第150話 奪還作戦
会場にはジュエルもいたがパーティーを続けさせるために残してきた。
響もついて来たがったが素直に戦力外通告を出して待機させた。
何も知らない裕子に司会を丸投げしてきたが会場自体が物珍しいし騒いでいればお酒が入っていなくても楽しいお年頃なので乙女会がいなくなっても飽きることはないはずだ。
「ところで元"Innocent Vision"のあんたたち、一緒に飛び出してきたのは良いけどうちのタヌキを助けに行くのを手伝うつもり?」
美保がパーティー会場よりも剣呑な視線を叶たちにぶつけた。
「いつまでも仲良しごっこを続けるのが癪にさわるのよね。あんたたちはうちらの敵なの、味方なの?」
敵だと答えた瞬間に斬りかかって来そうなほどの睨みに叶は不安げな表情を浮かべて八重花を見た。
とても
「パーティーの遅刻者を迎えに行くだけですよ。」
とは言えない。
だが八重花は豪胆な精神の持ち主だ。
「パーティーの遅刻者を迎えに行くだけよ。…では納得しないみたいね?」
「当たり前よ!」
当然美保は吠えるが八重花は織り込み済みとばかりに不敵に笑う。
「ならこの件に"Akashic Vision"、りくが関わっているみたいだからって言うのはどうかしら?」
陸に会いたいと願っていることは隠すまでもなく皆が分かっていることだ。
それこそが"Innocent Vision"の存在理由だったのだから。
それならば確かに一緒に行く理由にはなる。
「ならついてきても構わないけど、うちらの邪魔をするんじゃないわよ?」
「ええ、それでいいわ。あなたが殺られかけても決して邪魔しないわ。」
美保と八重花は背筋が寒くなるような笑顔で笑い合う。
それを悠莉と真奈美が引き離した。
「今はそれどころじゃありませんよ。」
「八重花も挑発しない。」
フンと顔を背け合う2人は放っておいて由良が周囲を見回す。
ドレス姿の集団はそれなりに好奇の目を集めている。
だが今はそんなものに構っている暇はない。
「飛び出して来たはいいがどこに行けばいいんだ?」
「そうですね。紗香さんが魔女に拐われたなら急がなければ何が施されるか分かりません。」
「それってあの子が操られてボクたちを襲ってくるかもしれないってことですか?」
撫子の懸念はかつてファブレに心の闇を突かれて暴走した由良を思えばこそ。
あれは操られていなかったとはいえ、殺さずに相手を止めることの難しさを知ったからだ。
「魔女の出現場所は書いてなかったね。これは走って探すしかないかな?」
良子は慣れないヒールの高い靴を踏み均すように足を上下させる。
「ここで止まってても見つかりませんからね。手分けして探しましょう。」
「叶さん、待ってください。」
叶が意見を纏めて皆が飛び出していこうとした瞬間、呼び止める声に全員の動きが止まった。
そこには和装の琴が息を荒くしながら駆け寄ってきていた。
「どうしたんですか、琴お姉ちゃん?」
「ふぅ。叶さん…というよりも今回はヴァルキリーの皆様に対するものですが、"太宮様"からの卜占を賜って参りました。」
何の標もなく動き出そうとしていた面々にもたらされた光明に全員の表情が華やいだ。
やはり未来視の力は有用だと知ることになったが今は勧誘などをしている場合ではない。
琴は折り畳まれた和紙を広げていく。
「方角は北。火にまつわる所に探し人はいらっしゃるようです。」
"太宮様"の卜占では正確な場所や時間までは見通せない。
それでも方角と目印があるとないでは雲泥の差だ。
「現在位置から北で火に関わりのある場所となりますと…ごみ処理場か火葬場が考えられます。」
どちらも都市部からは少し離れた山の方にある施設だ。
普段は近づくような事はないので"太宮様"の示しがなければ行き着くのに相当な時間と労力を費やしていたことだろう。
「それではその2ヶ所に手分けして…」
「火葬場よ。」
撫子がヴァルキリーと元"Innocent Vision"に分けて確認に行こうと提案する前に八重花が言葉を挟んだ。
「ヤエ。その自信満々な根拠はなんだ?」
「魔女がごみの臭いのする場所を選ぶとは思えないわ。どうせ選ぶなら死の臭いでしょ?」
「ふふ、なかなか面白い表現ですね。」
悠莉はクスクスと笑うが由良は不審げな顔のままだ。
こんな説明で納得しろと言う方が無理な話である。
八重花は肩を竦めた。
「なら素直に別れましょう。ヴァルキリーは火葬場に向かってちょうだい。」
「譲ってくださるのですか?」
さっきの流れだと八重花は火葬場が怪しいと言っていたのにヴァルキリーに譲ると言う。
撫子の疑問に八重花はもう一度肩を竦めて笑った。
「私たちの目的は救出ではないわ。そっちはヴァルキリーが頑張って。」
共闘とはいえ八重花たちに紗香を助けるメリットはない。
叶や真奈美は純粋に人助けとして動けるが集団としての利はない。
八重花たちの目的はあくまで"Akashic vision"との邂逅だからだ。
「分かりました。万が一そちらに紗香さんがいらっしゃった場合にはご連絡を。魔女を排除していただければ助かりますが。」
「ただの乙女に過度の期待をしないことね。」
撫子は八重花の提案を受け入れつつ願いを口にした。
八重花は微笑を浮かべて答えると叶と真奈美をつれてさっさとごみ処理場に向かっていった。
「…」
当然のように由良はヴァルキリー側に置いていかれた。
「羽佐間由良さん。八重花さんの言うように火葬場に魔女の軍勢がいるならソーサリスを相手にすることになります。だから八重花さんは護衛として残していったのだと思いますよ?」
「…分かってる。」
少なくともまだ由良の所属はヴァルキリーの護衛役。
八重花が連れていかないのも無理はないのだが、それでも釈然としない由良であった。
「わたくしも叶さんたちを追います。ヴァルキリーの皆様にご武運を。」
由良が悩んでいる間に組織のしがらみのない琴は思うままに叶を追いかけていった。
「ほんっとにインヴィの仲間だっただけあっていけ好かない連中ね。」
美保が吐き捨てるように呟くが賛同の声はない。
陸に、あるいは叶たちに対して思うところはもちろんある。
だが今はそれを口に出すような状況ではない。
「向かいましょう、火葬場へ。わたくしたちの仲間を救い出すために。」
撫子がまとめるのと同時に黒塗りの車が横付けされた。
葵衣が手配した車に乗り込んだヴァルキリーの面々はそれぞれの思いを胸に無言のまま火葬場へと向かっていった。
厳密には壱葉市最北端からわずかに北に入った果松市の一葉山山中にある火葬場。
普段はしめやかに故人を送り出す静かな場所は
「オーッ!」
今日ばかりは黒き異形が溢れ返っており騒がしかった。
併設する墓地の墓石に座ったり箒で掃いたりと好き放題に動き回っている。
その最奥、死者を焼く釜の前には魔女オリビアと時坂飛鳥、桐沢茜の姿があった。
そして、3人の目の前にはぐったりと椅子に座らされた綿貫紗香がいた。
俯いており表情は見えない。
綺麗なドレスは所々が引っ掻いたように傷つき、切れており、死んでいるようにも見える。
「手間取らせてくれたね、ジュエルの癖に。」
ゲシッと飛鳥が蹴飛ばすが紗香は反応しない。
ただ小さな呻き声を漏らしたことが生きている証明と言えた。
「やめよ。」
さらに追撃を仕掛けようとする飛鳥をオリビアが止めた。
「わかってるよ。こんな死にかけをいたぶっても楽しくないからね。」
残虐な笑みを浮かべた飛鳥はすでに紗香から興味を無くしていた。
茜が椅子から投げ出された紗香の体を元の位置に戻す。
そこに心配という感情は微塵も込められておらず淡々と作業をこなすようだった。
「紛い物の力でさえ抗う力を持つか。中々の資質じゃな。上手く扱えば有用な駒となろう。」
オリビアの手のひらには黄色い魔石が握られていた。
それを指先で摘み、ゆっくりと紗香の額へと近付けていく。
「お…姉…さ…ま…」
呻き声の中に敬愛する者たちの名が混じる。
痛め付けられてなお折れない強い意志の片鱗を見てオリビアの口の端がつり上がった。
「受け取るがいい、妾からの手向けじゃ。」
魔石が紗香の額に迫り
ドーン
山をも揺るがすような轟音が火葬場に響き渡った。
「何なのよ!?」
「敵襲です。相手は…ヴァルキリー!」
「随分と早いのう。何者かが口添えでもせねばあり得ん。」
オリビアは不快げに顔を歪めると魔石を引っ込め、ヴァルキリーが攻め入ってきた入り口を睨む。
眼下の大半を黒き異形が覆い、まだ遠いがヴァルキリーのメンバーが魔剣を手にして左目を朱色に輝かせているのが見えた。
オーの雄叫びと共に戦いが始まる。
「ふむ。面白い趣向を思い付いたぞ。」
オリビアは喉の奥で笑うと紗香へと向き直りその耳元に口を近づけた。
何事か呟かれた紗香の体がピクリと反応した。
ヴァルキリーのメンバーが火葬場の入り口に到着すると盛大なオーの歓迎を受けた。
運転手の巧みなドライビングテクニックで襲いかかってきたオーを車体で弾き飛ばす。
それと同時に良子はドアを開いてラトナラジュ・アルミナを顕現させると車体の慣性を利用して加速、その勢いのままオーの中に突っ込んだ。
ドーンと土煙をあげるほどの突撃が終わると入り口には良子を中心とした無人の空間が出来上がっていた。
「人間ミサイルだな、ありゃ。」
由良が苦笑しながら車から飛び出る。
さらに車に残っていたメンバーはその空間に悠々と降り立つと伸びをしたりジュエルを取り出したりと戦闘準備を始めた。
良子はラトナラジュ・アルミナを肩に担いでなだらかな斜面一杯に存在するオーを見ながら笑う。
「八重花の読みはドンピシャだったみたいだね。」
「理由まで同じかは分かりませんけど。それは後で魔女本人に尋ねれば良いですね。」
悠莉はすでにデュアルジュエルを起動してコランダムコアを侍らせている。
紗香のお姉様たちは十分にやる気だった。
「あのタヌキを捕まえた理由は知らないが、連れ戻すのも一応仕事の内になるのか?」
「捕まるようなやつはどうでもいいけど久しぶりに暴れられそうね。」
由良と美保は少々違うベクトルながら戦う気は満ちている。
「せっかくグラマリーを覚えたジュエルを拐うなんて、何が目的かな?それを教えた"Akashic Vision"も何をしたかったのか分からないし。」
「そうですね。"Akashic Vision"は漁夫の利を狙うつもりかも知れません。お嬢様もご用心下さい。」
「叶たちの動向も気にする必要がありそうね。それでもわたくしたちは勝って紗香さんを救い出すのです。」
そして撫子と海原姉妹は大局を警戒しながら武器を手に取った。
「先発必勝。緑里先輩!」
「分かった!」
美保の掲げたスマラグド・ベリロスと緑里のショートスマラグドが交差して翠の輝きを放つ。
そこから生み出されるのは無尽とはいかなくても無数に浮かび上がる翠の刃。
「「レイズハーツ!」」
空中に固定された光の刃は主たちの呼び声と共に一斉に空を駆け、地面にいるオーを瞬く間に飲み込んでいく。
翠の光の波の後には黒は残されていなかった。
「悠莉、回りから寄ってくるオーを押さえ込んで!あたしがど真ん中をぶち抜く!」
「分かりました。コランダムウォール!」
悠莉がサフェイロス・アルミナを地面に突き立てると悠莉たちの左右に巨大で横に長い障壁が出現した。
周囲から押し寄せようとしていたオーが足止めされ、迫り来るのは正面からの敵に限定される。
良子は赤く輝くラトナラジュ・アルミナを手にグッと腰を落として体を捻る。
バネのように力を溜めている間にオーは進撃してくる。
オーが迫った時
「ルビヌスソニックブーム!」
風を切り裂く風が振るわれ、直後正面から迫っていたオーたちの胴体を全員真っ二つにした。
紗香のクォーツのグラマリーを強引に力と風で再現したのである。
「この隙を逃しません。」
「お嬢様。」
アヴェンチュリン・クォーザイトとショートアヴェンチュリンを十字を象るように構えた撫子と葵衣を中心にサンスフィアが出現する。
光の球は生み出されるとすぐに2人の真上に殺到してぶつかり巨大化していく。
収束していく光はやがて太陽のように目映い輝きを放ちながら撫子たちの上に滞空した。
周囲には悠莉の作り上げたレーンがあり、さながらそれは射出を待つ砲弾のようだった。
「道を切り開くのです、サンブラスター!」
「発射!」
放たれた疑似太陽は地面に沿ってグングン加速し、進行上のすべての敵を飲み込んでいく。
そのままカタパルトから飛び出したように空に向かったサンブラスターは上空で破裂、無数のサンスフィアを降らせて大地に立つオーを吹き飛ばした。
「俺、要らないか?」
由良がそうつぶやくほどに、少なくともオーに対してヴァルキリーの力は圧倒的だった。
「さあ、さっさと行くわよ!」
「美保さん、危ないですよ。」
「は?うわっ!」
飛び出した美保に向かって何かが上空から降ってきた。
すれすれでかわした美保の目の前に突き立ったもの、それは槍だった。
「これは、まさか!」
バッと美保が顔を上げる。
他のメンバーも視線を上に向けた。
コツ、コツ
ゆっくりとした足音が響く。
オーがなぎ払われた道を歩いてくる姿に全員が固まった。
突然風が吹き、槍が浮かび上がる。
ザクン
地面に突き刺さった槍が引き抜かれる。
「…」
無言のまま、槍を手にした紗香がヴァルキリーの前に立ち塞がった。