第152話 火葬場の激闘
オリビアたちは斜面になった最奥の火葬場からヴァルキリーとオー、そして紗香の戦いを観戦していた。
「あの綿貫紗香ってやつ、操られてないのがバレたみたいだね。」
「それを知ってなお戦うとは、戦乙女らもおかしな連中じゃな。約束を果たそうが背こうが変わらぬがの。」
「オリビア様。残りのヴァルキリーのメンバーがこちらに迫っています。」
眼下に拡がっていた漆黒の海はすでに三分の一ほどまでに引いていて今なお刻々と減少している。
「妾を狙うても無駄と知りつつ来よるか。そやつらの相手は任せるぞ。」
「了解しました。ここまで到達させません。」
「全員押し潰してあげる。」
オリビアの従えるソーサリス2人は飛び出していった。
それを見送るオリビアは腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべていた。
真正面からやって来る飛鳥と茜を見て由良は苦笑を漏らした。
「これだけ削ってようやく中ボスか。ラスボスまでまだ掛かりそうだな。」
ゲーマーっぽい会話についていけないお嬢様と御付きだが言いたいことは分かった。
「ここからが本番ということですね。羽佐間さん、勝算はいかほどですか?」
この4人の中で一番戦闘力が高いのは由良である。
当然勝つためには由良を主軸に据えた陣形を組む必要があった。
「…護衛対象を巻き込んで5割、そこに気を配ると3割だな。」
つまりは超音振の使用の有無になるわけだが使って5割となるとかなり分が悪い。
「わたくしたちが3割をどれだけ引き上げられるかにかかってくるのですね。」
「もしくは俺の5割の勝ちに賭けて離れてるって手もあるぞ?」
冗談めかしているが由良は割と本気だった。
そもそもヴァルキリーが由良を引き込んだのもそういう使い方をするかもしれないと覚悟の上だった。
「それはわたくしたちに対する侮辱と受け取ってよろしいですか?ソルシエールを持たないからという理由で、むしろジュエルをもって理想の実現を目指すからこそ、わたくしたちは逃げるわけには参りません。」
その提案は気高い理想によって拒絶された。
手段と過程はどうであれヴァルキリーが世界の恒久平和を目指していることは事実であり、その実現のために命を懸ける覚悟もある。
「ふっ。まったく馬鹿だな。」
「むっ、撫子様を馬鹿にするな!」
好意を含む笑いを馬鹿にしたと感じた緑里が吠えるが由良は楽しげに緑里の頭をポンポン叩いた。
「羽佐間様、ご指示を。」
葵衣と撫子はいつでも由良の指示通りに動ける準備があった。
由良は満足そうに頷くともう一度緑里の頭を叩いた。
今度は笑うためではなく、共に戦うと告げるように。
「ソーサリス2人を同時に相手にするのはキツい。相手を分断するぞ。俺と緑里は桐沢の方をやる。そっちは時坂に殺されないようにしながら足止めしてくれ。」
「あ…」
初めて"凄くない方の海原"ではなく"緑里"と呼ばれたことになんとも言いがたい喜びのような感情を抱いた緑里は力強く頷いた。
「速攻で倒すから。待ってて下さいね、お嬢様、葵衣!」
「期待しているわ。」
「無理はしないで下さいね、姉さん。」
信頼と心配をしつつ撫子たちはサンスフィアで牽制しつつ飛鳥を引き剥がしていく。
茜は引き留めようとしていたようだったが飛鳥は止まらず、撫子たちの方に向かっていった。
茜は飛鳥をため息で見送ると向かってきた。
「宣言したんだ。速攻で倒すぞ。」
「分かってるよ。…よろしく。」
恥ずかしげに拳を挙げる緑里に由良は拳をぶつけて前に踏み出した。
茜は由良たちの前に出てくるとすぐにダイアスポアを構えてポアズを展開した。
「危険を覚悟の上で分断したのね。でもジュエルでいつまで飛鳥を止められるかしら?」
オーを侍らす茜は自身の優位から見下したような目を向けていた。
「お前をさっさと倒して加勢に行けば問題ない。」
だが由良は怯まず自信に満ちた笑みすら浮かべている。
茜はムッと眉をしかめて切っ先を由良に向ける。
「確かにソーサリスが相手なら拮抗した戦いになるかもしれないけど、さっさと倒せると思わないことね。」
「拮抗した戦い?笑わせるな。俺とお前じゃ相手にならない。」
ピクピクと茜の額に青筋が浮かび上がっていく。
隣で聞いている緑里ですらうわーと声を漏らすほど由良は徹底的に相手の神経を逆撫でしていた。
しかも由良の自信に満ちた表情はハッタリなのか本気なのか判断がつかないため余計に腹が立つ。
「だったら解らせてあげる!ポアズ!」
茜がダイアスポアを振り下ろすと空気爆弾が一斉に由良に向けて押し寄せてきた。
広範囲の空間を埋め尽くす爆弾の津波に逃げ場はない。
ギィィン
津波のような流れを前に空気が震えた。
恐怖ではない。
むしろ武者震いに近い暴力的な振動は激しさを増していく。
「押し返せ、音震波!」
グンッ
まるで見えない空気の壁が遮ったように泡の怒涛はピタリと停止したかと思えばすぐさま逆方向に流れ始めた。
「聞いてるぞ。タヌキの音震波で押し返されたってな。だがジュエルとソルシエールを同じだと思うなよ!」
さらに追撃の音震波が放たれポアズが一気に散らばった。
ドドドドドド
1つがオーに当たった瞬間、連鎖的に空気爆弾が爆発を開始した。
発動者の茜は爆風で上がる粉塵に顔をしかめている程度だが後詰めのオーは爆発に巻き込まれて倒れていく。
大規模な爆発が収まった時には茜の周囲にいたオーは軒並み倒れ伏していた。
「ソルシエールの相性が悪かったな。」
「だったら接近戦で!ダイアスポア、光を!」
アルファルミナの発動で刀身が光を放つ。
ソルシエールの身体強化による突進で茜は一瞬で由良までの距離を詰めた。
ギャリン
放たれたアルファルミナはいまだ激しく振動する玻璃にぶつかった瞬間に軌道が逸らされた。
「くっ、クォーツなのに接近戦でも強い!?」
「だからジュエルと一緒だと思ってると痛い目見るぞ。」
「それに、ジュエルを馬鹿にしても痛い目見るよ!光刃担うは人形の式!」
3つの式と3つのレイズハートが結び付き、その姿はさながら光の剣を持つ剣士のよう。
その小さくも勇ましい剣士が3人、剣を弾かれた茜の背後に浮かんでいた。
「舞えよ、式光剣舞!」
「ポアズ!」
緑里の命を受けた式と茜が咄嗟に放ったポアズが激突し3人を巻き込んで爆発した。
その爆音は撫子たちの耳にも届いていた。
「あっちは随分激しいね。こっちもそれくらい頑張ってくれないと。」
飛鳥は余裕の様子で音のする方を振り返っているが、その隙を狙えるほど余裕は撫子たちにはない。
「お嬢様!」
「こちらは対処できるわ。葵衣はもう一つを落としなさい!」
撫子たちはモーリオンから生み出された巨大な触手モルガナ2本と戦っていた。
飛鳥が見ていないのにモルガナがまるで自分の意思があるかのように撫子たちに襲いかかってくる。
高機動力を持つ葵衣はともかく遠距離攻撃を得意とする撫子には厳しい相手だがそこはデュアルジュエルのショートラトナラジュのルビヌスを用いることで凌いでいた。
撫子の救援に向かおうとした葵衣は諭され、由良の作戦と同じように先に潰した方が結果的に撫子を助けることになると判断した。
左手に風の鞘を持ち、エアブーツによる急加速で一気にモルガナの根本まで接近すると風の加速を受けた居合いの斬撃を叩き込んだ。
「グラマリー・カミカゼ!」
丸太のようなモルガナが一撃で吹き飛ぶ。
一方の撫子もやられてばかりではない。
ルビヌスの高速移動でモルガナを回避しながら
「サンライズ!」
マシンガンのようにサンスフィアを高速で撃ち出した。
単発では火力が足りなくても一秒間に数十数百ぶつかれば膨大なエネルギーとなり、モルガナの根本はどろどろに焼け爛れていた。
ズルリと腐り落ちるようにモルガナが消滅するとようやく飛鳥が振り向いた。
「へぇ、ジュエルの癖に結構やるね。」
飛鳥は完全に見下した様子で余裕を見せていた。
実際にまだまだ余裕なのだ。
10本のモルガナを一斉に操るレベル10、モルガナおよび自身の姿を隠すハイドラ。
これらの強力なグラマリーは魔剣優位性を持つオリビンですら苦戦を強いられたほどだ。
それらの力を使われないことが、見下されていることが今の撫子たちには重要だった。
(このまま持ちこたえて羽佐間さんたちの援護を待ちましょう。)
「よーし、次はレベル4。」
いきなり2から4にランクアップして慌てるが10にならなかっただけマシだと腹をくくる。
(あまり長くは持ちません。お願いします、羽佐間さん。)
撫子は信頼を由良に寄せて巨大な触手との戦いに挑んでいった。
由良たちの戦闘での爆発、撫子たちの巨大な触手の打倒は悠莉たちの位置からでも確認できた。
「とうとうソーサリスが出てきましたね。どうやら二手に別れたみたいですから急いで加勢したいところですね。」
悠莉は紗香に完全に背中を向けて上の方で行われている戦いを見ていた。
それでもその無防備な背中を狙われることはない。
「コランダムコア。」
その秘密は悠莉が2つのコアとそれらが展開したコランダムの障壁が紗香の動きを封じ込めていた。
2枚の盾による絶妙のコンビネーションは悠莉自身が認めた武器としてのジュエルの取り扱いの技能を徹底的に無力化して紗香を封殺した。
「ごめんなさい、悠莉お姉様。わたしが調子に乗ってました。」
泣きながらそう謝罪させるくらい完膚なきまでの粛正に見ていた良子と美保は紗香への同情を禁じ得なかった。
「その言葉も魔女に操られて私たちに取り入るための芝居に違いないですね。」
だが悠莉は紗香が初めから正気だと分かっていながらも、否定して戦闘を続けている。
コランダムコアの体当たりも一発は大したことはないが塵も積もれば山となる。
累積ダメージは増加し、紗香は既にグロッキー状態になっていた。
「悠莉、うちはいっそのこと一思いに殺してやった方がいいと思う。」
常の殺したい宣言ではなく美保は本気で紗香を憐れんでいる。
「もう…ころちて…」
とうとう紗香は目がぐるぐるになってポテンと倒れた。
「うわぁ、紗香!」
良子が慌てて駆け寄って抱き起こそうとする。
「待ってください、等々力先輩。止まらないと…首チョンパですよ?」
「ッ!?」
恐ろしいことをさらりという悠莉にビクリと震えて足を止めた良子は
「ん?」
首筋に巻き付こうとする見えない何かに気が付いてルビヌスを使って急速離脱した。
「残念じゃの。もう少しで戦乙女の首をもげるところじゃったのに。」
「魔女、オリビア!?」
倒れた紗香の後ろにはいつの間に現れたのかオリビアが良子に向けて手を翳して立っていた。
「だから言ったんです。首チョンパですと。」
悠莉はクスクスと笑うとオリビアの方を向いた。
オリビアも微笑みを浮かべてはいるが悠莉を見る目は観察とも警戒とも言える微妙な色を含んでいる。
「この娘の対処といい、妾の攻撃を避けさせたことといい…汝、妾と同類じゃな?」
「ふふふ、心外ですね。私はただ魔剣の力を増す条件を考えていただけですよ?」
腹の探り合いのような笑顔の応酬に美保も良子も置いてきぼりだ。
「ちょっと、悠莉。説明しなさいよ?」
「仕方のない美保さんですね。魔女は紗香さんを私たちにけしかけてきました、何故でしょう?」
「何故って、そりゃうちらを倒させるため…」
「30点。」
「その採点はむしろ甘いのではないかえ?」
「そうですね。では0点で。」
何故か悠莉とオリビアに貶められた美保は失意に沈んだので代わりに良子が前に出る。
「でも経験不足の紗香一人であたしらを倒すのは難しいんじゃないかな?」
「さすがは等々力先輩、美保さんより優秀です。」
良子に賢さで劣ると言われて色を失っていく美保は放置。
悠莉は笑顔で視線を紗香に向けた。
「運良く勝てれば紗香さんは仲間を手にかけた後悔や絶望を抱いたでしょう。一方、助けに来た私たちが紗香さんを殺すことはありません。そして負ければ力が欲しいと求めるでしょう。どちらにしても紗香さんは強い願いを抱くことになるんです。」
「正解じゃ。高い魔力に強い感情が合わさった時、強力な力を持つ新たな駒が誕生するはずであった。」
悠莉はそれに気付いて闘争心を削いだのだ。
結果的に紗香は生ける屍のように絶望を抱いて倒れた。
悠莉は見事にオリビアの目論見を防いだのであった。
だからこそこの場にオリビアが現れたのだ。
警戒を強める"RGB"を前にオリビアはにやりと笑う。
「ならば汝らを殺し、妾への怒りを植え付けるとしようかのう。」