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Akashic Vision  作者: MCFL
146/266

第146話 雌伏の時の終わり

深夜の壱葉の家屋の上、天空闘技場とも言えそうな空間では人知れず激闘が繰り広げられていた。

「ブリリアントカッター!」

光の剣は斬閃の太刀筋すべてを切り裂く刃。

疑似神の盾か聖人の障壁防御でも完全には防ぎきれない魔剣殺しの魔剣。

その力はオーごときでは抗うことも出来ず消滅していく。

その腕に剣が付いていようが銃が付いていようが関係ない。

一歩も動くことなく迫る敵を切り払う剣。

「邪魔するなら斬る。」

不動の剛剣と対をなすもう一振りの魔剣は不安定な足場をものともせず風の如く駆けていた。

二刀を振るうオニキスの魔剣。

もはや牽制と本命の意味をなさない疾風迅雷の斬撃は多人数を相手にしても容易に切り抜け、一騎討ちでも手数で圧倒する。

攻めれば神風、守れば刃の結界とどんな状況でも戦い抜く。

二振りの魔剣があろうとも敵はその死神の鎌を潜り抜けてくる。

それは一種の生存本能で潰すべきは頭だと理解しているから。

だが三つ目の腕として闇を反射するような漆黒の盾が立ち塞がる。

「やらせないもんね。」

小柄な体躯では考えられない力で真正面からオーの刺突を受け止めた。

漆黒の盾は刃が触れたにも関わらず傷一つなくオーの姿を反射する。

鏡の向こう側のオーがニヤリと笑ったように見えてオーは慌てて飛び退いた。

「外れマス。人生やり直し。」

オーが着地した直後、消滅の光が黒い異形を飲み込んだ。

海との連携ではなくブリリアントの余波を利用したのである。

他の2人よりも搦め手の知恵がある。

そんな無敵の盾と矛を持つのが赤い左目で戦局を見守る魔の目。

「おっと。」

飛び交う弾丸を、迫る刃を、ついでにブリリアントを、その全てを危なげなくかわしていく。

それは未来を、事象を、運命を視る者の力。

もちろん誰であろう"Akashic Vision"の面々である。

偶然遭遇したのか、あるいは仕組んだのかオーの軍勢の前に突如"Akashic Vision"が現れたのだ。

今日は飛鳥や茜はいないが"Akashic Vision"は最優先殺害対象と認識されているので一触即発で開戦とあいなったわけであった。

圧倒的な火力でオーの大半を薙ぎ払った辺りで陸は頷いた。

「スケさん、カクさん、トメさん、もういいでしょう。」

「トメさん!?」

海が素頓狂な声を上げた。

幼少の砌より慣れ親しんだ時代劇に愛着を持つ海としては見知らぬ人物の創作に不満があった。

「ならハチベーでもいいけど?」

その単語が出た瞬間、海と蘭と明夜はオーに向ける以上の敵意を互いに向けた。

つまりこの中の誰か1人は件のうっかりキャラ扱いになるのである。

不名誉な称号と言うとあれだがそれを回避するために3人とも必死だ。

「ううー。」

「むむむ。」

「………。」

完全に無防備だが放たれる殺気が桁違いに高まったためオーは躊躇ったあと逃げ出していった。

「逃げてったか。まあいいけどね。」

臆病なのか数が減ったら撤退の指示を受けていたのかオーは追撃してくることなく撤退していった。

目的が殲滅ではなく撤退させることだったので問題はない。

むしろ問題は別のところ、外ではなく内にある。

「お兄ちゃん、誰がハチベーかはっきりさせて!」

「そうだそうだ!」

「説明求む。」

オーをあっさりと追い払った乙女たちの視線が一挙に陸に向けられた。

殺気も一緒に叩き込まれたので普通の人なら失神しているだろうが陸は困ったように笑っているだけだった。

「それじゃあハチベーは…」

陸が全員を見回すと3人は真剣極まりない表情で答えを待った。

振り上げた指がブンと振り下ろされ

「蘭さんだ。」

はっきりと宣言した。

「そ、そんなぁ。」

蘭がヘナヘナと地面に座り込んでしまう。

さらにはスンスンと鼻をすすり、しまいには泣き出してしまった。

「えーん!りっくんはランのことうっかりさんのダメな子だって言ったー!」

さすがにそこまでは言っていない気はするが海と明夜は声をかけづらく距離を取った。

「そうじゃないよ。」

だが陸は逆に前に出ると蘭の頭をポンと撫でた。

しゃくりあげながら蘭は上目遣いに陸を見る。

「…ホント?」

「本当だよ。だって僕はハチベーだとは言ったけどうっかりだなんて言ってないから。」

「でも、それならなんで蘭がハチベーなの?」

涙は止まったが不思議そうな顔をする蘭に陸は柔らかい微笑みを向ける。

「蘭さんは"Akashic Vision"のムードメーカーだから。うっかりでもダメな子でもないよ。」

「うー、…りっくん大好き!」

蘭は溜めを作って陸に抱きついた。

もう全身で喜びを表現して飛び込んだ胸にスリスリしている。

「はっ、しまった!お兄ちゃんがそういう意味で悪口言うはずないってわかってたのに!」

「ずるい。」

引き剥がそうにもぴったりくっついて離れやしない。

もちろんスケさんカクさんに割り当てられた2人はその役割に相応しく頼もしいという意味だったが説明しようにも聞いちゃいない。

「あはは。」

「りっくーん!」

「離れてよ!」

「私も抱きつく。」

"Akashic Vision"は人様の家の屋根の上で夜分遅くにいったい何をやっているのか。

それは当人たちでもすでに謎になっていた。




「お帰りなさいませ、お嬢様。」

「…何をしているの、緑里?」

いつものように仕事を終えて帰り着いた撫子はいつものように出迎えられながらもいつもと違う人物に疑問を抱いた。

葵衣と同じ執事服を着ているが間違いなく緑里だった。

頭を上げた緑里も困ったような顔になる。

「葵衣は調べ物があるから今日の撫子様のお世話はボクに任せるって言われました。」

「葵衣が?珍しいわね。」

葵衣なら調べ物は撫子が帰ってくる前に終わらせるか撫子の世話を終えた後にやるはずだ。

よほど急ぎの案件なのか、あるいは相当調べるのが困難なものなのか。

(葵衣はわたくしの使用人というわけではありませんからね。)

口に出すと悲しくなるので心の中で呟くに留める。

以前に起こした不祥事から葵衣は撫子の付き人を解任されており、厳密には花鳳家当主の付き人扱いになっている。

現在はまだ葵衣も学生であるため当主の補佐役はやっていないが、卒業と同時に正式にそちらに移行することになる。

撫子としては葵衣の在学期間中に成果を出して当主に認められ、葵衣の人事権を取り戻したいと考えていた。

「お父様のお仕事の手伝いかしら?」

緑里に着替えを手伝ってもらいながら撫子は疑問を口にするが緑里も首を傾げるだけ。

「撫子様のお出迎えよりも優先させたならそうかもしれませんね。」

部屋着に着替えさせた緑里はしっかりとスーツを整えて仕舞っていく。

葵衣と比べればまだまだ手際の悪さはあるものの緑里も十分に使用人としての資質を持っている。

「緑里、お茶を淹れてもらえるかしら?」

「はい、ただいま。」

撫子と緑里の姿はまさにお嬢様と使用人の姿に違いない。

紅茶を淹れる様子も様になっている。

「だいぶ紅茶を淹れるのも上手くなってきたわね。」

「ありがとうございます。」

淹れた紅茶を差し出す挙措にも淀みはない。

撫子はカップを手に取ると香りを楽しみ、口をつけた。

「まだ葵衣の域には達していないけれど、十分に美味しいわ。」

「やった。撫子様に褒められた!」

緑里は嬉しさのあまりガッツポーズ。

「ふふ、それがなければもう少し高い評価で終わっていたわね。」

「あ…。」

海原の家では使用人には我を殺し公の目を持って主を支えよという教えがある。

常に自分の感想ではなく客観的な目で物事を判断し、主人の仕事を助ける情報となれということ。

褒められて本心では嬉しくとも表には出さず冷静に返事をすることがさっきの状況での正しい行動になる。

「ですけど、褒められたら嬉しいのは仕方がないと思います。」

少し拗ねた様子の緑里を見て撫子は微笑みを浮かべる。

「わたくしも葵衣や緑里が素直に喜ぶ姿を見たいとは思うわ。その一方でわたくしたちは花鳳に連なる身。その品位を貶めないためにも公然性を示す必要がある。分かるわね?」

「はい。」

神妙に頷く緑里。

何度も教えられた上に立つ者の義務。

緑里は自分にそれを成すだけの力があるのか、常に不安を抱いている。

そんな内心を読み取ったのか撫子の表情はまた柔らかくなっていた。

「急ぐ必要はないわ。いずれ緑里も立派な使用人になれるわ。」

「が、頑張ります。」

グッと拳を握って決意を露にする緑里に

「ふふ、はい、減点。」

やっぱり我を殺しきれなかったのを見て撫子が笑う。

叱られた犬みたいにしょげる緑里に撫子は立ち上がると緑里の頬を撫でた。

「せっかくの機会なのだから緑里のこれまでの成果を色々と見せて貰おうかしら?」

「はいっ、頑張……おまかせください。」

力一杯返事をしようとして、緑里は慌てて冷静な口調と深いお辞儀に切り替えた。

「上出来よ。それじゃあ始めましょうか。」

「はい。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」

撫子の指導が始まった。



そんなお嬢様と使用人の姿をドアの隙間からこっそり覗く2つの人影。

「立派になったわね、緑里ちゃん。」

「姉さんは日々進化していますから。」

メイド長の恵里佳と葵衣である。

葵衣の用事というのは虚言で、本来の目的は恵里佳と共に緑里の成長をこっそりと確かめたかったのである。

「でもいいの?撫子ちゃんは葵衣ちゃんを引き戻すためにお仕事を頑張ってるんでしょ?」

別に撫子が公言したわけではない。

ただ姉のような存在として付き合いの長い恵里佳は撫子の仕事に対する姿勢から正しく内心を理解していた。

葵衣は緑里の仕事ぶりから目を離さない。

「元々は姉さんが撫子様の付き人になるはずだったのです。ですから姉さんがその任をこなせるようになれば私は必要ありません。」

「そうかしら?撫子ちゃんはお嬢様然としてるけど意外と強欲だと思うんだけど。」

「…。」

確かに世界の恒久平和を掲げ、多くの魔剣使いを擁し、さらに力をつけようとする裏側の撫子は強欲と言えるかもしれない。

だが表しか知らない恵里佳がそれに気付いたことに葵衣は驚いていた。

さすがは年の功。

「葵衣ちゃん。今何か失礼なこと考えなかった?」

「…………いえ。」

ガシッと頭を鷲掴みにされ背筋に冷たいものが走った葵衣は努めて冷静を装いながら否定する。

室内では仲の良い主従関係がある一方、廊下では先輩後輩にして姉と妹に近い2人の冷戦が繰り広げられていた。




薄暗い部屋に椅子がある。

キイキイと軋む音は苦しんでいるようにも聞こえた。

その椅子に座る魔女オリビアは手に取った魔石を無造作に弄っていた。

「ふむ。準備は大方整ったようじゃのう。」

「"Akashic Vision"の妨害により雑事の方に関しては進行が大幅に遅れていますが、こちらは順調です。」

少し離れた場所で傅く茜の報告にオリビアは鷹揚に頷いた。

茜の後ろの柱に寄りかかるように立つ飛鳥は不満げにしている。

「いい加減飽きてきた。暴れたいってモルガナも疼いてるよ。そろそろ殺してきていいでしょ?」

物騒極まりない言動だがそれを聞き咎める者はいない。

しかしオリビアは肘置きに立てた手を頬に当てる。

「妾とて無為に手を抜いておったわけではないわ。ゲームを司る者としてはしかと準備をせねばなるまいて。」

オリビアの口がつり上がり不気味な笑みが浮かぶ。

「せっかくの生誕パーティーじゃ、精々派手に祝うてやろうではないか。」

クリスマスはキリストが没した日、オリビアはそれを生誕の祝いの日にすると告げた。

「では、遂に。」

茜が喜色を滲ませて尋ねるとオリビアは頷いて応える。

「新たな同胞を迎え、邪魔立てする者に死を。世を統べるは妾、オリビアであると知らしめよ。」

雌伏の時を経て遂に魔女オリビアが決起を決意した。

茜と飛鳥の顔にそれぞれ違った意味で笑みが浮かぶ。

「ようやくこの時が。すぐに準備を始めます。」

「クリスマスまでまだ日にちがあるじゃない。その間遊んできても良いわよね?」

「好きにせい。ただ、本命は殺すでないぞ?」

「分かってるよ。」

茜と飛鳥がそれぞれの目的のために部屋を出ていく。

「クックッ。妾の駒よ、働くがいい。世界に破滅を、混沌を呼び込むのじゃ。」

コツンと魔石を叩いて笑みを強める。

「そして新たなる駒よ。汝の選択、見せてもらおうかの。」

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