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Akashic Vision  作者: MCFL
168/266

第168話 暴走ジュエル

真奈美は八重花の家で"Innocent Vision"の活動について話し合っていた。

「だからそれは…!」

突然話を中断して窓の外に目を向けた真奈美を見て八重花が首を傾げる。

「新年一発目から変質者でも見つけた?」

「まあ、それよりもっと嫌なものだね。」

げんなりした様子の真奈美に誘われて窓の外を見た八重花は

「…何もないわよ?」

静かな夜の光景が見えただけだった。

真奈美はもう一度窓の外を見てから納得した声を出した。

「どうやらあたしも段々"人"から外れてきたみたいだね。スピネルを出してなくてもオーの張った結界が見えるんだ。」

試しにスピネルを起動させるとはっきりと黄昏の結界が壱葉高校を覆っている姿が見えるようになった。

その意味するところは考えるほど難解ではない。

「新年早々ヴァルキリーとオーがドンパチ始めたのね。」

「この間みたいに加勢する?」

お人好しの真奈美としては協力もやぶさかではないのだが八重花はあっさりと首を横に振った。

「下手に介入して両方から狙われたら堪らないわ。それに叶も琴も参加できない以上、危ない橋は避けるべきね。それに、潰し合ってくれるなら有り難いことよ。」

戦うことが目的ではないにしろ"Innocent Vision"の相手はどこも強力だったり規模が大きい。

特にヴァルキリーとオーは人員で言えば万を越えるほどに膨れ上がりかねないので数が減ってくれるのは有難いのである。

「叶には聞かせられないわね。」

「その辺は割りきってくれると思うけどね。」

真奈美以上にお人好しで壮大な理想を目指す叶。

八重花と真奈美は叶の理想の障害となるものを叩き伏せる闇の部分を担うことを"Innocent Vision"の結成時に心に誓った。

叶がまっすぐに明るい道を理想に向かって歩めるように。

「真奈美は叶側の人間なんだから私に付き合う必要はないわよ?」

「あたしは叶みたいにはなれないよ。半場に救われて、叶に貰った力でもあたしは結局戦うことしか出来ないからね。」

「そう。なら道に転がる邪魔物を片っ端から燃やし尽くしてやりましょう。」

「そうだね。どんな障害でも蹴り砕くのみだ。」

"Innocent Vision"の武闘派は新年の誓いを拳に込めてぶつけ合った。




オーと暴走ジュエルの混合部隊を相手に九州ジュエルは追い込まれていた。

ジュエルスリングは魔剣を投擲兵装として使用し、ジュエルの身体強化によって遠距離攻撃を仕掛ける戦法であるが、やはりグラマリーの威力や効果範囲と比較しては弱いと言わざるを得ない。

鉄塊の陰から投げるのも危険な絨毯爆撃のごとき漆黒の弾丸とグラマリーの攻撃にジュエルたちは戦う気力を失いかけていた。

「さすがにこれだけグラマリーを使う相手がいるとなかなか大変だね。」

ただ1人、良子だけが悲観せずに笑っていた。

いかに頼りになるヴァルキリーの等々力良子が一緒だからと言っても笑っていられない。

皆が絶望したような顔を浮かべているのを見て良子はフムと難しい顔をした。

「良子様は怖くないんですか?」

ジュエルの1人が震えながら尋ねた。

魔剣を手に命のやり取りをしている自覚はあっても死が近づく足音に怯えずにはいられない。

それが正常な人の反応だ。

だから、この状況で笑みを浮かべて立つ良子は異常なのだ。

「こんなのは怖いうちに入らないよ。あたしらが倒すべき敵は当たったら痛い攻撃なんてしてくれない。直撃したら消えてなくなるような"化け物"ばっかりだからね。」

良子はグラマリーや弾丸を受けてガンガンと震える鉄塊に手を添えた。

口に張り付いた笑みがよりいっそう強まる。

「そう、だからこんなところで立ち止まってなんかいられない。」

ラトナラジュをしまいグッと両手を鉄塊の窪みに差し込んだ良子は全身に力を込める。

だが数百キロはあろうかという金属の塊を持ち上げられるわけがない。

ジュエルの誰もがそう思った。

「ふぬぬ、ルビ、ヌス。」

良子を真紅の光が覆い、身体能力が増強する。

ズッと鉄塊がずれたように見えたがオーなのか良子なのかわからない。

だからそれはまだジュエルの希望たり得ない。

「まだだ、ラトナラジュ。こんなんじゃ、足りない!ルビヌス!」

ズン

纏う真紅の光が炎のように膨れ上がり地に押し付けた足が地面を砕いた。

グラグラと鉄塊が揺れ、数センチ浮き上がった。

「そんな!?うそ…」

誰もが目を疑った。

どんなに屈強な男であっても"人"にあんなものを持ち上げることは出来ない。

「もういっちょ!ラトナラジュ、もっと力をあたしに!グラマリー・ルビヌスッ!!」

溢れ出した真紅の奔流は良子の手足からさらに一回り大きな赤い光の手足を作り上げたように見えた。

遂に鉄塊が完全に持ち上がり、良子はそれを片手で支える。

その姿をジュエルたちは崇拝にも近い感情で見つめていた。

「私たちには良子様がついてる。だから大丈夫よ。」

誰かが口にした言葉が全員の胸に吸い込まれた。

良子は左手で鉄塊を支えながら右手にラトナラジュを掴む。

「あたしにはこんなことができる力がある。限界なんて決めちゃ駄目だ。出来ると信じろ!」

「はいっ!」

闘志を失っていた九州ジュエルの左目が力強い朱色の輝きを放つ。

「いい目になった。それじゃあ、反撃開始だ!」

良子はジュエルたちの反応に頷くと鉄塊を前に投げた。

重力が重くなったように感じる落下物の存在に暴走ジュエルが慌て出す。

その鉄塊の向こうから声が響いた。

「すぐに逃げないと、ミンチになるよ!」

良子は地面に落ちようとする鉄塊に向けて駆け出していた。

何重にも光を纏ったラトナラジュはもはや真紅の光の鉾槍と化している。

良子は鉄塊の後ろに滑り込むようにして足を地面に突き立て、体を捻る。

「吹っ飛べ、マルスッ、ハンマァーーッ!!」

全力で振り抜かれたラトナラジュが鉄塊に激突、あまりの衝撃に鉄塊がひしゃげながら暴走トラックのようにオーの群れに突っ込んでいき壁に押し潰した。

鉄塊の飛び去った地面には焦げ跡が煙をあげており、その湯気の向こうに赤い鬼神が立っていた。

鬼神は振り返って暴走したジュエルたちに不敵な笑みを見せた。

「暖まってきた。死にたくなければさっさと正気に戻った方が身のためだよ?」




「うざったいわね、レイズハート!」

「「レイズ!」」

美保が暴走ジュエルの存在に怒り心頭でレイズハートを撃っているが同系統のグラマリー・レイズを数人の暴走ジュエルに使われるだけで相殺されていた。

それがまた美保の怒りを煽り、力任せにジュエルを振るう悪循環が形成されていた。

「あー、ムカつく!悠莉、見てないで手伝いなさいよ!」

美保は頭をガリガリ掻いて苛立たしげに悠莉を睨み付けた。

ジュエルの数人が小さく悲鳴をあげるが悠莉はむしろため息を溢していた。

「美保さんが百人斬りをすると言うから守りに徹していたのですが。」

だが美保のスマラグド・ベリロスではよほど危険に飛び込む決意がない限りオーと暴走ジュエルを相手に戦うのは難しい。

そして美保はそんな苦しい思いをしてまで戦うような人間ではないと悠莉は知っている。

「本当に、私が手を出してしまっていいんですね?」

だから悠莉は最後に一度確認した。

美保は激しく頷くと敵である集団に魔剣を突きつけた。

「良いわよ。うちと一緒にやつらを…」

「では始めましょうか。コランダム。」

悠莉がサフェイロスの刀身を撫でると紋様が光を放ち、シュンシュンとオーたちの前に部屋を横切って塞ぐ何枚もの障壁が発生した。

「ルビヌス!」

だがその障壁は鈍器でガラスを砕くようにあっさりと割れて地面に降り積もっていく。

オーたちは力を誇示するかのように全ての障壁を砕いて進撃してくる。

「駄目じゃないのよ!?」

美保が騒いでレイズハートを放つがやはりレイズに撃ち落とされる。

オーと暴走ジュエルは進撃してきてとうとう悠莉がジュエルたちを守るために張った障壁にまで到達した。

クォーツのジュエルが震え、障壁を突き破らんと構えられる。

「悠莉!」

悠莉はコランダムの強度を信じているのか動かない。

美保がレイズハートを生み出すよりも早く振動する杭がコランダムに触れた。

「トラップ発動。ビット展開。」

その瞬間、障壁とさっき砕けたコランダムの断片が青く輝きを放ち、障壁の前に展開していたオーたちを光の壁が包囲した。

気が付けば悠莉たちとジュエルはコランダムの壁の内側ではなく外側になっていた。

「心行くまでヴァルキリーに牙を剥いたことを悔いてください。コ-ランダム。」

光の壁は収縮し、数十はいた人型のものをすべて飲み込んで青色の宝石に変わった。

たったの一撃で大半の敵を飲み込むソルシエールの圧倒的な力を見て美保は拳を震わせていた。

「さて、次にお仕置きしてほしいのは誰ですか?」

悠莉は美保の心情を知りながらも声をかけることもなく、嗜虐的な笑みを浮かべながらゆっくりと敵に近づいていった。




壱葉ジュエルクラブは微妙な雰囲気に包まれていた。

紗香の話に納得、あるいは背後から攻撃したジュエルを不審に思った者は紗香の後ろに回り、気に食わない奴を攻撃するのはジュエルとして当然だと思っている者はそのままだった。

「だいたい半分ですか。この中にトロイの木馬がいないことを願いましょう。村山さんはこのメンバーを連れてヴァルハラに向かってください。」

「ちょっと、何勝手に決めてるのよ!?」

紗香に斬りかかったジュエルが声を張り上げるが紗香の目にはもう関心がなかった。

「どちらにしろ連絡がつかない以上確認には行かないといけないです。ジュエル1人だとオーに襲われるかもしれませんから。…それとも、行ってはいけない理由でもあるんですか?」

「ぐ…。」

ジュエルは押し黙った。

氷の視線で封殺した紗香は立ち止まっていた村山たちを見る。

「早くしてください。」

「しかし、綿貫一人を置いて…」

「行きましょう!」

管理上の問題で渋る村山に声をかけたのは響だった。

紗香と響は一瞬視線を交わして微笑み合った。

「…そうですね。綿貫、この場は任せます。無茶はしないで下さい?」

「はい。」

残ったジュエルから村山たちを守るように立ち位置を変えた紗香は背後のドアが閉まるまで微動だにしなかった。

防音のドアが完全に閉じ、沈黙が訪れる。

「それで?変な疑いをかけたあんたはこれからどうするつもり?まさか私らを殺す?」

ジュエルたちが嘲るように笑う。

この場にはもう紗香をヴァルキリーの一員として認めている者はいない。

いっそ冤罪で不信任でも勝ち取ろうかと思っているように紗香を挑発する。

「別に向こうの状態が分かるまで待機するだけです。あなたたちもヴァルキリーからここに居るようにいわれたんですよね?ならその通りにしていてください。」

紗香はそれだけ言うとドアまで歩いていき、唯一の出口に背を預けて目を閉じた。

本物にしろ冤罪にしろこれで疑わしきは外に出られない。

「ぐぅ…くぅ!」

なんだか悔しそうな殺意のような視線を無視して今はただ紗香は結果を待ち続ける。




ズズゥン

東北ジュエルクラブの入り口を狭めていた鉄塊の壁が轟音を響かせて倒れた。

起こる暴風に目を細めながら見れば鉄板を踏み越えてオーと暴走ジュエルが展開しようとしていた。

「部屋の隅に集まれ!」

由良は怯えを見せたジュエルに活を入れるように叫んだ。

慌てて移動するジュエルの背中を狙うように暴走ジュエルの魔剣やオーの銃口が向けられる。

「来るぞ!頭抱えてしゃがんでろ!」

由良が振り向くと同時に振動波や光刃、漆黒の弾丸が一斉に襲いかかってきた。

「超音壁!」

振動する障壁が出現しソニックやレイズを打ち消した。

だがコランダムやアイギスほどの強度はなく弾丸がぶつかる度に激しく揺れる。

入り口に鉄塊を集中させてしまったため守りが薄く、このままでは由良が力尽きるまで集中砲火の可能性もあった。

「どうしよう。どうしたら!由良様!」

不安で泣き出したジュエルの頭をポンと叩く由良。

その顔は微塵も悲壮を感じさせなかった。

「防御が薄いのは承知の上だ。それを分かった上でこの形にしたんだからな。」

敵はもうほとんどジュエルクラブに侵入していて逃げ場はない。

「でも、これじゃあ逃げることもできませんよ。」

「そうだな。…こいつらも逃げられないな!」

由良はニッと笑みを浮かべると玻璃を横に振るった。

振動が大きくなり世界が震える。

「この位置なら全部入るんだよ!横震波!」

由良が大振りで玻璃を振りぬくと暴風がジュエルクラブ全体に発生した。

由良やジュエルたちは部屋の隅にいる。

そこから扇状に広がる横震波を撃ったことで由良たちの場所以外すべてが攻撃対象範囲となった。

「~~!」

空気の振動を制する空間内ではまともに動くこともできず叫び声すらもかき消される。

その空間に向けて由良は玻璃で突きの構えを取った。

「さっさと寝てろ、超音破!」

横震波に縦震波が叩きこまれ、縦横無尽の超振動が空間内を蹂躙した。

耳をつんざく高音が消え去った時、たった一撃で目の前の脅威だった敵は一掃されていた。

ジュエルの前で玻璃を振り下ろす由良の後ろ姿は物語に聞く勇者のようだった。

全員が頬を赤く染めて熱っぽい視線を由良に向けていた。

「ちっ、どうやらこれで終わりじゃなさそうだな。」

由良はさっきよりも険しい表情で入り口を睨みつけていた。

超音破の余波で発生した風で土埃が舞っている床を踏みしめる音が近づいてくる。

それはゆっくりとジュエルクラブに姿を現した。

「ソーサリス…殺す。」

「時坂、飛鳥。」

由良は最悪の相手の登場にギリッと奥歯を噛みしめた。

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