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Akashic Vision  作者: MCFL
166/266

第166話 ジュエルクラブの戦い

パン、パンッ

どこかで花火が上がる。

「ハッピーニューイヤー!」

神社なのに英語で新年を喜ぶ声が響く。

遂に時計の針は頂点に上り、来年が今年になった。

「明けましておめでとうございます。」

「にゃはは、おめでとー。」

あちこちで新年の挨拶を交わして頭を下げている光景が見える。

太宮神社の境内にいた人たちはぞろぞろと本殿に向かい新年の願掛けを始めた。

「琴お姉ちゃん、あけましておめでとうございます。」

「あけましておめでとうございます、叶さん。それではそろそろ忙しくなりますのでよろしくお願いします。」

「はい、頑張ります。」

ぐっと拳に握って意気込みを示したところを客に見られて叶は恥ずかしそうにしながら接客を開始した。

(後程暇を見つけて一度先見をしておきましょう。どうにも良くない気を感じます。どうかそれが叶さん…いえ、"Innocent Vision"の皆さんと関わりがありませんように。)

琴は本殿から少し離れた社務所で最初の願いを心に紡ぐのであった。



そして琴の感じた悪い気は今まさに全国で同時に動き出していた。

「警報です!各地のジュエルクラブに一斉にオーが出現した模様!各員は戦闘態勢に移行したようです。」

「始まりましたか!相手には魔女オリビアとソーサリスの時坂飛鳥さんがいます。その出現場所次第ではわたくしたちも動きます。」

「関東に出ることを願います。」

それ以外の地区では物理的に距離が離れすぎている。

数時間の差があれば戦いは終わってしまっている可能性が高い。

ソーサリスを分断させなければならない現在の体制はそこに問題があった。

(早くソーサリスとも渡り合えるだけのジュエルを開発しなければなりませんね。)

今後の課題を胸に刻んで撫子はレッドアラートの浮かぶ日本地図を睨み付けていた。




九州の福岡ジュエルは年始から千客万来だった。

「剣のタイプと銃のタイプが半々で100くらいだね。」

良子は最前線に立って迫り来るオーの大軍を見やる。

その後ろには魔剣で武装したジュエルが隊列を組んで並んでいた。

「どうしましょうか、良子様?」

「これまでだったら遠距離攻撃が出来ないから一気に詰めて接近戦に持ち込むって流れだったけど…」

良子の育てたジュエルは指導者に似て近接戦闘に強い者が多い。

当然その戦法で行くと思っていたが良子はラトナラジュを両手で振り下ろすと先端をオーに向けた。

「飛べ、バラス!」

ラトナラジュの槍の部分の先端から発射された真紅のレーザーは一直線に飛んでオーの体を貫いた。

さらにその出力は凄まじく、その後ろに並ぶオーも数体まとめて貫通した。

「やっぱり細いから致命傷にならないみたいだけど、こっちにも射撃武器がある。ジュエルスリングと組み合わせて遠くから数を削る。ある程度近付いたら一気に近づいて叩くよ!」

バシュッ、バシュ

ラトナラジュから断続的にレーザーが放たれオーを倒していく。

それはさながら往年のシューティングゲームのようだった。

だがオーも黙ってやられてくれはしない。

銃を携えるオーが漆黒の弾丸で反撃してきた。

秒速100メートルに至る弾丸は放物線ではなく直線で飛ぶ。

「皆は不用意に顔を出さないように!首が飛ぶよ!」

だからジュエルたちは特注で用意させた武骨な鉄塊の後ろにいた。

鉄筋やら合板の寄せ集めだが数が集まっているため立派なバリケードとして機能している。

良子はその鉄塊の上から攻撃していたのだ。

ガイン、ガイィン

弾丸がぶつかる度に金属の震える音がしたが厚さが2メートルあるような鉄板はさすがのオーも貫けないようだった。

良子はソルシエールとルビヌスの身体強化で弾丸を見極めて避けている。

それはとても人間業とは思えない動体視力と反射速度だった。

「焦らないでいいよ。ゆっくり削ってから一気に叩き潰す。誰も犠牲になんかしないぞ!」

「おーっ!」

九州ジュエルはキャプテン良子を中心に固い団結力で戦っていた。




東北でも同様に新年を迎えると訓練所のドアから普通にオーが乗り込んできた。

「オ?」

だがドアを開けた先に広がるのは鉄塊だった。

分厚い鉄板が閉じようとする門のように立っており人が1人通れそうなくらいの隙間しか開いていなかった。

ジュエルクラブにいるジュエルを皆殺しにするためにやって来たオーは迷わず隙間を通り抜けようと進んだ。

「やあーっ!」

抜け出した瞬間、オーの脳天に全力で振り抜かれた斧型のジュエルがめり込んだ。

「オーッ!?」

オーは頭をかち割られたのにまだ生きており必死に斧を引き抜こうとする。

紅色の目を見開いて頭から黒い煙を吹き出しながらも動くオーに

「ひぃ!」

斧を振り下ろしたジュエルは恐怖の悲鳴を上げた。

立ったまま膝は震えて体は動かなくなり、口から意味のない言葉が悲鳴として漏れる。

斧が抜けないと悟ったオーはジュエルに手を伸ばす。

それはもはやホラーの映像であった。

ジュエルはひきつった笑みを浮かべて恐怖に気がふれかけていた。

「オーッ!」

「いい加減キモいから消えろ。」

サクッ

斧がめり込んだ頭を貫く何色にも染まらない透明な杭。

突き刺さった直後、

「震えろ、玻璃!」

担い手の声と共にソルシエール・玻璃は自身を中心に振動波を放った。

「オオオオー!」

オーは微細振動する玻璃に内部から分解された。

由良が手を振るといつの間にかその手に玻璃が戻ってきていた。

「うわーん、由良様、怖かったですー!」

オーと戦っていたジュエルが泣きながら由良に抱きついた。

「おっと。ったく、全力で叩き割ればいいものを途中で怖じ気づくからだ。」

口調とは裏腹に片手で頭をポンポンと叩いてあやす由良。

それを見た他のジュエルは物凄く不満げで、中にはハンカチを噛んで悔しがる者もいた。

「ほら、さっさと戻れ。次が来るぞ。」

「はい、行きます!」

待機していたジュエルが魔剣を握り締めて前に出る。

由良はわざとオーの侵入経路を狭めてオーが少数しか入ってこられない状況を作り出し、ジュエルたち一人一人がオーと戦える舞台を作り上げていた。

(オーがどれくらい賢いのかは知らないが、最後までこれで持つとも思えない。まあ、それまで精々こいつらの実戦訓練の相手でもしてもらうさ。)

すっかりリーダーが板についている由良は懸命に戦うジュエルを厳しくも優しく見守っていた。




関西ジュエルクラブの訓練所には閃光が飛び交っていた。

「片っ端から切り裂きなさい、レイズハート!」

3つの翠の光刃が訓練所の空間を飛び回りオーを斬り倒していく。

「威勢が良いのは構いませんけど、どうして私のコランダムの内側にいるんです?」

「う、うるさいわね!」

疑問系であったが悠莉は美保の行動の理由を知っている。

知った上で弄っているのである。

相変わらずのSっぷりだ。

「最初、何も考えずに突っ込んだ美保さんはデュアルジュエルのコランダムを当てにしていましたが思いの外オーの攻撃に威力があって身の危険を感じたため退避してきた。なんて私は知りませんよ?」

「あー、もー!どうせうちは何も考えず突っ込んだわよ!」

美保が苛立たしげにガリガリと頭を掻いて乱雑にスマラグド・ベリロスを振り回すとレイズハートの速度が増した。

「ふふ。冗談です。さすがに美保さんとはいえあれだけの数を1人で相手に出来ると思うほど傲慢…。…」

「そこは否定しなさいよ!」

「仕方がありませんね。それで、何をするつもりだったんですか?」

冗談のような会話の中に本題を滑り込ませる悠莉に勝てる気がせず美保はため息をついた。

現に悠莉は会話をしながらも巨大なコランダムでジュエルたちを守っている。

「ここにいるオーを全部1人で倒せばソルシエールが復活するかと思ったのよ。」

未だにソルシエール復活の手がかりは何も掴めていない。

だからかつての"Innocent Vision"と同じように自分の思う通りにやってみようと考えた結果がオー百人斬りであった。

「妖怪を100人殺せば鬼になる、そんな話をどこかで聞いたことはありますけど、いよいよ美保さんも妖怪の仲間入りですか。」

「うちをのけ者にしようとするな!ソルシエール使ってる悠莉だって"化け物"でしょうが。」

2人は口論めいた会話を繰り広げているがグラマリーには微塵も揺らぎがない。

強固な障壁に守られた関西ジュエルは呆気に取られたまま数を減らしていくオーと漫才を続けるヴァルキリーを見つめていた。




名古屋ジュエルに集まったジュエルたちは軍隊を感じさせる整列を成し、気迫を押し込めた静かな闘志を瞳に宿していた。

鉄塊を入り口に置いてオーの侵入を遅らせているがいつまでも隠れているわけにもいかない。

緑里はジュエルたちの正面に立った。

「ここに集まってくれたジュエルのみんな。まず先にお礼を言っておくよ、ありがとう。」

いきなり頭を下げられてジュエルにわずかな動揺が広がるが緑里が顔をあげるとすぐに静まった。

「このジュエルクラブには他にソーサリスを回したからボクを含めてもジュエルしかいない。多分一番命の危険があるジュエルクラブだと思う。」

緑里はもう一度頭を下げる代わりにチャキッと手にしたベリル・ベリロスを眼前に立てて構えた。

「だけどボクは、君たちならオーに引けを取らない戦いが出来ると信じてる。今日までの訓練を思い出して。強さはソルシエールみたいな個人だけの力で決まるものじゃないってことを証明してやろう!」

「ハイッ!!」

一糸乱れぬ返事と共に全員が魔剣を立てて構えた。

「相手も数で攻めてくるオーだけど、統率力の違い、見せてあげよう!」

「おおーっ!」

「オーッ!」

ジュエルの叫びに呼応したように鉄塊の向こうでオーが吠えた。

緑里は瞳を閉じて空間内の全ての物の所在を探る。

それはジュエルやオーも含まれている。

葵衣と共に武術で鍛えた気配察知はカボションにより強化されて視界に頼らない探知が可能になっていた。

「行くよ!浮き上がれ、鉄塊!グラマリー・カボション!」

緑里がベリル・ベリロスを掲げると個人では到底持ち上げられないような鉄塊が浮き上がった。

ドアを封じていた支えが取れて一気にオーがなだれ込んでくる。

しかし、その頭上にはまだ緑里が浮き上がらせた鉄塊が漂っていた。

飛び込んできたオーが紅色の目をぎょっと見開いたがすでに遅い。

「受け取りなよ!」

緑里がカボションを解除すると重量のある鉄塊は重力に従って落下を始める。

ガランガランと金属の雪崩がオーを襲い、押し潰していく。

その音を戦いの開始を告げる銅鑼に見立て、緑里のジュエル兵団は侵攻を開始した。




各地でジュエルとオーの戦いが勃発し、徐々に激化の一途を辿る中、壱葉ジュエルは静かだった。

「…。」

紗香はいつオーが攻めてきてもいいようにトパジオスの台尻を床に付いてドアを凝視していた。

だが日付の変更と共に襲撃があると聞かされていたジュエルたちはたった数分の沈黙にも耐えられず雑談を始めていた。

「あなたたち、緊張感を持ちなさい。」

インストラクターの村山がたしなめると返事はするがすぐにまた騒がしくなる。

ここにいるのが葵衣ならこうはならないが以前所属していて気に食わなかった紗香がソーサリスになって帰ってきたとあっては不満もある。

騒いでいるのは紗香への当て付けの意味合いが強かった。

こんなことなら年末の歌番みたかっただの紅白どっちが勝ったのかなど本格的に緊張感がなくなり始めていた。

村山は説得を諦めて紗香に近づいた。

「綿貫…様。」

「あ、別に綿貫で良いですよ。歳上の方に様付けされるのは緊張します。」

「それでは綿貫で。この状況、芳しくないでしょう?どうします?」

呼び方は直しても葵衣に倣って丁寧な言葉遣いを心掛ける村山は口調が崩れない。

そんなどうでもいいことを気にしながら紗香は前だけを見つめていた。

「好きにさせておけばいいです。気を抜いて命を危険に晒すのは自分の判断です。」

ジュエルを率いる者としてはかなり冷たい考え方に村山は絶句するが、ジュエルの頃からこんなだった気もする。

聞こえたジュエルは露骨に舌打ちしたが紗香は気にした様子もない。

(わたしが来たこのジュエルクラブに敵が来ない。つまり、ジュエルを焦れさせて内側から崩すつもりですか。よく見てますね。)

巌流島の戦いよろしくオーが武蔵のように遅れてくる。

あるいは、オーは壱葉ジュエルクラブに来ること無くジュエルが反乱をするのを待っているのかもしれなかった。

紗香の考えなど気付く訳も無くジュエルの不平不満は刻一刻と高まっていた。

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