第147話 広がる輪
休日を返上した勉強の日々。
日に日に高まる緊張感。
友でありライバルである学友たちとの共闘と勝負。
様々な人々の思惑の中、とうとう期末試験当日を迎えた。
テスト前だというのに八重花は2年4組に来ている。
「クリスマスパーティはそれなりの会場を用意したわ。こちらの準備は万全と言える。」
その言葉にクラスが沸き立つが八重花は真面目な顔で騒ぐのを止めるよう手で制する。
「だけど今日から期末テスト。もしも赤点を取ったなら、パーティーへの参加資格を失うことになるのよ。それを肝に命じておきなさい。」
あらかじめ宣告してあったとはいえ不満の声が上がる。
バレなきゃ平気だとたかをくくっている声も聞こえた。
「成績が悪い生徒はパーティーのある終業式の日に呼び出されるとの情報を得たわ。それですぐに分かる。もしも擁護したら助けた方も参加拒否と見なすので注意しなさい。」
脅しは十二分の効果を発揮してさっきまでとはクラスメイトのやる気のレベルが桁違いに上がっていた。
今は周囲全てが監視員に見える。
八重花が満足そうに頷いていると叶が近付いた。
「琴お姉ちゃんも来られるって。由良お姉ちゃんは?」
「渋々…に見せて嬉しそうに了承したわ。ついでに1組のクラスメイトも何人か参加するって言っていたから許可したけど構わないわよね?」
「大勢でやった方が楽しいもんね。」
叶の答えは分かっていたから許可したのだがやっぱり予想通りだった。
「そうね。楽しいパーティーにするわよ。」
静かな言葉に決意をたぎらせて八重花は自分の教室に帰っていった。
代わりに試験監督の教師が入ってきて
「今回は随分と気合い入ってるな。」
と感心していたのは余談である。
琴はテストを手早く片付けて窓の外を見ていた。
その表情はどこか楽しげだ。
(クリスマスですね。神社の子であるわたくしには全くもって関係なかったイベントですが、今年はパーティーに誘われるとは。やはり友人というのは良いものですね。)
琴も叶から2年のクラスのクリスマスパーティに誘われていた。
もちろん興味はあったもののクラスどころか学年が違うため断ろうとしたが
「パーティーは大勢でやった方が楽しいですよ。」
必殺の叶理論を覆すことは出来ず参加することになったのである。
ただし楽しみな中にも1つだけ懸念があり、それが琴の表情を曇らせる。
(ドレスなんて、洋服さえ持っていないわたくしが持っているわけがありません。よもやメイド服を着ていくわけにもいきませんし。)
今回のパーティーはそれなりの所を借りられたらしく制服や私服ではなくドレス着用だった。
裕子や八重花辺りが趣向を凝らそうとした結果だがここに1人被害を被った人がいる。
それでも不安げな顔はすぐに微笑みへと変わる。
(いざとなれば今日か明日にでも買いに行けばいいですね。叶さんとそういった買い物に出掛けるのも楽しそうです。)
2人で並んで買い物をする光景を幻視して頬を緩ませる。
こうして琴は密かに物凄く楽しみにパーティーの日を待っていた。
(クリスマスパーティー、ですか。)
2組の悠莉や美保も八重花たちが主催するクリスマスパーティーを知っていた。
美保は大して興味がないようだったが悠莉としては大変興味があった。
(乙女会はそのような催し物はほとんどされませんね。花鳳様なら社交会も開きそうですが。)
撫子は以前葵衣に社交会を提案したが費用対効果が低いという理由で否決されていた。
社交会はダンスの場ではなく人の繋がりを築く場であるから身内でやっても意味がないと。
もちろん悠莉が知るはずもない。
(ヴァルキリーでパーティーを…。いえ、やはりあちらの方が楽しそうですね。)
ヴァルキリーの仲間の繋がりは意外と弱い。
理想の下に集っているとはいえ私生活にまで交流があるのは美保くらいのものだ。
そんな、言ってしまえば上辺の関係の仲間とパーティーをしてもお上品なメンバーでは楽しめない。
一方八重花たちのパーティーは次々に友達の輪が広がっている。
友達の友達を友達にするように交友の幅が広がるのは目に見えている。
学生らしく楽しく騒げるパーティー、悠莉はそちらにこそ興味を抱いていた。
(…八重花さんに交渉してみましょうか。)
ヴァルキリーの下沢悠莉としてはアウトだろうが今の願望は悠莉個人のものだ。
そして八重花や叶はあっさりと悠莉を受け入れてくれそうな予感があった。
(ヴァルキリーの皆さんには睨まれそうですが、後で尋ねてみましょう。)
こうしてまた1人、楽しげなパーティーに誘われた学徒が増えた。
由良はペンをクルクルと回しながら答案用紙を睨んでいる。
解答欄には全て何かしら記されていて今は見直しをしている所だ。
それすらも終わった由良は頬杖をついてペンを玩ぶ。
(ヤエのやつ。ヴァルキリーの護衛だから近づかないとか言っておきながらクリスマスパーティーに誘うなんて何考えてんだ?)
もちろん由良は誘われたときに同じ質問を本人にしていた。
「確かに所属の問題で接触は避けてきたけど、せっかくのパーティーくらい誘っても問題ないでしょう?」
八重花はそんな事を言っていた。
それを鵜呑みにするほど由良はお人好しではない。
(ヴァルキリーの護衛だった俺を引き戻そうとしなかったのはどうせヴァルキリーの内情を聞き出すパイプにでもしようとしてたんだろう。)
策士八重花、意外とあっさり読まれていた。
(これまでは使ってこなかったが今回のパーティーの時に聞いてくるのか。あるいは、他にパイプを持ってるかだな。)
パイプについては大体予想がついているが別に追求するつもりはない。
どちらもリスク覚悟での関係なのだから無理につついて事態を大きくする必要もないからだ。
(…俺は、どうすりゃいいかな?)
もちろん叶や真奈美、八重花とまた仲間に戻って楽しくやるのも悪くない。
だけど、それとは別にヴァルキリーの中で僅かなりと行動を共にしたことで情が移ったというか、ヴァルキリーのメンバーを敵以外の存在として認め始めていた。
慕ってくれるクラスメイトやジュエルもいる。
これは"Innocent Vision"の時には手に入らなかったものだ。
だから由良は迷う。
(どっちかを捨てなきゃならなくなったとき、どうするかな?)
簡単には出せない答えに由良は難しい顔で悩み、隣に座るクラスメイトが不機嫌そうに見える由良を見て怯えていた。
昼休み、真奈美は屋上にいた。
珍しく叶たちではなく後輩の浅沼響と一緒だ。
「真奈美先輩たちのパーティーの話題は1年にも広まってるんですよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
2人とも仲の良い先輩後輩にしか見えない。
少なくとも敵対していると感じる者は誰もいないだろう。
「ドレスがいるけど響もどう?」
真奈美が響をお昼に誘った理由はパーティーに誘うためだった。
落ち込んだときに響に助けられたお礼として。
響は驚きのあまり箸で摘まんでいたミートボールを落としそうになった。
器用に箸でお手玉をしてどうにか弁当箱に不時着させることに成功しホッと一息つく。
「誘ってもらえるのは嬉しいですけど…私、ジュエルですよ?」
一応周囲に人がいないか確認して小声で尋ねる響に真奈美は躊躇う様子もなく頷いた。
「ヴァルキリーとは厳密には違うかもしれないけど由良先輩も来るらしいし、うちのクラスにだってジュエルはいるんだから問題ないよ。」
正確に誰がジュエルだと知っているわけではないが4組だけいないということもないという憶測込みの言葉。
だが自信満々にそう言われると響としては断る理由などなかった。
「それじゃあ、参加してもいいですか?」
「もちろん。だけど赤点があったら参加出来ないから頑張って。」
微妙に笑顔がひきつった響はぎこちなく頷いた。
午後の試験の最中、綿貫紗香は難しい顔をしていた。
別にテストが難しいわけではない。
問題は前の方に座る友人だ。
(響は何を考えてるんですかね?)
紗香と響は同じクラスの友人だった。
ジュエルの中では例外的に悪意をぶつけてこない相手ということもあり仲良くしている。
その響は昼食から帰ってきてから妙にやる気を出したり楽しそうにしていた。
理由を聞けば真奈美からクリスマスパーティーに誘われたからだという。
(芦屋真奈美先輩も元"Innocent Vision"のメンバーじゃないですか。)
紗香も以前に食堂で話をしてみて叶や真奈美が悪い人ではないことは理解したし、真奈美が何の裏もなく善意で響を誘ったであろう事は分かっていた。
それでもヴァルキリーやジュエルとしての誇りを考えるとおいそれとは参加に踏み切れないはずだと思いたかった。
ちなみに敬愛するヴァルキリーの悠莉お姉様が昼休みに八重花と交渉して参加資格を得た事実を紗香は知らない。
紗香はちょっとお堅い子だった。
視線を前に向けると背中からでも響のテストへのやる気とその先に待つものを楽しみにしているのが見て取れた。
(クリスマスパーティーなんてヴァルキリーがやればもっと盛大に…)
しかしヴァルキリーで楽しいパーティーをしようという話は聞かない。
世界の恒久平和を目指す集団なのだから遊んでいる暇はないと考えている、そう思いたい。
(パーティーなんて、パーティーなんてわたしは…。……。パーティー。)
その日の放課後、響を経由して紗香がクリスマスパーティーに参加したいという申し出が真奈美に届けられた。
放課後、部活動は活動停止期間なのでいつも利用する喫茶店に入ったヴァルキリーメンバーだが雰囲気は明るくない。
「悠莉、あんたねぇ。」
「ふふ。」
美保は悠莉が八重花たちの開くパーティーに参加することに物凄く不満げだった。
元とはいえ"Innocent Vision"であり、今なお強力すぎる爪を隠している叶や真奈美、八重花が一緒のパーティーにヴァルキリーが参加するなんてあり得ないという真っ当な理由だ。
さらに悠莉だけでなく由良や紗香も参加するとなれば不快指数はうなぎ登りになる。
「あ、そのパーティー、あたしも部活の後輩に誘われたから行くんだ。」
「良子先輩まで。」
軽い調子で言われて美保は脱力してしまい机に突っ伏す。
後の頼みはヴァルキリー創設者の代弁者である海原だけだ。
美保の視線を受けると何故か緑里が視線を逸らした。
「まさか…」
「件のパーティーですが、お嬢様から参加の可否はご自由にと承っております。」
葵衣を経由した撫子の言葉は暗に参加を認めるものだった。
「ブルータス、お前もか。」
美保はそう呟かずにはいられなかった。
叶たちはファーストフードの一角で参加者名簿を作っていた。
参加者には幹事である八重花にメールを送るように連絡してあるのでそれをリストにしていく。
「うわぁ、凄い人数になってきたね。」
初めは2年4組の大半と八重花や由良などで40人程度だったが、気が付けば参加人数は倍以上、3桁に突入している。
「参加費1000円でも10万、…怖いわね。」
そう言いながらも裕子の目は$マークになっている。
「今は裕子の目のほうが怖いわよ。」
八重花が指摘すると裕子は咳払いをしてジュースを飲んだ。
裕子の行動に苦笑した真奈美はリストに目を戻しながら疑問を口にする。
「そろそろ締め切らないと人数が調整できなくなりそうだね。そもそも参加人数が倍になったけど会場の方は大丈夫なの?」
「私もそれは気になってたんだよ。会場の手配は八重花ちゃんに全部お任せしちゃったけど無理してない?」
叶たちもパーティーの会場の情報は一切無かった。
人が溢れすぎたら最悪公園でのパーティーも覚悟している。
だが八重花の表情に焦りはない。
「何も心配いらないわ。強力なパトロンと提携を結べたからね。」
ふふふと含みのある笑いを八重花が浮かべているときは大抵とんでもないことを企んでいるのだがもはや止められない。
「にゃはは、開けてビックリ玉手箱みたい。」
「舌切り雀の小さいつづらと言って欲しいわね。歳を取る煙もお化けも出てこないわよ。…"化け物"は、分からないけどね。」
最後の呟きは誰にともなく呟かれたので聞いていなかった。
「まずは明日の分のテストの為に準備をするわよ。特に裕子、あんたと彼氏は下手すると2人揃って不参加よ。…ああ、そっちの方がいいのかしら?」
「良くないわよ!イブは一緒だからクリスマスパーティーはみんなで楽しむわよ!」
叫んでから生暖かい視線を向けられていることに気づき裕子は真っ赤になって縮こまった。
そして…
「終わったーー!!」
誰ともなくそんな声が壱葉高校に響き渡った。
テストが終わって数日、期待と不安を胸に、むやみやたらと教師に眼力を注いでいた学生たちも落ち着いた頃、
「明日から長い休みに入ります。皆さんくれぐれも体には気をつけて…」
先生方のありがたいお言葉を多くの生徒が聞いていない中で終業式も終わり、
「や、やった、やったよ、ママン!」
「ひゃっほーい!」
教師たちがドン引きするほどのテンションで通知表を受け取る生徒が続出した。
そしていよいよパーティーの時間が迫ってきた。
誰一人として会場を知らされないまま迎えた当日。
参加者全員に一斉にパーティーの参加状メールが届く。
「え?」
「うそだろ!?」
「マジ!?」
それは皆の度肝を抜くものだった。