第174話 新米ヴァルキリーの冒険
正月の壱葉高校の校庭で何故か"Akashic Vision"に遭遇し、明らかに相手の方が強いはずなのに向こうが逃げ出すという摩訶不思議な状況を体験した…
「綿貫紗香とその他のジュエルたちであった。」
「納得行かないわ!」
いつの間にか探検隊のナレーションみたいに喋っていた紗香にジュエルの1人からツッコミが入った。
振り返った紗香の前には3人のジュエル。
元々は8人いたがみんな新年の挨拶に家族から呼び出されて帰っていった。
残っているジュエルにも呼び出しはあったらしいが
「綿貫1人に手柄を取らせてたまるもんか!」
とさっきツッコミを入れた反骨心の塊みたいなジュエルとか
「村山隊長が心配であります。」
エセ軍人口調で村山を慕うジュエルとか
「まあ、家にいてもろくなことないから。」
家庭に問題を抱えているらしいジュエルとかが残った。
「奉仕活動って誘ったわたしが言うのもなんですが、皆さん暇なんですか?」
叫んでいきり立つ反骨娘に対して紗香は火に油をドバドバ注ぐ。
ちなみに紗香には馬鹿にする意思は全く無いのだが言葉のチョイスを決定的に間違えている。
「うがー!暇じゃないわよ!紅白見たかったし新年特番見たいわよ!」
反骨娘が吠える。
「だいたいその他のジュエルって何よ!?あたしらおまけか!」
「いや、そういう訳じゃないです。」
手を横に振る仕草も馬鹿にしているように見えて反骨娘は掴みかからんばかりに詰め寄った。
「だったら理由を言いなさいよ!?」
騒いでるのは反骨娘だけだが他の2人も不満だったらしく紗香の答えを待っていた。
「理由も何も、私は名前を聞いてないです。」
「………そう言えば名乗った記憶ないわ。」
紗香がジュエルの頃から気に食わないと紗香に反発していたし、紗香の方も上しか見ていなかったので同じジュエルの中では響と村山くらいしか知らなかった。
「ですけどこれからは指導する立場になるなら聞いておいた方がいいかもですね。」
ヴァルキリーに入り悠莉や良子と肩を並べられて気が抜けたのか、ソルシエールを手に入れた影響か紗香の性格にも若干変化が見られた。
こうして上ばかりではなく横や下を見る余裕が生まれたのはよい兆候である。
「偉そうに。誰が綿貫なんかに…」
反骨娘は話すまいと顔を背ける。
名前で呼ばれないのを怒っておいてその態度はどうなのかと思うジュエル2人だったが
「そうですか。そちらのお2人は?」
紗香は全く執着を見せずにさっさと流してしまった。
「ちょ…!」
「はっ!自分は邑雲紬であります!」
「あたいは星夏希。」
そして反骨してない2人はあっさりと自己紹介を済ませた。
「よろしくお願いします。今後も関わり合うかは分かりませんけど。」
「なっ!?」
反骨娘がまた眉を吊り上げる。
彼女には、今日の探索が終わればもうお前らと関わることは無いけどな、と聞こえている。
「そうでありますな。壱葉ジュエルの総督は海原氏。綿貫氏には別の管轄の指令が下るのでありましょう。」
「今日だけの即席パーティーだ。さっさと終わらせるぞ。」
紬と夏希は早速紗香の言動について理解したらしく、今後は別のジュエルクラブに配属されるかもしれないから今日だけの付き合いかもしれないけど、と正しく理解していた。
「ちょっと!なにあたしを除け者にして分かりあってるのよ!?」
反骨娘は矛先を紬に変えて詰め寄った。
「隊では上官の命令を聞かない者から死んでいくであります。部下たる者、常に上官の言葉の真意を理解するものであります。」
紬の独特すぎる口調に毒気を抜かれた反骨娘は夏希に目を向けるが冷たい目で睨み返されてそっぽを向いた。
「そろそろ本題に入りましょう。ジュエルクラブから壱葉高校までの道のりに村山さんたちは見掛けませんでした。」
「使用したルートが最短であります。村山隊長が任務中の寄り道などあり得ません!」
「そうなると現実的な線では敵に妨害をされて別の場所に引き込まれたか?」
皆、最悪の状況、村山たちジュエルが襲撃を受けて全滅、は口にしない。
捜索側が諦めると気が緩んで大切な事を見逃しかねないからだ。
そういった気の持ちよう、葵衣はそういった精神的な面も壱葉ジュエルクラブでの訓練の中で教えていた。
「うー、なんであたしを無視して話を…」
「そうです。先行したジュエルの中には響がいました。村山さんだけ繋がらない状況もあるかもしれません。」
文句を言おうとした反骨娘に紗香の言葉が被さって封殺。
「あれ?あたしの扱い、本気で酷くない?」
「自分も他のジュエルにかけてみるであります。」
「あたいは知らないから任せた。」
そしてナチュラルに完全無視を貫く3人に
「るー…」
とうとう反骨娘は蹲ってのの字を書き出した。
「何をやってるんですか?あなたも手伝ってください。」
そのタイミングで紗香が叱責する。
普段なら怒る言葉も今は忘れられていなかった証明。
「う、うるさいな!今からやろうとしてたじゃん!」
浮かびかけた笑みを引き締めてプイと顔を背けた反骨娘は携帯を取り出してアドレスを開き始めた。
(ツンデレであります。)
(ツンデレだな。)
反骨娘はツンデレ娘になった。
プルルルルル
紗香は響に電話をかける。
なかなか掛からないのでジュエルたちを見るが、かけている途中か切って次の相手にかけようとしていて繋がらないようだった。
プ…
「…」
突然呼び出し音が消えて無音になった。
不通ではない反応に意識を耳に向ける。
「響、聞こえますか?」
「…ガガ……。」
聞こえたのは声ではなくノイズだった。
だがそれが以外が無音ならそれは声だったのかもしれないと考える。
「ノイズしか聞こえないです。もし響なら声を伸ばしてください。」
「…ガーーーー…」
「どうやら当たりですね。」
とりあえず相手が響である可能性は高まったがノイズだけでは状況を聞くこともできない。
何とかして会話できないかとやってみるが効果は無し。
そのうち無反応になったので心配していると
「…ガッガッガ…ガーーー…ガッガッガ…」
突然、断続的にノイズが聞こえた。
通信状況の荒れかと思ったがまた無音になった。
「モールス信号、ですか。」
「ガーーー…」
イエスらしい。
しかし一般高校生の紗香にモールス無線技能など持っている訳がない。
むしろ響が知っている事が驚きだった。
もしかしたら響ではなく他の誰かかもしれない。
「綿貫氏、繋がったでありますか?」
モールス信号という言葉を聞き付けたのか紬が寄ってきた。
「どうやら繋がったようですがノイズしか聞こえないですね。しかもモールス信号も分かりません。」
「自分、わかるであります。ミリタリーオタクの必須技能であります。もしや村山氏かもしれないです。」
本当か?と思わなくもなかったが紬が自信満々なため電話を変わった。
「お電話変わりました邑雲紬であります。モールス信号できます。」
紬がポケットから紙とペンを取り出して地面に膝立ちになった。
送られてくるノイズという名の信号を書き込んでいく。
紗香やツンデレ娘、夏希は紬の姿をじっと見つめて待つことしか出来なかった。
やがて紬の手が止まり
「必ずや自分たちが救出作戦を完遂するであります。それでは、御武運を!」
紬は敬礼して電話を切った。
傍目から見れば滑稽だろうが今の紗香たちにはかっこよく思えた。
「それでどうだったんです?」
「さすがに対応表がないと全部は分からないのであります。自分の家に向かってよいでありますか?」
せっかくの手がかりを得られる状況で反論などあろうはずもない。
ツンデレ娘だってその辺の空気を読む。
「こちらであります。」
小走りになる紬の後を追って紗香たちも駆け出した。
「グラマリー…幽閉…暗闇…」
紬の解読したモールス信号にはジュエルに関わりのある単語や意味が分からない言葉が並んでいた。
「悠莉お姉様のソルシエールのサフェイロスには異空間に相手を閉じ込めるグラマリーがあるって聞いてます。」
「だがジュエルのサフェイロス・アルミナの時は使えなかったみたいだぞ。今関西に行ってる人間がどうやったってんだ?」
「悠莉お姉様はそんなことしません!」
「お前が言い出したんだろう!」
紗香と夏希が口論を始めてしまった。
学校は違うが歳が近いので夏希は敬語なんて使わないしヴァルキリーだからって気遣ったりしない。
「ねえ、あれ止めなきゃヤバくない?」
ツンデレ娘が紬に尋ねる。
今にも魔剣を取り出して戦い始めそうな2人に割って入る度胸はないらしい。
「情報は正しくあれ、隊長の教えであります。ゆえにこの内容の解読が急務であります。」
紬は家から持ち出してきた対応表を片手にメモした信号文を訳していく。
「だいたいなんでお前がソルシエールを手に入れてヴァルキリーになってんだ?それが気に食わなかったんだ。」
口論は不満をぶちまけるものに変わり、夏希は貯めていた不平を口にした。
それは全てのジュエルが抱く思いだった。
なぜあいつが、なぜ自分じゃないのかと。
3人の視線に晒される紗香だがまったく動じた様子はない。
「わたしの知ったことではないですよ。」
「あ、あんたねぇ!」
ツンデレ娘が叫んで紗香に掴みかかる。
鼻先が触れるほどに近くまで顔を寄せるツンデレ娘の瞳には涙が浮かんでいた。
「あたしたちがどんだけ悔しかったか、わかってんの!?」
「…」
紗香は答えない。
「やめておけ。」
それを止めたのは口論していた夏希だった。
「あんただって悔しいでしょ!?なんで止めるのよ?」
「そいつに聞いても無駄だ。なんで自分がそうなったのか知らないみたいだからな。」
「……へ?」
ツンデレ娘が掴んでいた紗香の肩から指を離した。
「知ったことではないって、そういうこと?」
「ソーサリスになれる方法があるならヴァルキリーに報告してますよ。」
「それならそうって言いなさいよ。」
ツンデレ娘は紗香にしなだれかかるようにへなへなと地面に座り込んだ。
紗香の言動に振り回されて精神的にへとへとになりかけていた。
「出たであります!場所は…」
ちょうどそこに紬の声が上がった。
「灯台もと暗し。まさかジュエルクラブを出てすぐだったなんてね。」
紗香たちはジュエルクラブのある壱葉WVeの裏路地にやって来た。
そしてその路地の奥にはハンドボール位の大きさをした漆黒の球体を手にした東北の暴走ジュエルが立っていた。
「状況から考えてあいつの手に持ってるのがグラマリーだな?」
「暗闇と書いてあったから違いないであります!」
ジュエル3人は手に魔剣を握って構えを取る。
「オオオオオオ!」
暴走ジュエルが威嚇するように吠えた。
ビリビリと震える大気に踏み出そうとした足が止まる。
「あとはわたしがやりますから下がっていてください。」
ジュエルたちが怖じ気づいたのを見て紗香は黄色の槍で3人を押し退けて前に出た。
その歩みは早くなり、すぐに駆け足に変わった。
「何のグラマリーかは知りませんが、皆を助けるために倒します。」
グンッ
「ッ!?」
だが突然紗香は足を滑らしたように体勢を崩した。
その隙をついて斬りかかってきた攻撃を後ろに跳んでかわす。
「…。」
紗香は不審げに暴走ジュエルを睨むとトパジオスを後ろに引いた。
槍が金色に輝き電光が走る。
「電旋!」
雷の嵐が暴走ジュエルに向かう。
だが
「雷が黒い球に吸い込まれた!?」
「聞いたことがありますです。ナイトメア。セレナイトを元にしたアラバスター系ジュエルのグラマリーのはずであります。」
ピリリリ
「電話です。…エスオーエス?」
「さっきの電撃が中にいるやつらに向かったんだろう。」
「それじゃあさっき体勢を崩したのはあれに吸い込まれかけたからってこと?だったらどうやって戦うの!?」
ツンデレ娘が絶望したように叫ぶ。
接近すれば取り込まれかけ、遠距離攻撃も吸い込まれて無効な上、人質に被害が及ぶ。
「吸い込まれるよりも早く敵を倒せばいいんです。」
紗香は暴走ジュエルに向かって突っ込んでいく。
引っ張られるのは分かっていたのでそれに逆らわず加速に利用しようとしたが
グンッ
吸引は近づくほどに強くなり振り切れない。
「クッ!」
咄嗟にトパジオスを地面に打ち込むが切れ味の良い魔剣は地面を切るばかりでブレーキにならず黒い球体に引き込まれていく。
遂に地面が砕け紗香が空中に投げ出される。
「何やってるのよ!」
その間に飛び込んできたのはツンデレ娘。
「あたしらじゃ倒せないんだからしっかりしろ、ヴァルキリー!」
「!」
カッと紗香の目が見開かれる。
トパジオスから発生した電気が掴む腕を伝い紗香の全身に広がっていく。
「グラマリー・インペリアル!」
バチッと紗香の全身が静電気を帯びたように放電した。
グラマリー・インペリアル。
それは電気による身体強化だった。
ルビヌスよりも身体強化の向上率は低いものの反応速度は大幅に向上する強化系グラマリーである。
今の紗香には体に触れる風の流れから飛び散るコンクリートのわずかな破片の触れる感覚まで如実に感じられた。
そして今まで以上に自分の体が強い力を使うことが出来ることも理解出来ていた。
「行きますよ!」
紗香は槍で地面を押して体を加速させツンデレ娘に激突した。
「おぶっ!」
別に蹴りたかったわけではないが予想以上に吸引力が強くてとび蹴りのようになってしまった。
ツンデレ娘は腕を交差させ、紗香はそこに足を乗せる。
吸い込まれながらも紗香は空中で足場を得た。
「失敗したら暗闇の中で目一杯馬鹿にしてやるわ!」
「その時はちゃんと聞いてあげますよ。」
ツンデレ娘はにやりと笑う。
「いっけー!」
もはやナイトメアはすぐ直前まで迫っている。
紗香はツンデレ娘を踏み台にして一気に加速する。
槍を突き出し、一本の矢のように空を駆ける。
「まだ、まだです、トパジオス!」
バリバリと空気が鳴動する。
槍の先から発生した電光が紗香を包み込み、光の矢となる。
「グラマリー・尖穿!」
「ッ!」
紗香はナイトメアの吸引力を振り切り、そのまま漆黒の魔剣すら貫いて地面を転がった。
かっこよく着地する余力なんてなかった。
全力を出し切ってどうにか暴走ジュエルを撃破することができたのだ。
「村山隊長であります!」
「他のジュエルたちも無事だったみたいだな。」
ナイトメアが黒い霧のように霧散していくと地面にはぐったりしたジュエルたちが座り込んでいた。
一部髪の毛がチリチリになっている者もいたが全員生きている。
紬や夏希が介抱を始めていた。
「終わりましたか。」
紗香は気だるそうに起き上がって埃を払うと歩き出した。
進んだ先には地面で大の字に転がったツンデレ娘がいた。
紗香は隣に立ってツンデレ娘を見降ろす。
気を失っているのかと思ったがギロリと睨まれた。
身体強化した蹴りを受けた割には頑丈だ。
「何よ?まだ起き上がれないわよ。」
だけどダメージがないわけではないらしく足を見ると立てた膝が震えていた。
紗香はゆっくりとツンデレ娘に手を差し出す。
ツンデレ娘が訝るような目を向けた。
「貴方の協力がなければ皆を助けることは出来ませんでした。名前、聞いてもいいですか?」
ツンデレ娘はふっと笑うとパンと紗香の手を叩いた。
驚く紗香にツンデレ娘は横になりながらも強気な笑みを浮かべて見せた。
「あたしの名前は工藤美由紀、覚えときなさい。」