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Akashic Vision  作者: MCFL
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第16話 前途多難

琴に連れ出された叶はすぐに"Innocent Vision"全員に連絡を入れた。

由良と明夜も捕まったので全員を太宮神社に集合させることにした。

神社に向かう途中、店を出てからずっと無言の琴に叶は声をかけた。

「あの、琴先輩?もしかして怒ってますか?」

「いいえ。ちっとも怒ってなんてこれっぽっちもありませんよ、ええ。」

振り返らないしちっともとかこれっぽっちとかやたらと強調する辺り明らかに怒っていた。

叶が何を言うべきか悩み、そもそもなんであの店にいることを知ってたんだろうと疑問を持った辺りで琴が振り返った。

「後で内容はお聞きしますが先程の海原葵衣さんとのお話は叶さんと"Innocent Vision"の道における分岐点でした。その選択如何で叶さんは茨の道を歩むことになると。もう少し早くお伝えしていればよかった。」

琴は今にも泣きそうな程に目に涙を溜めていた。

そこでようやく琴が怒っているのではなく後悔しているのだと気付いた。

「琴先輩、泣かないで下さい。」

叶は手を伸ばして琴の頭を引き寄せ、胸に抱き締めた。

「私は、叶さんが心配で…」

「ありがとうございます。私は琴先輩やみんなが居てくれれば大丈夫ですから。」

叶はあやすように琴の艶やかな黒髪を優しく撫でる。

琴の抱きつく力がわずかに強まり胸に顔を埋めた。

「叶さん。」

「何ですか、琴お姉ちゃん?」

「ッ!?」

琴が抱きついたままビクリと震えた。

何故かプルプル震えている。

「琴お姉ちゃん?」

「は、…」

「は?」

「鼻血出そうです。」


泣いて興奮していたときに不意討ちをされたのがキタのか琴は鼻にティッシュの紙縒(こより)を詰め込んだ。

「叶ふぁん。お姉ひゃんは控えてくだひゃい。」

「ご、ごめんなさい。私、琴先輩はそっちの方が喜んでくれるかと思って。」

シュンと俯いてしまう叶のいじらしさが琴の胸を打ち、慌てて手を振って狼狽しだした。

ポンと紙縒が飛び出すほどに懸命に説得する。

「嬉しいです。ですがその、喜びすぎるというか、感極まるというか、もう我慢できないというか…」

段々危ない方向に向かおうとしているが叶は良いところしか聞いていない。

「よかったです。それなら少しずつお姉ちゃんに慣れてくださいね。こっちの方がずっと琴先輩と近い感じがして私は好きです。」


『好きです…好きです…好きです…』


琴の頭の中でその言葉がエコーする。

「さ、さあ、早く戻らないと皆さんをお待たせしてしまいますね。」

「あ、はい。急ぎましょう。」

それだけで機嫌を直した琴が早足になって太宮神社に向かっていくのを

「待ってくださいよ。」

叶は首を傾げながら追いかけるのだった。



叶が太宮神社に到着すると真奈美と八重花はすでに待っていて、社務所に通されて少し待つと由良と明夜もやって来た。

「カナがこんな時間に呼び出すってことは随分と大事みたいだな。」

「お姉さん。私だってもう高校生なんですからそこまで厳しい門限なんてないですよ?」

今は6時を回ろうかという時間、今から話をすると確かに遅くなるが叶はすでに家に連絡をしてある。

普段なら7時までに帰らないと過剰に心配されるが今日は問題なかった。

「叶が"Innocent Vision"として呼び出したということはあの人型の闇に遭遇したか、あるいはヴァルキリーが接触してきたってところね。」

「…。」

八重花の指摘に叶が絶句し、皆に緊張が走った。

叶は気を持ち直して頷く。

「今日の放課後、ヴァルキリーの海原葵衣先輩とお話しました。内容は…」

「ヴァルキリーの今後の活動と現状の戦力差を主軸とした"Innocent Vision"への降伏勧告ってところかしら?」

八重花がまたも的確に話の内容を言い当てた。

「八重花ちゃん、あのお店にいた?それともやっぱり読心術?」

叶が目をぱちくりさせるのに対して八重花はなんでもなさそうな顔をしていた。

「やっぱりの意味がよくわからないけど、今の状況でヴァルキリーが戦い以外の行動に出たならそれは"Innocent Vision"を取り込もうとする以外考えられないわ。」

そこまで言い切った八重花の目がスッと細まった。

「それで、何をどう答えたの?」

「あ、あう…」

八重花の眼光に叶が怯える。

「やめろ、八重花。どうせ順番に話すんだから急かすな。」

由良が仲裁に入ると八重花はふんと鼻を鳴らして居住まいを正した。

由良は苦笑する。

「八重花の先読みは本当に陸っぽいな。カナ、初めから説明してくれ。」

「は、はい。」

八重花のフライングで脱線した話がようやく軌道に戻り叶が話し始めた。

「海原葵衣先輩が言うにはヴァルキリーは今後ジュエルを使って人を殺さないように世界の恒久平和を目指すそうです。ジュエルはヴァルキリー統制の証になるって。」

「嘘だな。」

「嘘ね。」

いきなり物言いが入った。

由良、八重花と声は出さなかったが明夜も頷いている。

「ソルシエールだろうがジュエルだろうが結局のところ戦いの衝動からは逃げられない。どれくらい製造の段階で規制できるのかは知らないが、結局ヴァルキリーに従わない奴を間引く世界にしかならないぞ。」

「"Innocent Vision"を勧誘してきたときも人々を導くみたいな感じのことを言ってました。」

ヴァルキリーが平和な世界で頂点に立つと言っているようなものなので葵衣としては失言の域に達する言動だが、どちらにしろ同意しなかった以上関係ない。

「ソルシエールもジュエルも選ばれなかったもの。本質は同じ。叶と真奈美は違う。」

「あたしも厳密には違うからやっぱり叶だね。」

「わ、私は選ばれたなんて、そんなこと…」

由良が反論をし、叶が同意、そこに明夜と真奈美が絡み会話は瞬く間に広がっていく。

「オホン。」

それを止めたのは琴だった。

姿勢よく座っているが顔は少々不機嫌だ。

「このままではいつまで経っても本題に辿り着きません。叶さんのお話を聞いた上で質問や意見を述べるようにしてください。」

「「はーい。」」

小学校の先生みたいな琴に皆は小学生みたいな返事をしておとなしくなった。

気を取り直して話を再開する。

「ヴァルキリーの理想を聞いた後、今のヴァルキリーと"Innocent Vision"の戦力の違いを説明されました。今後ジュエルは増えていくけどソルシエールの力に頼っていた"Innocent Vision"の戦力は増加しないだろうって。」

口は挟まないものの全員が相づちを打つ。

言われるまでもなくヴァルキリーと"Innocent Vision"の現状の彼我戦力比は大きい。

「そしてさっきの話に戻るんですけどヴァルキリーが人を殺さないなら"Innocent Vision"が反抗する必要はない、だから一緒に理想の実現を目指しましょうって言われました。」

叶の話が一段落すると皆の口からため息が漏れた。

「典型的な良いとこだけしか言わないセールスね。」

「結局ヴァルキリーが支配する社会のどこが平和なんだか。」

「何も変わってない。」

叶や真奈美はヴァルキリーの実態をそれほど知っている訳ではないので特に意見は無かったが話の大半が信憑性に乏しかったことは由良たちの反応を見れば明らかだった。

「それで、叶はなんて答えたの?」

真奈美の質問に再び場が沈黙する。

この回答によっては"Innocent Vision"の内部分裂が起こる可能性があるため緊張が走った。

「陸君が目を覚ましたときに無くなっていたら可哀想だから"Innocent Vision"は無くさせませんって答えました。」

叶ははにかんでそう答えた。

「…。」

「…。」

さすがに予想外の答えに全員がフリーズし

「…くす。」

「はははは!そりゃ傑作だ!」

「ふふ、海原さんもさぞ驚いたでしょうね。まさか"Innocent Vision"のリーダーが、ふふ。」

思い思いに笑い出した。

「え?え?」

叶は突然笑い出した理由が分からず慌てるがみんな笑うのに忙しくて理由を話せない。

「はは。さすがは叶。"Innocent Vision"のリーダーだね。」

真奈美も笑いを堪えながら叶を称賛する。

「な、なんなのぉ!?」

叶の悲鳴も笑い声に消えていった。



「それじゃあ私の答え、間違ってなかったんですね?よかった。」

「考えられる限り最高の答えだな。」

「"Innocent Vision"としては正解だし理屈派の人間には反論できないもの。」

"Innocent Vision"の理屈派2人からお墨付きをもらって叶は胸をホッと撫で下ろす。

「これが叶さんの、"Innocent Vision"の選択ですか。これでは仕方がありませんね。」

琴は叶の答えを聞いて寂しげに笑っていた。

それに気付いて叶が声をかけるよりも先に琴はいつもの表情に戻ってポンと手を叩いた。

「それともう1つありましたね。叶さんが人型の闇の話を聞かせたとき、海原葵衣さんは酷く驚かれていましたよ。」

「あれ、そうでしたか?私にはいつも通りに見えましたけど。」

「見た目に惑わされてはいけませんよ。」

このまま見極め方講座を始めかねない2人を由良が慌てて止める。

「ちょっと待て。それならあれはヴァルキリーじゃないってことか?」

「そうだと思います。だって見た目からしてジェムじゃないですか?いくらヴァルキリーの皆さんでもあんなのは作れないと思います。」

言われて納得の叶理論。

つまり人型の闇の登場は新たな敵の出現を意味していることがほぼ決定した。

ヴァルキリーの件が落ち着いてすぐにまた別の敵の存在が浮き彫りになった現実にため息を禁じ得ない。

「一難去ってまた一難。」

明夜の言葉が現状のすべてだった。



「申し訳ございません。」

花鳳邸。

仕事を終えて帰りついた撫子を待っていたのはリアルに土下座した葵衣の謝罪だった。

撫子は報告と葵衣の行動、どちらにも動じた様子はない。

「顔を上げなさい、葵衣。」

「しかし、私がもっとうまく事を運べば"Innocent Vision"をヴァルキリーに組み込むことも出来たはずです。」

葵衣はグリグリと額を地面に擦り付けて自らを罰する。

それほどまでに葵衣は今回の失態を重責に思っていた。

撫子はしゃがみこんで葵衣の頬に手を添えて上を向かせた。

「私を赦していただけるのですか?」

すがるような目で尋ねる葵衣に撫子は大きく頷いて見せ、赤くなった額を優しく撫でた。

「正直に白状すれば"Innocent Vision"の吸収合併は成功するとは初めから思っていなかったのよ。」

「何故でしょうか?現在のヴァルキリーと"Innocent Vision"では戦力差は歴然としています。吸収合併という穏和な方法は双方が傷つかずに済む最良の方法であると思われますが?」

葵衣の回答に撫子は困ったような笑みを浮かべた。

「確かにそれは合理的で正しい判断よ。」

「はい。」

葵衣は正座した格好でしっかりと頷く。

スーツ姿の撫子の前に座らされている男装の葵衣は見方によっては親や教師に説教されている少年のようであった。

「しかし世の中はそんなデジタルで動いているわけではないわ。様々な人の思惑が働いていて、時にそれは利益や損得とは無関係な選択をすることもある。今回の"Innocent Vision"の場合、彼女たちは戦力を必要としているわけではなく半場さんの帰る場所を守るために組織を続けているのよ。」

葵衣は普段の無表情を繕えないほどに愕然とした。

まさか説明するまでもなく撫子はこの結末を理解していたというのだ。

そんな葵衣を見て撫子は頭を撫でる。

「参加してそれほど長くない作倉叶さんと話すと聞いたのでもしかしたらうまくいくかもしれないと期待していたのだけれど、やはり"Innocent Vision"にある半場陸という名の絆は強力だったようね。」

「絆。ヴァルキリーにもそれはあるのでしょうか?」

「…。…。………。わ、私と葵衣、緑里には強い絆があるでしょう?」

撫子は思い切り捻り出してようやくそこが出てきた。

だが切羽詰まった葵衣はその事実があることを救いとして安堵した。

ようやく立ち上がった葵衣は撫子の部屋に共に向かいながら思案していた。

「まだ悩んでいるの?」

「いえ。吸収合併の件とは別に作倉様が去り際に仰っていたのです。"Innocent Vision"の敵はヴァルキリーではなくジェムに似た新たな敵だと。」

撫子が前を向いたまま足を止めた。

葵衣の位置から撫子の表情は窺えない。

「ヴァルキリーで確認は?」

「されておりません。ですが作倉様が嘘を仰ってられたようには見えませんでした。」

ならばこの壱葉に再び魔の手が忍び寄っていることになる。

ようやくジュエル計画が軌道に乗りそうだという矢先の新たな敵の出現。

撫子は苦笑して再び歩き出した。

「本当にわたくしたちの夢は前途多難ね。」

だが前を見据える撫子の目は困難に立ち向かっていく強い意思を宿していた。

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