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Akashic Vision  作者: MCFL
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第158話 魔女眼

「グラマリー・ネフロス。セイント、汝ならば見えよう、妾の魔女眼(ヘックスオーブ)の力が。」

全員が謎の負荷に苦しむ中、左目を金色に輝かせたオリビアは悠然と歩く。

叶は蹲りながら右目に意識を集中させる。

「あっ、糸が、降り積もってる!」

叶が見たのは薄く緑みがかった無数の糸が雪のように堆積している光景だった。

一本一本は細い糸でもそれが降り積もり絡まり合うことで、その中にいる叶たちの動きを鈍らせていた。

「変幻自在なるソルシエールにしてグラマリー。汝らごときに抗えようかのう?」

「こんな、もの!」

良子がルビヌスの赤い光を放ちながら地面を強く蹴る。

中空に飛び上がってしまえば糸の効力から逃れられると考えたからだ。

「無駄じゃ。」

「ぐはっ!」

しかし良子は空中で不自然な体勢になると制止し、そのまま地面に落ちた。

「良子、お姉様!」

紗香が雪の中を歩くように一歩ずつ近付いて良子を抱き上げた。

「うう。」

良子の体には糸で縛られたような痕が付き、ドレスもその線に沿って破けている所もあった。

「等々力さんの体に絡まった糸がピンと張って、それが飛び上がるのを邪魔してた。」

「そうじゃ。そしてネフロスはもがくほどに絡まり汝らを縛り付ける。下手に動けば首が飛ぶかも知れんのう。」

そう言われると誰も動けなくなる。

唯一叶の手にしたオリビンの周りは糸が消えるのだが外すとすぐに糸が降り積もるため有効とは言い難かった。

オリビアは不気味な笑みを浮かべながら動きを制限された叶たちの前まで歩み寄ってきた。

その笑みが怒りに歪んでいく。

「力を与えられただけの小娘どもが、少々図に乗りすぎたようじゃのう。妾に逆らう愚かしさを知るが良い。」

オリビアがスッと突き出した腕の先には紗香がいた。

「紗香さん!」

「妾の駒として働かぬなら消え去れ。汝の存在は不愉快じゃ。」

「あっ、ぐ…」

ジェードの糸がぐるりと紗香の首に巻き付いて締め上げる。

さらに中空に張った糸を介することで徐々に紗香の体がつり上がっていく。

「あ…あぐ…」

爪先立ちになりどうにか首が絞まるのを防ごうともがく紗香の姿をオリビアは愛玩動物でも観賞するかのように見ていた。

「よいぞ、その苦しむ声。汚ならしく涎を垂らし、惨たらしく屍となるがよい。されば人形として愛してくれよう。」

「ッ!」

オリビアの言葉に苦しみで消えかけていた紗香の瞳の輝きが戻った。

重たい腕でトパジオスを持ち上げると自分の真下に投げつけ、それを踏み台にして飛び上がった。

中空に張られた糸を棒高跳びのように飛び越えて叶の方に落ちてくる。

「叶、首に巻き付いてるんでしょ?その糸を斬りなさい!」

「うん!オリビン!」

交差するように立ち上がった叶の手のオリビンが輝きを放ち、ジェードの糸を分断した。

「はあ、はあ!ゲホッ、助かり、ま…」

「見苦しい。」

息を整える間も無く紗香はしゃがみこんだままの体勢で脇腹を蹴られてネフロスの積もる地面に投げ出された。

蠢く糸が紗香を飲み込んでいく。

「妾の慈悲を拒むのであれば潰れて土に還れ。」

緩やかだった糸が張り詰めていく。

全身を糸の中に埋もれさせた紗香にとってそれはゆっくりと皮膚を裂き、肉を引き、骨を断とうとする無数の刃のようだった。

「きゃあああ!痛い、いたい!」

「良い声で鳴けるではないか。ゆっくり、ゆっくりその身を八つ裂きにしてやらねばのう。」

「紗香!」

良子たちも足首もまた糸によって絡め取られており下手に動けば腱が切られる危険性もあった。

「叶だけが頼りよ。なんとかあの子を助けなさい。援護するわ。」

八重花は腕を使わずに動くドルーズを放つとオリビアに向けて放った。

だが糸は燃えることもなく、オリビアの張った繭に容易く弾かれる。

「汝らは後じゃ。大人しく待っておれ。」

「そんな事できません!」

八重花のドルーズは目眩まし。

本命の叶は体勢を低くして足元のネフロスを消し去りながら紗香に駆け寄った。

張り詰めた周囲の糸をオリビンで切って紗香を助け出す。

「あぐ、うう…」

全身をなます斬りされた紗香が痛みに呻く。

叶は癒しを掛けようと振り返り

「叶!」

「えっ、あ!」

その首をオリビアが腕で直に掴んだ。

「あ、くっ!」

いかにジェードを切り裂けるオリビンと言えど魔女の手までは消し去れない。

ある意味オリビンを突き刺す絶好の機会だが、元来戦闘に向かない叶が首を絞められた状態で一矢報いようなどと考えるはずもなかった。

ただ苦しげにもがくだけだ。

「やはりセイントは魔女に仇なす存在。じゃが、逆にその力を取り込むことが出来れば妾はオミニポテンスとなる。さあ、妾の覇道の礎となるのじゃ。」

叶の体がジェードの糸に包まれていく。

「ん、んんっ!」

魔女の言う取り込むがどのように行われるかは分からないが叶は必死にもがく。

それでもすでに手足を縛られた叶に脱出する術はない。

(そうだ、聖なる光…)

「させぬ。」

叶が聖なる光を放つ直前にオリビンが糸でぐるぐる巻きにされて離された。

消えるよりも早く巻き付くことで取り上げたのだ。

「んんん!」

「運命が汝らの味方をしようとも妾の力の前には無力じゃ。」

オリビアが高笑いをしている間にも叶は糸にくるまれていく。

「くそ!このままじゃ…悠莉、何か手はない?」

「ネフロスという糸が見えず排除できない私たちでは。」

「さっきやってたディメンジョンは?」

「あそこまで作倉叶さんとオリビアの距離が近くては一緒に取り込んでしまいます。」

ソルシエールを再び手にしたというのに打開策は見つからず良子は唇を噛む。

悠莉たちですら何も出来ずに焦れているのだから

「叶さん!」

琴は当然慌てふためいている。

「…。」

だがもう1人、叶の親友であるはずの八重花は難しい顔をしていて叶を見てはいなかった。

「運命…」

八重花はそう口にした。

小さな呟きだったがオリビアは叶を捕えながら見下すような笑みをした。

「そう、汝らがここで死ぬるは全て運命じゃ。」

八重花たちは動けず、叶は取り込まれ、オリビアはオミニポテンスと呼ぶ神の力を手に入れる。

そんな運命。

この場にいる誰もが認めたくはないが最も近い絶望の未来を予想してしまう。


「…ふっ、それはあなたの願望でしょう?」


だが、ただ1人八重花はその絶望のシナリオを嘲った。

「運命じゃと聞こえぬか?」

機嫌を削がれてジェードを飛ばすオリビアに傷つけられながらも八重花は不敵な笑みを浮かべたままだった。

「本来、私たちはこの場にいなかった。」

八重花の言葉をオリビアは理解できない。

現にこの場に八重花たちがいるという事実が確固として存在している。

だが琴や悠莉は八重花の言葉の意味に気付き、やはり八重花と同じような笑みを浮かべた。

「気に入らぬ表情を浮かべおる。」

「綿貫紗香の助けは来ず、オリビアのソーサリスになって私たちのパーティー会場に乗り込んでくる。」

八重花はオリビアの言葉を無視して話を続ける。

「…。」

オリビアは次第に表情を怒りから変えていった。

八重花が口にしているのはヴァルキリーがこの火葬場に助けに来なければ実行しようとしていた計画と相似していた。

だがそれはもうあり得ない道。

かつてあった選択肢の1つにすぎない。

「本来、私たちはこの場にいなかった。」

八重花はもう一度繰り返した。

そしてオリビアは理解した。

今の現実こそがあり得ない道だったのだと。

「これがあなたの言う運命だというのなら…それは誰かに仕組まれたものよ。」

オリビアの背筋を冷たい風が吹き抜けた。

シュン

否、それは現実の風だった。

風の如く駆ける何者かの起こした迅風だった。

だがそれはあり得ない。

今この空間はネフロスに支配されている。

すべての者が動きを止め、オリビアの指先1つで地に這いつくばらせる事が出来るオリビアの世界だ。

そこを自由に駆け回る者などいるはずがない。

ギャン

「ッ!」

ネフロスの下に埋められた地面が何かとぶつかって火花を上げた。

オリビアはバッと振り返る。

そこには…誰もいなかった。

無意識に強ばっていた顔がフッと緩む。

その顔に影が降りた。

だがあり得ない。

黄昏の結界の空に光源はない。

仄暗い世界を照らすのは、グラマリーの輝き。

その輝きを背に受けたのは両の手に刃を担う乙女だった。

「適当に、斬る。」

両手の刃がぶれた瞬間、叶を覆っていた繭が細切れに弾け飛んだ。

「明夜ちゃ…んっ!」

叶が助かった喜びと再会の喜びに声をあげる前に明夜は叶を抱えて飛び上がった。

明夜を後ろから照らしていた光。

それは遠方から放たれた全てを消滅させる輝きだった。

「ネフロス。我が盾となれ。」

オリビアは叶が明夜に助け出されたのを気にする間も無く光の迫る方向に膨大な量の糸を出現させた。

ゴオォォォォォォ

魔力を帯びた糸は一瞬光を食い止める。

それが何千何万何億とぶつかれば全ての物を消滅させる光と言えど防ぎきれる。

光の奔流が消え去るとオリビアは金色の瞳を光の飛んできた方へと向けた。

そこは待合所の屋根の上。

橙と紺色の混ざり合う空を背に3人の人影があった。

そこに叶を地面に置いた明夜が合流する。

「妾の運命を弄ぶか、"化け物"よ。」

朱色に輝く4つの瞳。

その4人の中央に立つ男はフッと笑う。

「魔力が宿る朱色の魔眼ではない、金色の魔眼を持つ人に"化け物"と呼ばれるなんて、複雑ですよ。」

「魔女眼の意味を知っておるのか、Innocent Vision!」

珍しく魔女が取り乱しながらその名を呼ぶ。

叶たちやヴァルキリー、そしてオリビアの運命すらも操る"化け物"。

"Akashic Vision"は宵闇の中、不気味に微笑んでいた。




「オリビア様がグラマリーを。いったい何が?」

ポアズを発動して由良たちの動きを止め、遂に追い詰めた茜はようやく下の戦いが激変している事に気が付いた。

さらには飛鳥の方もスペリオルグラマリー・ヒュドラを使う状況となればただ事ではない。

「すぐにこの2人を片付けて飛鳥の加勢に向かう。オリビア様が敗北するなんてあり得ないから。」

茜はダイアスポアを垂直に立てると周囲に浮かぶポアズを吸収していく。

ダイアスポアがアルファルミナの輝きを放ち、それが徐々に赤く変色していく。

「この一撃で、打ち砕く!」

ポアズの爆発を刃の加速に利用した最速の斬撃、グラマリー・ガンマルミナが由良たちのバリケードに迫る。

ドッ

爆発が起こった。

だがそれはガンマルミナがぶつかるよりも前、そしてバリケードの下の地面だった。

「岩を武器にする捨て身なんて!」

だが直径3メートルはある巨大な岩を十分な加速のないガンマルミナで切れるか不安を抱いた茜は攻撃ではなく回避を選択した。

ここで屋根となった大岩が退けば後はポアズで押し潰して爆砕するだけになる。

無謀な力の顕示をする必要はないと考えた。

だが、岩を避けた茜はそれが屋根となっていた岩ではないと気付いた。

ゴロン

「なっ!これは、土のボール!?」

それはまるで土と石で作ったような巨大な球体だった。

ゴロン、ゴロン

背面の爆発で加速し、斜面に突入した大岩は瞬く間に茜とポアズの支配する空間を突破していく。

「まさか、こんな手段で抜け出すなんて!待ちなさい!」

茜はすぐさまポアズを解除するとオリビアの戦う戦場に向かっていく緑里の作り上げた土団子を追いかけていった。




「向こうの方で動きがあったみたいだね。」

「余裕見せてるんじゃないわよ!ヒュドラァー!」

真奈美がポアズの消滅やブリリアントの光を見て戦局の動きを見ていると激昂した飛鳥がヒュドラを差し向けてきた。

だが一頭だろうと九頭だろうとスピネル、アイリス、ビフレストを装備した真奈美には届かない。

光球で接近しようとする頭を潰し、左足のスピネルと右手のビフレストをアクロバティックに振り回して複数の牙を砕く。

再生させるよりも早く9つの首を落とされた飛鳥はモーリオンを振り上げて真奈美に特攻する。

「殺してやる。絶対に飛鳥の方が強いんだ!」

「自分の弱さを認めるのもまた強さだよ。とりあえず、冷静になりなよ!」

振るわれたモーリオンをビフレストで受け流した真奈美は左足ではなく右足で飛鳥の腹に蹴りを叩き込んだ。

「うわあああ!」

強靭な脚力で蹴り飛ばされた飛鳥が下の戦場の方へと飛んでいく。

そこには"Akashic Vision"の姿が見えた。

真奈美の口の端がクッとつり上がる。

「芦屋様?」

「何でもないですよ。さあ、あたしたちも下に行きましょうか。」

真奈美に助けられる形となった撫子と葵衣は十分に休んだことでだいぶ体力が回復していた。

真奈美に続いて下へと歩いていく。



役者が揃い、クリスマスの戦いは大詰めを迎えようとしていた。

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