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Akashic Vision  作者: MCFL
143/266

第143話 正しいキャラの立て方

朝、悠莉が普通に登校して席について授業の準備をしていると難しい顔をした美保が近づいてきた。

「どうかしましたか、美保さん?」

「…悠莉。」

美保は悠莉の正面に立つと机に手をついて深刻な表情で顔を寄せてきた。

「最近、あたしの存在が薄い気がするのよ。」

「…はい?」

どんな用件かと面には出さず身構えていた悠莉はその繕いも崩れて疑問符を浮かべた。

美保を見てみるが少なくとも体が透けてたり、髪が薄くなった様子はない。

むしろそんな目に見える変化があったら逆に存在感が濃いと判断されてしまう。

「ほら、先週の土曜日に色々あったじゃない?」

「ありましたね。美保さん以外。」

「ぐっ!」

教室なので主語を抜いた言葉で会話していく。

美保は悠莉の言葉の刃に胸を刺されて呻いたがすぐに頭を振って立ち直った。

「それよ。何か大きな意志があたしの存在を蔑ろにしてるんじゃないかしら?」

「…。」

それは被害妄想ですと憐れんだ目で美保を見るのは簡単である。

しかしそれでは面白くない。

蘭ではないが悠莉も事態が面白くなる方が楽しい人であった。

悠莉はパチパチと手を叩きながら微笑みを向けた。

「よくぞ自分で気付きましたね、美保さん。新勢力や新規参入の方はスポットが当てられやすい傾向にあります。そして人数が増えればキャラが立っていない人から扱いがぞんざいになっていくのは自明の理。」

「あ、あたしのキャラが立っていない!?」

ガガーンと派手にショックを受ける美保を見てちゃっかりキャラが立ってる悠莉は内心ほくそ笑む。

「ここは思い切ったイメチェンが必要かもしれません。ですが私が協力しますから安心してください。」

「悠莉、あんたはあたしの親友だよ!」

悠莉の手を取って目を潤ませる美保に頷きながら

(ふふふ、これは楽しくなりそうです。)

悠莉は不気味に笑っていた。




さすがに授業時間にやるわけにもいかないので授業後の休み時間、悠莉と美保は教室を離れて階段の踊り場にいた。

本当によくよく密会の現場となるが不思議と目撃者がいたり密会のブッキングが起こらない不思議空間だ。

「それではさっそく美保さんのイメチェンを始めましょう。」

「よろしく。」

悠莉は弄る気満々だが美保は本気だ。

そうでなくては面白くないが。

「まずは簡単な所からですね。美保さん、あなたは関西生まれになってください。」

「いきなりあたしの生まれた存在から変更された!」

ガビーンと仰天する美保をよそに悠莉は表面上は真面目な顔をする。

自然と美保もマジ顔になって耳を傾ける。

「いいですか、美保さん?ヴァルキリーの構成員は皆関東…というか壱葉近辺の生まれで方言はありません。多少口調が丁寧だったり雑だったり、一人称に違いはありますがそれらを故意に合わせたら何も違いはなくなります。」

それは誰だって合わせれば同じになるし、声は違うのだが悠莉の弁舌に魅入られた美保は気付かない。

とても熱心に頷きながら聞き入っている。

「そこに関西弁です。イントネーションや言い回しの違いはそれだけで他者とは一線を画する個性となるのです。漫画やアニメを見てください。大抵1人は関西弁を話すキャラクターがいるでしょう。」

「おお、確かに!」

「方言は手っ取り早いアイデンティティーなんです。美保さんは幸いにも何度も関西に出向いているんですから関西弁に馴染みがあるはずです。」

「…うち、なんや出来そうな気がしてきたわ。」

もはや洗脳の域に達した悠莉の言葉で美保はあっさりと壱葉人のプライドを捨てて関西弁風に成り代わった。

「とりあえずはそれで行きましょう。頑張ってくださいね。」

「任せときっ!」

ノリノリの美保が教室に戻っていく後ろで悠莉は笑い声を抑えるのに苦労していた。


………


次の休み時間、同じく踊り場。

「なんや、うちの威厳がすっぱり無くなった気ぃすんねんけど?」

美保が落ち込みながらもまだ関西弁を頑張っていた。

それは授業で当てられたとき突然関西弁口調で話されたらクラスメイトも教師も驚き、何事かと思うだろう。

「そうとは限りませんよ?急に喋りや態度が変わったら誰だって驚くでしょう?例えば葵衣様がゲラゲラ笑う人になったらどうします?」

いきなりハードルが断崖絶壁クラスに高い事例を提示する悠莉。

想像すら困難な絵だが

「そんなん見たら引くわ。」

美保は模範回答だった。

「ですよね。つまりは美保さんも今はその段階なんです。もう少し続ければ馴染んできますよ。」

実際、美保の関西弁は悠莉が面白そうだと想定した以上に嵌まっていてあまり違和感がなかったりする。

放っておくと本当に馴染みそうだった。

それはそれで面白いが少々刺激が足りない。

「美保さんはいつも眼鏡ですけどコンタクトはしないんですか?」

「コンタクト?だってあれ、目ぇ入れんねんで?怖いやん。」

「何を気弱な乙女みたいな。」

「うちはか弱い乙女や!」

少なくともか弱い乙女は魔剣を振り回しながら死ねぇと叫んだりはしない。

だけど、どこが?、とはさすがにかわいそう過ぎるの突っ込まないでおく。

悠莉はコホンと咳払いをして

「とりあえず次の授業では眼鏡を外してみましょう。」

ひょいと美保の眼鏡を取り上げた。

そのまま教室に向かって歩いていく。

「眼鏡、眼鏡。」

美保はオタオタしながら悠莉についてきた。

(本当に飽きさせないでくれますね。)


………


またまた次の休み時間。

「よう見えへんかったけどみんな避けてなかった?」

目が悪い美保が眼鏡を外すと由良並に目付きが悪くなったためクラスメイトも教師も何か怒らせたかなと怯えていたのである。

「仕方がありませんね。眼鏡は返しましょう。私もあれは怖かったので。」

自分でやっておいてなんだがジッと睨まれているようで悠莉も人並みに恐怖を覚えたりしていた。

口調はおおよそ成功、眼鏡は失敗となると…

「次はやはり髪型でしょうか。しかし美保さんの髪は弄りづらい長さですね。」

「要らんお世話や!」

肩にかかる位の髪なので悠莉のようなロングヘアーと違って髪型のバリエーションが少ない。

「時間もありませんしここは両脇で纏めてツインテールっぽくしてみますか。」

悠莉はヘヤゴムを取り出すとパッパと両脇に髪を纏めた。

確かにイメージは変わったがパンチが足りない。

「ハッ!」

その時悠莉に神…というかぶっちゃけ悪魔が降臨したようなインスピレーションが起こった。

「どないした!?」

突然の声に驚いた美保には構わず悠莉は美保の頭を掴むとヘアゴムをむしり取った。

「いだぁ!」

美保の悲鳴を無視して悠莉は物凄い勢いで髪を編み出した。

その速度はまさに髪…神業。

そして出来上がった髪型、それは三つ編み眼鏡。

迷う事なき文学系少女の誕生だった。

「なあ、どないなったん?」

鏡を見せていないので美保は自分の姿を知らない。

「さあ、もう授業ですよ。」

悠莉はその背中を押して教室に向かう。

その表情は達成感に満ちていた。


………


昼休みを迎えた。

「悠莉、なんやこの状況?」

美保は青筋を額に浮かべながらプルプルと拳を震わせている。

対する悠莉はクスクスと微笑んでいた。

「イメチェンをした美保さんを見たい聞きたいという生徒が群れを成したんでしょう。よかったですね、人気者です。」

「こんなん、ただの見世物パンダやないかっ!」

ベシッと美保が突っ込むと集まっていた生徒たちが笑ったり拍手をしたり囃し立てたりした。

突然関西弁になったり髪型を変えたのは漫才をやるためだと勝手な認識が広まっていたのだ。

「見せもんやあらへんぞ!散れ、散れっ!」

美保が追い払うと観客はキャーと楽しげに逃げていった。

「はあ、はあ。ほんまにこんなんでええんかな?」

すでに色々と手遅れな訳だがまだ美保は諦めた様子はない。

「まずはご飯にしましょうか。腹が減っては戦は出来ませんよ?」

「うちは誰と戦うん?」

悠莉はクスリと微笑んで

「それはですね…」




「なかなか面白いことになってるな。」

「美保…似合ってるよ。プッ。」

向かった食堂では悠莉が呼んだわけではないがヴァルキリーメンバーも食事をしていた。

由良も別の所で食べていたが美保に興味を示して移動してきた。

「こらー、見せもんちゃうぞ!」

「あっはっは!」

「おー、それっぽい。」

良子はもう取り繕わず盛大に笑ってるし普段仲の悪い由良ですら美保を構っている。

「どうですか、美保さん?皆さんに注目される気分は?」

美保さんはぐるりと首を回すと虎のように吠えた。

「良いわけあるかぁ!」

「あはは、あひぃ、く、苦しい!」

怒っているのに良子大爆笑。

基本的に何を言ってもウケる芸人泣かせの美保であった。

もう駄目な方向に十分キャラが立ったが悠莉はまだ妥協しない。

「口調、髪型でここまでの反響があるなら、あとは服装を整えれば完璧ですね。」

「ちょい待ち。学校で変な服は堪忍や。」

美保が先回りして悠莉の行動を封じようとする。

釘を刺さなければとんでもない格好をさせられそうだと警鐘を鳴らしていたようだったが悠莉は微笑んで視線を美保から外した。

美保も釣られてそちらに向く。

「随分と個性的になったわね。」

そこには元"Innocent Vision"が食事が終わったらしくトレーを持って立っていた。

八重花は堂々としているが叶と真奈美は居心地が悪そうにしている。

「うっさいわ、あほ。」

元"Innocent Vision"を見て美保の鬱憤が急上昇するがさすがに食堂で暴れるわけにもいかず罵声で収まった。

それでも叶は怯えて真奈美の陰に隠れた。

「あほ、あほぉって。」

ちなみに良子はまだ笑いのつぼに嵌ったままだ。

そんなやり取りの中、悠莉が視線を送ると受け取った八重花はフムと美保を上から下まで眺め、

「制服の上着を脱いでセーターを着ると良いわ。」

一言コーディネートに口を出して去っていった。

「なんやったんや?・・・はっ!」

それを不機嫌そうに見送っていた美保が気付いて振り返ったときには既に悠莉と良子の魔の手が迫っていた。

「あかん、そらあかんて!」

「よいではないか、よいではないか。」

「はい、これを着てください。」

瞬く間に制服をひん剥かれ(もちろん上着だけだが)、頭からすっぽりとセーターを着せられた美保を前にして

「おー。」

「へー、さすがはヤエ。いい仕事してるな。」

「やはり八重花さんの意見を聞いて正解でした。」

皆が感嘆の声を漏らした。

そこにいるのは美保なのにその姿はもう誰がどう見ても気弱そうな文学少女だった。

本気で困っているのかキツめの目が垂れ気味になっている点もイメチェンの大きな要因になっている。

「これで完璧ですね。」

悠莉は完成度の高い美保のイメチェンに何度も満足そうに頷いた。

「ほんまにこれでええんかな?」

その横で美保がようやく悠莉に任せたのが間違いだったと後悔し始めていた。


………


放課後のヴァルハラ。

紗香を加えた初の集まりだというのに空席が1つあった。

「どうでもいいことですけど、神峰先輩来ませんね?」

「逃げました。見た目通りチキン…こほん、気弱になったんでしょうか?」

今の美保の姿を知らない紗香は不思議そうな顔をしていたが詳しく説明せず窓の外に目を向けた。

「面倒なことになっていなければいいんですが。」

その呟きはどこか確信めいていた。




「悠莉に任せたんが間違いやった!」

美保はドスドスと足音を立てそうなほどに荒々しく帰路を歩いていた。

悠莉に弄られていたのだと知って怒り会議をボイコットしたのに口調も髪型も服装も変わっていない。

それに気付かないほど怒っているのか実はもう自然になったのか。

サー……

「!?」

突然周囲の騒音が消えていき、車や人の姿が無くなり、地平の様子がおかしくなった。

オーが結界を張ったのだ。

美保が驚いてジュエルを取り出すよりも先にオーを引き連れた時坂飛鳥が現れた。

「それなりに強い魔力だからって出てきたけど、つまらなそうな相手ね。まだ覚醒してないの?」

「なんや?」

「しかも関西弁。道理で知らない顔だと思ったら転校生か何か?」

飛鳥は相手が美保だと全く気付いていないようだった。

「ジュエルなんて紛い物を集めたって仕方がないのにオリビアの趣味は分からないね。」

ブチッ

「紛い物…」

「まあ、使えるか分からないけど連れて帰るよ。抵抗するなら…」

「どうなるか、教えてもらおうやないか!スマラグド!」

紛い物だ使えないだと馬鹿にされて悠莉に弄られていた鬱憤が爆発、怒りがスマラグド・ベリロスの形を成して顕現した。

怒りの波動か三つ編みが弾け、美保が乱暴に頭を振る。

「お前は…ヴァルキリーの神峰!?」

「気付くのが遅いんや!レイズハート!」

刀身から飛び出した3つの翠の刃が縦横無尽に飛び交い、スマラグド・ベリロスから放たれるもう1つの刃が狙い撃つ。

「あーはっは!これや、これこそが神峰美保!うちのアイデンティティーや!」

レイズハートは瞬く間に飛鳥の連れていたオーを屠り、最後の1体に

「スターインクルージョン!」

4つの刃による一斉攻撃が叩き込まれて消滅した。

「なんか今日の神峰はヤバいしヴァルキリーならいらない。覚えてなさい、神峰!」

飛鳥はジュエルの回収が目的だったのかあっさり撤退していった。

「うちは強い!」

その勝利にすら傲る美保は正しく確固たるキャラを持っている。

限り無く狂人に近い人として。




後日、美保の見た目は元に戻ったがイメチェンの名残なのか一人称はうちになっていた。

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