第151話 野望のために
地面に突き立った槍のジュエルを引き抜いたのは紛れもなく紗香だった。
「紗香!?」
「…」
良子が声をかけても無言であり、鋭い眼光をヴァルキリーのメンバーに向けている。
「これはやはり操られていると考えるべきでしょうね。」
淡々とした口調とは裏腹に悠莉の目は悲しげに細められていた。
目をかけていた後輩が、しかも救出に来たはずの相手から襲撃を受ければ驚きもするし嘆きもする。
「ボクたちは君を助けに来たんだよ!?」
「…」
緑里の声にも未反応。
感情が表に溢れ出すような子だっただけにその反応は寒気がするような異常さを感じずにはいられない。
紗香はジュエルを手にすると最前線に立つ美保に向けて容赦なく突きを放った。
美保はそれをスマラグド・ベリロスとショートサフェイロス、大小2本の魔剣を巧みに操って受け流していく。
「元に戻す方法なんて探すまでもないわ。叩きのめして動けなくなってからゆっくり解除する。間違って殺しても恨むんじゃないわよ!」
キンとスマラグド・ベリロスが翠色の光を纏いレイズハートが3つ浮かび上がる。
さらに左手はショートサフェイロスを逆手に握ってコランダムを盾のように展開する。
「ちょっと突きが速いからって調子に乗りすぎよ!4つの突きを同時に受けられる?」
「ッ!?」
美保がスマラグド・ベリロスで突きを放つと同時にレイズハートが別軌道の突きとして飛ぶ。
一撃にして4つの同時攻撃。
翠の光刃はぶつかると同時に消滅するが魔剣を引き戻す間に復活するため常に四撃となる。
紗香は攻撃を諦めて槍を立てると手捌きと足捌きで連続四撃の突きを防いでいく。
「ふんっ、なかなかやるじゃない。だけどこれならどう?」
美保が突き出す魔剣の刀身からまっすぐにレイズハートが飛び出した。
それはさながら魔剣の長さが変わったようで防御のタイミングを狂わす。
「うっ、くっ!」
常に光を纏っているスマラグド・ベリロスではいつ剣から光刃が飛び出すか判断できない。
結果として防御への集中が散漫になり、紗香は傷を負い始める。
「悠莉、良子先輩!捕まえるならさっさとやって!じゃないとうちが殺すわよ!」
「ああ、そうだね。紗香、お姉様の慈悲だから一撃で倒す。」
「等々力先輩、それだと殺すみたいですよ。」
軽口を叩きながらも2人は既に左右から迫っていた。
悠莉は自身と良子の側面にコランダムコアを配置して障壁を発生させて美保からの攻撃を防いでいる。
何も言わずとも"RGB"は連携していた。
「わあああ!」
突然紗香がギリッと歯を食い縛ると叫び声を上げた。
突きと両側から迫る手を上に飛んでかわすと
「音震波!」
連発で振動波を空中から撃ち出した。
ドンドンと地面に炸裂する音震波で土煙が上がり視界が悪くなる。
「なかなかいい戦い振りだね。」
危なくなったら離脱しつつ追撃を防ぐための煙幕。
斬られる前に斬るタイプである攻撃一辺倒の良子の教えだけではこうはならない。
自分でも戦いを研究してきたのだろう。
「それを敵に回してから知るのは情けない話ですね。」
悠莉は苦笑するとバッと手を振り上げた。
その直後3人に迫る音震波を悠莉は振り返ることもなくコランダムコアを操作して障壁を張った。
死角からの攻撃を防がれて土煙の向こうで紗香が驚愕していた。
「コランダムも透過度を調節すれば鏡のように光を反射します。見えていますよ、紗香さん。」
いつの間にか悠莉の真上には研かれた鏡のようなコランダムが浮いていて角度を変えることで紗香の動きを映し出していた。
すぐに土煙の向こうに隠れた紗香の姿はもう見えない。
振動波で土煙を舞い上がらせてコランダムの鏡も無力化した。
紗香は中心部に撃ち込めば当たるが"RGB"はどこにいるか分からなければ狙えない。
だが"RGB"の面々は余裕の笑みを浮かべていた。
「ジュエルから成り上がったばかりの癖にうちらを纏めてどうにかしようなんて甘過ぎね。」
「そうですね。少々おいたが過ぎるようです。」
「ここはお姉様としてしっかりと叱るところかね。」
槍のような鋭い振動波が土煙を突き抜けてくる。
だが美保は周囲に回転させたレイズハートで防ぎ、悠莉も三角形にコランダムで覆い完全防御を敷く。
そして良子は
「エアコート。」
セレスタイトのグラマリーを発動した。
知覚が強化され土煙の外側にいる紗香の位置が目で見ているように特定できる。
ルビヌスを発動して赤い光を纏った良子は地面を強く蹴って駆け出し、瞬く間に紗香に肉薄し
ドンッ
「うわぁ!」
ラトナラジュ・アルミナを振り下ろすために踏み込む地面が音震波を受けて陥没したことでバランスを崩した。
紗香はその隙に飛び退いて距離を取っていた。
土煙が晴れて紗香と"RGB"が退治する。
「はあ、はあ。」
さすがにヴァルキリーの"RGB"3人を相手にするのは厳しいらしく紗香は肩で息をしているが戦意は失っていないようだった。
「さすがは紗香。とてもじゃないけどただのジュエルの動きじゃないね。」
「グラマリーを使わなければ確実に私より強いですね。」
悠莉は別に自分を貶めているわけではない。
ジュエルを超えた存在にとって真に戦闘を左右するのは武器を使った戦いではなくグラマリーの使い方となる。
その点において紗香はまだこの場にいる誰よりも劣っている。
「反抗する意気やよし。うちらに喧嘩を売ったことがどんだけ馬鹿げてるか、その体にたっぷり叩き込んであげるわ!」
"RGB"が紗香と戦っている間、撫子たちは周辺のオーを掃討しつつ奥を目指していた。
「操られているのだとすれば犯人は魔女オリビアに違いありません。」
「他のソーサリスが現れずにいることを鑑みますと魔女が動けないことも考えられます。攻めるなら今か好機です。」
撫子と葵衣、緑里はそう考えて前に向かっていくが護衛役として同行する由良は懐疑的な顔をしていた。
そんな状態でありながら的確に音震波でオーを叩き伏せていく辺りがソーサリスの"化け物"たる所以と言える。
「操られてれば、な。」
「…。」
由良の呟きに撫子と葵衣は押し黙ってわずかに目を背けた。
「なに、それ?どう見ても操られてたでしょ?」
緑里だけは本気で不思議そうに振り返った。
その背後を狙って襲ってきたオーを引き絞った縦震波で刺し貫いた由良は生暖かい苦笑を浮かべた。
「だからお前は凄くない方の海原なんだ。もっと精進しろ。」
「わーっ!凄くない言うなー!」
暴れる緑里の頭を押さえつける由良を足を止めた撫子と葵衣も振り返って見ている。
「説明願えますか?」
「そっちの2人には要らないと思うが、まあ分かってない奴に説明してやろう。」
てっきり噛みついてくるかと思っていたが意外にも緑里は真剣に由良の言葉を聞こうとしていた。
凄くないことに悲観せず、上を目指す緑里の姿に密かに好感を持つ。
「あいつら"RGB"は3人だ。それぞれ接近戦、盾役、射撃手とバランスがいいパーティーだ。もしもそいつらと戦うならまずどれから潰す?」
微妙にRPGっぽく例えるが撫子たちはパーティーと聞いても飛び出してきたアレしか思い浮かばない。
「うーん。まずは盾を潰さないと攻撃が通りにくい?接近戦を仕掛けてくるのを倒せば危険が減るのかな?」
「まあ、実を言えば答えは1つじゃない。だが言えるのは一対多の乱戦において相手を選んでいる暇はないってことだ。」
緑里もジェムやデーモンの大軍勢と戦った経験がある。
あの時の乱戦は確かに迫ってくる相手を片っ端から叩き伏せていた。
特に相手が格上ならば生きるためには手段を選んではいられないはずだ。
「だがタヌキは神峰しか狙ってない。」
「でもそれは美保が前に出てるからじゃないの?」
「だがさっき少し見えた最後の攻防、あれは本来離脱じゃなく攻撃を仕掛ける場面だ。」
体勢を完全に崩した状態ならば紗香でも良子に一撃を叩き込むことは出来たのにしなかった。
「やはり羽佐間さんもそうお考えですか。」
撫子が沈痛な面持ちで呟いた。
そこまで言われれば緑里でも想像がつく。
「まさか…」
「多分、タヌキは自分の意志で戦ってる。」
紗香は"RGB"3人を前にしても臆する事なく槍のジュエルを構えた。
その目には強い意志が宿っており、殺意すら感じる視線は美保にだけ向けられている。
「…なるほど。」
そしてここにも紗香の動きから察する者がいた。
「さっさとかかってきなさいよ!」
「これもお姉様の監督不行き届きかね?」
…そして、全く察しない人たちもいた。
「たあああ!」
紗香が刀身に風を纏い槍を振り上げる。
紗香の得意とする振動波の斬撃のモーションを見て美保は前に飛び出す。
「隙だらけなのよ!レイズハート!」
3つの光刃が三方向から襲い掛かる。
「やあああ!」
紗香は広いスタンスで足を踏み出すと右下から左上に向けて全力で魔槍を振るった。
風を孕む魔槍の斬撃は剣よりも圧倒的に広い空間を薙ぎ払いレイズハートを打ち落とす。
「そんな大振りの後じゃ隙だらけ…」
美保の言葉が止まる。
それは長大な槍を振り終えた紗香が巧みな手捌きで瞬く間に槍を右手に構え直したからだ。
無防備に突っ込んでいこうとしていた美保に対して紗香は万全の攻撃体勢に入っている。
「嘗めるなー!」
苦し紛れに放たれたレイズハートを紗香は槍を回して防ぐ。
それでもすぐにクルリと回して右手での構えに戻る。
ジュエルを武器として振るう訓練を続けてきたからこそ出来る芸当だ。
「だったらコランダムで防いでやるわよ!」
遂に美保が攻撃の手を止めた。
紗香の口の端がつり上がり槍が振動で震え出す。
その動きはさながら由良の玻璃のようだった。
「これで!」
「等々力先輩、ゴーです。」
「うわっ!」
紗香の振動槍が美保に迫る軌道に突然良子の体が割り込んできた。
悠莉が良子の背中を押したのだ。
完全に転びかけて無防備な良子が刃の前に身をさらけ出した。
これで良子が避けられる要因はない。
「ッ!」
ガイィン
だが、紗香は良子を倒す絶好の機会に槍の軌道をねじ曲げて地面を突き刺した。
足元ギリギリに突き刺さった槍と、何より紗香の行動に良子が目を見張り、紗香はぐっと唇を噛んで良子から距離を取った。
今の状況を作り出した悠莉がゆっくりと良子の前に出る。
「やはり狙っていたのは美保さんだけでしたか。」
「何よそれ?魔女はうちの存在を恐れて消そうとしたってこと?」
「何をご都合的な解釈をしているんですか。」
割と辛辣なツッコミに美保は絶句し、逆に冷静になって悠莉の言葉の意味に気が付いた。
「悠莉と良子先輩を狙わないのは本人の意志ってこと?それじゃあいつもの綿貫紗香と同じじゃない。」
「そういうことです。」
美保が敵意と共に怪訝な視線を紗香に向ける。
悠莉もまた事の真相を問いただすように真摯な目をしていた。
「え?なに?」
良子だけは話の流れについていけず狼狽えていたが。
「…そう、です。わたしは操られてなんかいません。魔女なんかに操られるわけにはいきませんから。」
紗香はそう白状したが戦意は少しも衰えていないようだった。
「なぜこんな真似を?」
拐われたのはオリビアの行動だろうがこうして紗香が自発的に戦っているのは紗香自身の意志だ。
悠莉たちに牙を向くと分かっていながら攻撃をしてきた理由がどうしても分からなかった。
何かしらの取引があったのは間違いないと読んだが。
「ヴァルキリーのメンバーを倒して力を示せばさらに強い力をくれると言われました。だからわたしは神峰先輩を倒して力を手に入れ、良子お姉様と悠莉お姉様の3人で"シグナル"を結成するんです。」
それは以前から紗香が口にしていたささやかな野望だった。
しかし悠莉はその話に眉を潜める。
(魔女が与える更なる力とはソルシエールで間違いないですね。しかし魔女オリビアのソーサリスは主に従っている。もしかしたらオリビアの与える魔石はジュエルと同じように魔女に服従させる効果があるのでは?)
ファブレに与えられたソルシエールは魔女の駒として機能しなかった。
それはファブレ自身がゲームだと語っていたことからも証明されている。
だがオリビアがファブレと同じゲームをしているとは限らない。
オリビアからソルシエールを与えられた紗香は本当に敵になってしまうかもしれない。
「言いたいことはそれだけですか?」
「え?」
だから悠莉は紗香の願いを否定する。
紗香を救うために。
「その言葉すら操られている可能性もあります。ですから私たちに楯突いた紗香さんを、粛正します。」