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Akashic Vision  作者: MCFL
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第139話 ワルキューレ

激動と静寂の休日を跨いだ月曜日、ヴァルキリーは朝からヴァルハラに集まって会議を開いていた。

撫子ももちろんテレビ会議形式で参加している。

「ふぁ~。」

「ちょっと、羽佐間由良。会議なんだからあくびしてんじゃないわよ。それにしても眠そうね?」

一応真面目に指摘した美保だったがさすがに由良の様子が気になって尋ねた。

由良はまたあくびを噛み殺している。

「東北のやつらが俺を寝かしてくれなくてな。結局戻ってきたのは早朝だ。」

由良の口調が男っぽいこともあって寝かしてくれないをヴァルキリーのメンバーは大人の方の意味で解釈して頬を赤らめつつ心の中に押し留めた。

「そこを是非詳細に。」

「悠莉!」

だが空気を読みつつ悠莉が素直に質問したことで戦慄が走り、全員耳をそばだてた。

撫子だってコホンコホンと咳払いをして目線を逸らしているが止めようとはしない。

何だかんだで興味津々だ。

「訓練終わってから全員で飯に行ったんだが誰かが酒を頼んだのか妙に絡んできて、その後カラオケで全員とデュエットさせられて、気が付けば朝だった。」

「昨晩のうちに連絡をいただいておりましたので車を手配してお迎えに上がりました。」

『ジュエル全員とですか。』

撫子たちが予想していたような事は無かったようだが別の部分、たった1日で東北ジュエルを虜にした由良のカリスマ性にヴァルキリーの面々は驚いていた。

「お姉様と呼ばれたりしませんでした?」

「呼ばれたしやたらとくっついてくるし酔った勢いでキスしようとするわ服脱ごうとするわ大変だったぞ。下沢の管轄なら教育しとけ。」

悠莉のさらなる追求で想像とそんなに変わらない事態にまで発展しかけていたことが発覚した。

それでも由良がジュエルたちのそういう感情を理解していないのは典型的な主人公キャラの鈍さなのか分かってて無視しているのか。

気にし出したらネタは尽きない。

「それで…」

「悠莉様、そこまでです。あまり時間もありませんので後程個人的にお聞きください。今朝の議題は土曜日の遠征で起こった様々な事件をまとめることです。」

「え、何かあったの?」

全員が深刻な顔をする中で美保だけ本気で不思議そうな顔をした。

襲撃されなかったのは美保のせいではないのだが全員がそれなりに大変な目にあったのに1人だけ無事だっただけに白い目を向けられた。

「な、何があったのよ?」

「壱葉ジュエルは時坂飛鳥さんに壊滅寸前まで追い込まれました。」

「福岡にもオーと桐沢茜が襲ってきたね。」

「名古屋には"Akashic Vision"が来たよ。」

「東北でも襲われたぞ。」

上がる上がる被害報告に美保は目を丸くして驚き

「美保さんはどうでした?」

悠莉のキラーパスを受け取って冷や汗を流した。

全員の視線を向けられた美保は

「あー、もー!ジュエル指導して観光して美味しいもの食べて来たわよ!」

逆ギレした。

本来は他の地区に行ったヴァルキリーメンバーも同じようになるはずだったのだから羨みこそすれ恨んだりはしない。

「今回の各地の被害状況は壱葉及び福岡の訓練所が壊滅、しかし悠莉様と良子様の尽力により人的被害は最小限に抑えられており死者はありませんでした。」

被害が特に大きかったのはやはりオーに襲撃された壱葉と福岡だった。

特に大怪獣モルガナが暴れた壱葉ジュエルは年明けまで使用不可能な状況にある。

『ジュエルさえ失われなければまた活動は再開できます。それにオーの襲撃が被害ばかりを招いたわけではありません。』

「なんと、紗香がグラマリーを使えるようになったんだよ。」

撫子の会話の流れを引き継いで良子が嬉しそうに語った。

この話を知らなかった緑里や由良、もちろん美保も驚いた。

「グラマリー持ちのジュエル、か…」

由良は盛岡ジュエルの襲撃を知るだけに複雑な表情を浮かべていた。

「すごい。遂にヴァルキリーの育てたジュエルがグラマリーを使うようになったんだ。」

八重花がヴァルキリーだった記憶を捨てたらしい緑里は喜んだ。

「…マヂ?」

そして美保は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「なんか反応悪いな。」

もっと喜ぶかと思えば緑里だけだったので良子は不満げに口を尖らせた。

『美保さんはともかくとして、羽佐間さんに求めるのは酷ですよ。東北の件もありますから。』

「そういえばさっきも東北で襲われたって言ってたね?やっぱりオー?」

良子の質問に由良はどうしたものかと頭を掻いて撫子や葵衣を見た。

「お気遣いありがとうございます。ですが事実を隠蔽することは好ましくありませんので事実をお話しくださって構いません。」

口に出していない心情を葵衣に読まれて由良は苦笑を漏らした。

「俺が行った東北でジュエルを壊されたはずの盛岡ジュエルが襲ってきた。ジュエルを持って、しかもグラマリーまで使ってな。」

「葵衣、それって…」

「はい。姉さんに確認したように、元大阪ジュエルインストラクター神戸のジュエルの暴走に酷似しています。」

葵衣の説明で全員の表情が険しくなった。

それは由良も同じ。

「ジュエルの暴走ってどういうことだ?」

「修学旅行で羽佐間由良さんたちを襲ったジュエルを指揮していたインストラクターがその後倒れて、こちらの病院に入院していたんです。目覚めたそのジュエルは正気を失っており、グラマリーも使いました。私たちはそれをジュエルの暴走と呼んでいるんです。」

悠莉の説明を聞いて由良がもう一度東北での襲撃を思い返してみるとまさにそんな感じだった。

理性なく獣のような雄叫びを上げ、荒々しい剣捌きとグラマリーを扱うジュエルたちは暴走と呼ぶに相応しい。

「ん?だけど盛岡ジュエルのやつらのジュエルは"Akashic Vision"に砕かれたんだよな?どうやって暴走したんだ?」

由良の指摘に撫子と葵衣はなんとなく目を逸らした。

まだ仮説の段階なので東北から移送されてきた盛岡ジュエルを研究して結論を出そうと考えていた。

他のメンバーならすんなりと流せたかもしれないだけに由良の頭の回転の早さが今度ばかりは恨めしい。

「原因は不明です。詳細は分かり次第報告させていただきます。」

葵衣が事務的にそう答えると特に反論があるわけでもなく東北ジュエルの件は終わった。

『ジュエルのグラマリー発現はヴァルキリーの優先事項とはいえ、発現と暴走の報告を同時に受けてしまうと関連性を考えずにはいられませんね。』

「それは紗香さんが暴走する可能性があるということですか?」

撫子の呟きに対する悠莉の解釈に良子は立ち上がって首を横に振った。

「紗香は話に聞いたような暴走をした感じはしなかった。ちゃんとグラマリーを使えてたよ。」

「落ち着きなよ、良子。撫子様も悠莉も可能性があるって話をしてるだけだから。」

緑里にたしなめられて良子は不満げに席についた。

せっかくの喜ぶべき報告が暴走扱いされては怒るのも無理はない。

「緑里先輩が行った名古屋には"Akashic Vision"が来たんですよね?1人くらい倒しました?」

今度は緑里が視線を逸らした。

美保は怪訝な顔をして緑里の反応を待った。

「…被害はないよ。インヴィと紅白戦の指揮で対決して…負けた。」

ガクッと崩れた緑里を葵衣がポンポンと叩いて慰める。

「紅白戦って、ジュエル同士のですよね?インヴィは何しに行ったんです?」

「知らない。突然割り込んできて勝負して、終わったら名古屋の美味しい店だけ聞いて帰ってったよ。」

本人を前にした緑里が分からないなら話を聞くだけのヴァルキリーメンバーが分かるわけもない。

全員が由良を見るが肩を竦めるだけだった。

「陸の考えが理解できるならここにいないでさっさとぶん殴りに行ってる。」

尤もである。

これで土曜日に起こった事件の報告が終わったわけだが、やはり注目すべきはジュエルのグラマリーに関してであるとヴァルキリーの面々は強く認識した。

『綿貫紗香さんの事例でグラマリーを使うジュエルが桐沢茜さんに続き2人目となり、桐沢茜さんだけが特別な存在であった可能性は減りました。』

「紗香も特別だって可能性もあるけどね。」

『しかしわたくしたちの目的は魔剣を手にしたジュエルすべてがグラマリーを発現できる条件を検討することです。特異なジュエルを選出するだけではいけません。』

魔女ファブレに選ばれたヴァルキリーが強いジュエルを選んでいくだけでは意味がないと言う。

ヴァルキリーの理念は局所的な強い力を持つ者の支配ではなく人類全体の底上げだと。

「もしジュエル全体がグラマリーを使えるようになったらヴァルキリーの優位性はなくなりそうだな。」

「…」

由良の冗談めかした言葉にヴァルキリーのメンバーは笑えない。

もしもグラマリーを持つジュエルが増えてくればヴァルキリーへの反逆を阻止する枷に不満を持ち秩序の乱れを誘発することも考えられる。

だが枷を外せばヴァルキリーは少し強い力を持つだけの一ジュエルとなり、管理するのが難しくなる。

理想の実現の前には大きな矛盾点が存在していた。

「それにつきましてはグラマリーの発現機構が解明された後にジュエルの仕様を調整する予定となっております。」

「グラマリーの発現機構か。」

由良は含みのある笑いを浮かべると話は終わりとばかりに背もたれに身を預けて紅茶を口にした。

『それでは最後になりますが、綿貫紗香さんがグラマリーを得たため親衛隊見習いから昇進、ヴァルキリー親衛隊『ワルキューレ』の正規メンバーとなります。』

「げっ。」

「隊と言っても現在は1人ですけどね。」

美保の反応も悠莉の指摘も想定内、撫子は頷く。

『現状では隊として機能しないためこれまで通り良子さんの補佐として活動していただきます。

また、本人が望むのならばヴァルキリーの会議への出席も許可します。良子さんは確認を取ってください。』

「げげっ。」

「まあ、聞くまでもないと思うけどね。」

「遂にボクたちのヴァルキリーに後輩がくるのか。」

美保以外のメンバーは概ね紗香の参加に好意的なようだった。

「…」

『美保さん。圧力を掛けて不参加にさせようとしないようにしてくださいね。』

「わ、わかってますよ、あはは…」

考えを読まれて慌てる美保を見て苦笑を浮かべたまま撫子との通信が切れた。

「あははは、はぁ…」

愛想笑いの美保が力なく項垂れたのを合図に朝の会議は終了となった。

各々が適当なタイミングで出ていく。

「羽佐間由良さん、少しいいですか?」

「あん?」

廊下に出たところで由良は悠莉に声をかけられた。

教室は隣なので自然と一緒に向かうことになる。

「何か用か?」

「用と言いますか、さきほどグラマリーの発現機構の話の際に思うところがおありのようでしたが?」

「よく見てるな。」

由良は頭を掻いて感心とも呆れとも取れる目を悠莉に向けた。

人の心理を追い詰めることに長ける悠莉は相手の細かい動作や表情の変化から心理をある程度推し量る出来るのである。

目的が目的だけにあまり口外できる利点とはいえないがすごいことには違いない。

「どれほど訓練を積んだところでグラマリーを持たないジュエルではオーに敵いません。ヴァルキリーの戦力を向上させるためにはやはりジュエルがグラマリーを得ることが一番の近道なんです。」

現在一万以上いるジュエルが全員グラマリーを使えるようになれば戦力図は大きく塗り替えられることになる。

それこそオーだけでなく"Akkashic Vision"にすら対抗できるのではと期待できるほどに。

「ですので、気が付いたことがあれば教えてもらいたいですね。」

階段を登ると予鈴間際の廊下は学生が点在していた。

もうヴァルキリーとしての会話をするわけにはいかなかった。

由良はフッと笑って手を振るとさっさと歩き出した。

「それはお前の気のせいだな。俺が知るわけないだろう。」

「それはそうですね。」

悠莉は由良の背中を見送るだけだった。




教室に着いた由良をクラスメイトの女子が出迎える。

八重花はそれを見て意味深な微笑みを浮かべていて、由良は適当に追い払いながら席に着いた。

(グラマリー発現か。)

ソーサリスたちは半ば無自覚でグラマリーを発現し、自らの意思で拡張していた。

だがジュエルはグラマリーの発現が出来ない。

それは何故かを考えたとき、紗香の話とジュエルの暴走の話を聞いて1つの仮説が浮かび上がった。

だがそれはあまりにも馬鹿げた理屈で由良は笑ってしまった。

紗香や暴走ジュエルにあって普通のジュエルに無いもの。

普通のジュエルにあって紗香たちに無いもの。

(さすがに、"化け物"にならなきゃ使えないなんて無いよな。)

由良は苦笑を口の端に浮かべて否定するとまじめに授業の準備を始めるのであった。

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