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Akashic Vision  作者: MCFL
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第149話 サプライズ

夜の帳が早くも訪れた午後6時。

外と同じように暗くなったパーティー会場は期待の感情が肌で感じられるほどだった。

正面のステージにパッとスポットライトが当てられた。

そこにはマイクを手に瞳を閉じた裕子が立っていた。

普段の騒がしい裕子とのギャップに会場がわずかにどよめき出した時、裕子がカッと目を見開いて空いた左手を突き上げた。

「メリークリスマス!真面目なパーティーの司会なんて分からないからいつも通りにね。いつの間にか大人数になったけど、2年4組のクリスマスパーティー、始めるわよー!!」

「「おおおーーーー!」」

裕子の元気な叫びに参加者も同調して声を上げた。

さすがは裕子、出鼻でテンションをあげるのが巧い。

「司会進行は今日突然押し付けられてプログラムを全然知らない私、久住裕子と…」

カッともう一つスポットが当たって浮かび上がるのは久美の姿。

その手には2通の通知表が握られていた。

「にゃはは。今日貰った通知表でゆうちんに全部勝っちゃった中山久美だよ。」

「わっ、久美!いきなりみんなの前でそれを言う!?」

狙っているわけではない2人の自然な漫才的なやり取りに会場がドッと沸く。

「くぅ。ま、まあ、盛り上がるなら多少の恥辱は甘んじて…」

「彼氏とはうまくいってるんですかー?」

ぐぬぬと羞恥を我慢しようとしていた裕子だったがクラスメイトの野次に近い質問の声にあっさり爆発した。

「シャラープ!今言った人は後で拘束してたーっぷり聞かせてあげるから今は静かにしようね。」

そんなやり取りでまたウケる。

裕子は笑い声が響くのを某お昼のサングラスの司会者のように手で抑え

「それではさっそく…次は何?」

「あはは、本当に知らないのかよ!」

引っ張ってから落とす芸人みたいな言葉調子に会場はもう完全に裕子のペースだった。

舞台中央は遠いので八重花は久美に進行を伝える。

「ゆうちん、まずはパーティー開催の挨拶だって。」

「え、それも私?いや、ちょっと待って。さすがにいきなりは無理無理!」

「あははは、やれやれー!」

ある意味ぐだぐだな進行も狙ってるんじゃないかと思うくらいにオーバーリアクションな裕子のおかげで参加者を飽きさせない。

裕子は八重花に首を振りながら哀願するような目を向け

「それならば、わたくしがその役目をお受けしましょう。」

突然スピーカーから裕子でも久美でもない声が聞こえてきたことに身を凍りつかせた。

「こ、このお声は…」

笑っていた参加者たちが再びざわめき、どよめきに変わっていく。

直接2年、3年生は聞いたことがあり、1年生も噂で知る凛とした威厳に満ちた声。

入り口とは反対側の扉がゆっくりと開く。

そこには花鳳撫子を中心に海原緑里、海原葵衣、等々力良子、神峰美保、下沢悠莉の6人の乙女会メンバーが勢揃いしていた。

「え、あ、本…物?」

司会進行の裕子が惚けているステージに乙女会メンバーが上がっていく。

さっきまでの楽しげな雰囲気が一気に引き締まり、皆はどんな音も聞き逃すまいとするように静まり返る。

「今晩は、皆さん。わたくしは花鳳撫子です。」

その挨拶だけでほうとうっとりするようなため息が漏れ聞こえた。

「本日は幹事である東條八重花さんからお誘いいただきこうして参加させていただきました。わたくしが前に立つと皆さん緊張されるようですので手短に。」

撫子はステージから参加者を見回して微笑みを浮かべる。

「わたくしは学生時代、このような学生でのパーティーを経験したことがありませんでした。初めに久住裕子さんが仰っていましたが、形式を知らない司会、楽しみにさせていただきますね。」

「は、はい!が、頑張ります!」

憧れの撫子に期待されて裕子はどもりながら大きく頷いた。

撫子は満足げに笑みを浮かべると

「それでは皆さん、グラスを手に。」

ほとんどの参加者はすでに飲み物を取っていたが数人がドリンクを取りに行く。

それは置いてある分に任せて叶は乙女会のメンバーに飲み物を運んでいた。

ウーロン茶とオレンジジュースの乗ったお盆から撫子はオレンジジュースを手に取った。

「ありがとう。」

「びっくりしました。撫子さんも楽しんでいってくださいね。」

「ええ、とても楽しみにしているわ。」

他のメンバーにも飲み物を渡して叶が引っ込むと参加者全員にも飲み物が行き渡ったようだった。

撫子は全員を見回すとグラスを掲げる。

「それでは楽しい聖夜を祝して、乾杯。」

「「かんぱーい!!」」

こうして、クリスマスパーティーが幕を開けた。




「それじゃあまずはご歓談。だけどあんまり乙女会の皆さんにご迷惑をお掛けしないように。分かった?」

「はーい。」

「よろしい。それじゃあ、ご歓談開始!」

裕子が無駄に気合いの入ったご歓談を宣言すると会場が明るくなった。

言われた通り歓談する者、会場中央の食事を取りに行く者と行動が分かれるがやはりその多くは乙女会の面々との接触の機会を窺っているようだった。

特に撫子は卒業して1年足らずでファッション業界に名を馳せる期待の新社会人。

就職のことや会社のことなど人それぞれ聞きたい話は山とある。

そんな乙女会メンバーはとりあえず出てきたドアの前辺りにいた。

「ふふ、本当に楽しい司会進行ね。」

「お嬢様。ご自身のパーティーで司会の方に同じように振る舞わせないようお願いします。」

「…分かってるわ。」

了解を示しつつもちょっと残念そうな撫子である。

「みんな、さすがにこっちには近づいて来ないね。」

真っ赤なチャイナドレスを着た良子は周囲を見て苦笑する。

近づこうとする者を牽制しあっているのが見える。

「そうとは限らないみたいですよ。」

悠莉の声に振り向くとドレス姿の乙女たちの中で異彩を放つ純和風な着物姿の乙女が周囲の視線など気にした様子もなく近づいてきた。

「こんばんは、乙女会の皆さん。輪に入れないわたくしも混ぜていただけますか?」

「太宮院さん。ええ、構いませんよ。」

陸とは違うとはいえ未来視を持つ琴がヴァルキリーのメンバーの下に無防備にやってきた。

普段なら危険な行為を平然とやっているのはパーティーで受かれているのか衆人環視の中にいるからなのか。

美保が目を細めて動こうとするのを悠莉が止めた。

撫子は琴が髪をストレートではなくポニーテールにしているのに気づいて微笑を浮かべた。

「髪型を変えたのですね。かんざしもお似合いですよ。」

「ありがとうございます。花鳳さんも素敵なドレスですね。」

傍目には和洋のお嬢様たちの会話のように見える。

そこに飲み物を持った叶がやって来た。

「楽しんでますか?」

「叶さんが来てからもっと楽しくなりましたよ。髪型もかんざしも褒められました。」

「叶はもう少し露出の多いドレスでも良いのではないかしら?」

「それは素敵な提案ですね。」

「露出なんて無理ですよ!」

またも無防備に近づいてきた叶に美保が顔をしかめた。

撫子と琴と叶が楽しげに話しているのも本来ならばかなり特異な光景のはずだ。

八重花が言った混沌の宴とは言い得て妙である。

「叶ー!」

その叶に向かって今度は裕子が走ってきた。

叶に抱きついて息を整えるとぎこちない動きで離れた。

「こ、ここ、こんばんはお日柄もよく。花鳳さまのお噂はかねがね…」

「こらー、久住裕子!抜け駆けずるいわよ!」

そのまま撫子に挨拶しようとする裕子の抜け駆けに警戒していた参加者が叫んで雪崩れ込んできた。

海原姉妹が人の波を抑え込み、あっという間に有名人に群がる一般人の図が出来上がった。




そんな騒動を由良と真奈美は蚊帳の外から見ていた。

「有名人は大変だな。俺なんかは気楽でいい。」

大きく背中の開いたドレス姿の由良はこのままバーに入っても違和感がないくらい大人っぽい。

「そうとも限らないですよ?ほら。」

真奈美が指差した先には1組のクラスメイトたちが熱い視線を由良に送っていた。

「…しょうがない。もう少しのんびりしたら付き合ってやるか。」

何だかんだで面倒見の良い由良に温かい視線を送っていた真奈美はキョロキョロと不安げに歩く響を見掛けた。

響も真奈美に気が付いて近づいてくるが表情は優れない。

「どうした?調子悪い?」

「いえ、そうじゃないです。紗香ちゃんを見ませんでしたか?」

「紗香ってヴァ…乙女会に最近来てるタヌキか?」

由良の呼称に首を捻りつつも響は前後関係から是として頷く。

「会場にいないしメールしても返事はないし電話しても出ないからちょっと心配で。」

「さっき受付で名簿にチェックした時も来てなかったみたいだね。」

「もしかしたら変な人に捕まったんじゃ…」

響の心配する姿に由良たちは少し驚いていた。

ジュエルは仲間内で嫉妬し合うような集まりだと思っていたからだ。

だが純粋に強くなりたいと願った末にジュエルを手に入れる武人系やスポーツ系少女の場合はその限りではなかったりする。

響は不安が加速していくタイプのようで他人の事なのに顔を青くするほどに心配していた。

「少なくともそこいらの変質者程度でどうこうできる女じゃないぞ、あのタヌキは?」

盛大な誤解を招きかねない由良の言葉でも響は落ち着いたようだったがまだ不安は消えない。

「次のイベントが始まるみたい。もう少し経っても来なければ探しに行こう。あたしも手伝うよ。」

「はい。ありがとうございます。」

ようやく笑顔を浮かべた響に満足して真奈美は騒がしくなりつつある舞台に近づいていき、

「羽佐間さーん!」

「うわっ、お前ら、止めろ!」

その隙に1組の女子が由良に殺到したのであった。




ステージ脇では海原姉妹の鉄壁のブロックが撫子と乙女会メンバー、そして叶たちを守っていた。

尤も

「海原先輩すごい、かっこいい!」

「本物のメイドさんだ!」

それはそれで双子が大変な目に会っていたが。

八重花がいい加減に止めようかとマイクを持つ久美の所に向かおうとした時

フッ

会場の照明が一斉に消えた。

意図せず参加者たちは次のイベントが始まるものだと考えて大人しくなった。

だがイベントの進行を唯一知る八重花は暗闇の中で怪訝な顔をした。

(暗くなる予定はなかったはず。いったい誰が?)


「レディースアンドジェントルマーン!」


突然声が響き、ステージにスポットライトが当たった。

そこにはいつからいたのか真っ白いタキシードに白いシルクハット、そして白い手袋に極めつけは白いピエロのマスクを着けた全身白づくめの男が立っていた。

否応なく会場にいる全員の視線がその男に釘付けになる。

男は恭しくお辞儀をすると会場を見回しながら内ポケットに手を入れた。

男が取り出したのは1枚の純白のハンカチ。

種も仕掛けもないことを示すように広げて表裏を見せる。

だが男が畳んで開く度にハンカチはどんどん大きくなり、しまいには男よりも大きくなった。

その時点で感嘆の声と拍手がちらほらとあがる。

だがまだ男の演出は終わっていなかった。

男は自分よりも大きなハンカチを丸めると上に投げた。

空中で広がった巨大なハンカチはヒラヒラと地面に落ちる。

ひれ伏すように広がったもはやハンカチとは呼べない大きな布の端を男は持ち上げた。

片手の指で3、2、1とカウントをし、布を勢いよく取り払うといつの間にかそこには赤、青、黄の仮面とドレスの女性が現れた。

男は布をマントのように羽織ると女性たちと一緒にお辞儀をした。

「おーっ!」

舞台映えする手品に参加者は盛り上がる。

拍手が鳴り響く中、男は会場を見回し、ステージの脇に目を向けた。

「続いては…進行補佐のお嬢さん、こちらへ。」

「にゃは。」

久美は誘われるままにステージに昇る。

「このスケッチブックに何でも好きな絵を描いてみてください。」

「にゃはー、恥ずかしいな。」

それは注目されているからなのか人前で絵を披露する事なのかわからないが照れる久美。

それでもスケッチブックとサインペンを渡されるとサラサラと絵を描き始めた。

「にゃは、できた。」

「それでは失礼。ほう、これは。」

男が久美を絵を見て声を漏らす。

ステージの比較的近くにいる観客を手招きして近づけるとスケッチブックをひっくり返して絵を見せた。

それは犬とも猫とも狐とも怪獣ともつかない、独創的な絵だった。

「にゃはは、絵は勉強とは違ってなかなか上手くいかないんだよ。」

「いえ、なかなか味のある絵だと思います。」

男はさりげなくフォローを入れると久美にスケッチブックを見えるように持たせた。

これだけなら久美画伯の絵の公開である。

だが男がパチンと指を鳴らすと青いドレスを着た女性がまったく同じ種類のスケッチブックを持ってきた。

そして男は観客たちに向けておもむろにスケッチブックの表紙を開いた。

そこにはさっき久美が書いたのとほとんど同じ絵が描かれていた。

男と久美がスケッチブックを持って並ぶと間違いなく同じ絵だった。

「えー、何で!?」

会場は手品師の妙技に熱中していく。

「すごい手品師だね、八重花。」

「有名な手品師ですか?」

手品に喜びながら八重花に近づいた真奈美と悠莉だったが、八重花は難しい顔をしていた。

「…知らないし、頼んでもいないわ。いったい何者よ?」

まるで八重花の呟きが聞こえたように仮面の男は八重花たちを見ていた。

青い仮面の女がサーベルを取り出し、黄色のドレスの女が投げた果物を空中で皮を剥いて均等に切り、赤いドレスの女が皿で受け止める。

観客たちは酔いしれるように手品に魅入っていた。

「八重花さん、あの手品師、何かおかしいですよ。」

悠莉が頭を押さえながら真剣な声で呟いた。

八重花も頭痛とまではいかないがおかしな感覚がずっと胸につかえているような感じがしていた。

「それでは最後に僕から皆さんに占いのカードを差し上げましょう。」

男がトランプのようなカードを手に取ると会場の中央上空に向かって放り投げた。

その時、仮面の左目が朱色に輝いたのを見た。

「なんで気付けなかったの!?あれは…」


「イッツアイリュージョン!」


パンッと爆発したような音と共にカードはまるで雪のようにヒラヒラと舞い落ちる。

偶然にも会場にいるすべての観客の手にはカードが降ってきて、そこには占いが書かれていた。

内容は大吉だったりラッキーだったりさまざまで誰もが笑いながら話のネタにしている。

そして誰も手品師たちがいなくなったことに気付いていなかった。

「私や八重花さんですら認識できなかった幻覚ですか。」

「堂々と飛び入り参加なんて、やってくれるわね。」

八重花は拳を握ろうとしてカードを持っていたことに気が付いた。

そこには


『本当のパーティーはこれから始まる』


そう書かれていた。




「八重花ちゃん、さっきのは…」

幻覚か占いの結果か、とにかく手品師たちの正体に気がついた"非日常"にまつわる者たちがさりげなく集合する。

他の皆は手品の興奮と占いの結果に熱中していて気づいていないようだった。

「さっきの手品師、嫌な予感がしますね。」

「あの、すみません!」

皆が集まっているところに響が慌てた様子で駆け寄ってきた。

いろいろな意味で錚々たる顔ぶれを前に緊張している面持ちだが震える手で占いの書かれたカードを出した。

『待ち人は来ず』

「さっきの占いでこんなことが書かれていて。それで、紗香ちゃんがまだ来てないんです。」

「紗香もパーティーに出るって言ってたね?」

「自分から参加したいと申し出たみたいですからすっぽかすとも考えにくいですね。」

もはやこの場に集まった者たちの中で何かあったというのは確定事項となりつつあった。

だがそれがどこの誰かまでは…

「あ、これ!」

「八重花ちゃん、見て!」

叶たちのカードには直接的な占いは書かれておらず、意味のわからない「ま」や「び」となっていた。

だがそれらの意味不明なカードをまとめて並べ替えると

「まじょおりびあ…魔女オリビア。」

首謀者の名前が浮かび上がった。

ここで『本当のパーティーはこれから始まる』、『待ち人は来ず』、『魔女オリビア』の3つが無関係であるはずがない。

「つまり待ち人が来ないのは魔女オリビアが紗香さんを攫ったためであり、本当のパーティーはこれから始まるということですね。」

撫子のまとめた言葉に全員が頷いた。

「叶たちはなんて書いてあった?」

そこに裕子が占いカードをやってきた。

八重花はガシッと裕子の肩を掴む。

「悪いわね、裕子。私たちは乙女会が特別なおもてなしを所望しているから少し出てくるわ。司会進行はよろしく。」

「え、あ、うん。って、プログラムは!?」

勢いに押されて頷いた裕子が慌てて声をかけるが既に八重花たちは急いで会場を飛び出していこうとしていた。

「もう、どうするのよー!」

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