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Akashic Vision  作者: MCFL
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第145話 パーティーの準備

イメチェン騒動も落ち着いた期末テストの迫るある日のこと。

恒例となりつつあるテレビ会議を開いていたヴァルキリーで美保が

「今年はクリスマスパーティーはどうするんです?」

と議題を提示した。

「え?ヴァルキリーってクリスマスにパーティーをするんですか?」

紗香ははしゃいだ様子でお姉様方の顔を窺うが良子たちは少々ぎこちなく微笑んでいた。

クリスマスパーティー、それはヴァルキリーがかつて陸が率いていたたった4人の"Innocent Vision"を殲滅するために起こした決戦である。

総勢100名を越えるジュエルと7人のソーサリスによる絶対的な戦力で迎え撃った必勝の戦いであった…はずだった。

だが結果を見れば"Innocent Vision"の底力の前にジュエルは瓦解し、陸はInnocent Visionの力を引き出して撫子との一騎討ちを生き抜き、そしてファブレの操るジェムの横槍によってヴァルキリーは"Innocent Vision"を逃した。

長かったような短かったような1年を思い返してヴァルキリーのメンバーはしんみりとした雰囲気になっていた。

「やるって言っても相手は誰だ?」

去年、およびサマーパーティーで盛大にヴァルキリーを追い詰めた由良が疑問を口にするとさらに微妙な雰囲気が漂った。

「羽佐間先輩!なんだかよく分からないですけど皆さんを困らせないで下さい!」

紗香が食って掛かるが由良は紅茶を煽って聞いてない。

『確かに羽佐間さんの意見は重要です。現在、ヴァルキリーの敵は魔女オリビアのオーと"Akashic Vision"です。二兎追うものは一兎を得ず、両方の殲滅を目論めば手痛い反撃を被ることになるでしょう。』

「相手はソルシエールを持つ"化け物"ばかりだからね。」

良子が呟くとまたメンバーは静まり返った。

紗香というグラマリーを扱うジュエルが誕生したため、そこからジュエルにグラマリーを発現させる方法を検討しているが今一つ進展はない。

まさか紗香を解剖するわけにもいかないし、そういった生物学的な問題とはあまり関係ない部分だと考えられる。

何しろ魔術的なオカルトの領域だ。

まだまだヴァルキリーの戦力は数では勝るが質では劣る状況と言わざるを得ない。

「ああ、クリスマスパーティーってサマーパーティーと同じ感じですか。」

紗香も得心したようだったが他のメンバーほど悲嘆に暮れる様子はない。

『戦力的に不安定なジュエルの数を不用意に減らすのは得策ではありません。現状ではクリスマスに作戦行動は予定しない方向でお願いします。』

「その間にジュエルのグラマリー発現が起こってもか?」

由良が挑戦するような目で画面の向こうの撫子を見る。

海原姉妹からの怒気が肌を叩くがこの程度では由良は動じない。

そして同様に撫子も揺らぎはしなかった。

『実際に起こるならば考えを改めることもあるでしょうが、少なくとも今の状況ではただの皮算用にしかなりませんよ。』

「そうだな。」

あっさりと認めた由良は椅子の背もたれに肘をかけて紅茶を啜った。

「ボクたちは動かないとしてもさ、オーとか"Akashic Vision"が攻めてくる可能性もあるんだよね?」

緑里は一つの懸念を口にした。

これまでの戦いはヴァルキリーが優位にあるという意識の下にあったため攻めに出ることが多かった。

だが今はオーや"Akashic Vision"の力が脅威であると認識している。

それは裏返せばオーや"Akashic Vision"がヴァルキリーを攻めるなら今だと考えてもおかしくないということになる。

「もしもヴァルキリーが襲われた場合、実質的に参戦できるのは壱葉近郊のジュエルだけとなることが予想されます。戦闘が長引けば援軍の来る可能性は高まるとはいえ、それまで籠城できる保証はありません。」

皆の不安を葵衣が肯定した。

攻めるときは戦力を集めているヴァルキリーも、守りにおいては各地に分散しているためどこを狙われても手薄になりやすい欠点がある。

また、各地で以前のような同時多発的な襲撃があった場合、ヴァルキリーへの援軍が壊滅させられる可能性もある。

考えれば考えるほどに今のヴァルキリーの状況は危険だった。

「スマラグドがあればオーなんてものの数じゃないのに。」

美保の愚痴は誰もが思いながらも口にしない、ソルシエール復活についてだった。

紗香のグラマリー発現でうやむやになり休止中だがヴァルキリーの戦力を上げるにはソルシエールの復活が一番の近道と言えた。

「ソルシエールが戻ると美保も"化け物"の仲間入りだよ?」

「"人"を超えた力を持ったことでそう呼ばれるならうちは"化け物"でいいですよ。」

("化け物"で構わない、か。)

由良はこの間考えていたグラマリーの発動条件 ―"人"を捨てて"化け物"を受け入れるほどの強い心― を思い出した。

その視線が新たに"化け物"に近づいた紗香に向けられる。

「新入りはグラマリーを手に入れて"化け物"って呼ばれるのはどうだ?」

紗香はムーと不満げな顔をした。

「不本意ですが神峰先輩と同じです。お姉様たちと一緒の存在になれるなら呼び方なんて些細なことです。」

由良の思った通り、それ以上の答えが返ってきた。

だがまだ紗香の顔は不満げなままだ。

「それよりもわたしは羽佐間先輩に新入り呼ばわりされるのが納得いきません!羽佐間先輩、ヴァルキリーのメンバーじゃないじゃないですか!」

堂々と会議で口を出し、行儀悪く紅茶を飲んでいる由良はただのボディーガードである。

それでも文句や解任の話が出てこないのは由良の言動は大抵痛いところを突く的確なものであることと由良がヴァルキリーの意向に逆らわないからである。

下手に怒らせて超音振で昏睡させられて全滅などという情けない結末を迎える位なら多少の無礼は見逃そうというのがヴァルキリーメンバーの共通認識だった。

故に紗香の言動に悠莉や葵衣は内心ハラハラしていた。

これが元で由良がボディーガードを止めてしまったらヴァルキリーの戦力がさらに1割以上低下することになる。

だが、由良は食って掛かる紗香を見て笑っていた。

「威勢がいいな。ならタヌキって呼んでやろう。」

綿貫→ワタヌキ→タヌキ

「プッ!」

良子が真っ先に吹き出した。

他のメンバーも程度の差はあれ笑いそうになっている。

「良子お姉様ヒドイ!あー、皆さんも!よくも笑いましたね、神峰先輩!」

「なんでうちなのよ!?」

紗香と美保が睨み合ういつも通りの光景。

由良はそれを見て

("Innocent Vision"もヴァルキリーも、変わんないんだな。)

とどちらも同じ乙女たちであると認識させられて苦笑するのだった。




その頃2年4組の教室には八重花がいた。

最近はいつもの事なので誰も気にしない。

「そろそろクリスマスね。叶に真奈美、久美の予定は?」

「私は何もなければ家でケーキを食べるくらいだよ。」

「うちもフライドチキンを買ってくるくらいかな?」

「にゃはは、なんにも予定ないよ。」

「花も恥じらう17歳の女子が揃いも揃って寂しいと思わないの?」

八重花の発言はクラスの各所でダメージを与える範囲攻撃だった。

また、男子も似たようなものでテンションが下がっている。

「あのー、八重花ー?」

なにやら声が聞こえた気がしたが誰も気にしない。

正確には叶は気にしているが真奈美に止められている。

「そういう八重花も同類でしょ?」

「否定はしないけど、相手が捕まらないんじゃ仕方がないわ。女4人でパーティーと洒落込みましょう。」

「東條さん、その話に一口噛ませてもらいたい!」

「私も!」

次々に予定の空いていた女子が手を挙げて名乗りをあげた。

「そういうことなら男だってパーティーしたいぞ!」

「そうだ!女子と一緒にパーティーしたいぞ!」

欲望が漏れている男子もどんどん手を挙げて行く。

「すみませーん、八重花さーん?」

遠慮したような声だがクラス中の視線が発言者、久住裕子に向けられた。

ちなみに男子の視線は芳賀雅人に突き刺さっている。

八重花がとても冷たい視線を裕子に向けた。

「何?クリスマスイブもクリスマスも彼氏とイチャイチャする予定で埋まってて忙しそうな久住裕子さん?」

「ウッ!」

グサッと胸を抉るような言葉に裕子が呻き、芳賀が殺意の隠った視線を男子から向けられる。

「それは、確かにそうなんだけど。できれば私たちもそのパーティーに…」

「やって来て独り身の私達の前でイチャイチャするわけ?」

今度は裕子にも女子からの羨ましい恨めしいの視線が注がれた。

芳賀と裕子は抱き合って震え、それがよりいっそう嫉妬の炎を燃え上がらせる。

(しまった。煽りすぎたわ。)

追い詰められたカップルと追い詰めるクラスメイトの輪の外側で八重花は困っていた。

内輪だけなら散々弄ってから優しい言葉をかければ終わったが、クラスメイトが乗ってきて本気で嫉妬の炎を燃やし始めたらそのくらいでは収まらない。

せっかくのパーティーがいまいち盛り上がらなくなってしまう。

八重花は目配せをする。

視線の先の真奈美はしっかりと頷き、2年4組に降臨した天使の戒めを解き放った。


「止めてください。」


それほど大きな声ではなかったのに叶が一言かけただけでクラスが静まり返った。

ゆっくりと抱き合う裕子たちの前に移動した叶は両手の指を組んで祈るように皆に語りかける。

「みんなの気持ちも分かります。でもパーティーはみんなで楽しむものです。私は裕子や芳賀君、それにクラスメイトみんなに楽しんでもらいたいです。だから許してあげてください。」

叶はペコリと頭を下げた。

クラスメイトには叶の後ろに後光が、そして背中には純白の翼が生えているように見えた。

「ふん。」

裕子と対立関係にある女子グループのリーダー朝倉とその取り巻きはつまらなそうに教室から出ていった。

「そうよね。2人にはちょーっと自重して貰えば。」

ちょーっとが妙に長いが1人が認めると流れは一気に反転した。

「確かに久住さんのトークがないとパーティーは盛り上がらないよな。」

「皆でパーティー、すっごい楽しみになってきた!」

険悪ムードから一転、クラス全体が浮かれた気分になった。

あまりにも真逆の状況にそれを成した叶本人が目を白黒させている。

八重花はほっと胸を撫で下ろしつつパンパンと手を叩く。

「はいはい。それじゃあ25日のパーティーは決定だけどその前に期末があるのを忘れないように。赤点取った人は参加資格を無くすつもりで挑みなさい。」

「イエス、マム!」

一糸乱れぬ仕草で敬礼するクラスメイトに苦笑して八重花は頷く。

(今年は平和なクリスマスが送れそうね。)

思うのはもちろん去年ヴァルキリーとして"Innocent Vision"と戦ったクリスマスパーティーだ。

八重花は開戦早々突っ込み、陸の未来視と蘭の幻覚、由良の超音振を使った策に見事に嵌まって早々に昏倒し、起きた後はジェムを倒し続けていた。

それが紆余曲折を経て"Innocent Vision"に入り、それも潰れて今はただ少し力を持っているだけの普通の女子になって普通のパーティーで盛り上がっている。

激動と呼ぶに相応しい1年間は思い返せば楽しかったと思えた。

(だけどまだよ。ハッピーエンドにしないといけない。)

そのハッピーエンドのためには陸と話をする必要がある。

これまでにも接触を試みてきたが奮わず、しかし別のアプローチでの作戦を今練っている最中だ。

(そっちの策はいくつか運というか他の陣営の行動に依存する。だけど陸たちが逃げられない状況を作り上げるには私達だけじゃ足りないのよ。うまく動いて欲しいわね。出来ればパーティーの日は避けてもらいたいけれど。)

陸のことはもちろん重要だが、今の八重花には同様に友人たちとのパーティーを完遂することも重要だった。

(友情も陸も両方追いかける。それが私、東條八重花。私の熱い情熱、絶対に届かせてみせるわ。)

窓の外、どこにいるかも分からない陸に宣言する。

(そのためにも少し由良と歩み寄る時期が来たようね。ついでだからこのパーティーにでも誘ってみようかしら?)

いざという時のためにヴァルキリーとのパイプの一つとして放置していた由良が一月の間にどんな変化をしたのかは八重花であっても予測できない。

(これを機に由良が戻ってくるにしても…ヴァルキリーに残るにしても、ね。)

由良がどんな選択をしようとも由良への友情を無くすことはないと八重花は確信している。

たとえそれが相手には伝わらなくて、一方通行になったとしても、すべては自分の責任だという覚悟があるから。

(さあ、楽しくなるわよ。)

策士・東條八重花は不敵な笑みを浮かべて2年4組を後にした。

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