第144話 正しいイメチェンの仕方
神峰美保イメチェン計画、後にそう呼ばれる動きを陰から見つめる者がいた。
「神峰美保さんがいめちぇんですか。」
太宮神社の巫女、太宮院琴である。
陸と似て非なる未来視を持ち、セイントである叶の友人という立ち位置におり、幾度となくヴァルキリーに襲われては偶然や必然に救われてきたヒロイン資質のある人物。
しかし叶たちとの友情を自覚し、"Akashic Vision"からの警告を受けても友情を貫いて以来、襲撃の手が止んで平和な日々を送っていた。
そんなある日、いつものように客の来ない太宮神社の売店で風景と化していた琴は気付いてしまった。
「わたくしは…このままではエキストラになっていくような気がします。」
最近は叶や蘭たちも美味しいお茶とお菓子をただで食べさせてくれる場所という認識しかしてないんじゃないかと思い当たる節がある。
現に"Innocent Vision"が潰れてから太宮神社に集まってお茶をする機会はめっきり減った。
「なんとか、しないといけませんね。」
閑古鳥の鳴く境内で密かに誓ったのであった。
そんな矢先に美保のイメチェン騒動である。
少々奇抜に過ぎる変化で
「あの神峰さんが…」
と戸惑う声の方が多かったが注目度は間違いなく増加した。
ならばあまりいい意味ではないが知名度は高い琴も適切なイメチェンを施せば
「あの太宮院さんが!?」
と注目を集める可能性は十分にあり得た。
「わたくしも随分と俗な欲を持つようになりましたね。」
自分の事を他人事のように思う。
一度人との触れ合いに馴れてしまったため、1人の時にふと寂しさを感じるようになったのである。
琴は自分の姿を見下ろす。
慎ましやかな胸元…ではなく、壱葉高校指定の学生服を身に包んだ姿が目に入った。
巫女装束はインパクトはあるがすでに学内では知れ渡っているので今さら驚かれたりはしない。
(より豪奢な着物は…逆効果でしょうね。)
そもそも学内で制服以外の格好をしていることが異端なのだ。
違う服を着てきたところで
「またあの太宮院さんが…」
と距離を置かれるのは未来視がなくても分かる。
「1人で考えてもろくなことになりそうもありません。ここは神峰さんが下沢さんを頼ったようにわたくしも協力を仰ぐとしましょう。」
琴は登録されている数少ない携帯アドレスの中から最も信頼のおける人物に連絡を取った。
そして…
「…迂濶でした。」
来訪者を迎えた第一声がそれである。
「お邪魔します、琴お姉ちゃん。」
言うに及ばず琴が連絡したのは叶である。
懇意にする友人であり常識人なのでイメチェンの度合いが弱い可能性はあったが良識的な変化を期待できた。
「酷い言われようね。せっかく協力するためについてきたのに。」
「あたしも興味ありますよ。」
だが問題はあとの2人…というか八重花だ。
叶に連絡をすれば最近いつも一緒のこの2人がついてこないわけがない。
真奈美は叶と同じく常識人側なので問題ない。
多少悪乗りするくらいの方がいい結果を生むかもしれない。
しかし八重花は危険だった。
蘭ほどではないにしても物事を面白い方に誘導することを好む質で博識なのでダイナミックな変身は可能かもしれないが美保の二の舞になる方が確率的には高そうだった。
「すみませんが本日は…」
「大丈夫。悪いようにはしないわ。」
「叶にも頼まれたのですみませんがお邪魔します。」
丁重に断ろうとしたが八重花は聞く耳持たず、真奈美も頼まれたとあって引き下がらず中に入ってしまった。
「仕方がありませんね。わたくしがきっちりと取捨選択をすれば良いのです。この試練、乗り越えてみせましょう。」
自分でハードルを上げた琴は決意の拳を握りながらドアを閉めた。
お茶を用意して襖を開くと真奈美が眼帯を外しているところだった。
真奈美の左目は陸によって眼球を潰されたと聞いていたのでお盆を取り落としそうになるほどぎょっとした。
だが、実際には落ち窪んだ眼窩ではなく、目があった。
「よもやセイバーには破損した人体の再生能力まで備わっていたとは、驚きです。」
「違いますよ。これは義眼です。」
真奈美はあははと笑いながら手を振る。
「1年近く眼帯姿を見てきたせいか違和感があるけど、義眼はよく出来てるわね。」
「うん。本物みたい。」
「主治医の先生がずいぶんと張り切って作ってくれたみたいでね。自分でも鏡で初めて見たときはびっくりしたよ。」
「これも一つのイメチェンということですね。参考になります。」
琴が感心していると八重花はお茶とお菓子に手を伸ばしながら
「で?」
と切り出した。
「具体的にイメチェンしてどうなりたいのか教えてもらえる?方向性を決めておかないとヴァルキリーの誰かさんみたいに面白い方向に流れていくわよ。」
一番引っ掻き回しそうな八重花の正論に琴は目を丸くした。
そしてヴァルキリーの誰かさんの事例はとても分かりやすい反面教師であるため、方向性を決めることの重要性を重く受け止めることとなった。
「そうですね。まずは皆さんがわたくしに持っている印象を教えていただけますか?」
「巫女さんです。」
「巫女ね。」
「やっぱり巫女だよね。」
異口同音、全員印象が琴本人ではなく見た目や役職だった。
軽くへこみながらそこから脱却する方法を模索する。
「やはり巫女装束の印象が強いようですね。」
「学校に制服以外で来れば注目されるし、それが巫女服なら強烈に印象に残るわよ。これは方向性以前の問題ね。」
概ね自分で考えていたことを八重花も言っているので服装の方面での変化はすっぱり諦めた。
「そうなりますと服装は制服で決定ですね。あとは髪型と口調ですか。」
やはり行き着く場所は悠莉と変わらない。
だがここで八重花の言った方向性が重要になってくる。
「琴お姉ちゃんは和風美人さんだからかんざしとかを差すと似合いそうだと思う。」
叶は安心のスタンダードクオリティ。
完全な安全牌だ。
「琴先輩は大人しいというか物静かなキャラだから思いきってポニーテールとかにして快活な印象にするのはどうかな?」
元スポーツ少女の真奈美は見た目のイメージ戦略で内面の印象を変えようという作戦を立案した。
安手だが嵌まれば高得点の可能性もある。
「ここは固定概念をかなぐり捨てて金髪縦ロールのお嬢様にするのよ。」
八重花は冗談のような大物手で勝負に出た。
確かに太宮院琴に対するイメージを払拭するには荒療治が必要かもしれない。
だが当たればでかいが外れると学校にいられなくなるくらいの痛手を追うことになる。
まさに一世一代の博打。
「叶さんは装飾を追加し、真奈美さんは外見の雰囲気を変え、八重花さんはわたくしという個を捨てさせる気ですね。」
「せっかく考えたのに失礼ね。…否定はしないけど。」
さらりと恐ろしい言葉を呟く八重花を冷たい目で見つつ3人の提示した方向性を考える。
「叶さんの案ですと少し気分を変えただけのように見られてしまいそうですね。」
「確かにイメージを残したまま装飾するだけですからね。」
「八重花さんの方法は神峰美保さん以上に危険な未来が見えそうです。」
「未来視の巫女さんが言うと説得力あるわ。」
「ですから、ここはわたくしのイメージを崩す意味で真奈美さんの意見を採用させていただきます。」
琴の決定に3人はパチパチと拍手をした。
方針が来ますとすぐに部屋へと戻り、鏡や化粧道具一式を持ってきた。
「とりあえずはポニーテールだね。うわ、綺麗な黒髪だ。」
真奈美は琴のさらさらな黒髪に感動の声を上げながら後ろで纏めていく。
程なくして完成した姿を見て
「意外と…悪くありませんね。」
琴は素直にそう思った。
試しに立ち上がってクルリと笑ってみる。
髪がまとめられている分動きが遅く遅れてくるがそれが面白くもあった。
「元気がありそうに見えますね。」
「いいんじゃないかしら?」
別案を出した叶と八重花にも好評で髪型はポニーテールになった。
「次に口調ですか。」
「その必要はないわ。それをやった時点で誰かさんと同じ末路を辿ることになるから。」
確かに髪型を変えたりアクセサリーを着けるだけならイメージチェンジだが口調や言動を変えるまでしてしまうとキャラチェンジになってしまう。
あくまで太宮院琴の印象を変えるなら口調は変えなくて良い。
「だったらポニーテールにかんざしをつけましょう。きっと似合いますよ。」
「そうですね。それなら…」
一緒に持ってきた装飾の中にはかんざしがいくつかあった。
そのほとんどは"太宮様"の卜占の土産として琴に贈られたものだ。
使う機会がなく棚に放り込んでいたがその客が来たときにつけてあげれば良かったと少し後悔した。
髪を纏めた辺りにかんざしを差すとそれだけで快活な中にも上品さが生まれた気がした。
「これはなかなかポイント高いわね。この格好で学校に通っていれば普段の印象は変わってくるわ。」
「話しかけやすくなった気がしますよ。」
「琴お姉ちゃん、似合ってます。」
口々に褒められて琴も照れ笑いを浮かべた。
一時はどうなることかと不安に思っていたイメチェンだったが、結果はまだ出ていないとはいえ途中経過としては満点の出来映えだった。
(こんなに知恵を出して下さった八重花さんを疑ってしまうなんて、信じられなかったわたくしが悪いのです。)
疑ってしまった八重花に謝ろうと顔を上げた琴は
「それじゃあ、最後にとっておきのおめかしを考えるわよ。」
邪悪な笑みを浮かべる八重花を見て喉を詰まらせた。
「とっておきの…おめかし?」
「そう。さっきまでのは言うなれば普段着。だけどここぞと言うときにいつもと同じではつまらない。だからその時にどういった格好をすると映えるのか考えるのよ。」
良いこと言っている気がするが目が楽しそうな時点でどっちが本心か丸分かりだ。
「…八重花さんに期待をしたわたくしが浅はかでした。」
「ふふふ、何とでも言いなさい。まずは制服と巫女服以外の格好を探すわよ。」
言うが早いか八重花は家捜しを始め出した。
さすがに本人の許可なく物色するのは悪いと思っているようで叶と真奈美はオロオロしている。
「さすがにここには巫女服の代えしか無いわね。部屋に案内してくれるかしら?」
「そんな暴挙をわたくしが許すと思いますか?」
八重花は琴に近づくとスッと叶たちには見えないように写真を渡した。
俗に言う袖の下というやつだ。
写真は叶の体操服のものでいつ撮っているのか謎である。
「…仕方がありません。これも自分のためです。皆さん、こちらです。」
裏で交渉が行われた事を知らない叶たちは不思議そうにしていたが気にせず本宅の琴の部屋に向かった。
「部屋の中も純和風なんだ。」
「ものが少ないね。」
琴の部屋は衣装箪笥と姿見と背の低い机があるだけのいっそ殺風景と呼べるものだった。
八重花は構わず衣装箪笥を開ける。
「本当に和服しかないわね。」
「基本的には出掛けませんし、出るときは大抵巫女装束か着物ですから。」
そういう意味では和服でコーディネートをするのも悪くないはずなのだが八重花は洋服に拘る。
「ここは下着ね。さすがにこっちはふんどしとかサラシじゃないのね。」
「そんなもの持っていません。」
結局めぼしい服は見つからず別の箪笥へ。
「あっ!」
その時叶が驚きの声を上げた。
何事かと全員が目を向けると叶はわざとらしく視線を逸らした。
(知っていたとはいえさすがは叶さん。よく見つけるものです。)
琴は妙に感心して諦めたように笑った。
叶が見つけたのはひっそりとしまっておいた海原緑里のメイド服だ。
以前の襲撃でドッキリのために着替えてそのまま帰らせたので残った琴の持つ制服以外で唯一の洋服。
八重花は叶の視線から的確に収納場所へと手を伸ばし、取り出した。
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
全員が固まった。
八重花の手には何処からどう見ても本格的なメイド服がある。
叶が今にも泣きそうな顔で見るので琴は微笑み返した。
(叶さんは悪くありません。見つかってしまった以上どんな辱しめも覚悟致しましょう。)
悲壮な決意で審判の時を待つ。
八重花はゆっくりと口を開き
「さすがにこれのコーディネートをしても仕方がないわね。残念だけど今日のところは普段のイメチェンが上手く行きそうだってことでいいわ。」
さっさとメイド服をしまってしまった。
琴も叶も拍子抜けして呆然としていると八重花は呆れたようにため息をついた。
「さすがにこれが私物だとは思わないわ。触った感じからしてかなり高級品みたいだからコスプレじゃなくて実用品、大方海原のどちらかが襲撃してきたときに交換したんでしょ?」
八重花の洞察眼発動。
"太宮様"の先見にも劣らない推理で現実を引き当てた。
「そろそろあっちに戻りましょうか。」
八重花が率先して出ていき、真奈美も続く。
叶と琴は目を合わせたが笑いあって後に続いた。
そして楽しくお茶をして3人が帰るとき
「今度服を見繕ってくるから、その時はたっぷりと選んであげるわ。」
八重花は不吉な予言をして帰っていった。
琴の受難はまだ続く。…のか?