第154話 ソルシエールの可能性
赤い闘志を燃やし相棒のハルバードを手にした良子の隣に青い光を放つ剣を担う悠莉が並び立つ。
その輝きは見るものを魅了するほどに美しい。
「ソルシエールが2つ。よもやそれが今とは、運命とはかくも度しがたい。」
オリビアはおかしそうに笑う。
「なら、この運命を仕組んだ誰かがいるんですよ。」
言外にその人物の強大さに畏怖を示した悠莉は周囲を見回すが残念ながら陸の登場はなかった。
「おかしいですね?このタイミングは
『ふっふっふ、バレたなら仕方ない』
と言って出てくるところですが。」
「あり得そうな話だけどインヴィがあたしらにソルシエールを与える理由が無いんじゃないかな?」
一応悠莉に指摘する良子だが正直どちらでも構わなかった。
ジュエルでは感じられなかった狂暴なまでの力のうねりが体の中に渦巻いていて、それを発散したくてウズウズしていた。
「美保さんは置いてきぼりですが、構いませんね。まずは紗香さんの状況改善が先決です。」
悠莉は戦力的な面での美保を冷静に判断して即座に切り捨てた。
「しかしのう、ソルシエールが2つになったところで妾を倒すつもりかえ?汝らに力を授けた魔女の力を知らぬわけでもあるまい?」
悠莉たちはファブレとオリビアという2人の魔女を知っている。
そのうちファブレは魔剣を手にしてなお"化け物"と呼ぶに相応しい圧倒的な力を持っていた。
ソルシエールが11本にシンボル、セイバーを加え、さらにInnocent Visionの力を用いてようやく倒しきれたファブレと同等の力を持っているならば、オリビアに対するにはソルシエール2本でも心許ない。
「そうですね。しかし、やるしかありません。紗香さんをあなたの玩具にさせるわけにはいきませんから。それは私のです。」
「その発言もどうかと思うけど、確かにお姉様と慕ってくれる可愛い後輩を見捨てられないからね。」
悠莉が刀身に左手を添え、良子がグッと腰を落として溜めを作る。
ジュエルとは圧倒的に異なる威圧感にも似た力の波動を受けてもオリビアは涼しげな顔を崩さない。
「愚かしいのう。ならばその身を引き裂いて育った魔石を奪ってこの娘に植え付けてくれよう。妾が駒としていつまでも共にいられるからの。」
オリビアも右手を前に突き出して左目を朱に輝かせた。
一触即発。
きっかけをただ静かに待ち続ける両者の耳に上の方から激しい戦闘の音が響いてくる。
「行くよ、ルビヌス!」
ゴウと噴き上がる赤い光が良子を包む。
「援護します。」
悠莉もコランダムを展開しいつでも動けるようにする。
良子が地面を蹴ると地雷が爆発したように地面が爆ぜる。
赤い風となった良子は一瞬で距離を詰め
「喰らいなさい、ドルーズ!」
「うわぁっ!」
「っ!」
オリビアごと青い炎に飲み込まれかけた。
良子は咄嗟に横に飛んで回避し、オリビアも未知の力を障壁のように展開して炎の蛇を退けた。
蛇の根元に全員の視線が集まる。
そこにはごみ処理場に向かった叶たちが立っていた。
「等々力先輩に気を取られてる隙をついたけど無理だったわね。」
「八重花ちゃん、やりすぎだよ!」
叶に叱られても八重花はしれっとしている。
もちろん本気で奇襲をするつもりならあのタイミングで声を出すわけがない。
特殊能力系のアニメじゃないが必殺技の名前を叫ぶ必要は別にないのだから。
敢えて叫んだのは正面から突撃した良子がオリビアの力に攻撃されるのを防ぐためだった。
もちろんそんな事情は仲間にだっていちいち打ち明けたりはしない。
「ふふふ。」
鋭い悠莉は気付いて微笑んでいたりするが。
「火葬場っていうか、本当に死後の世界みたいな感じだね。」
真奈美が周囲を見回して呆れたような声を出した。
戦闘の余波で地面は抉れ、陥没し、木々も薙ぎ倒され、墓石がいくつも砕けている。
その光景はまさに地獄のようだった。
「地獄には付き物の鬼が何人かいるみたいね。人数的にどっちかはジュエルだけで対抗しているみたいだから、真奈美頼める?」
「分かったよ。叶と八重花も気を付けて。行くよ、スピネル!」
左目の義眼を青く輝かせた真奈美の左足に剣の義足が顕現する。
「行かせると思うてか?」
「通れないなら、押し通るまで!」
良子と同じように真正面から突撃していく真奈美にオリビアは不敵な笑みを浮かべながら右手を前に突き出した。
見えざる力が真奈美を捕らえようとする。
だがそれよりも早く真奈美は地面を力強く踏みきるとスピネルの刀身を地面に押し当てて文字通り地面を滑るように光の尾を引いた。
超低空のスターダストスピナ、否
「スピネルライナー!」
地を駆ける超特急の光は魔の存在が正面に立つことを許さない。
「ぬっ!」
オリビアも回避行動を取らざるを得ず、真奈美はオリビアの横を突き抜けた。
すぐさま振り向いて力を放つが真奈美は地面を踏みきって高く飛び上がり有効圏内から離脱していた。
「見事なスライディングだったね。さすがは元ソフトボール部だ。」
良子は感心しているが他のメンバーはどっちかと言えば呆れ寄りで唖然としている。
「凄いというか…何というか。」
「本当に芦屋さんのスピネルは奇抜な動きをされますね。」
叶と琴が目をしばたかせて顔を合わせる。
「ますます人間の範疇を超える動きを編み出していくわね。そのうち筋肉の動きの反動を駆使して空でも飛びそうね。」
せいせいせいと跳び蹴りで上にギザギザを描きながら昇っていく真奈美が見えた気がした。
「なんじゃ、あの化け物は?」
しまいにはオリビアにすら化け物扱いされる始末。
真奈美がすでに聞こえない範囲にいるのが救いと言えよう。
「八重花さん、私たちを助けてくれるんですか?」
「パーティーの出席者をもてなすのは主催者側の仕事よ。ね、叶?」
「はい。全員で戻って楽しいパーティーの続きをしましょう。」
曇りのない叶の微笑みに悠莉は呆気に取られ、すぐに微笑み返した。
「ありがとうございます。これでソルシエールが3本にシンボルが…」
チラリと振り返ると琴が叶に見えない位置で手を交差させて×を作っていた。
「1人です。さっきまでと同じように余裕でいられますか?」
自然と悠莉を中心に前衛を良子と八重花、後衛を叶と悠莉が務める陣形へと変わっていく。
圧倒的な威力と速度、鉄壁の防御に回復能力を持つかなり高水準でバランスの取れたパーティーを前にオリビアの表情からも笑みが消えていた。
「忌々しき汝らの相手はこやつらが潰えたのちと考えておったのじゃが、少々目障りじゃな。」
予備動作もなく指先が微かに動いただけで発動するオリビアの力は音もなくソーサリスたちに迫る。
「えーい!」
だが唯一、叶だけは何もない空間に向かってオリビンを振り被っていた。
聖と魔の力がぶつかり合ってバチッと火花が散った。
「セイントの力が増しておるのか?」
初めて遭遇した時、叶にはオリビアの力は見えていなかった。
「時坂飛鳥のハイドラが見えるみたいに、オリビアの力も見えるの、叶?」
「うん。」
だが今はそれが何なのかはっきりと認識できた。
「すごく細い、糸みたい。だけどその一本一本からソルシエールみたいな力を感じるよ。」
「ご明察。ほんに厄介な存在じゃな、セイント。これはソルシエール・ジェードと言うてな、糸のように細い刃全てを意のままに操る事が出来るのじゃ。」
この透明で強靭な糸を時に首に巻き付けて締め上げ、時により集めて盾とし、変幻自在な姿で用いてきたのである。
オリビアは力の正体を明かし、叶に見える事実を前にしても余裕の態度を変えない。
「相手の攻撃が見えるなら戦い様はいくらでもあるわ。等々力先輩!」
「あいよ!ルビヌス!」
細かい打ち合わせがなくても良子は自身の持てる最大の力を込めてオリビアに突っ込んでいく。
それは八重花の望み通りの行動だった。
「私も行くわよ。叶はジェードの動きを教えて。」
「うん、分かってる。」
八重花も第三の腕カペーラを構えながら良子の後を追う。
「はああっ!」
良子が体を捻りながら大きくラトナラジュを振りかぶり、風を切り裂く斬撃を繰り出した。
オリビアはそれを紙一重で回避するが勢い余ったハルバードは地面に叩きつけられ
ドォン
隕石が墜落したように盛大にアスファルトの地面を破砕し吹っ飛ばした。
「うわっ、さすがはソルシエール。肩慣らしでこの威力なんだ。」
メテオインパクトもどきを肩慣らしという良子の弾幕とも言うべき礫の雨に反撃できず距離を取ろうとしたオリビアは
ドン
突然背後に発生した壁に阻まれて動きを止めた。
「残念ながら行き止まりです。」
さらに上下四方から閉じ込めるように障壁が迫る。
「防げ。」
オリビアが呟き、手を払うだけでジェードの糸は瞬時に繭のように球を作り上げた。
透明な繭に阻まれたコランダムは押し潰そうとするがその前に障壁の方が砕けた。
コランダムの硬度を超える守り。
だが
ザクン
その繭もオリビンの聖なる刃を防ぐことは出来ず
「八重花ちゃん、これでいい?」
「上出来よ!」
その穴から今度はジオードの先端が突き込まれた。
「燃え尽きなさい!」
ジオードの刃から放たれた赤と青を凝縮した炎は繭の狭い空間に一瞬で燃え広がり、球状の炎の塊となった。
「飛んでけ!」
とどめにフルスイングのラトナラジュが炎の繭にぶつかりゴルフボールのように山肌に飛んでいった。
「これで倒せるとは思っていませんが、ソルシエールの力はこんなにも凄まじかったんですね。」
悠莉がサフェイロスを見つめながらしみじみと呟いた。
多少の応用が利くとはいえ決まったグラマリーを使えるだけのジュエルとは違う。
その違いを体感をしたからこそ悠莉には分かる。
ソルシエールは魔力が高いだけではない。
グラマリーに限界がないのだ。
由良が指向性の超音振として編み出した横震波と縦震波や八重花のカペーラのように担い手の発想次第で無限の可能性を秘めている。
思えば悠莉の扱うディメンジョンもヘレナのブラックナイトメアからヒントを得て編み出したものだ。
「ジュエルを手にしてから久しく忘れていたこの他者を蹂躙する圧倒的な力。また悪い癖が出てしまいそうです。」
悠莉はゾクゾクと背筋を震わせてサフェイロスを抱き締めた。
「本当に、凄い。」
良子もまた戻ってきたラトナラジュを振って隠しきれない笑みを浮かべていた。
ラトナラジュ・アルミナの時にはデュアルグラマリーのエアロルビヌスを多用していた。
風の抵抗を殺した高速移動からの一撃には攻撃でも防御でも助けられた。
だがラトナラジュとなり、ルビヌスだけになれば力は増すが速さは失われるのではないかと不安だった。
だがいざ発動して見ればそれは杞憂だった。
ジュエルのルビヌスでは得られなかった力強い加速は風の抵抗すら押し退けていく力を持つ。
「またよろしく頼むよ、相棒。」
良子の呼び掛けにラトナラジュの刀身が光ったような気がした。
「何やってるのよ?」
八重花は呆れた声をかけるとすぐに真剣に正面を見た。
「あれはわざとこっちの攻撃を受けていたわね。だから当然倒せるわけもない。」
「その通りじゃ。」
声が突然響き、いつの間にか正面には焦げ痕1つ付いていないオリビアが現れた。
「なかなかの力じゃが、妾には届かなかったようじゃのう。」
ソルシエールの攻撃を受けて無傷という結果に叶たちは動揺する…はずだった。
「なぜ汝らは気味の悪い笑みをしておるのじゃ?」
「いえ。確かに攻撃は効かなかったようね。でも、私たちを警戒しているのは分かったわ。」
むしろ勝ち誇った表情を浮かべる八重花に怪訝な顔をしたオリビアはすぐに苦虫を噛み潰したような顔に変わった。
すっかり戦力外になっていた琴が地面に倒れていた紗香を連れ戻していた。
「紗香さんは返してもらいましたよ。これで心置きなく戦えます。」
「パーティーを台無しにしてくれたお礼はきっちりとさせてもらうわよ。」
再びさっきと同じ陣形を組み直す4人。
オリビアはそれを冷めた目で見つめていた。
「妾を出し抜くなど…不愉快じゃ。」
乱暴に手を振るうと地面に爪で引っ掻いたような傷が刻まれた。
「妾の怒り、思い知るがいい!」
手を掲げた瞬間、糸の雨が降り注いだ。