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Akashic Vision  作者: MCFL
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第177話 対話の第一歩

年末年始の休みの終わりは壱葉高校の始業式であり3学期の幕開けだ。

ヴァルキリーと魔女の軍勢との戦いが正月にあったことは察知しつつも介入はせず、新年を迎えて1週間特に行動を起こさなかった"Innocent Vision"である。

2年4組所属の"Innocent Vision"と言えば作倉叶と芦屋真奈美であり、その動向にジュエルは密かに目を光らせている。

しかし珍しいことに予鈴ギリギリになるまで叶は登校してこなかった。




「風邪かと思って心配したよ。」

「にゃはは、かなちんはおバカじゃないからね。」

真奈美と久美が登校してきた叶に早速声をかけた。

「ごめんね。何だか寝覚めが悪くて。今年に入ってからなんだよね。」

叶はどこか力ない笑みを浮かべていた。

無理をしている風ではないがあまり良い笑顔とは言えない。

「神社のアルバイトで遅くまで起きてたから生活リズムが狂ったんじゃないかな?」

「うーん、そうかも。」

叶自身も原因が分かっていないので首をかしげながらも頷いた。

確か何か初夢を見たような気はするのだが内容が全く思い出せなかった。

キーンコーンカーンコーン

「にゃはは、チャイムが鳴っちゃった。」

「また後で。」

2人は正しい学生らしく自分の座席に帰っていき、叶も準備を進める。

「わー、遅刻だ!」

「きゃー、間に合ってー!」

…そして芳賀と裕子は仲良く遅刻してきた。




「いやはや、怒られた。」

「それはそうだよ。遅刻だし廊下を走るし。」

始業式が終わり、ホームルームまでの時間。

裕子は始業式中体育館の後ろに芳賀と2人で、正確には他の遅刻者数名もだが、並ばされて笑われてしまいトホホと愚痴を叶に漏らしたのだが叶にも叱られてしまった。

「叶は真面目っ子だね。」

「そうかな?それにしても新学期から遅刻のタイミングが一緒なんだね。」

叶の言葉に裏はなく、流石は恋人同士で通じ合ってるんだね、という少女チックな意味の発言だった。

だがそれは多くのクラスメイトにとって、そして当人たちにとって爆弾のようなものだった。

「おい、芳賀ちゃんよ。ちょっと俺達と楽しく話そうか?」

どこのヤクザさんかと言いたくなるようなドスの効いた声で芳賀の肩を掴む男子。

「久住さん。ちょっと話を聞かせてもらいたいんだけど。特に元旦にクラスのみんなで集まったときにいなかったこととか今朝の遅刻についてとか、具体的には昨日の夜からどんなだったのかを赤裸々に。」

そして裕子も別の意味で恐ろしい好奇心の塊となった女子たちに手を取られた。

「そう言うわけで作倉さん。久住さんは借りていくわね?」

「はい。苛めちゃダメですよ?」

「分かってる。楽しくおしゃべりするだけだから。」

「んーー!むーー!」

裕子が口を押さえられてじたばたしているが人の壁に阻まれた叶には見えない。

男女の集団は津波のように教室から流れ出ていった。

「…あれ、ホームルームは?」

叶の疑問に答える者はなく、

「自業自得だね。」

「にゃは、ご愁傷さま。」

真奈美と久美もフォローせずに見送った。




クラスメイトの大半がホームルームをボイコット(?)し、大した連絡事項もなかったので今日はこれで終わりだった。

すると1組から八重花が訪ねてきた。

クリスマスパーティー以来すっかりすごい人扱いされているようで通り過ぎる人に声をかけられては軽く返事をしていた。

「このクラスは随分と人がはけるのが早いわね。」

「まあ、芳賀と裕子の名誉のために何があったかは言わないよ。」

八重花にとってそれは答えと同じなのだが別に追求はしない。

目配せすると真奈美は小さく頷いた。

「久美、ホームルームも終わったしそろそろ裕子たちの様子を見てきてよ。暴走しかけてたら連れて帰っちゃっていいから。」

そう言って裕子の分の鞄を手渡す。

既に暴走状態なのだから久美は裕子を連れて帰ることになる。

「にゃはは、わかったよ。それじゃあまたね。」

久美は素直に頷いて教室を出ていった。

それを見届けてから真奈美はため息をつく。

「ふう。巻き込まないためとはいえ、こういう口の上手さが上達するのは複雑だな。」

「真奈美は元から割と上手かったと思ったけど?」

「それは八重花のせいだね。あとは半場かな?」

陸の口は嘘八百を真実のように語り、小さな可能性を絶対に起こる事実のように思わせる巧みな力があった。

アズライトの魔石の力がなくても陸は人心を掌握する話術を持っているのである。

…宣教師とか詐欺師のようなスキルだ。

「2人とも、早くしないと。」

叶に急かされて2人は会話を切り上げて教室を出た。

「叶さん。皆さんもこちらでしたか。」

そこにちょうど制服姿の太宮院琴が合流してきた。

これで"Innocent Vision"が集合したことになる。

4人は少し早足気味に階段を降りていった。


それを廊下で会話をしている風に見せていたジュエルがチェックしていた。




「報告ありがとうございます。こちらでも対応を検討致します。」

葵衣はジュエルから"Innocent Vision"についての報告を受けていた。

「ジュエルからの連絡?」

緑里が紅茶を飲みながら尋ねる。

その向かいでは良子も同じように目を向けていた。

「"Innocent Vision"についてです。早速集合して動き出したようです。」

「でもあそこは対話が目的なんでしょ?戦いに行くのかな?」

「分かりません。それを調査…」

コンコン

突然ヴァルハラの扉がノックされた。

まだ来ていない悠莉や美保、紗香や由良ならばノックをしたら普通に入ってくる。

そうなるとジュエルの可能性が高い。

「はいはい。どちら様?」

良子がヒョイと立ち上がってドアに手をかけた。

「良子様、お待ちを…」

「ん?」

葵衣は嫌な予感がして止めようとしたがそれより先にドアを開いていた。

葵衣と緑里の顔が驚きに変わるのを見た良子がゆっくりと振り返る。

そこには

「お邪魔します。」

"Innocent Vision"の4人が立っていた。




「…。」

「…。」

3対4の座席で座ったヴァルキリーと"Innocent Vision"のメンバーは無言のまま葵衣の淹れた紅茶を飲んでいた。

叶はその味に感動したようだったが全員が静かなのですぐに萎れて小さくなった。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

葵衣が話を切り出した。

相手の意図が読めないことが現状一番の不安材料なのでまずはそこをはっきりさせたかったのである。

「ヴァルキリーの皆さんとちゃんとお話ししたいと思ったので来ました。」

叶はアウェイであるヴァルハラで微笑みすら浮かべて答えた。

まさしく"Innocent Vision"の理念である対話の実現だった。

「と、リーダーが言って聞かないからとりあえず顔合わせにね。半分にも満たない相手と話しても多数決にもならないもの。」

八重花が紅茶を飲みながら付け加える。

こちらも別の意味で動揺を微塵も感じさせない態度だった。

「お話し、ですか。」

「はい。私たちはそれぞれの組織がどんな理想を目指しているのかをちゃんと知らないといけないと思ったんです。じゃないと、否定して戦って倒す、その流れが変わらないですから。」

「へぇ。ただ戦いは良くないから止めましょうって言うのかと思ってた。」

良子が叶の話を聞いて感心した。

平和主義者は得てして戦いそのものを否定し手を取り合うことを主張する。

しかしそもそも争いの原因を無くさなければ禍根は残り、その火種はやがて戦いを引き起こす。

「それでみんなが戦いを止めてくれるなら私はそうします。ですけど止まりませんよね?」

「それは違いないね。」

良子はあとは任せたとばかりに背もたれに体を預けた。

現会長様は事務仕事はほぼ放置の姿勢を貫いている。

今回の対話についても積極的に参加する気はないようだった。

「理解致しました。まずはヴァルキリーの理想をもう一度説明して差し上げればよろしいでしょうか?」

「葵衣、いいの?」

話を進めようとする葵衣に緑里が控え目に反論する。

「この場で戦いになればこちらが数的にも場所的にも不利です。本日はお話しを聞きに来られたと仰るならそれを終わらせればお帰りいただけるはずです。」

葵衣が確認するように視線を送ると叶は頷いた。

「ヴァルキリーから攻撃されない限り私たちは戦うつもりはありません。」

専守防衛は叶の戦闘スタイルだ。

だがひとたび攻撃に転じればセイントの力は魔剣使いにとって最も厄介な能力となる。

守りに入ってくれている相手をわざわざつついて戦う必要はない。

緑里も理解して座り直した。

「ヴァルキリーが恒久平和を目指していることはご存知と思います。」

「さっそく質問なのだけど良いかしら?」

八重花が手を挙げると葵衣はほんのわずかに目を細めたがほとんど表面上には表れていない。

「なんでしょうか?」

「ヴァルキリーとジュエルの作る恒久平和。それは選民主義、それとも力ある者が犠牲となるシステム、そのどちらかしら?」

八重花の質問はこの場にいる人間の大半が理解できなかった。

葵衣と琴は分かったのか難しい顔をしている。

「つまり、力ある者が守るべき民をふるいにかけるか、あるいは全ての人を守るために力ある者が悪を排除する役目に殉ずるか、そういうことですね。」

琴の要約を聞いても理解者は増えない。

「後者なら"Innocent Vision"はヴァルキリーを支持することも考えるわ。正義の味方の在り方だもの。」

力を弱き者のために使い、悪を倒すために命を掛けて戦う。

それはヒーローの在り方。

…まるで明夜のような存在だ。

「だけど前者ならば選民する基準は誰が決めるのか、ジュエルを優遇するならばそれを手に出来ない男性の立場はどうなるのか。いろいろと聞かせてもらいたいわ。」

葵衣は内心歯噛みした。

質問という形式は取っているものの八重花はヴァルキリーが前者だと分かっている。

そして八重花が提示した条件はすべてヴァルキリーが恒久平和の礎を築いた後に検討する予定になっていた。

虚偽の発言で"Innocent Vision"との融和を図る事は出来るが今後のヴァルキリーの活動に支障を来す可能性がある。

かと言って正直に前者だと答えて関係を悪化させるのも良くない。

葵衣は頭の中でいくつもの解答をシミュレーションするがヴァルキリーに有利なものは見つからなかった。

バンッ

机を叩く音に葵衣の思考が途切れた。

見れば緑里が葵衣を庇うように立ち上がっている。

「それについてはボクたちが言っていい事か分からないから撫子様と相談して後日解答するよ。それでいいでしょ?」

緑里はキッパリと言い切り八重花を睨み付けた。

不退転の覚悟が見えた。

「別に構わないわ。」

八重花はあっさりと引き下がった。

葵衣の逡巡でヴァルキリーが前者である事は明らかになったので、今さら条件を聞いたところで"Innocent Vision"と協力体制になることはまずあり得ないからだ。

葵衣と八重花は無表情と薄笑いで静かに火花を散らし合う。

そのピリピリした空気の中で琴がパンと手を叩いた。

「詳しいお話を聞けなかったのは残念ですがせっかくですのでお話しを続けましょうか。恋話(こいばな)とかいかがでしょう?」

琴の発言でヴァルハラに冷たい風が吹き抜けたようだった。

本気なのか空気を察した上で敢えておちゃらけたのか、悠莉と同質のキャラクターは底を見せない。

「恋話ね。思うんだけどあたしらにしろそっちにしろインヴィ以外には男っ気全然ないじゃないか。」

良子の指摘は正しいがこの場ではとても間違っている気がする。

それでも琴の笑みは強まるばかりだ。

「恋話は何も男性と女性の関係を話すだけではありません。むしろこれらの面子ならば女性同士の…もがもが…!」

白熱して暴走しかけた琴を真奈美が口を封じて押さえ込んだ。

「どうやら今日はここまでのようね。さっき言ってた条件は文書にして出して貰えると有り難いわ。」

「了解致しました。後日お渡し致します。」

"Innocent Vision"は立ち上がり出口に向かう。

その中で叶だけが葵衣に向かっていった。

全員が何事かと警戒する中で真剣な顔をした叶は

「紅茶、とっても美味しかったです。今度是非淹れ方を教えてください。」

ガッシと手を取って瞳をキラキラさせた。

「え、ええ。構いません。」

葵衣が困惑しながら了承すると叶は何度も頭を下げながら八重花に引きずられていった。

ヴァルハラの扉が閉じられ、室内に静寂が訪れる。

時間にすれば大して経っていないが3人の疲労は大きかった。

「"Innocent Vision"。戦闘だけではなくその成り立ちすらも危険な存在ですね。」

葵衣は警戒を強めるのだった。

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