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Akashic Vision  作者: MCFL
175/266

第175話 新しいヴァルハラで

各地のジュエルクラブに向かっていたヴァルキリーは由良を除いて1日の内に帰ってきた。

さすがにヴァルキリーの用事で拘束し続けることはできないので自由を与えた三箇日を経た1月4日、由良も含めたヴァルキリー全員が修復の完了したヴァルハラに集まった。

「ヴァルハラ、壊されたって聞いてたけど変わってないね?」

緑里が部屋の中を見回すが特別変わったところはない。

「改装ではなく修復ですので寸分違わず同じです。」

葵衣が紅茶を置きながら答える。

休み期間限定とはいえ、やはり会長席に撫子が座っているとヴァルハラの雰囲気が引き締まるようだった。

仮初の会長だとむしろだらけるのでえらい違いだ。

「年末から年始にかけて皆さんには苦労をお掛けしました。魔女の手紙にしたためられた紛い物の抹消、つまりジュエルの排除においては皆さんの活躍により被害もほとんどなく守りきることができました。」

「ふふん、当然ね。」

「美保さんはあまり活躍してませんけどね。」

「う、うっさいわね!」

美保が満足げにふんぞり返るのを悠莉が毒舌で突っ込むいつもの光景に笑いが漏れる。

撫子も微笑んだがすぐに表情を引き締め直した。

「さらに東北ジュエルクラブには時坂飛鳥さんの襲撃がありましたが、羽佐間さんの尽力により撃破することが出来ました。」

「あの時坂飛鳥を1人で倒したの?すごいね、由良。」

「…ああ、まあな。」

緑里の素直な称賛に由良は歯切れの悪い返事をするだけで紅茶を飲んだ。

自分に似た境遇だった飛鳥が利用され続けて殺すことでしか救えなかったことをまだ引きずっていた。

ただ、その姿はクールに振る舞っているように見えたため美保が露骨に嫌そうな顔をした。

「さすがはソーサリス様ってところかしら?でも今はヴァルキリーにも2人と1匹の獣がいるから大きい顔はさせないわよ。」

「「…。」」

撫子、葵衣、緑里が顔を見合わせた。

この3人のソルシエールが復活したことでヴァルキリーのジュエルは美保だけになってしまった。

それを言うべきかどうか迷いがあった。

ちなみに美保は悠莉が

「3人の中で1人が獣…ああ、等々力先輩のことですか。」

と言ったのを起点に

「なに!?酷いな、美保。」

「最低ですね、神峰先輩。」

「ちっがーう!良子先輩じゃなくてあんたよ!」

と集中砲火されたことへの対応に追われて撫子たちのことは気にしていなかった。

さりげなく身を寄せ合って対策会議を開く。

「どうしましょうか、撫子様?」

「秘密にしていたとしても美保さんのソルシエールがいつ復活するのか分からない以上、いつか分かってしまうわ。」

「でも自分だけジュエルだって知ったら美保キレます。怖いですよ。」

「しかし後になってから判明した場合にはより怒りが大きくなる可能性も…」

ヒソヒソ話をして意見が別れている3人。

「緑里先輩、そ…」

「ひゃあ!?」

突然名前を呼ばれて緑里は変な声を上げながら顔を上げた。

ソルシエールと続くのかとドキドキしているのをバレないようにしながら

「な、なに?」

とてもひきつった笑みで応じた。

撫子と葵衣が残念な子を見る目をした。

美保がじとーっと緑里を睨む。

「そ…」

「ッ!」

「…んなことないですよね、って聞こうとしただけだったんですけど。」

あからさまに怪しい緑里の反応に美保も気付いたらしく瞳の鋭さが増していた。

「そ…」

「!」

「…れでですね、緑里先輩。うちは、そ…」

「!!」

「…んな悪いことしてないですよね?」

「う、うん。そうかもね。」

冷や汗を隠しながら何度も頷いて同意する緑里の動きは怪しすぎる。

「ソ…」

(大丈夫。また違うに決まってる。)

「…ルシエール、復活しましたね?」

「黙っててごめんなさーい!」

緑里は土下座して謝った。

美保に視線を向けられた撫子も頷いて居住まいを正す。

「こほん。今回の戦いでわたくしと葵衣、緑里のソルシエールが復活を果たしました。これによりヴァルキリーの戦力は格段に向上したことになります。今後はジュエル運用の見直しも考える予定です。」

開き直って報告する撫子に案の定美保の機嫌は見る間に悪くなっていった。

報告が終わっても誰も口を開かない。

この場を支配しているのは間違いなく美保で、その美保が押し黙ってる以上先に言葉を発することはできない。

ポンッ

…普通の人は。

美保の肩を叩いた悠莉はとても清々しい笑みを浮かべていた。

「これでジュエルは美保さんだけになりましたね。」

グサーッと美保の胸にぶっとい言葉の杭が突き刺さる。

普通は躊躇するところを悠莉は楽しげに突いた。

「これで神峰先輩だけ違うんですね。それで"RGB"はいつ解散するんですか?」

グサッともう1つ紗香の言葉の槍が突き刺さる。

口の悪い姉妹に弄られ

「わー、みんな嫌いだー!」

美保は泣きながらヴァルハラを飛び出していった。

良子は今回何も言ってないのに一緒くたに悪者に纏められて乾いた笑いを漏らしていた。

「ショックを受けるのは分かっていましたが、泣かれるのは予想外でした。」

「悠莉、紗香。さすがにやりすぎじゃない?」

虐められっ子がいなくなると矛先は虐めっ子への非難になるのはよくあることだ。

だがそもそもそういった空気を読む気があるなら言うわけがない。

「美保さんはこれくらいで腐ったりはしませんよ。」

「本音ですから。」

…向いているベクトルがかなり真逆だったが。

「美保さんのジュエルに関してはわたくしたちが何を言っても在る者の余裕にしか聞こえないでしょう。」

「ソルシエールがどうして復活したのかあたしらも分かってないからね。」

「そうです。そして、こういう言い方はよろしくないでしょうが、美保さん個人よりもヴァルキリーとジュエルの今後についての問題が切実なのです。」

さっきまで美保の件で弛緩していた空気が撫子と葵衣の辺りから張り詰めていく。

切実という言葉を表情で現したらこうなるという見本のようだ。

「どうやら、良い報告ばかりでは無いようですね?」

重くなった雰囲気に誰も口を開けなくなりそうになったタイミングで悠莉が流れを生み出した。

普段の悠莉は空気が読める子だ。

空気を読んでいるからこそそれを崩すタイミングを弁えているとも言える。

「はい。ヴァルハラが襲撃された件はお伝えしました。その戦いでわたくしと葵衣のソルシエールが復活を遂げたのですが…」

撫子は数日前の事を思い出して言葉を詰まらせた。

震える手でカップを手に取り渇いた口を湿らせる。

「魔女オリビアは新たな兵をわたくしたちに見せたのです。オーの上位存在でありグラマリーを扱う可能性のある兵、ヘリオトロープ。」

「確定情報ではありませんがエアブーツに類似した能力を有していたことを確認してございます。」

「グラマリーを扱う、オー…。」

グラマリーを使えるようになって日が浅い紗香は思うところがあるようで顔をしかめていた。

「なるほど。今回の暴走ジュエルとの戦闘でも証明されましたが、グラマリーを扱う相手に現状のジュエルでは太刀打ちできません。今後、戦う相手がグラマリーを扱うならばジュエルを兵として運用しないことまで考慮しなければなりませんね。」

撫子と葵衣が言おうとしていたことを全部悠莉が言ってしまった。

この聡明な頭がどうして美保弄りに使われているのか。

「そしてもう1つ。オーに代わる兵がヘリオトロープならば、時坂飛鳥さんや桐沢茜さんの代わりになる者が現れました。」

「新しい、ソーサリス?」

緑里の反応は撫子と同じだった。

「詳細は不明です。しかし、オリビアは魔剣が自身を振るうために造り上げた肉体だといい、彼女たちをカーバンクルと呼びました。」

「…」

カーバンクルの存在を上手く理解できなかったらしく皆は黙り込んだ。

実物をその目で見たはずの撫子たちですらあれが何だったのか正しく理解できていなかった。

「カーバンクルってのは女なんだろ?」

「そう…ですね。少なくとも見た目はわたくしたちと同じくらいの歳に見えました。しかし器は似ていましたが、あれは人ではありませんでした。」

撫子はそう口にしてから自分で納得した。

つまりは無意識にあれを人に当てはめようとしていたのだ。

「彼女たちの瞳はまるで魔石そのもののように人としての感情を宿していなかったのです。」

「魔女は人の感情を苗床にした魔剣の成長が性に合わないと言っておりました。私たちのソルシエールとは似て非なるものと考えるべきでしょう。当然、その能力も含めて完全に未知の存在ですので皆様もご注意ください。」

これで撫子たちが体験した正月の出来事は全てだった。

新たな敵の出現に皆それぞれに笑みを浮かべていたり考えていたりしている。

「すみません、いいですか?」

そこに紗香が手を上げた。

新規メンバーとはいえジュエルの頃から交流のあった紗香は物怖じしないで参加できている。

「何か提案ですか?」

「いえ、そうじゃないです。わたしと壱葉のジュエルが1日に行方不明になった村山さんたちを探しに行きました。」

「はい。犯人は追撃を足止めするために残った暴走ジュエルによるものだったと報告を受けています。何か間違いがありましたか?」

「えーとですね。壱葉に現れたのは病院から脱走した盛岡ジュエルの人たちだったんですよね?」

「はい。間違いございません。」

紗香の言おうとしている内容は要領をえないもののいつしか全員がしっかりと話を聞いていた。

「確か、その人たちは"Akashic Vision"に襲撃されてジュエルを壊されたんですよね?」

「ッ!」

悠莉は何故か背筋に冷たいものを感じて慌てて振り返った。

だが背後に誰かがいるわけでもない。

その悪寒を理由に気付けないまま、紗香の疑問は言葉として現れた。

「だとしたら暴走したジュエルが使ってたグラマリーはどこから出てきたんです?」


「!!」


それはヴァルキリーの面々にとって青天の霹靂だった。

だが一度認識してしまえばそれがいかに異常なことか理解する。

以前にも由良が似たようなことを質問したことがあったが同じはずなのに衝撃の度合いは桁違いであった。

「確かに、その通りです。グラマリーが魔剣により生み出される力ならジュエルを失えば使えなくなるのは道理。」

「盛岡の暴走ジュエルは別の魔剣を持ってたんだよね?その力なんじゃないかな?」

「その説を推奨するならばあの黒い魔剣はクォーツやアルミナのグラマリーなど数種類の力を扱う力となります。それだけの力があるならばもっと多く植え付けていると思われます。」

「ならば魔剣を手離してもグラマリーを扱う力は宿ったままだということですか?」

「それはあり得ないでしょ。ジュエルにそんな力があるならソルシエールでだってできるんじゃないかな?」

紗香の投じた一石はヴァルキリーのメンバーに波紋を呼び、全員が顔を付き合わせて意見を出す。

しかし推論はあっても答えに至ることはない。

「考えられる可能性は黒い魔剣の力か、ジュエルの潜在能力か…あるいは、陸たちがジュエルを砕いたのはまやかしだったか、だな。」

由良が背もたれに体を預けながら足を組み、顎に手を当てながら自分の考えを呟く。

凛々しい顔立ちも相まって実に決まっている。

緑里などちょっと赤くなりながら見入っていた。

「いえ、それは…。実際に盛岡ジュエルの皆さんは反動で意識を失い、その後もジュエルを発動する度に痛みを訴えていたのですよ?」

撫子が突拍子もない由良の意見を否定する。

一度取り込まれたジュエルは完全に体と融合して確認できなくなるため痛みの原因究明は現代医学的な解釈と魔力に関する仮定でメカニズムの検討が成されている。

しかしその解明には至っていない。

「陸は学園祭の時、"Akashic Vision"で現実と錯覚する幻覚を使って見せた。あれを使えばジュエルを砕いたと認識させ続けられるんじゃないか?」

由良の示した答えに撫子と葵衣は真剣な表情で思案し始めた。

「仮に羽佐間さんの言う通りだとした場合、"Akashic Vision"は何の目的があったのでしょうか?」

「さあな。オリビアの暴走ジュエルを作る手伝いだったのか、ジュエルクラブを潰したかったのか。陸たちの考えなんて分かるかよ。」

一番付き合いの深い由良にわからないものが分かるわけもない。

結局のところすべてにおいて情報が不足していることが浮き彫りになった。

「今回捕縛した暴走ジュエルの件も含めましてジュエルのグラマリー発現の研究は早急に進めます。」

「わたくしはまた頻繁には参加できなくなりますがこちらでも出来ることをしておきます。皆さんは"Akashic Vision"や"Innocent Vision"、そして"オミニポテンス"に注意を払い、事に及んでください。そして必ずやわたくしたちの思い描く理想の世界を実現させましょう。」

由良は曖昧に苦笑していたが他のメンバーは力強く頷いた。




泣きながら飛び出した美保は不貞腐れたままぶらぶらと歩いていた。

その顔は不機嫌そのもので人はもちろん猫だって近づかない。

「なんで、なんでうちだけソルシエールが…ああー!」

美保はやさぐれた様子で空き缶を蹴飛ばした。

だが飛んだはずの空き缶が地面に落ちる音がしなかった。

不審に思って視線を先に向けると

「威勢が良いのう?」

いつの間にか数メートル先の正面に空き缶を手で受け止めたオリビアが立っていた。

「あんた、オリビア!」

美保はすぐに構えて左目を朱色に輝かせる。

「ここで紛い物の剣を抜けば、妾は汝を殺すぞえ。」

「ッ!」

オリビアの言葉は脅しではない。

本当に美保がジュエルを抜けば一息で殺されるだろう。

ジュエルでは魔女には勝てない。

美保は悔しくて俯きながら左手をきつく握りしめた。

「力が、欲しいかえ?」

「え?」

美保の前で悪魔が微笑みを浮かべていた。


「妾に下れば汝の望む力を与えてやるぞえ。」

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