第156話 籠城の策士
「芦屋さんのスピネルが以前よりも強化されている?」
撫子たちでは手も足も出なかったヒュドラを相手に善戦以上の戦果を見せた真奈美に撫子は驚きを隠せずにいた。
4月の段階ではオーを相手にするのがやっとでジュエルよりも性能低下を起こしていたと言うのに、今やソルシエールに匹敵する力を見せている。
「かつてはプロトタイプのジュエリアを持つ第一号のジュエルであったはずの芦屋さんが、ジュエルとは違い成長するとは。」
「やはり器ではなく取り込んだセイントの力の影響が強いのでしょう。」
葵衣も推察を交えて同意し、もはや手出しなど出来ないレベルの戦いを見守る。
それは今後の戦いでジュエルが通用しなくなる時が来ると告げられているようだった。
「わたくしは…ヴァルキリーは今後、どうすればいいのでしょう?」
「…今は生き残ることを最優先に考えるべきです。」
葵衣は先伸ばしに過ぎないと知りつつ撫子を悩ませないように気を配った。
大空を舞う鳳をこんなところで落とさせるわけにはいかない。
葵衣はわずかでもジュエルで援護が出来ないか激しい戦闘をジッと観察していた。
9本のヒュドラがそれぞれ意思を持ったように暴れまわる。
真奈美はスピネルとアイリスを駆使してその破壊の嵐に対抗していた。
「さすがに厄介な相手だね。」
「厄介なのはお前だ!」
石だろうが金属だろうがその高密度で固い表皮と超重量をもって押し潰すヒュドラを真奈美は義足の剣と生み出した小さな光球だけで対等に渡り合っている。
正真正銘の全力を見せた飛鳥にとって対抗されること自体が不愉快で許せないことだった。
「来なさい、オー!」
飛鳥が叫ぶと地面や木々の陰から次々にオーが姿を現した。
「確かに威力が高い厄介な聖剣だけどこれだけの数を相手に出来る?」
これまでの真奈美の戦いを思い返せば分かるようにスピネルのグラマリーは対人においては強力無比であるものの、広域殲滅には向かない技ばかりだった。
何も考えず殺す殺す言っているイメージのある飛鳥だが戦いのセンスは悪くはないためこうして真奈美の弱点を的確に見極めていた。
「ありゃ。また随分と出てきたね。」
「芦屋様。オーは私たちにお任せください。」
わらわらと沸いて出てくるオーを見て呆れ笑いを浮かべていた真奈美に葵衣がセレスタイト・サルファーを手に声をかけた。
葵衣のデュアルジュエルや撫子のアヴェンチュリン・クォーザイトは広域殲滅型グラマリーを持つため分担としては正しい提案と言えた。
「助かります。だけどちょっと待ってくださいね。」
真奈美は会釈しつつも葵衣と撫子を手で制した。
そのまま一歩前に出て手に光球を握った。
「今度はどんな変化球を使うのか知らないけど、これだけの数のオーを狙って当てられる?」
いかに投球が上手くても数十の動く的を一球で仕留めるのは不可能だ。
それでも真奈美は引き下がることも撫子たちに協力を求めることもしない。
飛鳥の額に青筋が浮かぶ。
「そう、1人でなんとかできるならしてみなよ!」
黒い異形が一斉に真奈美に向かって駆け出した。
黒い津波は瞬く間に真奈美の姿を覆い隠し
ババババババッ
炸裂する閃光とともに黒い波が押し返された。
「何が!?」
真奈美ではあり得ない多人数への同時攻撃に驚きの声を上げた飛鳥は見た。
オーの大群を前に立つ真奈美の右手にはスピネルとは違う棒状の光が握られていた。
「ライトセ…」
「そしてグラマリー・アイリスと一緒に編み出したのがこの光のバット・ビフレスト。」
真奈美は左手にアイリスを生み出すと軽く放り上げた。
そのままビフレストを両手で握り肩に担ぐように構える。
それは紛れもなくバッティングフォームだった。
踏み込んだスピネルが楔のように地面に打ち込まれ、上体の回転が速度を増す。
「いっ…」
ビフレストは光球を真芯で捉えてひしゃげさせる。
「…っけー!」
次の瞬間、光球は弾け飛び無数の光の破片となって放たれた。
それはさながら光のショットガン。
それら破片1つでさえ触れたオーは体を抉り取られて消滅していく。
飛鳥はヒュドラで防いだがそれでも表面はボロボロになっていた。
たった一球の光球で真奈美は数十のオーを消滅させていた。
真奈美は左足のスピネルを輝かせながら右手に握ったビフレストを肩に担ぐ。
聖なる輝きを放つ聖剣を担う魔剣使いの姿は神々しくも荒々しい。
「これがあたしの新しい力だ。」
接近戦の強さに加え、アイリスとビフレストは単体への遠距離攻撃と範囲攻撃を真奈美に与えた。
これで真奈美の弱点は解消されたことになる。
「進化する聖剣。やはりセイバーはジュエルとは似て非なるものとして異なる成長を遂げたようですね。」
悠莉と同じようにソルシエールとジュエルの決定的な違いを知る撫子はセイバーもまたジュエルとは違う存在だと気付いた。
魔剣の器を使いながらも成長する聖剣。
「飛鳥の邪魔をするやつはみんな、みんな殺す!」
飛鳥が吼えると真奈美に潰された頭が再生されて九頭の怪物が鎌首をもたげた。
真奈美は左手にアイリス、右手にビフレスト、そして左足にスピネルを携えて正面から対した。
その姿はまるで光の剣を手にして化け物に挑む勇者のようだった。
「ファブレに続いて2回目の怪獣退治だね。ジュエリスト・芦屋真奈美、推して参る!…なんちゃって。」
名乗りを挙げて照れ臭そうにした真奈美はヒュドラに踊りかかっていった。
「いい加減諦めなよ!」
茜の声が響く。
もはや泡が濃くなりすぎてポーラスを身に纏った茜すら見えなくなっていた。
押し返すだけの空間はほとんど存在せず直径3メートル程度の空間が由良と緑里の最後の安全地帯となっていた。
「ぜえ、はあ。さすがに、キツいな。」
「はあ、はあ。本当、だよ。」
互いに汗だくになって肩で息をしている。
由良はポアズを押し返すために音震波を、緑里はバリケードを作るためにカボションを行使し続けていたため体力精神力ともに限界だった。
「でも、これで完成!」
直径3メートルの空間は緑里が築き上げた防壁によるものだ。
高さは1メートル程度まできたが材料と緑里のグラマリーの問題で今運んでいる大きな岩を乗せたものでバリケードは完成を見る。
ドスンと重い音がして屋根に当たる部分が組み上げた防壁の上に乗った。
由良と緑里はそれに合わせてしゃがみこみ、隙間からポアズが侵入してこないかしばらく緊張した様子で待っていた。
「平気、みたいだね。」
「はあー、これで一休みできる。」
侵入が無いことを確認した由良は大の字になって地面に寝転がった。
ドレスが汚れるとか考えている余裕はない。
それくらい疲れがピークに達していた。
緑里はさすがに寝転がりはしなかったが防壁に背中を預けて深く息を吐いた。
「グラマリー・カボション。なんとか出来た。」
「ああ、上出来だ。」
由良に褒められて緑里は膝を抱えた格好で照れたように微笑んだ。
コンコン
「ッ!」
外側からノックされて2人に緊張が走る。
「悪足掻きは終わったみたいね。」
当然茜がバリケードを作っていたことに気付かないわけがない。
それでも完成できたのは茜が本気で妨害しなかったからだ。
「あなたたちはそれを作り上げるためにポアズに追い詰められるギリギリの状態でグラマリーを行使した。どうにか完成したようだけどその代償として疲れきっている。後はこの邪魔な壁を壊して爆破させればあたしの勝ちね!」
ガギン
屋根に当たる岩にダイアスポアが打ち付けられたのか固いものがぶつかり合う音が響いた。
「バリケードはできたけど桐沢茜の言う通りだよ。どうしよう?」
わざとゆっくり追い詰めるらしくアルファルミナを使わない茜の攻撃はジワジワと迫ってくる恐怖を緑里に与えていた。
いくらバリケードで籠城しても周囲にはポアズが満ちていて茜が迫っている状況は変わっていない。
バリケードが崩されれば完全に逃げ場はなくなり大爆発の直撃を受けることになる。
緑里は絶望的な状況に泣きそうになった。
「まあ、落ち着け。」
だから相変わらず寝そべっている由良の態度は納得が行かなかった。
「落ち着けないよ!っていうかむしろなんで落ち着いていられるんだよ!?」
「前に聞いたんだが…」
由良は緑里の抗議など聞いていない。
「ファブレとの戦いの時にストリップして巨人を操ったんだってな?」
ボンと緑里の顔が暗がりでもわかるくらい真っ赤に染まった。
なぜか女である由良相手に体を隠すように身を遠ざけている。
「だ、だだ、誰がストリップなんかするもんか!あれは式符の代わりに身に付けてる布を媒介にしたスペリオルグラマリーだよ!」
緑里のスペリオルグラマリー・毘沙門は式布を骨格として無数の紙で肉付けした巨人を操るグラマリーである。
物質系のグラマリーでは最大級の能力と言える。
「スペリオルグラマリーか。まあ、当然か。ジュエルじゃ出来ないよな?」
「あれだけの数の紙を操るのはジュエルじゃ無理だよ。」
ジュエルが扱える式符の数は3枚まででソルシエールの酒呑童子のような幻影強化もできない。
分かっていたこととはいえ改めて考えるとジュエルの性能で"化け物"と戦えるのか緑里は不安になった。
「そいつを外側に作って戦わせれば楽かと思ったんだが、そう上手くはいかないな。」
「あ、うん。」
確かに無理だったが緑里は自分達が戦うことしか考えていなかったので外側で戦わせるなんて思い浮かばなかった。
思考の柔軟性の差を感じて緑里は落ち込む。
ガギン、ガギン
ダイアスポアの攻撃が激しさを増し、パラパラと細かい破片が降ってくる。
もうあまり時間は残されていないようだった。
「どうする?」
緑里はさっきよりも大分落ち着きを取り戻していた。
由良の落ち着きようが移ったのか1人じゃないことに安心したのか。
はたまた由良に任せておけば大丈夫だと思ったか。
「そんなもの、自分で考えろ。」
だが由良は甘えを許さず突き放す。
頼ろうとしていたことを見透かされて緑里は呻くがすぐにカッとなった。
「そんな言い方することないじゃないか!それじゃあ由良はどうにか出来るの?」
「まあ、出来るだろうな。」
またしてもあっさりと認める由良に緑里は開いた口が塞がらなくなる。
「とりあえず桐沢茜のスペリオルグラマリー・ポーラスは無傷じゃ厳しいだろうがどうにか出来る。抜け出す方も何とかなるが…いい加減自分で考えたらどうだ?」
由良が起き上がって冷たい目で緑里を見る。
「決まったグラマリーしか持たないジュエルでも今まで出来なかったことが出来たんだ。俺より自分の魔剣については詳しいんだろう?だったら脱出する方法を考えてみせろ。」
「偉そうに!さっき自分が考えた方法で抜け出せばいいじゃないか。」
どうして由良が緑里に考えさせようとするのか理解できなかった。
由良の方が頭も良くて強いのだから勝手にやればいいと。
由良は涙目で睨む緑里をじっと見ていたが落胆したようなため息を溢した。
「…だったら生存確率皆無の運試しに付き合ってもらうぞ。」
「…何をする気?」
「最大出力の音震波で可能な限り爆風を吹き飛ばす。数が減ったところで潜り抜けてどうにか下まで行く。後は下にカナがいることを祈る。」
それはもはや作戦とも言えないレベルの無謀な脱出方法だった。
爆風を吹き飛ばしきれなかったら、潜り抜ける時にポアズに触れたら、下に叶がいなかったら。
確定事項よりも不確定要素の方が多い策は死ぬ気で挑まなければ間違いなく死ぬ。
「馬鹿じゃない!?そんなの自殺と変わらないよ!」
「だが玻璃で出来る最良の方法だ。これ以外は絶対に助からない。」
由良は何度も策を反芻して考えて考えて考えた末に今の案を口にした。
たとえコンマ以下の可能性であろうと助かるために。
(ボクは本当に考えた?)
由良がいい方法を教えてくれるのを待っていなかったとは言い切れなかった。
「そろそろかくれんぼも終わりね。」
ビシッ
岩に亀裂が入った。
もう猶予はない。
「さて、最後の悪足掻きを派手にやってやるか。」
由良が預けていた背中を浮かせてしゃがみこみ玻璃を上に向けた。
後は岩ごと茜とポアズを吹き飛ばせば死の脱出劇の始まりだ。
(考えるんだ。きっと、もっと安全に生き残る方法があるはず。)
緑里はベリル・ベリロスを両手で握り締めた。
そのままキツく目を瞑って集中する。
気配で周りの世界が見えたとき、緑里はハッと思い立った。
目を瞑りながら正確に由良の手を取って止める。
由良が緑里を冷たい目で見る。
視線の威圧感にひるむことなく緑里は告げた。
「由良、ボクに命を預けて。」
ゆっくりと目を見開いたとき、由良は初めから分かっていたように力強い笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、まかせた。」