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Akashic Vision  作者: MCFL
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第185話 予言者の謎かけ

陸が悠莉と喫茶店に入ってお茶をしている頃、良子と紗香は海を追って走っていた。

「ソルシエールを使ってないですけど追い付けないなんて!」

「…半場海はどんなに速く逃げても絶対に追い付いてくるんだ。」

「何ですか、その心霊現象は!?」

2人は騒ぎながらもかなりのスピードで走っている。

それがなぜ追い付けないのかと言えば海が一定間隔でディアマンテを配置して2人の時間を一瞬停止させていたからだ。

そうして終わりの見えないように思えた鬼ごっこは海が立ち止まったところで終わった。

そこは以前良子と紗香が特訓に使った河川敷だった。

偶然なのか知っていてここを選んだのか、不敵に笑う海の表情からは窺い知ることはできない。

「何にせよここはあたしらのホームだ。やるよ、紗香。」

「はい、良子お姉様!」

2人の左目が朱色に輝き、その手に真紅の鉾槍と黄色の槍が顕現した。

「いきなり戦闘なんて味気ないな。もっと

『貴様の目的はなんだ!?』

とか

『何を企んでる!?』

とか言ってくれないと。」

海は不満げに口を尖らせていてアダマスも出していないが、飄々とした雰囲気の中にも油断できない感覚があった。

「本当に君は怖いね。出来れば関わらないでいたいよ。」

良子はラトナラジュを構えながらも退路を頭に置いていた。

2対1の状況だというのに全く優位に立っている気がしない。

「それでも追い掛けてきたんだから負けず嫌いっていうか無謀っていうか。」

海の指摘に良子は言い返せなかった。

もう少し冷静に考えていれば追いかける必要がなかったことに気付いただろうから直情型の性格を良子は悔いる。

「お姉様、弱気になったら駄目です!こっちは2人なんですから有利ですよ!」

何度かアダマスの力を見ているはずの紗香はあくまでもポジティブだった。

「これが若さか…。」

「はい?」

「いや、何でもない。」

2つしか違わないので実際は性格の違いだ。

多少は改善されてきたとはいえ紗香は基本的に良子以上に前しか見ていない。

そして今は良子もその猪突猛進さを見習うことにした。

「こっちも今回はソルシエールが2本だからね。ジュエルの時みたいにはいかないよ?」

「今は悠莉お姉様が足りませんけど良子お姉様とのコンビネーションを見せてあげます!」

息巻く師弟は長物を海に向けて突き付けた。

「やる気になってるところ悪いんだけど、今日は戦う気無いんだ。」

だが海はその闘志にあっさりと冷や水をぶっかけた。

「…え?」

「そうやって油断させようとしても無駄ですよ?」

困惑と疑心で警戒を解かない2人に海は無防備を示すように手をヒラヒラさせる。

「今日の"Akashic Vision"は"Innocent Vision"を真似て話をしようってことになったの。だから戦わないよ。」

良子たちは睨み付けるが海は微笑むのみ。

「相変わらず君たちは常識に囚われないね?」

「常識なんて私たちには無意味だからね。お兄ちゃんへの禁断の愛に向かう私には!」

グッと拳を握ってぶっちゃける海の言葉を聞き流す2人。

決して私たちじゃなくなってるじゃんなどと突っ込んではいけない。

こういう手合いとは関わり合いにならない方がきっと幸せになれるのだ。

「…そっちが戦う気がないならいつまでも武器を出していても意味ないね。」

良子は暫く悩んだ様子だったが肩を竦めてラトナラジュをしまった。

「お姉様?」

「せっかく情報を聞き出せるチャンスだからね。ここは向こうの要求に従おう。」

これまで"Akashic Vision"は殺那的な接触こそあったものの会話らしい会話をする機会もなかった。

それが今回は"Akashic Vision"の方から武力ではない接触を図ってきたのだ。

ここで力に物を言わせて何も得られなければヴァルキリー内で総スカンは必至。

紗香ほど孤高になりきれない良子は会話の意志を見せるように武器を納めた。

「お姉様がそう言うなら。」

独りでも生きていける紗香も慕うお姉様とヴァルキリー全体の意向を考えてソルシエールをしまった。

それを見た海は満足げに頷いた。

「さあ、何か聞きたいことがあれば聞いて。」

「…。」

「…。」

海はウェルカムな感じで待ち構えるが良子と紗香は難しい顔で頭を捻った。

この師弟、基本的に戦いがメインのため突然質問と言われても咄嗟には浮かばなかった。

海もこの反応は予想外だったようでオロオロし始めた。

「この際、私の好きなものはとかでも良いから聞いてくれないと。」

「うーん。」

「うーん。」

「うーん。」

河川敷で向かい合う3人の間にはただひたすらに唸る声が聞こえるだけだった。




「蘭、どこ行きやがった!?」

そしてもう1人、霧の中で蘭を見かけた由良はその影を追いかけていた。

霧はますます濃くなり一寸先も見えなくなりそうな状況だった。

ここまでくるとこれが普通の霧ではないことは容易に予想がつく。

「蘭の幻覚か。」

「ふっふっふ、その通り。」

霧に反響するように音源がどこにあるのか曖昧な調子で蘭の声が響く。

「ようやく返事したな。さっさと出てこい。」

「やだ。だって出ていったら由良ちゃん怒りそうだもん。」

「そこまで分かってんなら話は早い。さっさと出てこい!」

由良の怒号で霧全体が震えた気がした。

オブシディアンを扱っている蘭の動揺がそのまま現れたようだった。

「ランはもう人前に出られないような体に。りっくんのせいで。ヨヨヨ。」

霧の向こうで芝居がかった泣き真似が見えて掴みかかるがそれはただの影だった。

「相変わらず厄介な幻術だ。むしろ面倒くささがパワーアップしてるな。」

「そうだよ。ランは面倒な子なんだから。」

蘭の姿はまた見えなくなり視界すべてを霧が覆う。

それはもはや何も見えていないのと同じだ。

しかし由良に慌てた様子はなかった。

「蘭が面倒なやつだろうとなんだろうと、俺が見捨てるとでも思ってるのか?」

由良は蘭の言葉のほんの小さな自嘲の響きを感じ取って指摘した。

霧の向こうでハッと息を飲む気配があった。

「………ううん。」

沈黙の末の答えは由良を良く知る蘭の信頼に似ていた。

蘭の作り出した霧は顕在だがこの霧のように話も煙に巻こうとする雰囲気はなくなっていた。

「怒られるのが嫌なら出てこなくていい。だけど教えろ。どうしてファブレとの戦いの後に姿を消した?俺たちと一緒にいればよかったじゃないか!」

由良はどこにいるとも分からない蘭に感情を、もう1年になろうという疑問を素直にぶつけた。

蘭がファブレの作ったホムンクルスだということはすでに知っている。

その上で当時の"Innocent Vision"の皆は蘭を仲間として受け入れたのだ。

その蘭を戦いが終わったからといって追い出すわけがなかった。

「うう、由良ちゃんに惚れちゃいそうだよ。でもランにはりっくんというものが…。」

冗談めかしているが蘭の声は微かに震えていた。

霧がゆらゆらと揺れる。

「でもね。やっぱりランは一緒にいられなかったんだよ。絶対にね。」

「なんでそうなるんだよ!?」

近づいたと思った心がまた離れた。

由良はそれを必死で引き留めようと声を上げて手を伸ばすが何も掴めない。

「由良ちゃんが分からない理由…それがランの、"Akashic Vision"の行動する理由だよ。」

ブワッと突然突風が吹いて霧をまとめて押し流していく。

顔を腕で覆った由良がその隙間から見たのは暴風の中心で儚く笑う蘭の姿だった。

「蘭!」

伸ばそうとした手が風に弾かれる。

2人の距離は近く、とても遠かった。

「由良ちゃんも気を付けた方がいいよ。拾ったものをつまみ食いしたりしないようにね。」

「!」

由良は胸ポケットに手を当てた。

蘭がフッと笑って背を向ける。

「待て!ちゃんと説明…」

「世界が―――になったら、教えてあげられるかもしれないよ。」

蘭の言葉は風に煽られてうまく聞こえなかった。

木の葉が由良の視界を横切り、その次に見たときには蘭は消えていた。

「ちっ!何だってんだよ?」

結局由良には蘭の言葉を完全に理解することはできず、ぼやきも風に消えていった。




その頃、陸と悠莉は…

「その時紗香さんがですね…」

「あー、明夜も時々…」

普通に会話を楽しんでいた。

少なくとも傍目に敵対組織の相手が話しているようには見えないだろう。

尤も裏では陸がさりげなく時計を確認しているのを悠莉がしっかり見ていたり、何かの本質に至る質問を悠莉がしようとすると陸がさりげなく方向転換したり、目立たない形で高度なやり取りが展開していた。

(これは想像以上に楽しいですね。)

悠莉は表面上はいつも通り落ち着いて見せていたが内面ではかなり興奮気味だった。

早い思考展開と巧みな話術で話のペースを支配できる悠莉が望む情報を何一つ得られず微妙に役に立ちそうにない"Akashic Vision"メンバーの裏話ばかり仕入れる結果になった。

「さすがはヴァルキリーをたった4人で苦しめた"Innocent Vision"の主ですね。その力を使わなくても立派に脅威です。」

悠莉の称賛に陸は曖昧な会釈をした。

本心であれ何であれ話は直接本筋に戻された。

所詮は悠莉が乗ってくることを前提にした言葉遊びのようなものだった。

「僕は力ない一般人だよ?」

「ふふふ、ご冗談を。未来をねじ曲げる事が力ないなら半場さんは神様ですよ?」

「僕も自分が神だなんて宣うような危ない人にはなりたくないから冗談にしておこうか。それで、何を聞きたいのかな?」

陸はテーブルの上で指を組んでまっすぐに悠莉を見た。

その姿は全てを知る予言者のようで神々しさすら感じた。

「そうですね…」

悠莉は頬に手を当てて悩む。

時間にどれだけの猶予があるのか分からない以上一番重要な話を聞くのが有効だ。

「なぜ"Akashic Vision"が"Innocent Vision"と袂を別って行動しているのか、というのはどうでしょう?」

悠莉は紅茶を手に微笑みながら問う。

カップを傾ける際に見えた陸の顔はわずかに驚いていた。

「実は背中にチャックが付いていて八重花が入ってるとか?」

「確認、してみます?」

悠莉は窓の外に見えるホテルの方に視線を送った。

陸は苦笑して首を横に振る。

「文化祭での宣言の割に"Akashic Vision"は非情になりきれていないように感じられます。今の"Innocent Vision"と"Akashic Vision"にそれほど大きな違いがあるとは思えません。そして半場さんは八重花さんや"Innocent Vision"の皆さんを気にかけています。だというのにそこまでして別れた理由、とても気になります。」

悠莉はそれしかないとばかりに満足げに頷いて紅茶を口にした。

「本当に厄介な人だね。人の弱味を的確にかぎ分ける。」

陸は言うほど嫌そうな顔はしていない。

この展開すらも読んでいたのか達観しているのか。

悠莉は以前紗香が陸と話した時に聞いたという謎かけを思い出した。

「パンドラの箱の中のシュレディンガーの猫でしたか。…災厄の箱、共存する可能性。そこから導き出されるのは…」

「もう僕が答えなくてもいいんじゃないかと思うけど?」

「いいえ。まだ答えに至るピースが足りません。そして私の仮説が真実だったとしても、"Akashic Vision"の活動の理由とはまるで結び付きません。半場さん、あなたたちは一体何を考えているんですか?」

これまでの余裕や含みを持たせていた言動とは違う真摯な疑問。

悠莉の考えは人に話せば精神病院を薦められかねない荒唐無稽な内容だった。

ただ、悠莉はその無茶苦茶な内容を一笑に付すことが出来ないでいた。

それほどまでに陸の、"Akashic Vision"の謎は深い。

「下沢さんか、あるいは叶さんが真実に一番近いみたいだね。願わくは誰もそれに触れて欲しくはないけど。」

「私か作倉叶さんですか?」

情報と言う面では八重花の方が優れているのでそれを差し置いた2人であることに悠莉は意外そうな顔をした。

「もしも真実に到達できたなら全てを話すよ。ただ、この世界で真実を知ることが出来るかは分からないけどね。」

陸の言動はどこか違和感を、知ることができたら話すと言いながら知ることが出来ないと言っているような矛盾を孕んでいた。

「それはどういう…」

「残念だけど、時間切れだよ。」

気が付くと陸の後ろには"Akashic Vision"のメンバーが立っていた。

「!?」

いつの間に現れたのか悠莉には全く認識できなかった。

「それでは、よき夢を。」

カランとドアにつけられたカウベルの音がやけに遠くから響くように感じられた。

その音に気を取られた時にはすでに悠莉の前から陸たちは消えていた。

「まるで夢を見ていたみたいです。」

悠莉は視線を落として微笑む。

ただ一つ、飲みかけのカップだけが陸の存在の証明だった。

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