第191話 魔剣のお食事
アルマとスペッサを伴った美保はアジトの外ではなく地下に向かっていた。
「オリビアが言ってたわ。この建物の地下に使ってない広い部屋があるってね。」
「…。」
「…。」
無言で歩いていても暇なので声をかけてみたが全く会話のキャッチボールが成立せずに終わった。
美保はちっと舌打ちして会話を切り上げた。
どこから沸いてきているのか生理的に嫌悪感を抱かせる異形の魔虫を払い除けながら進んでいくとあからさまに頑丈そうなスライド式の扉が見えてきた。
普通の使われ方をしたならば間違いなく倉庫と呼ばれる部屋だ。
「こう魔女の城みたいになってると開けた瞬間、魔獣っぽいのがいそう…」
ガラガラッ
「ガアアアーー!」
ガラガラガシャン
「…。本当に居やがったわよ。大部屋に魔物ってどんだけ悪魔城よ?」
美保は扉に両手をついてぶつくさ文句を言っている。
「それでさ、結局何をするのさ?」
ようやくスペッサが美保に声をかけた。
会話をするためというよりは単純に美保が何をしたいのか理解できないといった様子だ。
美保はフンと鼻を鳴らして扉をバンと叩いた。
「うちがあんたたちと遊んであげようと思ったのよ。聞いた話だと魔力を食べるんでしょ?」
「食べさせてくれるの?」
スペッサの魔石のような目が細められた。
美保は肩を竦めて小馬鹿にしたように笑う。
「食べたいなら自分で引き出させてみなさいよ。」
薄笑いを浮かべながら視線をぶつけ合う美保とスペッサの間に火花が散る。
一触即発の状態の両者。
その間にアルマが割り込んだ。
「ちょっと、アルマ。邪魔しないでくれるかな?折角久々の上玉の"ご飯"なんだから。」
「その権利は私にもあるはずだ。」
アルマは簡潔に応じると美保に向き直った。
「主に代わり戦闘訓練に付き合ってもらえると解釈して良いのか?」
「どう思うかはそっちの勝手よ。うちはカーバンクルの実力を直接知るのが目的なだけ。あまりに雑魚かったらそのままぶち壊すわよ?」
感情を映さないはずのアルマの瞳にも闘志が宿った。
悠莉のような誘導ではないが単純に相手のやる気を出させるだけなら美保も十分に口が上手かった。
人ならざる者の闘争心すら駆り立てるのだから大したものだ。
「さて、ここでやるわけにもいかないからまずは中にいる邪魔者にご退場願わないといけないわね。」
美保が再び重い鉄の扉を開いていく。
中からは現実とは思えない空気を震わせる獣の咆哮が響く。
だが今度は扉は閉じられず中に踏み込んだ。
その数は3つ。
「時間が有限ならば無駄にはできない。」
「早く"ご飯"にしたいから邪魔しないでよね。」
赤と橙の魔剣、アルマンダインとスペッサルティンがスラリと魔獣へと向けられた。
さらに漆黒を押し固めた魔剣と黒き魔星のごときレイズハートが浮かび上がる。
「うちをちょっとでもびびらせた罪、この世から消滅して購いなさい!」
「ガアアアーー!」
魔獣の威嚇する声が響く。
それが負け犬の悲鳴に変わるまでに大した時間はかからなかった。
魔獣は存在が消滅する前にオリビアに回収されていった。
「番犬代わりにと思うたが、守るべき中にいる者たちの方がよほど恐ろしい獣じゃな。」
と皮肉っぽく言っていたので
「あんたが門前に立ってれば誰も入りたがらないわよ。」
と美保は毒づいてオリビアを追い払った。
今は美保とアルマとスペッサが三角形を描くように睨み合っていた。
「そう言えば魔力ならカーバンクルの中でやり取りすればいいんじゃないの?」
「カーバンクルは自ら魔力を作り出すことはできない。故に他者から摂取するのだ。」
「ふーん。意外と不便ね。」
「でも器は人間とは比べ物にならないくらい強いから餌が一杯あればどんどん強くなるよ。」
スペッサが急かすように体を動かし始めた。
人ならざるカーバンクルも構造上は人に似せて造られているため柔軟も無意味ではない。
丈夫さは人間の比ではないが。
「殺さないよう努力はするがもしもの時は…」
「はんっ。何勝手に見下してるわけ?むしろ気を付けないと…」
ユラリと美保がヘリオトロープを掲げると突然アルマとスペッサの背後に黒いレイズハートが出現した。
「いつの間に!?」
「あらかじめ仕掛けてあったか!」
「訓練だ食事だ言う前にぶっ壊れるわよ!」
2体が気付いたときには既に美保は発射体勢に入っていた。
黒い光刃がそれぞれのカーバンクルに襲い掛かる。
「我が剣で打ち落とす。」
アルマはわずかに飛び退くとその合間に魔剣を構え直した。
怒濤のように押し寄せる黒い波に向けて魔剣アルマンダインを軌跡すら見えないほどの速度で振るう。
「如何に数が有ろうとこの剣速を貫けはしない。」
アルマが足を止めて迎撃している一方、スペッサは巨大な魔剣をものともしない素早い動きでレイズハートを回避していた。
「うわ、うわ、すごい!まるで生きてるみたいに付いてくる!」
まるで子供が玩具に興味を示すように楽しげに跳ね回る。
ひょいと飛び上がったスペッサを攻撃するべくレイズハートが上と下から同時に攻撃を仕掛けた。
「せい!」
スペッサは空中で魔剣を大きく振りかぶると自身を中心にして風車のように回転した。
魔力を帯びた刃の風車は迫っていた光刃を巻き込んで消滅させた。
「このまま本体もいただき!」
スペッサは重心をずらして軌道を変えると回転したまま美保に照準を合わせた。
「ちゃんと避けないとミンチになっちゃうよ。」
一切の手加減なく凶悪な回転ノコギリが美保に襲い掛かった。
ギギギギギギ
だが、スペッサルティンの刃は美保には届かなかった。
「だからちょっとぐらい基本スペックが高いからって調子に乗りすぎだって言ってるのよ!」
スペッサルティンを受け止めたのは壁のように組み上げられたディスハートだった。
「確かにとんでもない力があるみたいだけど、その程度で勝てると思ったら大間違いよ!」
美保がヘリオトロープを大きく振るうとその壁の上下の両端がスペッサルティンを包み込むように曲がり、刃の車輪を覆う巨大な漆黒の輪を生み出した。
「あれ、あれれ?止まらない!?」
それはさながらハムスターの小屋に入れる車輪のように、風車により回転を始めた光輪はスペッサを巻き込んで回り始めた。
「スペッサ、何を遊んでいる?」
「遊んでないよ、たーすけてー。」
救助を求めるわりには口調は楽しそうに聞こえる。
そしてカーバンクルたちに仲間意識はない。
「抜け出すなら自力でしろ。その間に私が相手をしてもらおう。」
一斉に迫ってきたレイズハートを一刀の下に斬り伏せたアルマはゆっくりと美保に向き直った。
「あんたも何勝手に終わった気でいるのよ?」
「事実すべて打ち落とし…」
シュン
喋るアルマの顔の脇を光が走った。
正確に言えば光は頭を狙っていたが咄嗟に避けたためにかすった。
美保が舌打ちしてヘリオトロープを振るう。
「粉々にしたからはい終わりって誰が言った?」
するとまるで指揮棒で操られたように地面に散っていた光の破片がゆっくりと浮かび上がった。
「悠莉の二番煎じで面白くないけど、技はなかなか面白いわよ。」
光の黒点はアルマを取り囲むように満ちていく。
アルマは魔剣を構えるがどこから攻撃が来るのかわからない状態では落ち着かない。
「さあ、たっぷり喰らいなさい!スターインクルージョン!」
その警戒を嘲笑うように黒点は一斉に牙を剥いて襲い掛かった。
「ふう。さすがにしぶといわね。」
美保は不機嫌そうにヘリオトロープで肩を叩いた。
その視線の先ではアルマとスペッサがプスプスと煙を上げて倒れている。
他の相手なら直撃させれば消滅させることも不可能ではない威力を誇るのだからカーバンクルの丈夫さの証明にはなった。
「うう、ご飯を食べる暇もない。」
「我々の現状の戦闘能力がソーサリスに対してここまで低いとは想定外だった。」
アルマとスペッサは何事もなかったように起き上がると美保に視線を向けた。
その魔石のような瞳からは底知れない輝きが漏れ出ているように美保は感じた。
「本気になった?さすがにグラマリーを使わない相手をいたぶってもつまらないと思ってたところだし。そろそろ見せてもらいたいわね、カーバンクルの本当の力ってやつを。」
美保の周囲に再び黒いレイズハートが出現する。
それを見てもカーバンクルたちに動揺はない。
「我が剣の真なる力を使うに価する相手だと認めよう。」
「本気になったら壊しちゃうかもしれないけど悪く思わないでね?」
カーバンクルたちが魔剣を構える。
それだけの動作で美保は背筋が震えた。
さっきまで優位に戦闘を進めていた相手とは圧倒的に存在感が違っていた。
「壊せるものならやってみなさいよ!」
根源的な未知の存在への恐怖を打ち払うように叫ぶと左目が紅色の輝きを強めた。
美保の叫びに答えてレイズハートが視界を部屋を埋め尽くすように増殖していく。
「赤剣一閃…」
目の前で増えていく黒を前にしてもカーバンクルは揺らがない。
そのような感情は必要ない。
「橙刀一断…」
己自身の力を最大限に引き出し、目の前の敵を殲滅することだけを存在理由とする。
アルマンダインの両刃の剣が燃えるように紅く、スペッサルティンの巨大な刀が熱せられた鉄のように橙色に目映い輝きを放った。
「グラマリー・スラッシュクリムゾン。」
「グラマリー・ギガンティックナイフ。」
そして漆黒に部屋が染まりかけた瞬間、紅と橙の光が闇を切り裂いた。
グォン
もはやそれは太刀筋ではなく極太のレーザーだった。
アルマンダインの赤き閃光が真横に走り、それを両断するようにスペッサルティンの橙色の断頭台が空間すらも切り裂いていく。
瞬く間に黒色が侵食されていく光景に美保は歯噛みする。
だが、そこに自らに迫る生命の危機への恐怖は含まれていなかった。
「なめんじゃないわよ!」
2つの輝く刃が美保に触れる直前、一際濃厚な黒い光がそれらを遮った。
「…っ…」
「…!…」
グラマリー発現のために"自我"を潜めたカーバンクルたちがわずかに驚きを見せた。
両手で輝剣を受け止めるように歯を食いしばる美保はカーバンクルたちの反応を見てニッと獰猛な笑みを浮かべた。
「人間を…うちを…神峰美保を、この程度でどうにかできると思うんじゃないわ!」
美保が両手を握りしめると黒刃が赤と橙の剣を包んだ。
たわんだ光は反発するように振動する。
「グラマリー・ディスハート!」
反発が限界まで達した瞬間、黒い光はすべての輝きを巻き込んで爆発した。
ドォーン
室内にはまだ爆音の残響があり、もうもうと煙が漂っている。
その煙の中で輝くのは紅い左目、そして赤と橙の魔剣だった。
「はあ、はあ。どうよ?」
美保は息を荒らげながらも得意気に笑みを浮かべる。
一方のカーバンクルたちは人形のように呆然と立ち尽くしたまま動かない。
「ふふん。うちの力にビビって何も…」
グラッ
美保が勝手に考察しようとした目の前でアルマとスペッサが倒れて埃だらけの地面に受け身も取らずに崩れ落ちた。
さすがの美保もギョッとして恐る恐る近づいていく。
魔石のような瞳を開いたまま倒れて動かなくなったカーバンクルたちは人形のようであり、また死体のようだった。
「まさか…死んだ?」
「死んではおらぬ。」
「ッ!!」
突然背後から声をかけられて今度は美保が心停止しそうなほどに驚いた。
ある意味殺人現場を目撃された心境というやつだ。
バッと振り返るといつからそこにいたのかオリビアが立っていた。
その目はアルマとスペッサに向いていたがそこには呆れにも似た感情が浮かんでいた。
「よもや自己の魔力残量すら把握せずに全力を出しきってしまうとはのう。その辺りの制御も教えねばならぬか。」
「って事は死んだんじゃなくてガス欠?」
言い方は雑だが"人"ではない以上むしろ正しい表現だったりする。
「そうじゃ。こやつらに死の概念は存在せぬからのう。こやつらの死は肉体が滅び魔剣が砕ける時じゃ。」
オリビアが軽く指先を動かすとアルマとスペッサの体が浮かび上がった。
「やはり"食事"にはならなかったか。じゃが、悪くはない。」
「なに1人で満足してんのよ?」
幽霊のように漂う2体のカーバンクルを引きつれたままオリビアと美保は部屋から去っていった。
そのドアは大きくひしゃげて二度と閉まることはなかった。