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Akashic Vision  作者: MCFL
140/266

第140話 綿貫紗香の遭遇

壱葉高校には多くのジュエルが在籍している。

その数は全女子生徒の半数にも上り、教師の中にも1人いる。

全員が壱葉ジュエル所属ではなく地元のジュエルクラブに通う者も多い。

だが

(何やらものすごく視線を感じます。)

紗香はそれらジュエルから学内のどこに行っても睨まれていた。

情報が出回るのは早いもので朝に決定された紗香のワルキューレ入りはどこが発信源かは知らないが瞬く間に広がり、昼休みを迎えた現在、学内のほぼすべてのジュエルが知っていた。

(わたしが聞いた1時限目の休み時間より早く知っていた人がいたみたいですね。)

1時限目の授業中から妙な視線を感じていた紗香はその休み時間に良子からワルキューレ入りを聞き、二つ返事でヴァルキリーの会議参加を表明した。

それから3時間程度、紗香はとにかく睨まれ続けていた。

(睨むだけなら可愛いものです。)

わざとぶつかってくるとかささやかな嫌がらせをしてくるジュエルが多い。

(本当に器の小さい人たちです。)

紗香のグラマリー発現を励みにして自ら努力するのではなく、引きずり落とそうという浅ましい努力をする者たちに紗香は関心を示さない。

紗香は愚かしいまでに上しか見ていなかった。

それで友達が去っていったとしてもより高みにいる良子たちと並び立つために。

(でも、こういうときは困りましたね。)

こういうとは昼食である。

ご飯くらいゆっくり食べたいところだったが食堂を選んだのがそもそもの間違いだった。

あっちを見てもこっちを見ても敵意を向けてくるジュエルばかり。

相席でもしようものなら間違いなく事故を装って水をかけてくるだろう。

購買で叩かれるのを避けるためにこちらに来たのだが購買の方が一瞬で済む分楽だったと後悔していた。

(お姉様方がいたら一緒させてもらえそうですが。)

残念ながら見回した限り友軍の姿はない。

だがよくよく観察してみると敵意の視線は紗香だけでなくもう一ヶ所に向けられており、そちらからは敵意を感じなかった。

紗香は導かれるようにそちらに向かい

「あ…」

その正体に気付いて足を止めた。

「あ、ここ空いてますよ?」

そこには元"Innocent Vision"のメンバーである叶たちが3人で食事を摂っていた。



「…」

紗香は可能な限り早く箸を動かし、顎を動かし、目の前の食事を自己最速で食べきるべく頑張っていた。

4人掛けの席の3つを叶、真奈美、八重花が占めている座席は紗香にとっては虎の寝ている前で食事をしているようなものだった。

「そんなに急いで食べると体に悪いよ?」

正面に座る真奈美は心配そうに注意してくるしその隣に座る叶は詰まらせた時のために自分の分の水を紗香の近くに置いていた。

元"Innocent Vision"のメンバーだという色眼鏡を抜きにすればかなり優しい人たちだ。

だからこそ色眼鏡付きの目では裏があるように思えてならなかった。

特に隣に座る八重花から感じる好奇の視線がその思いを助長させていた。

「ムグッ!?」

八重花の視線に警戒しすぎて喉に詰まらせた。

すぐさま水を手渡され、敵の施しは受けないなんて考える間もなく生きるために水で流し込んだ。

「ふぅ。…どうしてわたしに構うんですか?」

助けられた恩ではないがようやく紗香は叶たちと話す気になった。

敵を知ることは戦略的にも重要だと昔の偉い人も言っていたような気がする。

「1人で寂しそうだったから。」

「一応顔見知りだしね。」

叶と真奈美の反応は概ね紗香の予想通り、話に聞いていた通りの善人だった。

だから紗香が耳を傾け警戒すべきは八重花。

「等々力先輩の小判鮫が他の女子に敵視されているのが気になったからよ。」

八重花はあっさりと紗香がジュエルたちに睨まれている事を見抜いて興味を示したことを明かした。

「1年くらい前に私も同じような状況になったことがあったのよ。それを考えると…ああ、そういうことね。」

驚く紗香を尻目に八重花は少し考える素振りを見せ、すぐに納得した訳知り顔に変わった。

同情するような目で見られて紗香はムッとする。

「何が分かったっていうんですか?どうせ間違ってますよ。」

「そう?なら…」

八重花は警戒する紗香の耳元に口を近づけると

「グラマリーが発現したんでしょ?」

「!?」

一発で正答を導き出した。

紗香は目を見開いて驚き口をパクパクと開け閉めした。

八重花はフッと笑ってうどんを啜る。

「私が乙女会に入ったときと周りの反応が変わらないわ。すでに等々力先輩に贔屓にされているあなたがさらに敵視されるとなると現状以上の存在になる必要がある。そう考えれば答えは出るでしょ?」

うどんを啜りながらなのでせっかくの解答編にかっこよさが足りないが、八重花の推理力は名探偵級に思えた。

紗香は気力で負けそうになる心を奮い立たせて胸を張る。

「そうですよ。わたしは…」

「不用意な発言は控えなさい。」

勢いでジュエルやグラマリーの単語を口に出しそうになった紗香の口許に八重花の人差し指が向けられた。

紗香の言動までお見通しの様子に紗香は話に聞いた未来視を思い出した。

「まさか未来が見えるんですか?」

「え、そうなの、八重花ちゃん?」

紗香の質問に何故か叶まで不思議そうな顔をした。

八重花は呆れたような顔を叶に向けた。

「そんな訳がないでしょう?そんな便利能力があればとっくにりくを見つけてるわよ。」

「あ、そうだよね。」

紗香への答えではなかったが八重花が未来視持ちではないことは分かった。

それだとしても八重花の洞察眼は未来視に近い危険な能力だと思えた。

「…あなたたちは、どうしてお姉様方のお考えを理解してくれないんですか?」

紗香は思わず敵と認識している叶たちに尋ねていた。

叶たちは紗香と同じ、もしくはそれ以上に強烈な敵意を向けられてきたはずだ。

それでも叶たちの笑顔には一点の曇りもなく、普通の学生にしか思えなかった。

そしてそれが難しいことも紗香はジュエルから一歩外れたことで理解した。

少し話しただけで紗香にも分かった。

(この人たちは…強い。)

セイントやソーサリスという強力な力を持っているというだけじゃない。

圧倒的な敵を前にしても逃げ出さない勇気、敵ですら助けようとする優しさ、敵の中でも普段らしさを失わない、そんな強い心を感じた。

だからこそなぜそんな強い人たちがヴァルキリーの、良子たちの敵に回ってしまうのか分からず、悲しかった。

叶と真奈美は今にも泣きそうな紗香に困ったような顔をするだけで答えようとはしない。

それがヴァルキリーの理念をこの場で口に出来ず、どうしても否定するため紗香を悲しませることになるのを避ける優しさだと気が付いて紗香は胸が締め付けられた。

「人はそれぞれ思想を持つわ。人が2人いれば対立が生まれ、3人いれば派閥が生まれる。それは派閥の中でも同じこと。だからこれは仕方がないことよ。」

八重花の一般論は紗香の状況そのものだった。

大局的には叶たちとヴァルキリーが派閥として対立しており、局所的にみれば紗香はジュエルという派閥から省かれて1人になっている。

それは人である以上仕方がないことだと自然に納得させられていた。

八重花は紗香が理解したことを察して微笑み、頬杖をついて窓の方を向いた。

「それに、全員が同じ派閥に入ったら人は、派閥は成長しなくなるわ。そこに個性はなく、他人と違うことはできなくなる。他人と違うことをした瞬間にその人は派閥から抜けて対立することになるのだから。」

その言葉はまるでヴァルキリーを成長させるためにあえて敵として存在しているように聞こえた。

席に着いた直後なら鼻で笑ったであろう考えを今は捨てきれずにいる。

八重花は逆の手で頬杖をつき直してにやりとした笑みを紗香に向けた。

「そんな風にみんなが考えられれば世の中はもっとよくなると思わない?」

「ッ!失礼します。」

それが一般論で八重花が本心を語っていなかったと知った紗香はガタッと勢いよく立ち上がるとテーブルから立ち去った。

(何なんですか、あの人たちは?)

プンスカと内心怒りながらトレイを返却し食堂を出たところで

(あ…そう言えばわたし、たくさんの視線に…)

いつの間にか視線が気にならなくなっていたことに気が付いた。

温かく優しい視線が、興味を引いてやまない人柄が、悪意という名の視線から紗香を守っていた。

「…」

紗香は食堂から出る前に立ち止まり、振り返りかけて止めた。

足を踏み出した所で壁に背を預けて良子が立っていることに気が付いた。

「お姉様…」

「どうだった?あたしたちが戦ってる相手と話してみて?」

良子は叶たちの席に紗香が座っているのを食堂に来て知ったが敢えて割って入らなかった。

紗香に叶たち、元"Innocent Vision"の強さを知ってもらうために。

紗香は拳を握ったり視線を下に向けてさ迷わせたりと迷っていた。

「…敵を倒せばそれでいい、そんな単純なものじゃないんですね。」

迷い悩んだ末に出した紗香の答えに良子は笑みを浮かべて紗香の頭に手を置いた。

「オーの時坂飛鳥みたいに何も考えてないようなのもいるけど、魔女だって八重花たちだって、それに"Akashic Vision"だってそれぞれ考えがあって戦ってる。あたしたちがいつも正解とは限らないってことだよ。」

「それなら…もし相手の方が正しかったらどうするんですか?」

紗香の真摯な質問に良子は頭の上から手を退けると紗香に背を向けた。

「その答えも人それぞれだよ。あたしは…難しいことを考えるのは苦手だから自分の信じたものを貫くだけだ。紗香も自分の戦う意味っていうのを考えるといいよ。」

良子は背を向けたまま手を振って去っていった。

「戦う…意味…」

ただジュエルとしてヴァルキリーの意向のままに戦ってきた紗香に良子から難しい宿題が出されたのであった。



(戦う意味…)

紗香は午後の授業中もずっと良子に言われたことを考えていた。

だがそう簡単に答えが出るような内容ではない。

「…というわけだから今日やった範囲はテストに出るぞ。」

結局2学期期末テスト前の貴重な授業を無駄にしても答えは出なかった。

テスト問題の有力情報を聞き逃したのは痛手だが紗香の成績は1年生の中で一桁台に乗るほどである。

入学当初は中程だったが文武両道のお姉様に見合うために必死に勉強した成果であった。

そんなわけでテスト勉強よりも良子の宿題を考えることにするとまずはヴァルハラに向かった。

(今日からわたしもヴァルハラに入れるんですね。)

ジュエル憧れのヴァルハラへの期待に自然と足取りも軽くなる。

普通の学生はあまり近付かない1階奥の部屋を目指していた紗香は目的の部屋から人が出てきたのを見た。

その相手、海原葵衣も紗香に気付いて会釈した。

「綿貫紗香様、いかがされました?」

「あの、後輩ですから様はやめてくれません?背中がムズムズします。」

様付けで呼ばれることに慣れていない紗香が遠慮がちに訂正を求めると

「それでは紗香様と呼ばせていただきます。」

全然直っていなかった。

そういうものだと納得して紗香は本題に入ることにした。

「今日はヴァルキリーの会議は…」

「良子様からご連絡されませんでしたか?本日は皆様ご用事があるため放課後の集まりは無くなりました。」

ちなみに昼休みに良子が放課後の件を伝えるはずだったがかっこつけてる間に忘れてしまったのであった。

さすがはヴァルキリーきっての残念な頭脳である。

…良い意味で。

「良子お姉様と悠莉お姉様もですよね?」

「良子様はテスト休みに入る前にバレー部に向かわれ、悠莉様は所用と伺っております。」

さすがに熱血バレー部にまで良子を追いかけていく気はない紗香は葵衣に会釈をしてヴァルハラを後にした。



「もう、良子お姉様は。」

尊敬する相手ではあるがさすがに連絡事項を忘れるのは文句の一つも言いたくなる。

「これからどうしよう?」

いきなり予定が空いてしまったが今さらジュエルクラブに顔を出してもつまらない。

大人しくテスト勉強をしようと家に向かって歩き出した。

「戦う意味…」

道すがら考えるのはやはり良子の言った戦う意味について。

ヴァルキリーのためという答えでもいいような気がするが他の人たちは自分の意味にあった組織にいるのだと今日知った。

「道に迷ってるみたいだね。」

突然声をかけられて顔を上げるといつの間にか紗香は公園に立っており、"Akashic Vision"が目の前にいた。

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