第164話 立ち位置
由良は冬休みだというのに壱葉高校に出向いていた。
というか呼び出されていた。
これが不良連中の果たし合いなら今もベッドの中で惰眠を貪っていただろう。
しかし最近はクラスメイトになつかれたり乙女会と関わり合いがあるせいか喧嘩を売られることがほとんどなくなっていた。
むしろクリスマスパーティー前には
「おはようございます、羽佐間さん。いやぁ、今日もいい天気ですね。あ、パーティーがあるって聞いたんですけど…」
と媚びを売ってくる始末。
もちろん気持ち悪いので叩きのめした。
だが今日呼び出したのは違う連中だった。
由良は校内に入って靴を履き替え、一度2階に上がったあと別の階段で1階に降りた。
壱葉高校1階の奥の部屋。
一般生徒が畏れ多くて近づかない区画。
「入るぞ。」
その名はヴァルハラ。
乙女たちの…戦乙女たちの園。
「お呼び立てしてすみません。ようこそおいでいただきました。」
普段は乙女会会長が座る席に今日は別人が座っている。
だが自然とこちらが本来の姿なのだと感じさせるものがあった。
乙女会の、そしてヴァルキリーの長である花鳳撫子は由良の訪問を微笑みで迎えた。
「はい、座って。」
緑里が撫子の正面の席を促し椅子を引く。
由良が座るのに合わせて上手く椅子を押す辺りに普段はあまり感じられない上流階級の関係者だということを窺わせた。
「寒い中ご足労いただき感謝致します。温かいお飲み物をお召し上がり下さい。」
そして完璧使用人の葵衣はすかさず湯気の立ち上る温かい紅茶を置いた。
「至れり尽くせりだな。」
由良は高貴な対応過ぎて逆に息が詰まるような感じを苦笑で表して紅茶に口をつけた。
寒い日に温まるジンジャーティーを出す葵衣の心遣いに内心感嘆する。
葵衣と緑里が両隣の席に着くのを確認してから撫子は口を開いた。
「本日の羽佐間さんは大切な交渉相手ですので。正直に言ってしまえば呼び出しに応じていただけないことも覚悟していました。」
「元々所属していた"Innocent Vision"が形を変えたとはいえ同じメンバーで再結成したから俺もそっちに戻るってか?」
撫子がわざわざクリスマスパーティーの翌日に由良を呼び出したのはまさにその件について話し合いたかったからだ。
「相変わらず頭の回転の早い方で助かります。」
主題を言い当てられて困ったように微笑む撫子に由良は首を横に振って応じる。
「陸や八重花ほどじゃねえよ。」
「あの方々と比較されるのは対象が高水準です。羽佐間様は十分に賢い方です。」
客観的な意見で褒める葵衣に由良は軽く手を振って止めさせた。
「世辞はいい。それで用件は…ってヴァルキリーに引き留めようとする以外無いか。」
「はい、そうなりますね。」
撫子は真剣な表情で頷いた。
「現在の状況はヴァルキリー、"Akashic Vision"、オーの戦いに"Innocent Vision"が加わった四つ巴です。オリビアの配下だった桐沢茜さんが倒れたことでオーの戦力は低下しましたが、ソーサリス数人と同等以上の戦いをした魔女オリビアの力は侮れません。」
この場にいる全員がファブレという魔女の恐ろしさを知っている。
ソルシエールを作り出し、ジェムやオーといった怪物を生み出し、ソーサリスとは一線を画する強大な力を持つ存在、魔女。
だからいくらオリビアの手勢が減ろうと相手が魔女である以上、楽観は出来ないことは承知している。
続いて葵衣がお辞儀をして話を引き継いだ。
「"Akashic Vision"はオブシディアン、オニキス、アダマスのソルシエールとそれらを扱うソーサリスの高い技量のため安定して高い戦闘力を有しており、半場様の未来視の力もあって警戒せざるを得ない相手です。」
「"Innocent Vision"も太宮院琴が加わってセイントが2人になったから魔剣に対してさらに強くなったし、"太宮様"の未来視に東條八重花の頭もあるから油断できないよ。」
葵衣に続いて緑里も自身の感想を含めて"Innocent Vision"に対する評価を述べた。
敵対勢力3つの確認をした上で由良はカップを傾けてお茶を啜った。
「他の組織の構成はほぼセイントかソーサリスだ。ヴァルキリーも下沢と等々力、それとタヌキの覚醒でソーサリスは3人になったわけだが、まあ、他の所に比べると力不足だな。」
「全くもってその通りです。」
由良の辛口な評価に撫子はまったく異論を挟めなかった。
「魔女オリビアの同志を名乗る時坂飛鳥さんのグラマリー・モルガナは従来のグラマリーよりも強力であり魔女の力で何らかの強化が施されている可能性が高いです。」
「"Akashic Vision"にしましても現実と区別できない幻覚やブリリアントなどかなり高位のグラマリーを使うことが確認されております。」
「"Innocent Vision"はボクたちよりも由良の方が詳しいと思うけど東條八重花のカペーラとか聖なる力の能力が高いね。」
「分担でもあるのか?」
由良の素朴な疑問に首を振った緑里は若干表情に陰を落とした。
「今回は一緒に戦ったけど"Innocent Vision"は全員"化け物"だよ。多分あのメンバーなら桐沢茜にもっとあっさり勝ってたよ。」
「…だろうな。」
2人係りで茜と善戦した程度の戦果だった由良も微妙に落ち込んだ。
実際、八重花は圧倒的というべき力で茜に勝利している。
相性の問題もあるが明らかに"Innocent Vision"は強くなっていた。
「何が違うのかは現在のところ不明ですが、ヴァルキリーのソーサリスの戦力では十分とは言えません。そこで羽佐間さんには正式にヴァルキリーに加わっていただきたく、こうして席を設けさせていただきました。」
もはや由良を誘う細かい理由など説明するまでもない。
"Akashic Vision"と"Innocent Vision"のメンバーが各々の信念で活動するのは目に見えて明らかであり勧誘は不可能。
あとは唯一ヴァルキリーに理解が有りそうな由良しかいないというのが実状だった。
「…ふむ。」
由良はため息なのか考えながら呟いたのか小さく声を漏らして腕を組んだ。
緑里がなついているという点を差し引いても由良のソーサリスとしての力やヴァルキリーメンバーとは違う視点に立つ思考は迎え入れるには十分な資質だ。
撫子たちは静かに由良の答えを待つ。
この場で断られてもしつこいと言われるのを覚悟で勧誘を続行するつもりでいた。
「…ヴァルキリーの最終的な目的は世界の恒久平和で間違いないか?」
「え、はい。」
答えを期待しただけに肩透かしを食らったように感じた撫子だったが由良の表情の真剣さを前にして苦笑することもできなかった。
「ヴァルキリーがその理想を実現する手段はジュエルじゃなかったのか?」
それはまだ叶が前"Innocent Vision"のリーダーになったばかりの頃、葵衣が交渉した時に言った言葉だ。
当然その当時"Innocent Vision"のメンバーだった由良は叶からその話を聞いている。
「!それは…」
「これ以上ソーサリスを増やすとヴァルキリーの中では過半数だ。そして強さは圧倒的にソルシエールの方が強い。弱いジュエルに従うのが嫌にでもなったら最悪"Innocent Vision"みたいにソーサリスだけで独立することだってあり得るわけだ。」
ヴァルキリー内でのソルシエールの扱い、ジュエルとソーサリスの強さの差違は撫子たちも考えていた。
しかし由良に言葉として突きつけられると非常に難しい問題なのだと認識せざるを得なかった。
「確かにヴァルキリーはわたくしたちの開発したジュエルの力で世界の恒久平和を目指したいと考えています。しかしその理想の妨げになる組織は先ほども述べたようにソーサリスやセイントばかりで、正直に申し上げればジュエルの力では太刀打ちできなくなりつつあります。今さら良子さんたちにジュエルに戻るよう言ったところで不利益にしかならず、羽佐間さんの仰られたように独立されてしまっては理想の実現はさらに遠退いてしまいます。」
撫子は紅茶に口をつけて深いため息を溢した。
海原姉妹が不安げに見つめるのを手で制して居住まいを正す。
「将来的な計画はともかく、現状ではソルシエールの力の利用はやむを得ません。どうか羽佐間さんのお力をわたくしたちにお貸しください。」
「よろしくお願い致します。」
「由良、お願い。」
3人に頭まで下げられて由良はばつが悪そうに頭を掻いた。
ジュエルの理想は一朝一夕ではどうにもならず、むしろ一生をかけて成し遂げる課題だ。
その過程で強大な敵が現れたからソルシエールという強い力に一時的に頼るのは間違っていない。
ただ、すべてがヴァルキリーの思うように事が進んだとしても最終的にソルシエールをどう扱うかの問題は解決されないのだが、そこは先送りにするようだった。
「それともう1つ。戦力不足って言うんならあと4人ソーサリスになる可能性があるんじゃないのか?」
その4人とは当然この場にいる撫子たち3人と美保だ。
今後他にも紗香のように新しいソルシエールを手に入れる者がいないとも言い切れないが不確定すぎる。
とりあえずソルシエールが復活する可能性はこの4人が高い。
「美保は…絶対ソルシエールを復活させようとするよ。」
「…。」
美保に関しては分かっている。
だがこの場にいる3人は迷いを見せていた。
それがジュエルを率いる者としての責任なのかソルシエールの力を恐れているのか、表情からでは分からない。
「無理に聞きたい訳じゃない。迷ってるならそれでいい。」
由良は重くなりかけた雰囲気を手を振って払拭した。
「それで返答はどうなのですか?」
「とりあえず俺は乙女会に入るのは御免だ。」
由良の答えに撫子がサッと青ざめる。
その震える手を葵衣と緑里がそれぞれ握って支えた。
「俺はどう転んでも手本になる乙女って柄じゃないからな。だが、ヴァルキリーの護衛としてならまだ暫くは付き合ってやってもいいぜ?」
「それって…これまでみたいに一緒に戦ってくれるってことで、いいんだよね?」
緑里の窺うような問いに由良はフッと笑う。
「カナたちの作った"Innocent Vision"は対話のための集まりだって言うんだ。その場で陸を殴るわけにも行かないだろ?だから暫くはヴァルキリーに協力してやるよ。」
もちろん本心も含まれているだろうが由良の気遣いが見え隠れしていて3人はじわりと瞳に涙を浮かべた。
「わっ、馬鹿。何泣いてんだ!?」
うるうるした目をされた由良が慌てて手を振り回す。
照れているのは丸分かりで撫子たちは顔を見合わせて笑い合った。
その後
「やっぱり俺は"Innocent Vision"に戻る!」
と拗ねた由良を引き止めるために撫子たちは四苦八苦するのであった。
"RGB"の3人は壱葉駅近くのファーストフード店に入っていた。
「この新商品はなかなか…」
良子はハンバーガーを食べるのに忙しく
「寒い日に飲むミルクセーキも乙なものですね。」
悠莉はくそ寒い外を見ながらミルクセーキをチューチュー吸っている。
「…………。」
そして美保はそんな2人をジーッと睨んでいた。
「む、あげないぞ?」
「あげませんよ?」
2人揃って手にした食品を遠ざけると美保の額に青筋が浮かんだ。
「うちはそんな食いしん坊じゃないわよ!っていうかそうじゃないでしょ!?分かるでしょ!?」
「美保さんが騒がしいのは分かっていますからもう少し落ち着いてはどうです?」
しれっと悠莉が返すと美保は地団駄まで踏み出した。
「ムカつくー!そうじゃなくて傷心のうちを慰めてもいいんじゃない?」
「ふふ、美保さんが小心者だなんて面白い冗談ですね。」
「そっちじゃないわよ!」
美保はさらにヒートアップしようとしていたが周囲の客にさっきの漫才のような会話を笑われてしまい、拳を震わせながら着席した。
そのままテーブルの上にだれる。
「うう、どうしてうちだけソルシエールが復活しないのよ?」
要するに今日の集まりは美保が愚痴り、手がかりを見つけるために2人を呼んだのである。
ちなみにミルクセーキも新発売のハンバーガーも美保の奢りだ。
払った分の情報はもらわないと割りに合わない。
「それで、どうやって復活させたの?」
「それは簡単です。紗香さんを助けたいと思った心、つまり愛の奇跡ですね。」
「…。」
「…。」
悠莉の言葉に美保だけでなく良子も固まった。
こっ恥ずかしいセリフだが言い切った悠莉はむしろ満足げだ。
「…どうでしたか、良子先輩。」
「そうだね。負けてたまるかって気持ちだった気がする。」
「あー、反骨心とかはなんか鍵っぽいですね。」
美保は悠莉を放置して良子に聞いた。
悠莉は放置されて
「ふふふ。」
なぜか恍惚とした表情になっていた。
一時から責めだけでなく受けまで身につけてしまったのだからこうなっては手に負えない。
美保は今さら悠莉に聞く気も起こらず
「よーし、絶対に復活させるわよ!」
ソルシエール復活を誓うのであった。
それを見た悠莉は小さく嘆息する。
(私の事例が参考になるわけがありませんから。自身の心を暴かれる恐怖で覚醒したなんて。)
悠莉はその考えを封じ込めて美保を弄るために話に加わった。