第17話 計画
ヴァルキリーとの対話で成すべき事を再認識した"Innocent Vision"。
人型の闇の目的とその向こう側に居るであろう黒幕を突き止めなければ再び襲われることになるかもしれない。
またソルシエールを失った明夜たちは叶たちの助けとなるべく新たな力を得なければならなかった。
だが
「うーん、やっぱり温泉は捨てがたいわね。」
「城が見たい。あと刀とか。」
「ハイキングとかしたいね。山登りとか。」
「真奈美、意外とチャレンジャー。」
"Innocent Vision"は敵への対策ではなく2週間後に迫ったゴールデンウィークの旅行の計画を立てていた。
それぞれが持ち寄った旅行雑誌やガイドブックを元に行き先を決めるわけだが果ては北海道から沖縄まで意見は見事にバラけていた。
「こっちは雅人君の旅行があるからちょうどよかったけどまさか叶たちが羽佐間先輩たちと旅行に行くとは思っていなかったわ。」
とは彼氏持ちの裕子談。
久美も家族旅行が入らなければ裕子に着いていくと言って芳賀を困らせていた。
「ウジウジ悩んだところでソルシエールが戻ってくるわけでもない。たまにはこの界隈を離れてパッと弾けるか。」
という由良の発案で企画がスタートしたわけだが行き先からすでに難航していた。
パンパンと八重花が手を叩いて注目を集める。
「このままだといつまで経っても決まらないわ。ここはくじ引きで行き先を決める人と回りたいルートを決める人を決めるべきよ。」
「このままじゃ決まらないもんね。うん、いいと思う。」
「リーダーが賛成なら俺は構わないぞ。」
「くじ引き。」
「どこになっても恨みっこなしだね。」
八重花の案に全員が賛同し早速くじが作られた。
「箱の中に紙が入っているわ。赤丸が行き先、青丸がルートを決める人ね。」
教室にあった段ボールに紙を放り込んでがさがさと振る。
ドカリと机の真ん中に置かれた箱からは本人たちの緊張感を押し固めたように独特のオーラを醸し出していた。
そして全員が徐々に戦闘時の雰囲気を纏っていく。
「くじを引く順番は…やはり俺たちは戦う運命にあるようだな。」
「私のモットーは先手必勝、全力投球。一番手を譲る気はないわ。」
由良と八重花が火花を散らす。
明夜も手を絡めて組み、その間を覗き込むなど準備に余念がない。
「私は残り物でいいよ。」
「叶、それだと本当に欲しいものを手に入れられないよ。」
「!…うん、頑張る。」
叶と真奈美もまた闘志を漲らせていく。
箱の上に5つの拳が突き出された。
「恨みっこなしだ。」
誰かが生唾を飲み込んだ。
その音すら聞こえそうな静寂を生む緊張の中で
「「最初はグー!ジャンケン…」」
「「ポンッ!」」
一瞬の戦いが起こった。
全員が振り下ろした手を中途に止めたまま動かない。
全員の視線が円陣の中央に注がれていた。
そこに並ぶ手はグー、グー、グー、グー、…パー。
叶の手だけが石ではなく紙を出していた。
「えっと、勝っちゃいました?」
「くっ、やはり無欲の勝利ね!」
「だがまだだ!これでは終わらないぞ!」
妙なテンションで白熱する"Innocent Vision"のメンバーの輪から少し離れて叶はクスッと笑った。
みんな落ち込んでいる様子もなく楽しそうにしている。
それが空元気なのかどうなのかは分からない。
敵に狙われている状況、ヴァルキリーの戦力、失われたソルシエール、そして目覚めない陸。
不安ばかりが募る現状でも笑っていられる強さが"Innocent Vision"にはある。
「あ、あたしの勝ちだ。」
「…所詮、魔剣に手を染めた私たちじゃセイントには勝てないのね。」
「あはは、別にあたしはセイントじゃないけどね。」
2番手は真奈美になったようだった。
勝ったところでくじが当たるかは別問題な筈なのだが八重花ですらそのことを忘れる熱狂ぶり。
3人のソーサリスは拳をぶつけ合いそうなほどの勢いで何度も勝負を繰り広げていた。
そして
「勝った。」
「まだだ!ここからが本当の勝負だ。」
「…パンドラの箱のように残り物にこそ福があるのよ。」
明夜、由良、八重花の順で決着した。
「まずは叶からね。どちらかが当たる確率は5分の2、4割よ。だけど叶が外せば次は5割、その次なら7割弱…」
「八重花。それはとらぬ狸の皮算用だよ。」
一番最後なので確率的にはかなり厳しい八重花が自分を奮い立たせているところに真奈美が苦笑気味にツッコミを入れる。
「八重花じゃないがカナの引きによって俺たちのテンションが変わるんだ。さあ、引け。」
箱を押し付けられて困り顔を浮かべていた叶は一度グッと拳を握ると箱に手を入れた。
(どれがいいかな?)
別に叶はそれほど強く行きたいと思っている場所はない。
みんなで楽しく旅行ができればと考えているだけだ。
(あれ?)
叶は箱の中にある紙の感覚が微妙に異なることに気が付いた。
5つの紙の内、1つが温かく感じたのだ。
それはまるで誰かに手を握られたような、それでいて不気味な感じはなく優しい感触。
叶はその紙を手に取って箱から引き抜いた。
見なくても分かる。
叶は苦笑しながら折り畳まれた紙を開いた。
そこには赤い丸が記されていた。
「当たり、みたいです。」
それを見た八重花はよろめき、ガクッと机に両手をついた。
「…まだよ、まだ25%しか当たりの確率はない。私の番では100%。ふふふ…」
それは残り1枚で最後なら残っていれば絶対に当たりだがその前に25%と33%と50%があることを意図的に無視している。
「そこまで必死にならなくても全員で行けば楽しいんじゃないかな?」
「甘いぞ、真奈美!興味のないやつが神社仏閣を回る旅行なんてただの苦行だ。自分が楽しむためには何としてもルート選択の権利を得る必要があるんだぞ!」
いつになく白熱した由良の様子にビビりつつ真奈美が箱に手を入れる。
あまり悩む様子もなく引き抜いた紙は白紙だった。
「よくやった、真奈美!お前はこれからマナと呼んでやろう!」
「あ、ありがとうございます。」
真奈美は叶と苦笑しあい隣に座った。
「叶は何処に行きたい?」
叶は行き先を決める権利を得たのだからどこでも選べる。
それによってルート選択は当然大きく変わるわけだから叶の選択は非常に重要だった。
「そうだね…」
叶は窓から吹き込んできた風に首を巡らせた。
空は雲一つない青空でどこまでも続いているようだった。
「…海が、見たいな。」
「スカ。」
「まさか…外れだ。」
「やっ、た?本当に100%?」
叶が行き先を決めたとき、後ろでも八重花が奇跡の当たりを引いて驚きすぎて呆然としていた。
こうして"Innocent Vision"は八重花プロデュースで水泳には早い海に行くことになった。
それを見るともなしに見ていたのは偶然通りがかった悠莉だった。
「あら、随分と楽しそうですね。ゴールデン・ウィークに旅行に行かれるのでしょうか?」
机の上に旅行情報誌とガイドブックが置かれているから一目瞭然だった。
悠莉は毎年ゴールデン・ウィークは家族と旅行することになっていたがああして楽しそうに計画を立てている姿を見ると羨ましくも思えてくる。
「ヴァルキリー全員は厳しいかもしれませんが"RGB"でなら行けるかもしれませんね。来月くらいからジュエルも本格的に運用を開始するようですしその前の骨休めとして。」
口に出してみればそれはとても素晴らしいことのように思えてきた。
しかしすでに半月を切っていて今からでは宿の確保も出来るかどうか。
それ以前に美保と良子に予定を聞かないことには始まらない。
「半場さんのような男性と旅もしてみたいですが気ままな女同士の旅も良さそうですね。」
こうして悠莉はいつも以上に笑みを浮かべながらヴァルハラに向かっていった。
予約を取れるかどうかの瀬戸際は叶たちも同じ。
役割が決定した"Innocent Vision"の面々は一度着替えるため家に戻ると会場を東條宅に移して集合した。
八重花は割と高確率のくじを引き当てたことでかなり浮かれている。
今も自前のモンスターパソコンを前に指の準備運動を嬉々として行っていた。
「私の情報検索能力を使って今日中に目当ての場所を決定するわ。叶、行き先の指示を頼むわよ。」
「う、うん。頑張るよ。」
八重花の気迫に押されながらも叶も気合いを入れて画面を見ている。
他のメンバーは情報誌の海に関するページを重点的に探していた。
「この季節じゃ海開きはしてないだろうな。そうなると海以外に売りがある場所がいいか。」
「熱海とかその辺は温泉がありますね。」
「北海道、海鮮。」
目的地を探しつつ全員が自分の要求を出していく。
「外野は無視して叶の行きたいところを言いなさい。」
八重花はネットで海の画像を表示して叶に見せた。
海と検索をかけただけなので海の家のメニューから海の風景写真までいろいろな画像がアップされている。
「あ…。」
その中の1つで叶が小さく声を漏らした。
八重花はすぐにスクロールを停止させた。
それは静かな海の写真だった。
どこか高いところから撮影したらしく下に古い町並みや電車の線路が見え、海と空の境が延々と左右に広がっている。
確かによく撮れているが特に何か変わったものが見えるわけでもなく、叶が見覚えのある風景というわけでもなかった。
「…ここ?」
「うん。」
叶は迷わず頷いていた。
叶が見たいと思ったのはこの海だと直感めいた何かが言っているようだった。
「叶が一発で当たりを引いて、そのサポートに私が付くなんて出来すぎよ。」
確かに1人目に当たりが出るだけならまだしもその後最後までもう1つの当たりが出ない確率は相当低い。
そこに運命的な何かを感じずにはいられなかった。
そして行き先もまた誰かに導かれるように決まった。
「ここからそう遠くないわね。これだけじゃ面白味にかけるからそこから近場で楽しめる場所を探すわ。」
八重花は写真の住所を探し当てるとそこに行くことを前提にしたお楽しみ旅プランの計画に移行した。
娯楽が欠片もなさそうな、それ以前に観光地ですらないような場所に行き先が決まってテンション大暴落を起こしていた由良たちもそれを聞いて復活した。
「そうなるとやっぱ温泉だな。」
「温泉と海の幸は固そうですね。」
「美味しいもの。」
「了解。宿泊可能な宿を探しつつ温泉と食事に重点をおいて検索をかけてみるわ。」
八重花が検索を始めるとパソコンの回りに人が集まり出したので叶は下がってベッドに腰かけた。
気が付くとぼんやり自分の手を見つめていた。
(あの時くじから感じた感触。陸君に似てたかも?)
手を握った事だって数えるほどしかないが叶にはそう感じられた。
(もしもあれが本当に陸君なら、旅行の行き先にもきっと意味があるよね。)
導かれる先に何があるのか分からない。
それでも陸が呼んだならそれには意味があると、ただ陸を信じようと叶は思った。
「カナ、こっち来い。候補が出たぞ。」
「は、はい。」
呼ばれた叶は立ち上がって近づいていく。
"RGB"もまた壱葉駅前のファーストフードで旅行の計画を立てていた。
「ここはやはり海外が…」
「近場で遊ぶべきよ。」
「山登りとか川下りとかやりたいね。」
だが行き先以前に意見が掠りもしない。
ブルジョワな悠莉は問題外だが美保と良子の意見にしても近場で川下りが出来るような大きな川はない。
「悠莉。あんたん家じゃないんだからそんなお金があるわけないでしょ?」
「それに今からじゃ飛行機とか宿の予約を取ったりするのも厳しいんじゃないかな?」
海外反対派の美保と海外に興味はあるが現実的な良子の意見に悠莉は頬に手を添えて首を傾げる。
「そうですね。しかし近場で遊ぶだけでは旅行ではないですよ?」
「そうなるとやっぱり山…」
「却下。」
「冗談はもう少し面白い内容でお願いします。」
ここぞとばかりに自分の意見を主張しようとしたがあっさりと拒否され、言動がつまらない冗談扱いされた良子は哀愁漂う表情でオレンジジュースのストローを意味もなく弄りだした。
そんな姿を悠莉がどこか楽しげに見つめている。
「こうして考えるとヴァルキリーって本当にバラバラというか自分勝手よね。」
美保が乗り出していた体を背もたれに投げ出してジュースを飲みながら呟いた。
「ソルシエールやジュエルは欲望とか負の感情で動くからね。それぞれ違って当然だよ。」
「それなら"Innocent Vision"はどうなんです?」
美保の本題にして疑問に良子は無い頭を回すがやっぱり何も出てこない。
「ふふ、簡単なことですよ。」
だが悠莉は確信を持っているらしく笑っていた。
2人の興味の視線を受けてゆっくりと口を開く。
「それは半場さんへの愛です。」
「…あー、はいはい。」
「なかなか面白い冗談だね。」
悠莉としては大まじめだったのだが全く相手にされず、その後ファーストフード店に数時間居座って店員に嫌な顔をされながら"RGB"は旅行先を決めていくのだった。