぐんでしまった。

撫子もこれ以上聞けないとわかるとあっさりと諦めて席を立つ。

「つまり十分な戦力を用意したつもりでいてもまだ足りないということですか。相手が厳しいとはいえ、ジュエルの活用も視野にいれる必要があるようですね。本日はありがとうございました。願わくは今後も"Innocent Vision"とヴァルキリーが良好な関係を築いていけることを願っています。」

「"Innocent Vision"は、叶さんは万人との良好な関係を望んでいますからヴァルキリーの行動次第でしょう。」

「これは手厳しいですね。失礼しました。」

撫子は行儀よくお辞儀をすると去っていった。

それの後ろ姿を見送る琴の目は悲しげに揺れていた。

「戦力を集めなければ力が足りず、集めれば集めるだけ混沌の度合いを強める未来。これが"結果"なのだとすればわたくしに何が出来るというのでしょう?」

琴の目は昔の陸のようだった。

Innocent Visionの見せる気ままな悪夢に抗っても無駄だと悟り諦めていた時の目だ。

「"結果"を知ってしまうことで努力の無意味さを知る。今ならば陸さんがあんなにもひねくれてしまった理由がよくわかります。」

琴は大きく息をついて空を見上げた。

黒い雲が徐々に侵食してきているように見えた。

「戦いまでもうそれほど猶予はありませんね。」

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