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Akashic Vision  作者: MCFL
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第188話 裏切りへの措置

悠莉は拘束された後目隠しをされて車に乗せられ、何処とも分からない薄暗い独房に連れてこられた。

目隠しは外されたが椅子に縛り付けられていた。

花鳳の屈強な黒服たちに囲まれて縛られた時は何をされるのかとドキドキしたが放送禁止になるような行為は何一つされなかった。

「縛り方がなっていませんね。本気で拘束する気がないだけでしょうが、もの足りません。」

一応規則に違反した自覚はあるため悠莉は大人しくしているが緊張感や悲壮感はない。

手順が違うだけで遅かれ早かれヴァルキリーは"Innocent Vision"との交渉の場を設ける事は分かりきっていた。

つまりフライングをしただけで行動自体は裏切りには当たらない確証があるからだ。

多少ヴァルキリーの内部情報を漏らした責任がないとは言えないので一応罪の意識もあるにはある。

「ほとぼりが冷めるまで静かに過ごしましょう。」

悠莉は暢気に構えて周囲に目を向けた。

現代日本のどこにこんな施設があったのかというようなわかりやすい独房だ。

上下左右と後ろは石造りで普通の人にはどうこうできるものではない。

尤も魔剣使いにとっては切り裂くなり吹き飛ばすなり思うがままだが。

正面は鉄格子でその向こう側の光景を見るに同じような造りの独房が並んでいるのが簡単に想像がついた。

「目隠しをして連れてこられましたけど、ここはどこでしょう?」

「その声は…悠莉様?」

「はい?」

突然名前を呼ばれて鉄格子の向こう側のさらに先、向かいの独房に目を向けるとそこには盛岡ジュエルインストラクター岩手のやつれた姿があった。

悠莉のように縛られていないが疲れ切った様子で壁に背をつけて床に座り込んでいる。

「岩手さん。確か年始に暴走して花鳳様に倒されて壱葉の病院に収容されたと聞いていましたが。」

「? "Akashic Vision"にジュエルを砕かれた後、気が付いたらここにいたのですが?」

(黒い魔剣の記憶が抜け落ちているようですね。美保さんが前に言っていたのと同じです。)

大阪のインストラクター神戸も似たような状態だったと聞いていた。

岩手の声を聞いたのか周囲からも力ない声でユーリサマーと聞こえてきた。

反響の関係もあってとても不気味だ。

他のジュエルたちもいることから悠莉はここが病院の施設なのだろうと推察した。

「悠莉様はどうしてこんなところに?」

「ちょっとした火遊びがバレてしまいまして。お仕置きです。」

全く悪びれた様子のない悠莉を見てあははと岩手は苦笑する。

東北ジュエルの育て方の歪さを考えれば悠莉の火遊びが普通じゃないことは簡単に想像が出来た。

悠莉は思ったよりも元気そうな岩手を眺め、わずかに口の端を上げた。

「お互い暇な身です。ゆっくりお話でもしながら時間を潰しましょう。」

「そうですね。」

一応週刊誌やら嗜好品の差し入れはあるものの基本的には暇をしていたジュエルたちなので岩手も悠莉との会話には二つ返事で了承した。

悠莉は椅子に縛り付けられて座ったまま、岩手はしつけなのか鉄格子の前に正座で座り直した。

「ここはいい天気ですね、から入るべきでしょうか?」

「いえ、お気遣いはありがたいですが単刀直入に聞いていただいて構いませんよ?」

悠莉の瞳が微笑みで細まる。

悠莉はお話としか言っていないのに岩手がその内容を察したことが嬉しそうだった。

「では、そのように。暴走した時の記憶はないと言うことでしたが?」

やはり悠莉と岩手、それに限らずこの場に居る者に共通の話題と言えばジュエルを置いて他になかった。

「はい。"Akashic Vision"に敗れてここで目覚めるまでの記憶はありません。その間に悠莉様の言う暴走があったとは信じられませんが。」

「それは本当ですか?」

「…本当です。」

岩手は天地神明に誓う心積もりで悠莉の尋問に近い会話に応じようと考えていた。

しかし最初から疑われて掛かられてはいくら真実を語ろうともねじ曲がって解釈されてしまう。

人の言葉はとても曖昧なものだから。

「実はつい最近のことですがようやくジュエルの暴走の原因が判明しました。」

悠莉は岩手の機嫌が悪くなったのを知りつつ特にフォローをするでもなく続ける。

むしろ感情的になってくれた方が悠莉としては会話を誘導しやすくなるからだ。

「そうなんですか?」

素直に感心する岩手のわずかな動きも悠莉は注視していることを悟られないようにしつつも見逃さないようにしている。

「しかし、その原因を考えると皆さんの証言との差異が見られるんですよ。」

ざわざわと話を聞いているジュエルたちがざわめいた。

悠莉の問い詰めるような口調は裁判で見られる検察側の追及のようで何か悪いことをしてしまったのではないかと無意味に怯え出した。

「具体的にはどの辺りに問題がありました?」

ジュエルの弁護士役とも言うべき岩手は臆することなく尋ねる。

悠莉は感情の読めない笑みを浮かべたままなかなか答えようとしない。

ジュエルたちの不安が高まり、岩手も背中に冷たい汗を感じた。

「ジュエルの暴走は…実はジュエルが暴走したわけではないんですよ。」

「………はい?」

ようやく出された悠莉の答えを聞いた全員が一瞬沈黙に包まれた。

「あれはオーの元というべき魔石によって魔女オリビアに操られたのが原因のようです。」

詳細な説明を聞いてジュエルたちがまたざわめき出す。

魔女に操られてヴァルキリーに反抗したなどと信じたくはないし、オーと同じものを植え付けられたと聞いて血の気を無くす者も居た。

「つまり…暴走するよりも前に魔女オリビアに会っているはずだということですか?」

「ご明察です。少なくとも植え付けられるまでは普通だったはずですから覚えているはずです。今すぐにとは言いませんが思い出してみてください。」

言った通り、悠莉は別にこれを思い出そうが記憶になかろうがあまり頓着する気はなかった。

すでにオーの魔石で暴走が引き起こされたという結果が存在する以上、岩手たちの証言が出たところで証拠が増えるだけでしかない。

悠莉がこの話をしたのはむしろ違う魔石を取り込んでいることを自覚させるためだった。

「すみませんが岩手さん。ジュエルを出してみてもらえますか?」

「…悠莉様。私たちのジュエルが"Akashic Vision"に砕かれたのはご存じですよね?」

悠莉の性格が歪んでいるのは自覚していたとはいえ癒えきっていない傷を抉られているような思いに岩手の表情が苦くなる。

「分かっています。それでもお願いします。」

それでも悠莉は全く迷う素振りも見せずに再度お願いをした。

お願いという名の強い強制力が悠莉の言葉にはこもっている。

岩手はわずかに迷いを見せたが頷き、左手を前に突き出した。

意識を集中させるために目を瞑り

「くっ!」

突然左目を押さえて蹲った。

「岩手さん?」

「すみ、ません。ジュエルを出そうとしたら突然痛みが。」

左目に手を当てたまま岩手は荒い息をゆっくりと整えていく。

その姿を悠莉は目で見ていながらも実は見ていなかった。

(ジュエルの力が一瞬でしたが感じられました。)

それは紗香が口にした暴走ジュエルの使うグラマリーの答えに通じる証拠のように思えた。

(しかしその力が何かに阻まれ、本人には痛みとして現れた。)

その何か。

考えられる要因は2つのどちらか、あるいは両方。

"Akashic Vision"か"オミニポテンス"か。

(仮にこれが前者なのだとしたら、"Akashic Vision"の行動の意味合いが根底から覆るかもしれません。)

いまだ苦しんでいる岩手の向かいで悠莉は陸の真実に至るかもしれない鍵の存在に歓喜し、どうにかしてそれを明らかにする方法を考え始めた。




叶と真奈美は普通に登校した。

鼻緒は…そもそもあるような草履は履いていないし靴紐も切れたりせず、黒猫が塀の上を並列移動するのは見たものの横切られたりはしなかった。

さらに遡って毎朝見ているテレビの占いでも良くも悪くもない順位とアドバイスで普通だった。

通学路で一緒になったことで今日はいいことあるかもと根拠のない話題で盛り上がるくらい普通であった。

「……」

だが教室で待っていたのは裕子と久美の笑い声ではなく、周囲をシンと静まらせる張り詰めた気配を放ちながら腕を組んで立つ羽佐間由良だった。

「…」

「…」

ガラガラ

談笑しながら教室のドアを開いた2人は目をぱちくりさせた後、臭いものに蓋をするようにドアを閉めた。

突然教室の中が騒がしくなったが2人は廊下で顔を突き合わせる。

「ゆ、由良お姉ちゃんがなんか怒ってるみたいだったよ?真奈美ちゃん何か知ってる?」

「いや、あたしは何もしてないよ。」

ガラッ

ドアの前で顔を付き合わせる2人の横でドアが内側から開けられ、不動明王を背に背負ったようにすら見える由良がギョロリと目を向けてきた。

「あわわわ!」

「うっ!」

怯えながらも咄嗟に叶を庇うように前に出る真奈美。

だが腕を伸ばした由良に2人は抵抗もできず頭を抱え込まれた。

「少し話がある。付き合ってもらうぞ?」

「い、痛いこととかしないですよね?」

その発言で叶が由良をどう見ているかわかるというものだ。

由良はニッと笑い

「ああ、お前らが隠し立てしなければな。」

グッと腕に力を込めた。

カクカクと首を縦に振る叶と真奈美に満足そうに頷いた由良はそのまま2人を引きずるようにして歩いていく。

その後ろ姿を見ていたクラスメイトにはドナドナのBGMが聞こえるようだった。



「…」

人気のない場所、密談する場所として最適な学校という世界の中の隔離空間である屋上に連れてこられた叶と真奈美だったが、誘拐犯の由良は腕組みをしながらフェンスの方を向いて無言だった。

叶たちは防寒具を着たまま連れてこられたからまだいいが由良は明らかに寒そうだ。

「あの、由良お姉ちゃん?何のご用でしょう?」

叶は由良の作った間を由良を気遣うために無視して本題に切り込んだ。

人に聞かれると困る話の時点で内容は絞られるので屋上に着いた時には叶も"Innocent Vision"のリーダーとしてのスイッチが切り替わっていた。

さっきまでの怯えた様子は鳴りを潜めている。

「…八重花が下沢悠莉と密談している現場をヴァルキリーが押さえた。」

由良は2人に背を向けたまま案件を告げた。

話の内容までは伝わっていないが八重花が過去に何度も悠莉と組織とは無関係に接触している事実を聞かされた。

つまり由良が"Innocent Vision"にいた時から八重花が悠莉とパイプを持っていたという事になる。

「でも昨日の夜も八重花ちゃんからメール貰いましたよ?逮捕とかされてないんですか?」

「下沢の方は似たようなものらしいが八重花には後日事情聴取らしいな。カナ、マナ。今回のヤエのこと、どう考える?」

振り返った由良は真剣な眼差しで2人を見た。

由良は今回の事件を聞いて少なからず裏切られたという思いを抱いていた。

八重花の情報源に興味はあったがそれが敵であるヴァルキリーメンバーの1人だったこと。

相手の情報を得ていたということは相手にも情報が行っていた可能性があり、もしかしたらそのせいで戦いがあったかもしれないという疑念。

そしてもしかしたら八重花が裏切っていたのかという不安。

いろいろと考えてしまう由良はどうしても叶たちの意見が聞きたくなりヴァルキリーとしてではなく個人で訪ねてきたのであった。

叶と真奈美は顔を見合わせ、考える素振りを見せた後

「どう考えるって言われても、八重花ちゃんですから。」

「そうだね。むしろ八重花がそういう裏工作の時に捕まったことの方が驚きです。」

微塵も不安を見せなかった。

由良は緩すぎる2人の反応に拳を握って激昂する。

「不安じゃないのか!?ヤエはもしかしたら内通していて裏切ってたのかもしれないんだぞ!?」

かつて"Innocent Vision"で命をかけて戦った陸が、明夜が、蘭が今は敵となっている由良だから余計に裏切りに敏感になっている。

叶は優しく微笑みながら首を横に振る。

「八重花ちゃんはそんな事しません。」

「なんでそう言いきれる!親友だからか!?」

叫ぶ由良に対して叶は宥めるようにもう一度首を横に振って胸に手を添えた。

「私たち"Innocent Vision"がしなきゃいけないことは相手の言葉を"信じる"ことだからです。私たちは八重花ちゃんを信じてますから。」

「!!」

由良はガツンと殴られたようによろめいた。

"信じる"。

その言葉は口にするのは簡単で実行するのはとても難しい。

特に打算と策謀が渦巻く現在の各組織の状況で信じられる言葉そのものがあるかどうかも分からない。

叶はそれでも信じると言った。

それが対話のための最低条件だから。

「八重花がああいう子だって知ってますから。それに、あの子が私たちに寄せてくれている信頼も。だからあたしたちは八重花が何をしたとしても裏切らないと胸を張って答えます。」

真奈美もまた八重花という人物を正しく捉えて受け入れていた。

由良は握っていた拳に力が入らなくなり俯いた。

「この行動も端から見れば八重花と似た状態ですけどね。」

「そう、だな。邪魔したな。」

由良は背を向けて手をヒラヒラ振るとさっさと屋上から出た。

ドアに背を預けて手で顔を覆う。

「もう、戻れねえな。"Innocent Vision"には。」

自嘲する笑いを漏らした由良はゆっくりと階段を下りていった。

その背中はいつもよりも小さく見えた。

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