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Akashic Vision  作者: MCFL
189/266

第189話 波紋の行く先

壱葉高校はいつもよりもピリピリとした雰囲気が漂っていた。

「下沢様が!?」

「しっ、声が大きいわ。東條八重花と密会してたって。」

「ヴァルキリーが"Innocent Vision"と内通してたなんて。」

その雰囲気の正体は学内にいるジュエルによるものだった。

自分達を率いるヴァルキリーから出た不祥事に不安を口にする者もいる。

「お可哀想に、下沢様は東條八重花に罠に嵌められたんです!」

「許すまじ、"Innocent Vision"!」

しかし大半のヴァルキリーに心酔しているジュエルたちは悠莉を悪とせず勝手に八重花の仕業に仕立て上げて"Innocent Vision"への対抗心を燃やしていた。

それは八重花の属する2年1組にもあり

「ヴァルキリーは洗脳プログラムでも組んでるのかしら?」

八重花は呆れながら周囲からの視線を受けて笑っていた。

今回の事に関しては余すところなく完全に黒なので逆に視線を浴びることが当然のように感じた。

視線など気の持ちようでどうにでもなることを実感していた。

「由良は…いないみたいね。まあ、一発殴られるくらいは覚悟しておくとしようかしら。」

これまでの状況から考えれば由良が裏切りに過敏になるのは仕方がない。

八重花にまったくその気がなくても今回の事件は見方によっては裏切りに映るだろう。

だから由良に怒られたら反論せず頬を突き出すつもりでいた。

ガラッ

そんなことを考えているとちょうどのタイミングで由良が教室に入ってきた。

バッチリと目が合い、由良が近づいてくる。

覚悟はしたものの怖くないわけもなく八重花は背中に冷や汗を流した。

由良が目の前まで来て

「ヤエはいい親友を持ったな。」

妙に優しい声でポンと肩を叩かれただけで通り過ぎていってしまった。

「? …ええ、私には勿体無いくらい良い子達よ。」

八重花は首を傾げながら臆面もなく答える。

由良はフッと笑うと自分の席に戻っていった。

「何があったのかは…まあ、分かりやすいわね。」

いっそ憐れにすら思えるほど由良の背中は小さく見えた。

しかし八重花はかける言葉を持たなかった。

由良がおかしいわけではなく、由良の言葉通り八重花が親友に恵まれただけだから。

「親友の信頼に応えるためにも、オーオーオーを実行する根回しを進めないとね。」

八重花は由良から視線を外し、周囲の視線からも意識を逸らして今後の流れをシミュレーションし始めた。




紗香のクラスもまた悠莉と八重花の話が広まっていた。

(悠莉お姉様。本当に困った性格をしてますね。)

悠莉をお姉様と慕い、その一般人からすれば歪んでいるとしか思えない思考を身近で見てきた紗香には悠莉が自ら望みそのスリルすら楽しんでやったことであり、ヴァルキリーを裏切るつもりなど無いことは分かっていた。

ただ今回はさすがにやりすぎなため如何に敬愛するお姉様だとしても呆れのため息をつかずにはいられない。

「紗香ちゃん、紗香ちゃん。」

「何ですか、響?」

しかしヴァルキリーメンバーと関わりの薄いジュエルたちはそうはいかない。

ヴァルキリーメンバーの不祥事は信奉の対象の揺らぎに等しい。

浅沼響は不安げな様子で声をかけてきた。

よく見るとドアに隠れるようにしてジュエルの工藤美由紀の姿もあった。

「何をやっているんですか、あれは?」

あからさまに怪しい美由紀の様子を紗香はとても冷ややかな目で眺めた。

響も振り返って確認し首を揺らす。

「多分話を聞きに来たけど違うクラスだから入れないんじゃないかな?」

因みに邑雲紬と星夏希は壱葉高校の生徒ではない。

壱葉高校にいる紗香と縁が深いジュエルは響と美由紀だけだった。

そして美由紀にしてもジュエル上がりであり元日の一件で名前を交換した紗香が一番近いヴァルキリーメンバーという認識だった。

ドアの陰から紗香をじっと見つめる美由紀は悩んでいた。

「うー、なんて声かけたらいいのよ?」

普通の友人とは勝手が違うこともあり、何と声をかけていいのかもわからない。

だからこうしてドアの陰から視線を送って向こうから声をかけてもらえるようにしていた。

「……」

しかし紗香は美由紀を一瞥はしたものの大した関心を示すこともなく響の方に向いてしまった。

「ちょっと、なんなのよ、その態度は!?」

紗香の反応で一気に沸点を突破してしまった美由紀は他人のクラスにも拘らずずかずかと踏み込みながら声を張り上げた。

何事かと周囲の視線が集まり

「あわわわ!」

響は右往左往慌てたが紗香と怒髪天を衝く状態の美由紀は気にしていない。

「その台詞はそのまま返します。何ですか、あの片想いの相手を物陰からそっと見つめる内気な女子みたいな態度は?」

「か、片想ぃ!?だ、誰があんたなんかに!」

紗香は一般論を言っただけなのだが美由紀は真っ赤になって否定した。

人間、必死になって否定されると逆に勘繰ってしまう習性がある。

ヒソヒソと百合だなんだという憶測が囁かれ始めていた。

近くにいた響は顔を赤くしながら2人から徐々に距離を取っていく。

「ふぅ。ここにいても面倒事が増えるだけのようですし場所を変えましょう。」

「の、望むところよ!」

なにやら期待と不安が入り交じった顔で返事をする美由紀の反応がさらに周囲を刺激する。

もう告白イベント決定の流れが出来つつあった。

「…」

紗香はもう一度ため息を漏らすと1人で教室を出ていってしまった。

「あ、待ちなさいよ!」

「私も行くよ!」

置いていかれた響と美由紀が慌てて後を追いかけ

「三角関係?」

「くそう、なんで俺たちには女っ気がないのに…」

クラスには波紋だけが残った。



教室を出た紗香は階段を登って3年の階に来た。

上級生が好奇の視線を向けてくるため緊張している響と美由紀とは違い、紗香は堂々と歩いている。

向かう先は聞くまでもない。

「噂の真相を知りたいなら捕まえた方に聞けばいいんです。」

一応ノックしてドアを開けると一斉にそのクラスにいた生徒の視線が向けられた。

びびってる後ろの2人は気にせずクラスの中を見回した紗香は目的の席が空席なのに気がついた。

「あれ、紗香?どうかした?」

声をかけてきたのは探し人にそっくりな緑里だった。

「緑里様。葵衣様は不在ですか?」

「あー、うん。うちの方の用事でね。」

口は淀みなく、視線はわずかに揺れる。

それだけで紗香はヴァルキリー関連だと察した。

「葵衣様がいないなら行きましょう。失礼しました。」

紗香はペコリとお辞儀をするとあっさりと退室していった。

「…あれ?もしかしてボクじゃ頼りにならないってこと?」

今更ながら頼られなかったことに疑問を抱いたが答えてくれる人はもうそこにはいなかった。




その頃、葵衣は悠莉の下を訪れていた。

「はあ、はあ。悠莉様、もう限界です。」

「ふふふ。何を言っているんですか?本当に限界を迎えた人は文句も言えないはずです。さあ、さあ。」

「うう…うわああ!」

「……何をなさっているのですか?」

ここは建川にある病院の特別収容施設。

その牢獄とも言うべき場所で悠莉は向かいの牢屋にいる岩手を言葉だけで痛め付けているように見えた。

音だけ聞いていると女王様の禁断の調教風景のようにも思えた。

「こんにちは、で良いのかわかりませんが、こんな場所ですがごゆっくりしていってください。」

椅子に縛られた状態だというのに悠莉は友達を家に招いたように穏やかな表情を浮かべていた。

とても陰湿な牢獄に囚われている悲劇の令嬢にも、言葉で部下をいびっていた悪女にも見えない。

「…反省のご様子はありませんね。」

「そんなことはありませんよ?反省しているからこそこうして大人しくしているんですから。」

反省の態度には見えないのだがそこで議論しているほど葵衣も暇人ではない。

持ってきた椅子を悠莉の正面に置いて背筋を伸ばして座った。

「先ほどは何をなさっていたのですか?」

「暇潰しに岩手さんのジュエルが本当に消滅したのかを検証していました。さすがに施行回数を増やしたところでわかるほど簡単な話ではありませんでしたが。」

ふふと笑いながら答える悠莉に葵衣の後ろから鬼だという呟きが聞こえた。

暇つぶしにされた岩手は全身汗だくになりながらぐったりと床にへばりついて荒い息をしている。

「勝手なことをなさらないでください。悠莉様は現在反逆の容疑で拘束されているのです。」

第3者、ヴァルキリーの六法全書と言える葵衣が反逆について告げたことで周囲の牢屋にいるジュエルたちはどよめいたが当の悠莉は全く動じていない。

「ジュエルの暴走の原因究明はヴァルキリーの益になると思いますけど?」

「功績をもって懲罰を黙認していては組織が成り立ちません。」

現在のジュエルは功績を重視している節があるがそれはヴァルキリーが管理しているからだ。

もしも指導者がいなければジュエルは"Innocent Vision"のメンバーを闇討ちしたり寝込みを襲ったりとかなりえげつない手段を用いて目的を達成しようとしただろう。

その場合、成功する確率よりも返り討ちに会って殺されかける可能性の方が圧倒的に高いが。

「そうですか。では大人しく眠っていることにします。」

悠莉は残念そうに微笑むと葵衣に興味を失ったように瞳を閉じた。

その行動は葵衣を拒絶しているように見える。

「釈放する方法が1つございます。」

「嘘ですね。私が考えて少なくとも2つはありますよ。」

悠莉の笑顔と葵衣の無表情はいつも通りなのにバチバチと火花を散らしているように見えた。

片や反逆者に対する疑念を抱き、もう一方は楽しい食事と交渉を邪魔された恨み辛みを抱いている。

もっと上手いやり方があったはずなのに拘束という露骨な行動を取ったヴァルキリーに悠莉は少なからず失望していた。

「1つはこれから葵衣様が提案される内容を受け入れること。これが葵衣様の言うただ1つの方法ですね?」

「はい。悠莉様がここから出るにはそれしかありません。」

葵衣は悠莉の言う2つ目を聞く気もなく断言した。

悠莉は首を横に振る。

「そうでしょうか?時間が解決してくれるというのがもう1つの方法です。」

「時間が経てば私たちの気が変わるとお考えですか?」

「それもありますけど。私がここに居続ければヴァルキリーは崩壊します。」

それはまるで予言のように悠莉は告げた。

葵衣がピクリと目元をひくつかせた。

「そう考えた理由をお聞かせいただけますか?」

悠莉は勿体つけるように意味深な微笑みを浮かべていたが葵衣が根気強く待っていると口を開いた。

「"Innocent Vision"をうまく操るために八重花さんとの交渉に私を利用するおつもりでしょう?ですが例の作戦まで時間を置けば私の存在価値は下がります。」

「確かにそうですがそれではヴァルキリーが崩壊するほどの事態には至りません。」

葵衣はきっぱりと悠莉の意見を切り捨てた。

だがそれは焦っているようにも見えた。

事実、八重花との交渉に悠莉を登用することを条件に釈放する予定だったことを言い当てられて動揺していた。

悠莉がその微かな変化に気づかないわけもない。

「では、私が拘留されていると紗香さんが知ったらどうなるでしょうね?」

「…」

葵衣は沈黙した。

(考えるまでもなく、悠莉様を慕う紗香様が怒らないはずがありません。ヴァルキリーへの報復という可能性もあり得ます。)

現実は良く知るがゆえに呆れているだけだが普段の言動を考えれば葵衣の勘違いも当然だ。

"オミニポテンス"や"Innocent Vision"が動き出したタイミングでヴァルキリーが内部分裂による仲間割れという隙を見せれば真っ先に潰される可能性が高い。

それだけはなんとしても避けなければならなかった。

「ならば悠莉様はここに残られて東條様との話し合いは私が行うということで宜しいですね?」

もはや悠莉との交渉に意味はないと判断した葵衣はそう結論付けた。

「それでは何の解決にもなっていませんよ、葵衣様?」

クスクスと笑いながら悠莉は指摘する。

確かに現状維持では何も変わらずヴァルキリーの危機は変わらない。

八重花との交渉を自分一人で乗り切らなければならない。

紗香に関しても悠莉を解放しない限り内部分裂の可能性を孕んでいる。

「ならばどうすれば?」

とうとう葵衣が弱音を吐いた。

悠莉の笑みが僅かに強まる。

「1つ、私に全てを丸く収める良い提案がありますよ?」

それは明らかに悪魔の甘言だ。

それでも状況に追い詰められ進むべき道を見失った葵衣にはそれにすがるしかない。

「その方法とは?」

「私が八重花さんと交渉するためにヴァルキリーに復帰するんです。そうすれば葵衣様が懸念されている全てが綺麗に解決しますよ。」

悠莉はにこりと微笑みながら提案した。

「それは…」

表向きは葵衣の提示した条件と同じに見えるがその主導権は明らかに悠莉の側にある。

事実上の無罪放免だ。

だが悠莉からの提案を検討した葵衣はさらに困惑した表情になっていく。

「確かに、悠莉様がヴァルキリーに復帰なされば紗香様が反旗を翻すこともなくなり、ジュエルの混乱も収まります。東條様との交渉も悠莉様が適任であることは事実。」

そもそも交渉役に悠莉を使おうとしたのも賢しい八重花を相手に有利に交渉を進める自信がなかったからだ。

考えれば考えるほど悠莉の提案こそが最良の答えに思えてきて葵衣は眉間に皺を寄せた。

頭を抱えて唸ったりはしないものの葵衣にしてはかなり珍しい姿だ。

悠莉はそれを慈愛の笑みとも悪女の嘲笑ともつかない表情で見ている。

やがて顔を上げた葵衣は立ち上がって悠莉の入った檻の鍵を開けた。

「大変に不本意ですが、ヴァルキリーの未来のために悠莉様のお力をお貸しください。」

「はい、それでは行きましょうか。八重花さんの所へ。」

満面の笑みを浮かべる悠莉の表情が葵衣には不気味な仮面を見ているようでブルリと背筋を震わせながら悠莉の後について行った。



「あのー、私たちはこのまま放置ですか?」

そして、盛岡ジュエルの面々は相変わらず檻の中だった。

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