第162話 パーティーナイト
「あー、やっと帰ってきた!あれ、ドレスが変わってる?」
「花鳳先輩たちのお色直しのご相伴を預かっちゃった。」
"Innocent Vision"とヴァルキリーの面々は葵衣が手配した車で町まで戻りドレスを調達してクリスマスパーティーの会場に戻ってきた。
1時間半程度で戻ってきた計算になるがパーティーは宴もたけなわな様子になっていた。
「あ、紗香ちゃん。やっと来た。心配したんだよ?」
「ごめんなさい、響。心配をかけたようで。」
紗香は歯切れが悪く返事をした。
遅れて悪かったという感情よりも自分だけソルシエールを手に入れてしまったことへの罪悪感があった。
そんな紗香の内心には気付かず響は手を取って引っ張る。
「男子に取られないように料理確保しといたから食べよう?」
「はい、ありがとう。」
紗香ははにかみながら手を引かれて会場に入っていった。
ありがとうの言葉に八重花が顔を俯かせたが誰も慰めるべき言葉が見つからない。
「せっかく乙女会の皆さんが帰ってきたことですし、ささ、ステージに上がってください。」
そんな心情を知る由もない裕子はメインゲストである乙女会メンバーを壇上へと促す。
撫子は戸惑う視線を八重花に向けたが微笑んで頷かれたので観念した。
撫子たちを見送った後、八重花の肩を叶が抱く。
「大丈夫、八重花ちゃん?」
「…っ。…少し、風に当たってくるわ。」
八重花は息を詰まらせて俯くと早足に会場から出ていった。
「八重花ちゃん…」
心配そうに見送る叶の肩を真奈美が叩く。
「今はそっとしておいてあげよう。」
「…うん。そうだね。」
「あ、あの、叶さん?」
そして何故か壁の後ろにさっきから隠れている琴が声をかけた。
「何やってるんですか、琴お姉ちゃん?」
「あの、その、わたくしのこの格好、おかしくはありませんか?」
オリビアとの戦闘に参加した琴は他の皆と同様に着飾っていた着物がボロボロになってしまっていた。
皆がドレスを調達した店には着物が無かったため嫌がる琴に無理やりドレスを着せたのだった。
「似合ってますよ、琴お姉ちゃん。」
「うん、綺麗ですよ、太宮院先輩。」
「そ、そうですか?」
叶と真奈美に褒められておずおずと壁の陰から出てくる。
「おおー。」
近くにいた男子が声を漏らした。
長い黒髪の琴は黒いドレスを着込み、ストールを掛けていた。
美しい黒でコーディネートされているだけでも十分に魅力的だが、さらにスカート丈は腿の中程までで胸元も開いており、普段はあまり目立たない胸が強調されていてとてもセクシーだった。
何より恥ずかしそうな奥ゆかしい態度が男心をくすぐる。
瞬く間に琴は言い寄ってきた男子に囲まれてしまった。
「きゃー、叶さーん!」
悲鳴を上げる琴だが別にセクハラされたとか強引にアタックされているとかではないので叶たちは優しく見守っていた。
「あー、あー、アテンションプリーズ。」
マイクから聞こえた裕子の声に歓談していた参加者がステージの方を向いた。
「そろそろパーティーも終わりが近づいてきましたが、最後にメインイベント!乙女会の皆さんに突撃インタビューをしてみたいと思います!」
「…葵衣?」
「東條様からはそのようなお話は聞いておりません。」
これはプログラムにはない完全に裕子の趣味を兼ねた独断だった。
それでもプロデューサーの八重花は不在であり
「おー!」
「きゃー!」
参加者たちも期待で大いに盛り上がっているとなれば辞退など出来そうになかった。
「仕方がありませんね。皆さんもよろしいですか?」
振り返れば他のメンバーも諦めたような顔で頷いた。
「これも有名税のようなものですから。」
「良子先輩、ヴァルキリーとかソルシエールとかぶっちゃけないで下さいよ?」
「わかってるって。」
"RGB"の面々は苦笑しながらも素直にステージに上がっていく。
「俺も一緒に行く必要あるのか?」
「羽佐間様はすでに学内で乙女会との関係が知れ渡っています。加えて女子に人気がありますので参加していただけると場が盛り上がると考えられます。」
「そういうわけだからボクたちと一緒に晒し者決定だよ。」
由良は渋ったが緑里に背中を押されて上がり、それに撫子と葵衣が続いた。
ステージに乙女会が登るとそれだけで歓声が上がった。
裕子がそれを押さえつけるジェスチャーで静めると全員が期待感でそわそわし始めた。
「それじゃあさっそくインタビューを始めますよ。最初は…」
裕子はグッと左手の拳を握って突き上げて叫んだ。
「好きな人はいますかー!?」
「いきなりかー!」
会場やステージ上からツッコミの反応が出て会場が笑いに包まれる。
「なるほど。これはホテルが用意した司会では出来ませんね。」
型に嵌まらない司会の姿に感心している撫子はマイクが忍び寄っていることにまだ気付いていなかった。
八重花はオオトリホテルのラウンジに出ていた。
サービスで渡されたノンアルコールのドリンクを片手に欄干から物憂げに外を眺めている姿はドキリとするほどに大人っぽくて廊下を通る男は例外なく目を惹かれていた。
さすがに超一流ホテルに滞在する人たちだけにナンパをするような事はなかったが。
「ふぅ。」
ため息もまた色っぽい。
「これは男ならつい声をかけるね。どうされました、お嬢さん?」
その不文律を犯したのは高級ホテルの宿泊客でもパーティーに参加している学生でもない。
「…本当に、いい性格になったものね、りく。」
タキシードに身を包んだ半場陸だった。
陸は八重花と同じように欄干に肘を置いて壱葉の町に目を向ける。
その視線のずっと先には先ほどまで激闘を繰り広げていた火葬場もほんの少し見える。
八重花が横目で見た陸の顔はなぜか泣きそうになるのをこらえているような顔だった。
「桐沢さんのことは残念だったね。」
「…そうね。」
陸の言葉で慌てて視線を戻した八重花は同意した。
オリビアのソルシエールとして茜と再会した時から2人は食い違っていた。
確かに八重花はヴァルキリーから"Innocent Vision"になっていたがファブレとの戦いの後に"Innocent Vision"に迎え入れようと考えていた。
だけど今回の紗香のようにオリビアに目をつけられて連れ去られた。
必死に抵抗する茜にオリビアは言ったのだろう。
「汝が弱いから奴は汝を捨てたのじゃ。力が欲しかろう?」
心では必死に抵抗しただろうがいつまで経っても助けはやって来ず、最後には従属の術式の宿ったソルシエールを受け入れた。
八重花への憎悪を糧として。
「この運命を…回避することは出来なかったの?」
聞いてはいけないと分かっていても聞かずにはいられなかった。
誰だって悲しい現実が回避できるのならそちらを願うに決まっている。
特に、未来を知ることができる者ならばなおのこと。
「ごめん。」
八重花は陸が悲しそうに謝るのが分かっていた。
分かっていて、それでも聞かずにはいられなかった。
もしかしたら陸はこの質問をされることを知っていたから、泣きそうな顔をしていたのかもしれない。
そんな簡単に変えられる運命を陸は拒まずに受け止めた。
八重花の心を救うために。
八重花は堪えていた涙が溢れ出すのを止められなかった。
「本当に、…酷いわ。女を泣かせるなんて。」
「ごめん。」
「こんなときくらい、抱き締めて慰めてくれてもいいじゃない?」
「ごめん、八重花。」
涙が溢れる瞳で瞬きした時、八重花の前から陸は消えていた。
「本当に酷いわ。…ありがとう。」
八重花は泣きながらも微笑んでいた。
「そうですよね。緑里さんは花鳳様一筋で妹さんが大好きなんですから。」
「なーっ!悠莉、何言っちゃってるの!?」
「おーっ!これは面白い話を耳にしたみたいです。是非とも追求を…」
ステージ上のやり取りにパーティー会場は大いに盛り上がっていた。
裕子のノリノリの司会に悠莉が時折混ぜる暴露話が興味を惹いて止まない。
紗香はそれを取り置いてもらった食事をしながら見ていた。
響は憧れの乙女会を間近で見るためにステージの近くに行ってしまった。
「むー、薄情…とは言えませんね。こうして料理を取っておいてくれましたし。それに同じ状況ならわたしもステージに直行です。」
ジュエルにとってヴァルキリーは崇拝に近い対象だ。
近衛隊になっても、ソルシエールを手に入れてもその気持ちに変わりはない。
(響に、ちゃんと説明しないといけませんね。)
そんなものは自慢であり自己満足だと分かっているが友人だからこそ隠し事はしたくなかった。
「ドリンクはいかがですか?」
内側に意識を向けているとタキシードを着たウェイターに声をかけられていた。
パーティーに遅れてきた紗香はそれがおかしいことに気付かず手を横に振る。
「いえ、大丈夫です。」
「そうですか。運命の選択で貴女は何を得、何を捨てましたか?」
「ッ!」
突然の問いに、そしてその声に顔を上げた紗香はウェイターに扮した陸を見て驚いた。
「い…」
Innocent Visionと叫びそうになったが陸が静かにするように自分の口に人差し指を立てたので慌てて口を抑えた。
こんなところに変装して紛れていること、そして何よりさっきの問いが気に食わず紗香は陸を睨み付ける。
「わたしは確かにソルシエールを手に入れました。でもオリビアの手駒にされずに済んでお姉様方と一緒の存在になりました。だからわたしは何も失ってなんていません。」
もしも助けが来なければソルシエールを得てヴァルキリーを捨てるか、ソルシエールを諦めてヴァルキリーに戻るかの選択を強いられていた。
しかし紗香はソルシエールとヴァルキリーの両方を手に入れたのだ。
「確かに君は…この場合はヴァルキリーと、"Innocent Vision"が頑張ったと言うべきかな。でもそれによって君は本当に大切な物を失ったんだ。」
ステージでの会話でまた会場が沸き上がる。
だというのに紗香はまるで音がない世界に放り込まれたように感じた。
ドクンドクンと波打つ心臓の音が耳につく。
陸は不気味にすら見える微笑みを浮かべたまま紗香に背を向けた。
「待ってください!いったいわたしが何を失ったと言うんですか!?」
紗香は手を伸ばして声をかける。
だけど陸は遠退いていく。
会場の人の中に紛れる直前、陸は振り向いて口の端をつり上げた。
「ようこそ、"化け物"の世界へ。」
「!!」
紗香が反論するよりも早く陸は人混みに紛れて消えていた。
「紗香ちゃん、食べ終わった?早く一緒に見に行こうよ。」
「そう、ですね。」
暗がりの中でも紗香の顔色が悪いように見えたが響は首を傾げただけだった。
紗香はステージに向かいながらも陸の言葉が耳について離れなかった。
「まさか好きな人はっていうベタな質問がこんなに面白くなるとは思いませんでした!」
たくさん乙女会メンバーと話したため裕子のテンションは異常に高い。
対してステージ上に並ぶ乙女会は撫子や海原姉妹は恥ずかしそうに俯いていて、美保と由良は不機嫌そうで、悠莉と良子は笑っているというバラバラな状態だ。
弄られ具合の違いが如実に表れていた。
「そろそろパーティーも終わりの時間になりますね。それじゃあ…」
「少しよろしいですか?」
裕子が締めの言葉に入るのを撫子が遮った。
裕子からマイクを受け取った撫子は会場を見回し
「綿貫紗香さん。ステージに上がってください。」
後ろの方にいた紗香を見つけて呼んだ。
会場がざわざわと騒がしくなる。
ジュエルのメンバーは近衛隊になったことを公表するのだろうと悔しさを感じながらも黙っていた。
紗香はおっかなびっくりな様子でステージに登り撫子の隣に立った。
「か、花鳳様。わたしに何か…」
撫子は微笑みを向けるだけで何も答えず後ろのヴァルキリーメンバーに目を向けた。
葵衣と緑里が頷き、良子はよく分からない顔をしていたが悠莉は微笑みを浮かべ、美保だけが激しく首を横に振っていた。
由良は好きにしろと言わんばかりに視線を逸らしたので撫子は好きにしようと前を向いた。
隣に立つ紗香の肩を叩くと面白いくらいに固くなっていた。
「こちらにいらっしゃる綿貫紗香さんですが…」
撫子が一呼吸置くと会場が固唾を飲んで次の言葉を待った。
「本日より乙女会の正規メンバーとして加わることになりましたことを報告させていただきます。」
「…。」
会場は静まり返ったままだった。
紗香ですら撫子を見て呆然としている。
「ええええええええ!?」
真っ先に叫んだのは紗香だった。
「「えええええええええ!!!???」」
続いて会場の女子の大半も驚きの声を上げた。
クリスマスパーティー最後のとっておきのサプライズに誰もが驚いた。
「…。」
そんな中、響は寂しげに遠いステージの紗香を見つめていた。