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Akashic Vision  作者: MCFL
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第167話 白き運命、黒き宿命

「いらっしゃいませ。」

「ありがとうございました。今年も一年、善き年でありますように。」

新年を迎えて1時間ほど経ったが参拝客は減るどころか増えていた。

新年を家で過ごした後に参拝に来た人たちがたくさんいるようだった。

そこかしこで紅白の勝敗の話題が聞こえる。

相変わらず社務所の売店は盛況だった。

「うわー、作倉さんの巫女服姿が見られただけで今年はラッキーな年になりそう。」

クラスメイトの男子数人が女神作倉叶の巫女に手を合わせて拝んでいた。

接客で忙しくて抗議する暇がない叶の顔は真っ赤になっている。

「あうう、私なんか拝んでもご利益なんてないのに。」

「いえいえ。ただでさえ神々しい癒しのオーラを放つ叶さんが神に遣える巫女の姿を取れば鬼に金棒です。」

琴がとても清々しい笑顔で親指を立てると男子たちも同じように応じた。

琴の思考はコスプレ姿に萌える男子と同レベルのようだった。

「おっみくじ、下さいな。」

「は、はい、いらっしゃ、い!?」

男子たちの反応に呆れていた叶がお客の声に視線を戻すとそこにいたのは"Akashic Vision"の面々だった。

こういう時に限って八重花と真奈美はさっさと帰ってしまっていた。

あるいは2人が帰るのを知っていたからこそ出てきたのか。

「明けましておめでとうございます、皆さん。神など信じない皆さんもお参りですか?」

琴が笑顔で毒を吐く。

尤もその程度で動揺するほど肝っ玉の小さい者は"Akashic Vision"にはいない。

明夜は露店の粉物をいくつも手にして焼きそばを食べているし海は叶の巫女服姿を見てニヤニヤしている。

陸と蘭はにこにこしているだけだ。

暖簾に腕押しだった。

「世界の運命を作り上げた意地の悪い神様の存在なら、敬虔な信者よりも信じてますよ。」

陸の言葉は相変わらず不思議な確信に満ちていて、運命を決める上位存在を知っているかのようだった。

そして蘭は叶の隣にあるおみくじの箱をキラキラした目で見つめている。

「それより叶ちゃん。おみくじおみくじ。」

「あ、はい。どうぞ。」

百円玉を受け取って棒の入ったおみくじの筒を渡す。

「ふっふっふ、一撃で大当たりを引いてみせるよ。」

蘭はガラガラと筒を振り回してから

「えい!」

飛び出した棒を引き抜いた。

「えーと、八番ですね。どうぞ。」

「ありがとー。何が出るかな、何が出るかな?」

お昼のサイコロ転がすBGMを口ずさみながら叶から受け取った八番の紙を開いた。

「わー、中吉だ。一番リアクションに困る結果だね。」

「いや、蘭さん。おみくじはリアクション要らないから。」

決して悪くない結果なのに不満げな蘭にすかさず陸がツッコミを入れる。

陸のツッコミスキルは着実に上がってきているようだった。

「でも楽しそう。叶ちゃん、私にもお一つちょうだい。」

「私もやる。」

はしゃぐ蘭に感化されたのか海と明夜もおみくじに手を出した。

海は妙に男らしく一発で、明夜は筒を振るのが気に入ったのかなかなか棒を出さなかった。

「あらら、凶だね。」

「吉。」

出た結果を見て海は苦笑してヒラヒラと紙を振り、明夜は折り畳んでポケットにしまった。

「一応新年の挨拶は終わったし帰ろうか。」

年始回りだったらしく陸がそう切り出した。

叶は"Innocent Vision"として陸を食い止めないといけないと思いつつ何故か口が上手く回らない。

蘭たちも特に不満を口にすることなく陸について列から社務所から立ち去ろうとする。

「あ、あのっ!」

叶は全身全霊の力を振り絞って声をかけた。

陸が何事かと振り返る。

以前と変わらない優しい瞳の奥に揺るぎない信念とわずかな警戒が見えて気力が萎えかける。

叶はその気概がなくなる前に言った。

「折角だから、おみくじ引いていきませんか、陸君?」

"Innocent Vision"の長から何を言われるか警戒していたのだろう。

陸はキョトンとした顔をしたあとフッと笑みを溢した。

「そうだね。折角だから神様に今年の運勢を占ってもらおうかな。」

「はい!」

叶から棒の入った筒を受け取り、軽く振って一本の棒を取り出した。

「二十二番だね。」

「はい、えーと、これです。」

おみくじを渡すときにわずかに触れた陸の手の冷たさに叶は驚きが顔に出そうになるのを抑え込んだ。

陸はおみくじを開くとまるで分かっていた事実を知ったかのように諦めた苦笑をした。

「やっぱり僕は神様に嫌われてるみたいだね。」

陸が差し出したおみくじを手にとって叶と琴が覗き込む。

「え!?」

「こんなことが。」

そこには…何も書かれていなかった。

吉も凶もない、ただの白紙。

ただの手違いだとしてもあまりにも出来すぎていた。

「僕は"人"としての運命を占われることも出来ないわけだ。それじゃあ、叶さんに琴さん、今年もよろしく。」

陸は軽く挨拶の言葉を口にすると3人を引き連れて今度こそ去っていく。

「待っ…」

「すみませーん。」

呼び止めようとした瞬間、これまで空いていた社務所が突然混み始めた。

まるで今まで社務所の存在を忘れていたように。

陸たちの姿はもう人混みの向こうに消えていた。

(さっきまでのが、夢だったみたい。)

叶はそんな風に感じたことが怖くなって陸の引いた白紙のおみくじをぎゅっと握り締めた。




各地のジュエルは善戦していた。

ジュエルクラブに1人は連絡係を据えているため葵衣の元にはほぼリアルタイムで情報が回って来ており、それは纏められて撫子に伝えられていく。

「初期に確認されたオーの損耗率が50%を上回りました。ジュエルの被害は現在のところ皆無です。」

いくら指導者がいるとはいえ武装したオーを相手にしてこの戦果はジュエルとしてはかつてないほどに優秀だった。

だが撫子の表情は芳しくない。

椅子に腰かけたまま指を組み、遠くを見つめているような目は現在ではない先を見通しているようだった。

「…魔女からの手紙には紛い物の魔剣を担う者を滅ぼすと書いてあったわね。」

「はい。そのように記憶しております。」

「それにしては攻撃が単調な気がするわ。魔女オリビアの雰囲気から察するにもっと狡猾な罠を仕掛けて来そうなものだけど。」

確かにジュエルの錬度が上がって部隊として強くなったこともあるだろう。

だがオーが配備の整ったジュエルクラブに真正面から攻め入ってきたからこそ防御の準備が完了した状態で戦えているのである。

「魔女の傲慢な自信とも考えられます。」

もちろんそれもある。

ジュエルが相手ならオーをこれだけ送り込めば倒せると考えているだろう。

だがヴァルキリーメンバーが入ればその勘定は意味を成さなくなる。

むしろ魔女からの手紙はそうなるように仕向けられたとも言えた。

「ヴァルキリーを分散させたならば手薄になるのはこのヴァルハラ。しかしここはおろか壱葉ジュエルクラブにもオーは出現していない。これは何を意味しているのかしら?」

オリビアの思惑は撫子の頭で考えたところで答えは出ない。

ピーピーピー

葵衣も考えていたところに通信が入った。

「こちらヴァルハラ。どうなさいました?」

『九州ジュエルです。連絡が取れなかった他のジュエルが援軍に駆けつけてくれました!』

続けて他のジュエルクラブからも残り3割の音信不通だったジュエルたちが助けに来てオーを挟撃する形になって有利だという報告を受けた。

「お嬢様。連絡のつかなかったジュエルが合流したとの報告を受けました。これで各地のジュエルクラブの戦力は万全です。」

「…。」

何故撫子が腑に落ちない顔をしているのか尋ねようとしたところで

ピリリリリリ

携帯が鳴り出したので葵衣は撫子に会釈して電話に出る。

「こちら海原。どうし…」

『こ、こちら特別病棟!東北から検査のために連れられてきていた方々が突然暴れだしました!うわぁ!』

「もしもし、詳しい状況を!」

葵衣が珍しく声を張り上げるが聞こえてくるのは砂嵐のような雑音だった。

ブン

さらに突然ヴァルハラを含む壱葉高校の電源が落ちて双方向通信システムを含むパソコンが落ちた。

「やはり、そういうことですか。」

撫子がゆっくりと立ち上がった。

葵衣はたった今掛かってきていた電話の内容を伝えようとしたが撫子の様子はすでに戦闘時の緊張感を醸し出していた。

「お嬢様?」

「葵衣、おかしいと思わない?音信不通だったジュエルが全員、どうして真夜中のジュエルクラブに集まることを知っていたのかしら?」

「それは…確かに。」

もしも連絡が届いていなかったなら知っていることがおかしく、連絡を受けていたなら返事をしないのもまた不自然。

そしてその音信不通だった全員がほぼ同じタイミングで救援に駆けつけたことが一番あり得ないことだった。

「そして遅れてきたジュエルの到着と同時にヴァルハラの電源が落ちて連絡がつかなくなった。葵衣、先程の電話は?」

「暴走した盛岡ジュエルが暴れだしたという連絡でした。」

もう葵衣も撫子の言わんとしていることを理解して立ち上がっていた。

本来元日の深夜に学校にいる者などいない。

だというのに廊下からは複数人の足音が聞こえてきていた。

撫子はアヴェンチュリン・クォーザイトをグッと握りしめて絞り出すように呟いた。

「ジュエルの暴走は魔女オリビアによって仕組まれたものであり、彼女たちは魔女の尖兵だということね。」

その答えの代わりのようにヴァルハラの扉が外側から爆発した。




ヴァルハラ襲撃を機に各地のジュエルクラブでも異変が起こっていた。

「な、なんで…」

戦局が優位だったとしても追い詰められた状況に変わりはなく、黒い異形の向こうに朱色の目をしたジュエルが立っていれば誰だって援軍だと思うだろう。

「ソニック。」

「レイズ。」

「ルビヌス。」

だから援軍だと思ったものに攻撃されれば、

「なんで、グラマリーを!?」

それがグラマリーを使ったとなれば平静でいられるはずがなかった。


「動揺するなとは言わないけど陣形を維持して!」


「何なのよ、これは!?」

「ジュエルの暴走、そして魔女の策でしょうね。ですがその程度のグラマリーでコランダムを突き破れますか?」


「ボクたちの相手はジュエルじゃない。だけど邪魔をするなら暫く大人しくしていてもらうよ!」


「ちっ。陰湿な手を使いやがる。仲間殺しになりたくなければ下がってろ。ここからは俺の仕事だ!」


それでもヴァルキリーやインストラクターの対処によってどうにか戦意の喪失と陣形の瓦解は免れて体勢を立て直しつつあったが、暴走ジュエルの登場で戦局は一気にオリビアの軍勢に傾いた形となった。




壱葉ジュエルクラブは1時間経った今もオーが襲撃してくる様子はなかった。

ジュエルたちの多くは完全に集中力が途切れており地べたに座り込んでいる者もいた。

「…。駄目ですね、繋がりません。」

村山はヴァルハラに連絡して今後の指示を仰ごうとしたが繋がらなかった。

紗香はずっと動かずに瞳を閉ざしている。

その手に握る槍がわずかに震えた。

「…帰りましょう。」

予想外の紗香の言葉に村山やジュエルたちは耳を疑った。

「本気ですか?」

「はい。ヴァルハラと連絡が取れないから何かあったのかもしれません。何もなかったとしてもここで時間を潰すよりも確認に行った方が有効です。」

村山はなるほどと納得したがだらけたジュエルは不満げだ。

「あたしたちはここに来るように言われたのよ?」

「それは戦いの準備を進めて下さっていたからです。わたしたちの目的はジュエルクラブの防衛ではないんです。」

意外と考えている紗香の言葉に対抗心から反論しようとしていたジュエルは黙った。

あからさまに不満そうなジュエルもいるがいちいち気にしてられない。

「とりあえずわたしが先行して様子を見てきます。村山さんは引率をお願いします。」

紗香はぱっぱと指示を出すと訓練所の出口に向かう。

その背中に向けて飛び出したジュエルが魔剣を振りかぶった。

「綿貫…!」

バチッ!

「くっ!」

だがジュエルの刃は紗香の周りに発生した電撃に弾かれた。

紗香を襲ったジュエルは手を擦りながら紗香を見上げるように睨み付ける。

「…あなたは、魔女の仲間ですね?」

「はあ?何言ってるの?」

ジュエルが馬鹿にしたように鼻で笑うが紗香は冷たい目で見下ろしている。

「悠莉お姉様から聞きました。ジュエルの力はヴァルキリーのために使われるよう枷があると。わたしはヴァルキリーのソーサリス。本来ならジュエルが刃を向けることは出来ないはずです。」

「しらないわよ、そんなこと!あんたが気に食わないと思ってやっただけなんだから。」

紗香とジュエルは互いの主張を譲らずにらみ合っていた。

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