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Akashic Vision  作者: MCFL
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第148話 聖夜の宴

元は2年4組が開くただの内輪のパーティーだった。

だが、八重花から送られてきたメールに記された会場は壱葉オオトリホテル、壱葉駅近くにある超高級ホテルだった。

参加者に先立って会場であるオオトリホテルに向かった叶たちはドレス姿のまま中には入れず尻込みしていた。

「本当にここでいいのかな?」

「気持ちは分かるけど、地図も名前もここだからね。」

見上げれば聳え立つオオトリホテル。

一般庶民である叶たちでは利用することすら考えないような別世界。

場違いだと、間違いだと感じるのも無理からぬこと。

「着飾った乙女たちがそんな所で何を惚けているのよ?」

だが現実にドレスアップした八重花がホテルの中から出てきて呆れた声をかけてきた。

それが何よりの証明。

「さっさと入りなさい。準備があるのよ。」

振り返って歩き出す八重花に慌てて叶たちは追いかけた。

ドレスを着た集団がロビーを歩いているため自然と注目を浴びてしまい、叶たちは縮こまって早足で歩く。

会場となる部屋の前には執事服とメイド服の人物が立っていた。

「あれ、海原先輩!?」

見間違える訳もない、そこにいたのは海原緑里と葵衣の姉妹だった。

「皆様、お待ちしておりました。」

「まあ、今日は普通の先輩後輩として楽しもうね。」

ホテルマンのように礼儀正しくお辞儀をする葵衣と友人のようにフランクな挨拶をする緑里は対照的で叶たちは目をパチクリさせた。

驚く面々の横で八重花が得意気に腰に手を当てる。

「パーティーの規模が大きくなりそうなのは予想できたから早い段階でここに目をつけていたのよ。幸い、私の知り合いにここと関わりのある人物がいたからね。」

「東條様から突然連絡を受けて大変驚きましたがお嬢様も喜んで協力させて戴くと仰られましたのでこちらを手配させていただきました。」

何を隠そう、オオトリホテルは花鳳グループのホテル事業であった。

撫子の伝で会場をかなり格安に手配できただけでなく、撫子からも多大な援助を受けたので物凄く豪華なパーティーを準備できたというわけだった。

真奈美がスッと八重花に近づく。

「大丈夫なの?これを貸しにして脅されたりしてない?」

表向きは乙女会の先輩への協力要請だが、実際にはヴァルキリーとの交渉である。

金銭的にはかなりの貸しになるため脅迫材料には十分なり得る。

だが八重花は軽く首を横に振った。

「むしろ貸しを返したいからって協力してくれたわ。前に悠莉を助けたときのことね。別に見返りが欲しくて助けたわけじゃ無かったけど、人助けはしておくものね。」

悠莉や葵衣の命を救ってくれたことは金銭では返しきれない恩があるからと撫子が言っていた。

なので今回のパーティーは禍根なく楽しむためのものとなった。

「八重花、最高よ!」

裕子が叫びながら八重花に抱き着いた。

海原姉妹を見て放心するほど撫子を尊敬している裕子にとってこのサプライズは有頂天になるほどの喜びだった。

八重花は鬱陶しそうに引き剥がし

「抱きつくなら彼氏にしておきなさい。さあ、そろそろ叶たちみたいに入り口で惚けてる参加者が増え始めている頃よ。案内役と会場準備に分かれてさっさと始めるわよ。」

「イエッサー!行くわよ、久美!」

「にゃはは、アイアイサー!」

八重花を主導に準備が始まった。




会場は100人どころかもっと余裕で入れそうなほどに広かった。

部屋の中央には立食できるような軽食系の料理が並んでおり、部屋の隅の方にはジュースが入ったグラスとピッチャーが並べられていた。

「あれ、そういえばホテルの人はいないの?」

パーティーに参加したことはないがテレビとかで見たのを思い返すと飲み物にしても皿にしてもホテルの給仕の人がやっていたように思う。

叶の疑問は正しい。

「予算削減のためにそういった雑務は全部私たちでやるのよ。そのための役割分担をこれから決めるわ。」

とりあえず誘導係として出ていった裕子と久美は置いておき、残ったメンバーの仕事を決めなければならない。

「東條様、やはりそれは…」

葵衣が何か言う前に八重花が手を突き出して止めた。

会場を予約する際、ホテル側はパーティーのプランニングから何から全てを受け持つと申し出てきた。

それは花鳳の人間が名を貸したパーティーで万が一にも不手際があってはならないというホテルとしては当然の申し出だったが八重花はそれを断った。

「こんな一生に何度来る機会があるか分からない豪華な場所を提供してもらったけどこれはあくまでテストの打ち上げを兼ねた普通のクリスマスパーティーよ。庶民のパーティーなら出来ることは自分でするものよ。」

そんな理由で今回のクリスマスパーティーには極力ホテルの人間が関わらないようになっていた。

「真奈美は義足だしあまり動き回らないで済む受付と金銭管理ね。そっちは私もやるわ。」

「了解。助かるよ。」

真奈美はドレスのすそを軽く持ち上げて義足の状態を確かめながら頷いた。

「叶はドリンクをお願い。不埒な男子にナンパされたら水かジュースをぶっかけてやりなさい。」

「そんなことしないよ!」

叶は慌てて抗議しながらも了承した。

「今誘導に行ってる裕子と久美には司会と進行補佐を任せるわ。海原先輩たちは悪いですが皿やグラスの回収をお願いします。素人の私たちがやると割りそうですから。」

「了解致しました。」

「なんか自分たちでパーティーをしようとしてる感じがしてワクワクしてくるね。」

八重花がてきぱきと仕事を割り振っていく。

緑里はすでに楽しむ気満々の様子だった。

「八重花、参加者連れてきたよ。」

会場の入り口から裕子が呼ぶ。

着飾った男子や女子は豪華で広い会場に目を見開いて驚いたり携帯で写真を撮っていた。

「それじゃあ私と真奈美は受付に行くわ。先に飲み物を取りに来る人がいるかもしれないから叶もドリンクの所で待機して。」

八重花と真奈美が入り口に向かっていくのを見て叶も振り向き

「あれ?」

会場の入り口とは反対側のドアが閉じようとしているのを見た。

ドアには閉め切りと紙が貼ってある。

「海原先輩。」

呼ぶと双子が一斉に振り向いて驚いたが質問する内容は変わらない。

「今あそこのドアが開いたみたいですけどあそこは使うんですか?」

「あそこは…」

「使用予定はございません。恐らくホテルの従業員が様子を見に来られたのでしょう。」

何故か緑里を遮るように前に出た葵衣が無表情ながら凄みのある雰囲気で否定した。

確かに納得できる説明なのだが妙に葵衣が必死に見えて逆に疑問を抱いてしまう。

「わ、分かりました。とにかく私もドリンクの所に行きますね。」

もう一度視線を向けるとやっぱりドアが閉まろうとしているところだった。

「?」

遊ばれてるのかなと思いつつ、早速ドリンクを取りに来た参加者がいたので

「何にしますか?」

叶は応対に忙しくなりドアのことは気にしている暇が無くなった。




「東條さん、こんな豪華なホテルなのに参加費2000円でいいの?一桁違わない?」

受付する八重花は口々に似たような事を言われる。

分からなくはないが本当に独力で借りるなら二桁高くしないと借りられないはずだ。

「大丈夫よ。しっかり楽しみなさい。」

「ありがとう!」

はしゃいで中に入っていく生徒を見送った八重花が視線を戻そうとした時ふと視界に入った人物がいた。

「真奈美、ちょっとここを任せるわよ。」

「あ、うん。また何かサプライズのネタの仕込みかな?」

「まあ、そんなところよ。」

フッと不敵な笑みを投げ掛けて受付席から外れた八重花は学生たちが並ぶ廊下を反対方向に進む。

そこにはドレスで着飾った悠莉と良子、そして美保がいた。

さすがの八重花も驚きを隠せなかった。

「元"Innocent Vision"のメンバーが主催するパーティーなんて参加できないわよって叫んで不参加なんだと思っていたわ。」

八重花が美保に尋ねると物凄く不満げな顔を背けた。

その隣で悠莉と良子が笑いを堪えている。

「さすがは八重花。ぴったり正解だよ。」

「ですが美保さん以外の皆さんが参加すると知って1人だけ仲間外れは寂しかったようで…」

「あーもー、煩いわよ、悠莉!」

その後の展開までも予想通りで八重花も笑ってしまう。

美保は睨んでくるが拗ねている部分の方が大きいようで怖くはない。

「ようこそ、クリスマスパーティーに。あなたも楽しいパーティーを過ごすといいわ。」

「…ふん。」

美保はそっぽを向いたが帰りはしないし敵意は無かった。

「ヴァルキリーのメンバーが今入るといろいろ大変そうだからもう暫く待機していてちょうだい。」

「分かりました。八重花さん、楽しいパーティーにしましょうね。」

受付に戻ろうとする背中に声をかけられた八重花は笑みを浮かべて振り返る。

「もう十分楽しいことになってるわ。あとは手の内を開けるタイミングを待つだけだもの。」

「ふふ、八重花さんも人が悪いですね。それではまた後ほど。」

手を振る悠莉と良子に軽く振り返して八重花はまた笑う。

「楽しいわね。敵も味方も関係ない混沌のクリスマスパーティー。この宴の終わりにどんな結末が待っているのかがね。」




ガヤガヤと会場のあちこちで仲の良い友人たちと会話に花を咲かせる参加者たち。

その中で一部の男子が不気味に笑っていた。

「今年最後の一大イベントは、人生最大のイベントになった!」

齢17歳で人生最大を知るのもどうかと思うが他のメンバーもフッフッフと笑っている。

今年のクリスマスも1人寂しく、あるいは家族や男友達と過ごす予定だった彼らにとって、色とりどりのドレスに身を包んだ女子に囲まれた一夜はまさにこれまでの人生で最高の時だった。

「そしてあわよくば今宵この中の誰かが彼女にでもなってくれたら人生勝ち組だ!」

独り身の男子の多くが彼らと同じ期待を抱いていることは否定しない。

そんな怪しいオーラを放つ男子たちを女性陣は敬遠しているのだが本人たちは気づいていない。

そこにため息をつきながら近づいていく男子が1人。

「そういうのは思うだけにしたらどうだ?声に出したら色々アウトだろ。」

「出たな、裏切り者の芳賀雅人!」

「昨晩はお楽しみだったか?」

芳賀は明確な返事はせず視線を逸らした。

男子たちの憎悪の視線を恐れたようにも見えるが、ほんのり頬が赤くなっている。

だがそれは答えたようなものだ。

「ぐぬぬ、鼻血が出そうなほど羨ましい。」

「俺の彼女で妄想したら殴るぞ。…というか彼女が欲しいなら男どもで固まってないでアプローチしろよ。」

芳賀の意見は全くの正論だが妬む男子たちは揃いも揃って視線を外した。

「いや、何を話せばいいかよくわからないし。」

「みんな綺麗で緊張するし。」

「まあ、なんだ。頑張れ。」

何だかんだで草食系小動物な男子たちの健闘を祈りつつ芳賀はそろそろ始まるパーティーの司会に抜擢された彼女の勇姿を拝むためにグラスを2つ持って舞台の方に向かっていった。




紗香は履き慣れないパンプスで可能な限り急いでいた。

「せっかくのパーティーなのにこのままじゃ遅れます!」

響が迎えに来てくれたのだがどうしても髪型が決まらず先に行ってもらい、その後も小物やバッグを選んでいるうちにすっかり遅くなってしまっていた。

「お姉様方と一緒のパーティーなのにみすぼらしい格好をするわけにはいきませんからね。」

精一杯着飾った理由が異性ではなくお姉様たちに見せるためだというのはアレだが、今はそのパーティーに遅れそうなことが問題だった。

「タクシーで行きたいのにタクシーを使うと参加費が払えなくなります。昨日買った手袋代が悔やまれます!」

今している手袋を買ったせいで財布の中身と時間に押されている。

とはいえオオトリホテルは遠くからでも見えるので道を間違えることもない。

紗香はずっとまっすぐに進んでいた。

「あれ?」

それから暫くして、ようやく異変に気が付いた。

12月は日の入りが早く、いつも5時過ぎには暗くなっていた。

今はもうすぐパーティー開始時刻の6時。

だというのに空は変わらずに夕陽が沈む直前の逢魔が時の色のままだった。

「これは、結界!?」

「正解じゃ。」

慌てる紗香の叫びに突如答えが返ってきた。

紗香の目の前の空間が揺らぎ、人のシルエットが浮かび上がる。

否、"人"であるはずがない。

「魔女、オリビア…。」

シルエットの影が揺らいで形作ったのはヴァルキリーの敵であるオリビアだった。

紗香はすぐさま意識を切り替えてジュエルを取り出そうとしたが

スチャ

「動けば綺麗なドレスがぼろぼろになるよ。」

いつの間に回り込んだのか背中にダイアスポアを突きつける茜と

「それかドレスを真っ赤に染める?」

飛鳥に囲まれていた。

「わたしを、どうするんですか?」


「それは汝の選択次第じゃな。」

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