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Akashic Vision  作者: MCFL
170/266

第170話 闇の真実

「たあああ!」

「うおおお!」

黒き怪物ヒュドラを操る飛鳥と全てを切り裂く高周波ブレードと化した玻璃を振るう2人の戦いはまさに死闘と言えた。

ヒュドラの体が地面に打ち付けられる度に訓練所は地震が起こったかのように揺れ、Xtalを発動した玻璃が奔る度に空気すら切断される。

そのため訓練所内は気圧の変化で風が生まれて吹き荒れていた。

由良は突撃してきたヒュドラを飛び越えると口の端に付いた血を拭った。

ヒュドラの攻撃を受けたこともあるが強力すぎるスペリオルグラマリーの代償の方が大きかった。

それでも由良は強気な笑みを飛鳥に向ける。

「どうした、怪物?9つも頭があっても俺1人倒せないのか?それとも操ってる『頭』が悪いのか?」

由良はわざと飛鳥を煽るような言い回しを使った。

実際にはヒュドラの動きは見た目の巨大さに似合わず俊敏で全てを切断する玻璃の力がなければ壁か地面に押し潰されて何度死んでいたか分からない。

最上級グラマリーの名は伊達ではない。

「なんで、何で潰れない!?みんな、みんな血とか内臓を撒き散らして惨たらしく死んだのに!なんでお前は死なないんだ!」

飛鳥は目をむき出しにして口から唾が飛ぶのも気にした様子はなく狂ったように叫んだ。

「みんな?それは誰のことだ?」

「みんな?誰?はははははは!誰だって死ねば同じよ!」

もはや頭がイカれたのか突然笑い出した飛鳥は再びヒュドラを差し向けてきた。

「ちっ、まともじゃないな。やっぱり力で叩きのめすしかないのか。」

正直に言ってしまえば叶が仲間にいない状態でXtalを使うのはかなり危険で1時間も戦っていれば内臓や筋繊維が取り返しのつかない状態になる可能性もある。

なので戦闘が避けられればそれに越したことはなかったが相手の様子を見れば望み薄だった。

「だったらさっさと倒すしかないな!」

由良は襲ってきたヒュドラを避けながらその胴体に飛び乗ると飛鳥に向かって駆けた。

根本が同じヒュドラは太い胴体の影響もあって互いの体には攻撃を仕掛けづらい。

由良は戦いながらそれを見極めていた。

「ゴフッ!」

駆けながら血を吐いた由良はそれでも足を止めず、むしろ加速した。

由良の乗るヒュドラが振り落とさんと暴れまわり、他の頭も身を捻って攻撃するが由良は器用に他の胴体に移動して攻撃をかわしていく。

遂に飛鳥の姿がすぐ近くにまで捉えられる距離にまで接近した。

「ソーサリスゥー!」

飛鳥は一つの首を落とすと強引に新たなヒュドラを由良の正面に生み出してその顎門を開いた。

胴体を蹴った由良はその口の中へと飲み込まれた。

「はははははは!これで…」

「これで、終わりだ!」

狂喜の雄叫びを上げようとした飛鳥の腹に玻璃が突き刺さった。

由良は目の前に現れたヒュドラなど気にも止めず一直線に飛鳥に突きを放ったのである。

「ぐはっ!」

ビチャリと飛鳥は口から血を吐いた。

手にしたモーリオンを持つ手は震え、力が入っていない。

だが突き刺した瞬間に由良がXtalを解除したため壊滅的な破壊は免れていた。

「お前の敗けだ。これ以上戦わないなら俺は殺さない。」

「な、んで、ソーサリスが…」

飛鳥は由良の体を押して玻璃を引き抜こうとするがまるで力が入っていなかった。

「全部のソーサリスが誰も彼も殺そうとするわけじゃないってことだ。俺は羽佐間由良だからな。」

「羽佐間、由良…。」

羽佐間由良が理由になるのかは分からないがそう呟いた飛鳥からフッと狂気が抜け落ちたように由良は感じた。

そのまま由良は玻璃を引き抜こうとして


「飛鳥?無様な姿を晒しておるのう?」


突然背後から聞こえた声に全身を強張らせた。

(オリビアまでいやがったのか!?このタイミングは、殺られる!)

背中から攻撃される覚悟をした由良だったが何の痛みも感じなかった。

首だけ振り返るとそこにいたのは蜃気楼のようなオリビアの姿だった。

「オリビ、ア…」

飛鳥は助けを求めるように幻影のオリビアへと手を伸ばす。

その姿を見て、オリビアが楽しくて仕方がないと言わんばかりに壮絶な笑みを浮かべた。


「そうして、もう一度死ぬつもりかえ?」


「…………え?」

「な、何を言ってる?」

もう一度死ぬ。

飛鳥も、由良もオリビアの言葉が理解できなかった。

由良の触れている飛鳥は間違いなく本物で幽霊なんかでは決して無い。

オリビアは2人の様子がおかしくて堪らないとばかりに大声を上げて笑う。

「ならば思い出すのじゃ。自らの吐き出した物を見てのう。」

飛鳥の震えが玻璃を通じて由良にも伝わってきた。

飛鳥の目が刺し貫かれた腹から吐き出した血を見た。

だがその血は、茶色く変色し異臭を放って腐っていた。

「ああ、ああああああああああ!!」

飛鳥が力任せに由良を突き放す。

由良も驚きのあまり咄嗟に対応できず玻璃を抜いてしまった。

玻璃にこびりついた物も、飛鳥の腹に空いた穴から流れる物も人の体に流れているものとは思えない汚物だった。

「さあ、目を開け。真実を腐った眼で見よ!」

「わああああ!」

溢れ落ちそうなほどに開かれた飛鳥の瞳にオリビアが封印した真実が蘇った。




時坂飛鳥は普通の少女だった。

不器用な性格でいつも機嫌が悪そうな顔をしているため誤解されることも多かったが、本質的には優しい乙女だった。

穏やかな父にしっかり者の母、ヤンチャでお姉ちゃん子の3つ下の弟の4人家族は笑いの絶えない団欒が広がる温かな家庭だった。

「ゴフッ!」

普段は暖色系の温かな光に包まれるリビングは電灯が砕けたために暗く、同じ部屋とは思えないほど。

その暗いリビングは外から差し込む赤い紅い輝きに照らされていっそう不気味だった。

「ギャアアアア!」

飛鳥は部屋の隅で頭を抱えてガクガクと震えていた。

目の前の現実を否定しようと目を閉じても嗅覚や聴覚が強引に飛鳥を引き戻していく。

「いやー、い、ぎゃ…ごばっ!」

悲鳴に顔を上げた飛鳥の目の前で人型のシルエットの頭が弾けた。

ベチャリと頬に生暖かいものが触れ、胴体から噴水のごとく噴き上がるそれがシャワーのように飛鳥に降り注ぐ。

「あ、ああ…」

全身が恐怖のあまり硬直し目蓋すら痙攣して閉じられない。

リビングの中央には紅い光を背に立つ中世の貴婦人がいた。

顔は逆光で見えないが飛鳥には笑っているように感じた。

「な、なんで…」

「まだ泣き言を申すだけかのう。ならばこれでどうじゃ?」

足が動きゴッと固いものを蹴飛ばした音がした。

ごろりと転がってきたものは父の頭。

「ああああああああああ!!」

「ふむ、良い声じゃのう。」

飛鳥は全身を震わせて叫ぶ。

どうしてこんなことになったのか全く理解できなかった。

今日は両親の結婚記念日で休みを取った父が夜に家族で外食しようと言っていたので早く帰ってきた。

弟はまだだったので3人で楽しく話をしていると突然窓の外が赤く染まった。

電気を着けようにも明るくならず、父は不安がる母と飛鳥と宥めていた。

「邪魔じゃ。」

ゾブッ

室内から突然聞こえてきた声に視線を向けるよりも早く父の体から尖った何かが突き抜けて飛鳥の前に出てきた。

それは白い手だった。

だがその手は外の光とはまた違う赤に染まっていた。

「逃げ…」

父は引き抜かれる手につられるように崩れ落ちた。

「あなた!?」

母が飛び付くように抱きつくが飛鳥は動けない。

父の体を貫いた白い手が飛鳥の頬を撫で回していた。

体の芯から熱が奪われたように震えが止まらない。

「なかなか高い魔力を有しておるようじゃ。しかしこのままでは使い物にならぬか。」

「あなたー!」

「騒がしいのう。」

白い手が煩わしげに動いたと思った直後、

「あ…が、…」

母の声が聞こえなくなり2人が飛鳥のそばから不自然に遠ざかった。

「ファブレのように少し遊んでみるかのう?さあ、怒るがよい。汝の力を妾に示して見せよ。」

そこから白い手の貴婦人の「破壊」が始まった。


「お父さん、お母さーん!」

床に転がった両親はすでに返事をできないと気付いていながら呼ぶ。

ほんの数分前まで笑っていた暖かかったものが冷たく横たわっているなんて信じられなかった。

「は、はは、こんなの、夢よ。飛鳥を怖がらせようとしたただの夢。起きなきゃ、今日も学校だもの。」

飛鳥は心の均衡を保つためにうわ言のように夢だと呟いた。

飛鳥を見下ろす金色の左目が不快げに細まる。

「これでも怒らぬか?ならば仕方がないのう。妾は慈悲深いゆえにこれは見せるつもりはなかったのじゃが。」

口元を三日月につり上げた貴婦人が指を動かすとひとりでにリビングの扉が開いた。

「お、姉…ちゃん。」

「ッ!?」

弟の声に飛鳥の意識が強制的に現実に戻された。

恐怖に染まっていた心が弟だけは守らなければならないという使命感に奮起する。

目の前の"魔女"に弟が弄ばれる前に逃げ出そうと震える足で地面を蹴った。

「お、姉…ちゃ…」

体当たりするようにドアを開いた。

だが、そこに"在っ"たのは糸に吊られ、継ぎ接ぎになり、声だけを出し続ける壊れた(おもちゃ)だけだった。

「わああああああ!!!!」

飛鳥の中で何かが弾け飛んだ。

慟哭に震える手が固く握り締めた先で何かを掴んでいた。

それは武骨な剣だった。

「おおおおお!!殺す、殺してやる!」

それが何なのかを考える事もなく飛鳥は目の前の"魔女"を倒すべく手にした剣を振り上げた。

怒りで剣が震え、大気が揺れる。

だが、その刃が振り下ろされる前に飛鳥の全身が硬直した。

「紛い物の魔剣を手にした瞬間に"魔術"を扱う素質、気に入った。じゃが、汝は少々臆病じゃな。」

笑みを浮かべてゆっくりと近づいてきた金色の瞳をした"魔女"が自然な動作で

ズシュ

飛鳥の胸に手を突き入れた。

「あぐっ!?」

痛みはない。

ただ全身を虫が這うような不快感で気が触れそうになった。

突き入れられた手が脈動する飛鳥の心臓に届き、それを包み込むように握った瞬間、

「や、止めてええええ!!!」

飛鳥は血が逆流するような恐怖に発狂した。

グチャ

無慈悲にも握られた拳。

飛鳥の中で何か大切なものが失われた。

だが、まだ飛鳥は生きていた。

「なんで…まだ飛鳥は…」

「心の臓の代わりに魔石を植え付けたのじゃ。ゆっくりとその心を壊してくれよう。」

その時見た悪魔の笑みが"時坂飛鳥"の最期の光景であり、闇の中で永遠にも似た苦痛を味わい続けた飛鳥は遂に闇を受け入れ、魔女オリビアの同志となった。

家族の恨みである魔剣を担う者を憎む本質を歪められたまま。




オリビアに語られた真実に由良は鬼のような形相で固く玻璃を握りしめていた。

「…下衆が。」

オリビアの幻影は由良の吐き捨てるような罵声にも反応を示さなかった。

飛鳥がやられそうになると発動する魔術だったのかもしれない。

「ああああああああああ!!みんな、みんな、潰れて、切れて、弾けて、死んだんだぁー!」

飛鳥は頭を抱えながら背を仰け反らして慟哭している。

その腹から腐った体液がまるで生きているように飛鳥自身を覆い始めた。

それはまるで腐肉で出来た蛇のようだった。

いくつもの蛇が飛鳥に絡み付き、飲み込んでいく。

飛鳥は抵抗せずに肉に取り込まれていく。

「何あっさり死のうとしてやがるんだ、馬鹿野郎!」

由良が飛鳥を飲み込む腐肉を音震波で吹き飛ばす。

それでも中から取り込まれる飛鳥を助けることは出来ない。

「羽佐間、由良…」

「なんだ!」

飛鳥に呼ばれて由良が見たのは手を伸ばす飛鳥の瞳に流れる涙だった。

もはや全てが腐り落ちようとしている飛鳥のただ一つ綺麗な雫。

「…」

口が動き、それが声になる前に飛鳥は飲み込まれた。

腐肉が九頭の怪物を形作り、紅色の目を由良に向けた。

由良はヒュドラを見ることもなくきつくきつく玻璃を握りしめる。

その手はあまりに力を入れすぎて震えており、血を流している。

「グオオオオオーー!!」

完全な怪物となったヒュドラが吼えて由良にその首を殺到させる。

触れるもの全てを腐らせる魔獣の攻撃は回避も防御も不可能だ。

「…ああ、わかったよ。」

由良がポツリと呟くがヒュドラに人語を介する頭脳はない。

「"時坂飛鳥"はきっちり俺が殺してやるよ!!」

『助けて』

飛鳥が最後に口にしようとした願いを叶えるために由良はXtalの玻璃を両手で構えた。

それは超音振の構え。

しかしヒュドラを止めてもすでに由良は腐肉の波から逃れられない。

相討ちすら危うい。

「震えろ、玻璃。全てを砕く力になれ!」

ゴブッとくぐもった咳と共に盛大に血を吐き出す。

キュイイイイイ

その血が、耳障りな音と共に空中で霧となった。

由良は口から血を滴らせながら煌々と輝く朱色の瞳をヒュドラに向けて叫んだ。

「滅びろ、破壊振!!」

ギュイイイイイイイイ

瞬間、由良を中心に地面が、天井が、ありとあらゆるものが粉砕されていく。

それは物体の結合全てを切り裂く超微細振動波。

あらゆる物を破壊する究極の一、Xtalの放射だった。

それは現世に腐肉として出現したヒュドラも例外ではない。

「消え去れええええぇぇぇーーーーー!!」

「グオオオオオーー………」

突っ込んだ頭の先から分子レベルに分解されたヒュドラは咆哮すらもかき消されて世界から消滅した。

キュイイ……

耳障りな音が消え去った時、由良はすり鉢状の地面の中心にいた。

由良はそのまま崩れ落ちて大の字に倒れ込む。

コロコロ

削れた地面を転がってきたのは黒い透明な石だった。

「くそったれーーーーーー!!」

由良は"時坂飛鳥"の形見を手に魂の叫びを上げた。

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