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Akashic Vision  作者: MCFL
190/266

第190話 戦への仕込み

「と、言うわけで改めて八重花さんとの交渉に参りました。」

「…」

放課後、皆の都合がつかなくて1人で帰途についていた八重花の前に横付けされた車。

その中から出てきたのは輝かしい笑顔を浮かべた悠莉だった。

拘束されていたと聞いていたが普段より元気な姿を見ると偽情報ではないかと疑ってしまう。

ただ車の中で疲れを見せている葵衣を見て大体の事情を察した。

「まあ、別に私は誰でも構わないわ。それで、どこでする?」

「そうですね。前のように美味しいお店が良いですが生憎急いで来たもので予約を取れていません。」

悠莉の向こうで葵衣が深いため息をついている。

悠莉は気づいてないのか無視しているのか振り向こうともしない。

「別にいいわよ。喫茶店にでも入れば。」

「私が納得できません。そうです。今から家に行きましょう。たっぷりおもてなししますね。」

名案とばかりに手を打つ悠莉の後ろで葵衣が暗雲を背負って頭を垂れていた。

ヴァルキリーの命運をこの悠莉に委ねてしまったことを後悔しているのがありありと見て取れた。

「敵対組織の家にノコノコついていく人がいると思う?普通は罠を警戒するものよ。」

「今さらですよ。以前もいらしたじゃないですか?」

わざと葵衣に聞かせているとしか思えない悠莉の言動に普段は動じない葵衣がいちいち反応している。

(厄介なのに絡まれたみたいね。)

悠莉自体厄介ではあるが状況を見るに悠莉と葵衣の間にも一悶着あったことが窺えた。

悠莉は八重花との会話を通じて葵衣にもちょっかいを出しているように思えた。

「今の悠莉はソルシエールがあるわ。ドアを開けたらコランダムの中でした、なんてこともあり得るわ。」

「否定はしませんが、それなら何処を選んでも同じことですよね?」

悠莉はよほど八重花を招きたいのか引き下がらない。

確かに悠莉がその気なら喫茶店だろうが道端だろうがコランダムに取り込むことが出来る。

悠莉の家に行かない理由にはならないようだった。

「まったく、強引ね。いいわ。悠莉の家に行きましょう。」

葵衣に気を使ってはみたがことごとく悠莉が逃げ道を塞ぐので諦めた。

「それでは葵衣様。交渉の結果は明日にでもお伝えしますから。」

「……。良い結果を期待しております。」

絞り出すように答えた葵衣はドアを閉めると車で走り去っていった。

それを見送る八重花は視線を車に向けたまま口を開く。

「…今回は随分と直接的に意地が悪いわね。やっぱり捕まえられた腹いせ?」

「それもありますけど、葵衣様はこれくらいしないと弄れないことがわかってしまいましたから。はぁ。」

恍惚とした表情を浮かべているだろう悠莉の顔を見ないまま八重花は呆れたため息を漏らす。

(敵でも味方でも厄介な人は始末に負えないわね。まあ、そういうのは嫌いじゃないけど。)

同類である八重花はククッと押し殺したように笑うと悠莉を伴って歩き出した。




悠莉釈放の連絡は直ぐ様、特に紗香に優先的に報じられた。

紗香は放課後にジュエルの指導を要望してきた邑雲紬や星夏希、そして浅沼響と工藤美由紀の5人で以前良子と行った特訓を再現しているところだった。

「悠莉お姉様は無事に釈放されたようですね。」

「それは、はあ、ひい、よかったで、はあ、ありま、ふぅ。」

紬が息も絶え絶えに反応するがまだましな方で他のメンバーは既に喋る元気もない。

何の心構えもなくいきなりフルマラソンを走れと言われ、実際にやらされれば体力も気力も無くなる。

尤も紗香も良子に同じことをされたと聞いているので誰も文句は言えなかった。

「少し休憩しますか?」

メールによって集中が切れた紗香が振り返りながら尋ねると全員が首をブンブン縦に振っていた。

まだまだ元気に見えるので走ろうかと思ったが

『無理しても体を壊すだけで身にならないからキツくなったら意地を張らずに言いなよ?』

と良子に言われたことを思い出して休むことにした。

都合良く公園が見えてきたのでそのままベンチに直行する。

「はあ、はあ、はあ。」

「飲み物、買って、きますね。」

「手伝うで、あります。」

響と紬がフラフラと自動販売機に歩いていった。

美由紀と夏希はベンチに座ってぐったりしている。

紗香は座らず筋肉を解すように柔軟体操をしていた。

「本当に、これで、強く、なれるんでしょうね?」

美由紀が気だるげに頭を上げて紗香を睨む。

紗香はちらりと視線を向けただけですぐに戻ってしまった。

「知りませんよ、そんなこと。身体能力が上がれば確かに強くはなれるでしょうが。」

相変わらず紗香の言葉は素っ気ない。

美由紀はムッとして怒鳴ろうとしたがその元気すらなく萎れた。

「強さは体力よりも技術にある。そう言うことか。」

「そうですね。もちろん体力ありきですけど。」

そしてやっぱり美由紀以外は紗香の言葉の本質を捉えて正しく認識している。

美由紀はそれが面白くなかった。

「スポーツドリンク買ってきたよ。」

「ご苦労様です。」

紗香は響と紬を労い飲み物を受け取った。

「…。」

だが口をつけることなく口の部分を見つめたまま黙ってしまった。

一気にがぶ飲みした美由紀がその様子に首を傾げる。

「どうしたのよ?飲まないなら貰ってあげるわよ?」

「…こんなことをする必要があるんでしょうか?」

紗香の返事は美由紀にではなく自分の内側に向けられたものだった。

「何よ、こんなことって?」

美由紀はいつも早とちりで紗香の真意を理解できていないので努めて冷静に対応しようとした。

紗香は4人を見回して

「皆さんを鍛える必要があるんでしょうか?」

そう言った。

美由紀の額に青筋が浮かぶが、我慢。

「ねえ、いまのってどういう意味?」

振り返って夏希に尋ねた。

夏希の顔が疲れているせいなのか怖い。

「言葉通り、うちらの訓練に付き合ってやる必要があるのかってことだろ?」

「…ふーん、そっか。」

妙に落ち着いた美由紀は逆に不気味で響と紬は怯え出した。

ブン

次の瞬間、体力の限界だったはずの美由紀は一瞬で立ち上がって紗香の喉元にジュエルを突きつけていた。

「やっぱりあんた、あたしらを見下してんでしょ!」

首の皮一枚のところで刃を受け止めた紗香の表情はピクリとも変わらない。

まるで相手にされていないと感じて美由紀は涙が込み上げてきた。

「悔しい!あたしにもっと力があれば、あんたなんか、あんたなんか…」

「力を得ても、いいことばかりじゃないですよ。」

紗香は怒りもせずジュエルの切っ先を外すと背を向けた。

4人からは紗香の表情は窺えず、ゆえに紗香の考えていることがわかるはずもない。

(今後の戦いはグラマリーのないジュエルには過酷すぎます。もうジュエルには戦わせず、わたしたちヴァルキリーが頑張るしかないですね。)

必要がないという言葉は紗香にとってはとても珍しい他者を思いやったからこそのものだった。

相変わらず決定的に言葉の選択を間違えているせいで誤解ばかりが膨らんでいるが当の紗香は気付かない。

「きょ、今日のところはお開きにするであります。紗香殿、またご指導お願いするであります。」

紬は矢継ぎ早に告げると不機嫌を募らせていく美由紀と夏希の背中を押した。

「ちょっと!」

「ふんっ。」

3人がそそくさと去っていくのを見送った紗香は

「…。響は行かなくて良かったんですか?」

後ろを見ないまま残った響に問い掛けた。

「紗香ちゃんと一緒にいるよ。きっと紗香ちゃんは私たちの知らない何かを背負ってるんだなって。だから私たちを気遣ってくれてるんだよね?」

本心がうまく伝えられなくても、それを汲み取ってくれる心の広い友人の存在を紗香は有り難く思った。

「ただ面倒になっただけかも知れませんよ?」

挑発的な笑みを浮かべても響は動じない。

「本当にそうなら紗香ちゃんは何も言わないで帰ってると思う。」

「さすがは響です。」

紗香は降参を示すように両手を上げて苦笑した。

響は紗香が自分の知る紗香のままでいてくれたことに安堵した。

「でも紗香ちゃんが私たちを遠ざける理由って…」

「簡単なことです。もうグラマリーを使えないジュエルはこれからの戦いでは足手まといにしかならないからです。」

一番直球の辛辣な言葉で直面した現実を紗香は告げた。

ジュエルが戦場に出ても的になって散っていくしかない。

もう戦術でカバーできるような敵はどこにもいなくなっていた。

"オミニポテンス"も"Akashic Vision"も"Innocent Vision"もただ魔剣を手にしている程度の者たちが相手に出来るレベルではない。

「…そう、なんだ。」

「ごめんなさい。」

響の悲しげな顔を見て謝罪をした紗香もその場を後にした。

紗香には響の浮かべた表情の本当の意味を理解できないまま。



暗く闇に沈んだような魔女のアジト。

魔女の暇潰しなのか本当に魔の生物なのか小動物や虫の形をした異形が部屋や廊下の角に見受けられる。

「形状観察。行動記録。」

グロッシュラーのカーバンクル・グロシュは感情に乏しい魔石のような瞳をわずかに見開いてそれらを見ている。

「うわー、きしょい!潰れちゃえ!」

その反対側ではパイロープのカーバンクル・パイが虫を踏み潰している。

美保はその間を通り抜けて魔女の部屋に向かっていた。

顔は例によって不機嫌そうだった。

「お邪魔するわよ。」

実験室を思わせる気味の悪い部屋に入って真っ先に目に入ったのは向かい合うアルマンダインのカーバンクル・アルマとスペッサルティンのカーバンクル・スペッサだった。

どれも魔剣と同じ名前で呼ぶのが面倒くさいので美保が名付けた。

赤い髪のアルマは不機嫌そうに、橙の髪のスペッサは軽薄そうな笑みを浮かべている。

「同志よ、良いところへ来たのう。」

「そうは見えないわよ?それにあんたにとってうちは利用できる駒でしょ。同志なんて呼ばないでもらいたいわ。」

いつの間にか隣に立っていたオリビアを美保は睨み付けるが軽く受け流された。

「せめて形だけでもと思うておったが、要らぬか。」

「こっちだって利用してるんだからおあいこよ。」

オリビアはカーバンクルの力が安定するまでの繋ぎの戦力を欲し、美保はソルシエールの力を求めた。

利害が一致し互いに利用し合っているだけなので同志とは違うのである。

ヘリオトロープに取り込まれている以上どこまでが美保の意思かはわからないが。

「で、あれは何してんの?」

自分の意志を伝えた美保は気になっていたカーバンクル同士の睨み合いを顎でしゃくった。

"自我"を得てから個性や言動など人間臭さを出し始めたカーバンクルだが基本的には他者の存在に興味を持っていないように思えた。

それがいかにも喧嘩している様子で睨み合っているのだから驚きもする。

「妾にも理解に苦しむ状況でのう。言うなれば妾を巡る争いじゃ。」

「は?」

美保が理解できないとばかりに呆れた声を出したタイミングで動きがあった。

「我らの存在意義のため、この身を少しでも効率よく動かすために主との手合わせを望むのは合理的だとなぜ理解しない?」

「強くなるためならそんな修行みたいな面倒くさいことするより"ご飯"たくさん食べればいいじゃん。だからまた外に連れてってもらおうよ。」

アルマとスペッサは互いの意見を口にするとまた睨み合いに戻ってしまった。

自分の意見だけ言って相手の言い分に耳を傾けないのだからどこまでいっても平行線に決まっている。

「"Akashic Vision"がカーバンクルを狙っておるようじゃからのう。外出には妾を伴うよう教えたのじゃが。」

面倒くさいとばかりにオリビアは首を横に振った。

美保はその光景を見て放任主義の親に甘えたくて喧嘩をしている子供を連想した。

("自我"、ねえ。面倒なことにならなきゃいいけど…ってもうなってるのか。うちには関係ないけど。)

「だったら外に連れてって"ご飯"にしながら相手すればいいじゃない?」

美保の言うように別にアルマとスペッサの意見は真逆の位置ではない。

やりようによってはどうにでもない。

「あいにく妾はここを離れられぬのでな。」

だがオリビアはあっさりと根本的な部分から否定した。

顔に面倒だと書いてあるように見えるのは気のせいだと思うことにする。

「…ふーん。」

美保は興味無さそうに返事をしたがすぐに雰囲気を変えた。

「だったらうちが借りていっても良いわよね?」

「構わぬぞ。ただし、壊さぬようにな。」

「壊れるようならその程度ってことでしょ?」

美保は忠告を鼻で笑うと前に向かって歩き出した。

オリビアは止めようともせず自分の席に戻っていった。

美保が隣に立っても両者とも気にもせず睨み合っている。

美保は2人の頭を掴んで自分の方に向けさせた。

魔石のような瞳が美保を見る。

美保はにやりと笑みを浮かべた。

「うちが連れてくから付き合いなさい。」

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